77.大迷宮の最深部には・・・
「魔法の修行としては、ダメダメだけど、魔素の使い方が大変上手くなっているのね、そこだけは褒めてあげるのね。後は、ア・ラーナ大迷宮の奥には何があったのか、話してもらうのね。場合によっては王宮に報告しないといけないのね」
古代魔法研究所の一室で、紅茶を飲みながらのんびりと過ごしていたが、カイの目つきが変わった瞬間、空気が一変した。テーブルを囲んでいたミーア、マリ、ルカ、オリビアが思わず背筋を正す。
カイは静かに口を開いた。
「じゃあ……話すよ。俺がア・ラーナ大迷宮の地下で経験したことを、全部」
地上部から地下3層までは、魔物はまばらだったが、一体一体が驚くほど強かった。スライムですら、酸を吐き、炎も吐く。中には液体金属で構成されたスライムもいて、魔法が全く効かず、最後は聖剣ポチを槍のようにして突き刺し、ようやく倒せたほどだった。
「えっ……液体金属……?」
「魔法が通らないって……そんなのアリ?」
地下5層からは、迷宮の様相が一変し、明らかに人工物の構造となった。壁や床、装飾に至るまで、手が加えられており、罠や落とし穴も増えていった。
「それである日、落ちたんだよ。結構な深さの穴に」
皆が息を呑む。
「でも……落ちた先に地下湖があった。運が良かった」
湖のある階層は巨大なドーム空間のようだった。遮るもののない広大な洞窟の中に、まるで迷宮全体を包むかのような湖が広がっていた。その湖を一周するのに丸一日かかったという。
「そこで思ったんだ。この階層より下は、もうないんじゃないかって」
地上へ戻るため、階段を探していたところ、大広間のような空間で"それ"は現れた。
騎士の鎧に身を包み、馬に跨った首のない騎士──デュラハン。その名はビーブル。
だが、彼は人語を解し、静かな声で語りかけてきた。
「千年ぶりに人間と対峙出来るとは……もう少し遅かったら、人間の言葉を忘れるところだった」
カイは戸惑いながらも名乗り、対話を試みた。するとビーブルも自らの名と過去を語り始めた。
ビーブルは元は人間であり、国家の騎士だった。教会が資源獲得のためにこの地を侵略しようとした際、神の使いであるフォースドラゴンを討伐しようとした。
だが、兵士だけでは歯が全く立たなかった。
それから、教会は全ての災厄をフォースドラゴンのせいに仕立て上げ、民衆の怒りはフォースドラゴンへと向けられた、それを操作していたのは教会であったが、国家も関わっていた。
民衆より支持を受けた教会と国家は、神に祈り捧げ勇者を召喚して討伐部隊を組織した。
「いつの時代も、人間と言うのは、厄介だ……」
ビーブルは、討伐に異を唱えたことで追われ、この地へ逃げ延びたが、殺され、そして目覚めたときにはデュラハンになっていた。
「フォースドラゴンはこの星にとっては神。この星の自然そのものの管理者だ。倒せば、星が死ぬ」
「それじゃ……濡れ衣じゃないか、フォースドラゴン」
「そうとも言えるな。だが、新たな勇者がまた現れるのなら、歴史は繰り返すのだろう……」
真実はひとつではない。カイはそう思いながら、話を終えた。
「それで、そのデュラハンとはどうしたのね!?」
「色々話したあとで、戦って、俺が勝った。だから──今は、こうなってる」
カイが影に指を差すと、そこから音もなく現れたのは──黒き馬に跨った、漆黒の鎧を纏うデュラハン。ビーブルだ。
ガチャリ……と鈍い金属音が響く。彼は首のない兜を持ち上げるようにして、カイに向かってひざまずいた。
「何様ですか、主」
「ひゃあああああっっ!!!」
悲鳴すら出せないほど驚愕したオリビア先生は、白目をむいて倒れそうになり、マリ・ルカ・ミーアの三人は顔を引きつらせ、口をパクパクさせていた。
「ちょっ……ちょっと待ってカイ!?何このホラー!!」
「う、動かないで……怖い怖い怖い……!!」
「お、お兄ちゃん……どこでこんなの手に入れたの!?」
「……え?普通に……戦って……」
冷や汗だらけのカイが苦笑しながら答えると、紅茶が盛大にこぼれた。
しかしその異形の存在が、静かに、敬意と忠誠を持ってカイに仕えていることがわかると、皆の恐怖も徐々に落ち着いていった。
「まあ……カイなら、こういうのもアリなのね……」
呆れたように言いながらも、オリビア先生はやれやれと額に手を当ててため息をついた。
カイの迷宮探索は、予想を遥かに超えた結果をもたらしていた。
その影には、忘れ去られた歴史と、真実が眠っていた。




