28.グランドセンチピード
明朝。
赤く染まる水平線に太陽が顔を出した瞬間、俺たちは遺跡へ向けて出発した。
ここから先は馬車では入れないため、徒歩での移動となる。
風のない空気が砂の匂いを運び、足元では乾いた土がザラリと音を立てる。
「カイ殿、日差しが強くなります。水の補給はこまめにお願いします」
カークが静かに声をかけてくる。自警団の面々も、皆ピリピリとした空気を纏っていた。
ここは、敵の縄張り。すでに何十人も命を落とした土地だ。
俺は黙ってうなずいた。
この世界には、馬鹿みたいに巨大なムカデがそこら中にいるわけではない。
あの異常なまでに大きな個体は、おそらく魔素の高濃度地帯、もしくは魔晶石の影響で異常進化した個体らしい。
「人為的に巨大化させられた可能性が高い」と、カークたちは推測していた。
誰が、何のために? そんな疑問はあったが、今はとにかく――討伐に集中するしかない。
しばらく、無言の行軍が続いた。
だが、平穏は続かなかった。突然、カークが叫んだ。
「前方に魔物出現!!」
砂漠の地面がウネウネと波打ち、地中からズボッと現れたのは――
「ワーム……!?いや、なんだこのサイズは……!!」
直径3メートル以上ある。
全長は軽く10メートルは超えているだろう。ウネウネと這い出すそれは、ムカデではなかったが、同じく地中を這う生物、巨大ワームだった。
「デカすぎるし、なにより気持ち悪い!!!」
俺は思わず、聖剣ポチとカイザーナックルを構えた。
「おい!ダメ神!お前は何ができるんだ!?」
「誰がダメ神よ!? 水魔法と風魔法が得意よ! 光魔法もまぁそこそこ……この程度の魔物、風魔法でふっとばしてやるわよ!」
どこからくるんだ、その自信……
正直、フェイの魔法戦を見たことがないから、少しは期待してみようかと思っていたが。
「カイ殿、ここは我々にお任せを!ムカデ本体に備えて、体力を温存して下さい!」
カークの号令とともに、自警団の剣士たちがワームに飛びかかる。
刃が閃き、血しぶきが飛ぶ。
そして10分後――
「……はぁっ……ふぅ……」
砂煙が晴れた先には、動かなくなった巨大ワームの死体と、肩を上下させている自警団たちの姿があった。
かすり傷程度で済んだ。
なかなかやるな、と思った。
「それにしても、このサイズ……通常では見られませんね」
「やっぱ、異常が起きてるってことか……」
俺たちは、無言のまま、再び前進を始めた。
日が高くなるにつれ、遠くに遺跡らしき石柱や崩れかけた石造りの構造物が見えてきた。
そして――
「……おかしい……静かすぎる」
誰かがつぶやいた、そのときだった。
ゴゴゴゴゴッ――ズズズ……
遺跡の柱の一本が、まるで吸い込まれるように地面に沈んだ。
「来るぞ!!構えろッ!!」
砂が跳ね、地中から現れたのは――
「――ッ!!」
全員が絶句した。
ムカデ。だが、それは想像を遥かに超えていた。
全長は50メートルをゆうに超える。
甲殻は毒々しい紫色に染まり、何百もの脚が地を掻き、節ごとの鋭い突起が太陽光を反射してギラついていた。
「グ、グランドセンチピード……っ!!」
「え?グランド?なんだって?」
「それが正式名称!このサイズ、この甲殻!間違いない!」
ムカデが一歩進むたびに、地面がズズンと揺れる。
それが威圧感になって全身を締め付けてくる。
「おい!フェイ!!お前も命がかかってるぞ!!」
「うるさいわね!!ちゃんとやるわよ!!!」
自警団5名が一斉に突撃した。
だが――
「効かない!?刃が通らない!!」
甲殻はまるで鋼鉄のようで、自警団の剣をまったく寄せ付けない。剣が当たったと思えば弾かれ、逆に吹き飛ばされる者もいた。
「おい!カイ!どうするんだ!!?」
「やるしかねぇだろ!!まずは俺が切り込む!!そのあと魔法を撃ち込め!!」
俺は走り出した。
ムカデの目を真っ直ぐに捉え、一直線に跳躍する。
魔素を剣に集中させた。
頭の中に浮かぶのは、森での薪割りのイメージ――
ただ、全力で振り抜く。それしかできない。
「――喰らえ!!!このバカチンが!!!!!」
閃光のような剣撃。
その瞬間、世界が静止した。
「スパンッ!!」
鈍いが切れ味の鋭い音。ムカデの動きが止まり、数秒後、頭部が「ゴトッ」と音を立てて転がった。
影を落としていた巨体に、ようやく光が差し込む。
「――自分でも、おったまげた……」
「カイ殿!!さすがです!!いや……まさか、ここまでとは……!」
カークが笑顔で肩を叩こうとした――その瞬間、
「……ぐっ……」
「……カークさん……?」
カークの顔が、急に苦痛に歪み、口元から赤い血があふれ出した。
「す、すみません……油断、しました……」
その背には――
グランドセンチピードの最後の一撃――尾から飛ばされた巨大な毒櫛が、深く突き刺さっていた。
「うわぁぁぁぁぁっ!!!!」
俺の叫びと同時に、残された怒りが爆発した。
すでに頭部を失ったムカデの身体を、何度も、何度も斬り刻んだ。
甲殻が砕け、節が飛び、黒い体液が四方に散る。
「うわぁあああああっ!!!!!」
その叫びが止むまで、誰も俺に声をかけなかった。
「フェイ!!!手当を!!!早く!!!」
「う、うんっ!!」
フェイが慌ててカークの背中に手をかざし、光魔法を放つ。
傷口がゆっくりと塞がっていく――
「間に合え……!絶対に……死なせねぇぞ……!」




