80.カイノケツイ
カイたちは、静かな森の中を馬車で走っていた。
木々の間を抜ける風が心地よく、鳥のさえずりと馬の足音だけが周囲に響いていた。
あの日──カイが過去を語った夜以来、どこか空気が柔らかくなっていた。
気づけば皆の間に、言葉にしなくても伝わる“何か”があった。
それは、絆だった。
そしてカイは思った。
――簡単な言葉で表すなら、それはたぶん「愛」だと。
まだ真相は謎だらけで、何が正しくて何が間違っているのかもわからない。
でも、もしこの先、みんなが不幸になる未来が来るとしても――
「俺が守る」
カイは静かに、でも強く心に誓った。
誰よりも強くなる。それが彼の今の願いだった。
出発してから三日目の夕暮れ。
森を抜けると、小さな湖が広がっていた。
湖の水は鏡のように夕空を映し、波一つない。
「ここで、馬たちを休ませよう。二日ほど滞在しようか」
カイが言うと、皆も頷いた。
これ以上進み続ければ、馬たちが潰れてしまうかもしれなかった。
湖のほとりにテントを張り、マリとルカは薪を拾いに森の奥へ向かった。
ミーアとオリビアは調理器具を出し、持参した食材で夕食の準備に入っている。
「ミーア、もうちょっと塩少なめで……あ、でも今の笑顔はよいスパイスなのね」
ミーアが作る料理のなべを心配そうにのぞき込むカイ。
「ふふふ、褒めて伸ばすタイプの先生ですね〜」
「もちろんなのね。でも、失敗したら星に帰ってもらうのね」
「えっ!? どこの星!?私のこと!?」
二人の軽快なやり取りが、キャンプ地に笑いをもたらしていた。
カイは焚き火の近くでテントを張り終えると、湖の水面を見つめて小さく呟いた。
「……こんな日が、長く続けばいいな……」
夜。夕食を終え、それぞれがくつろぎやすい姿勢で焚き火を囲んでいた。
オリビアの淹れた紅茶の湯気が、夜の空気にふんわりと立ちのぼる。
マリが、湯気越しにカイを見つめながら口を開いた。
「ねぇカイ、ちょっと聞いてもいい?」
「うん? どうした?」
「その……カイを召喚した、女神のフェイって人。今、何してるの?」
その問いに、カイは真顔でマリの瞳をじっと見てから、静かに答えた。
その視線に思わず、照れるマリ。
「……ギャンブル」
「ぶふっ!」
思わず紅茶を吹き出すマリ。ミーアがそれを避けてコロンと転がる。
「なんで女神がギャンブルしてんのよ!? 意味わかんない!」
マリが信じられない!と言わんばかりの表情で立ち上がる。
「だから、“ダ女神”って呼ばれてるんだよ」
カイは肩をすくめて苦笑した。
「今ごろ森の小屋で雑用でもしてると思うけど……あいつは予測不能だからな」
紅茶を一口飲みながら、カイは空を見上げた。
「でも、他の女神が勇者を召喚したんでしょ?」
マリは眉をひそめながら続けた。
「たぶん……な」
カイの声には、どこか釈然としない色があった。
「フォースドラゴンが悪なのか、勇者が悪なのか、私にはまだよくわからないけど……
その女神さんに、勇者を止めてもらうことってできないの?」
マリのまっすぐな問いに、焚き火の音が一瞬だけ際立った。
「うーん……」
カイは腕を組み、眉間にしわを寄せて考えた。
「正直言って、たぶん無理だと思う」
「なんで?」
「……あいつら、結構“役所仕事”なんだよ。指示がないと動かないっていうか……
それに担当外のことには首を突っ込まない。まあ、ダメだと思う」
カイは、深く深く、なんども頷いた。
「なるほど……それは確かにダメそう……」
マリは呆れたように、でもどこか納得したように苦笑した。
少し沈黙が流れたあと、カイがゆっくりと口を開いた。
「でも……何が正解で、何が間違いなのか。誰が本当に悪いのか。
この目で見て、ちゃんと確かめたいと思ってる」
その声には、迷いのない強さがあった。
すると、いつのまにか隣に座っていたオリビアが、焚き火の光に照らされながら静かに頷いた。
「その目を、信じるのね。正しさは、与えられるものじゃない、自分で探すものなのね」
その言葉は、まるで師から弟子への本当の贈り物のようだった。
火がはぜ、星空が広がる。
それぞれの胸に灯った“正しさを見極める意志”が、静かに、確かに燃えていた。




