85.供養
森の奥深く。
見慣れた景色、懐かしい匂い、聞き慣れた風の音。
そこに、あの小屋があった。
朽ちず、変わらず、凛とした佇まいで――。
「……戻ってきたな」
カイがポツリと呟いた。
「うん……ほんとに……」
ミーアも小さく返す。
オリビアは黙っていた。というより、なにか大事なことを思い出したくなさそうな目をしていた。
3人にとっては、懐かしい我が家のような場所。
けれど、それ以上に今は――
「ただただ、怖かった!!!」
彼らの脚は、まるで生まれたての小鹿のように、震えていた。
後ろでマリとルカが、緊張から背筋を伸ばしながら小声でささやく。
「カイ……ここが、あの黒の魔女の家なの?」
「うん……でも、気をつけて。今日はナスを焼いたやつがいるから……」
その瞬間、オリビアがビクッと肩を揺らした。
「まだ怒ってないかもなのね……もしかしたら気付いてないかもなのね……」
その願いは、次の瞬間、音を立てて崩れた。
――ドォン!
小屋の裏手から物凄い足音が聞こえた。
出てきたのは、石でできた巨大なゴーレムのゴーレムンだった。
ただし、その両手には――
一本の焼け焦げたナス。
そのナスをじっと見つめながら、カイたちに向けて、無言で近づいてくる。
「き、来た……!」
カイが引きつった笑みを浮かべながら呟く。
ミーアは小声で「絶対あれ、ナスの弔いしてる……」と震えながら言った。
ゴーレムンが口を開いた。低く、石がこすれるような声だった。奇跡だった。
「ダレ……ナス……コガス……」
「こ、これは……」
オリビアが一歩前に出て、声を震わせながら手を挙げた。
「……ワタシなのね……」
その瞬間、ゴーレムンの目が緑から赤に変わり点滅した。
そして、おもむろに後ろを振り返る。
中から出てきたのは――
黒のローブに身を包んだ、凛とした女性――ヒルダだった。
「ただいま帰りましたぁあぁぁ……!!!なのね!!!」
オリビアが泣きながら地面を滑り、正座する。
ヒルダは、しばらくその様子を見ていたが、やがてため息をついた。
「……オリビア。久しぶりに顔を見たと思ったら……うちの畑を灰にしてくれるなんて……成長したのね……」
それが褒め言葉でないことは、誰の耳にも明らかだった。
ヒルダがゴーレムンに手で合図をすると、ゴーレムンは静かにナスを供養台のような場所へと運び始めた。
「ナスに……供養台……成仏するの……!?」
マリとルカが小声でつぶやくと、ミーアが一言、ぽつり。
「ゴーレムンの畑のナスって、育つのに5年はかかるのね……」
「え!?5年も!?」
「……やっと育ったのに、焼かれたのね……」
ヒルダの声に、再び場の空気が凍りついた。
カイは、震えて泣くオリビアの肩をポンポンと叩きながら言った。
「ま、まぁ……これからナス以上に大事な話があるからさ……うん……勇者とか、フォースドラゴンとか……」
ヒルダが眉をひそめる。
「……入って。ナスの件は後回しにするから、まずは話を聞かせな」
「……ありがとうお母様あああああぁぁああああっっ!!!なのね!!!!!」
オリビアが再び地面に額をこすりつけながら泣いた。
こうして、一行は緊張の中、小屋の中へと足を踏み入れた――。




