218.控室
キースとダロムの壮絶な死闘。
そして、その直後に起きたダロムの、あまりに唐突すぎる死。
カイは、未だその余韻から抜け出せずにいた。
胸の奥に引っかかる何か――
敵だったはずの男の、あの最後の眼差し。あの言葉。
「キース……ちょっと待ってくれ」
先頭を歩いていたキースの背中に、カイが静かに声をかけた。
キースは歩みを止めるが、振り返らない。
手には、ダロムを貫いた金属の槍がしっかりと握られている。
「……キース、気持ちは分かる。……けどな、少し……少しだけ、立ち止まろうぜ。考えさせてくれ」
その言葉に、マリ、ルカ、カークも深く頷いた。
皆、キースを責めているわけではない。ただ、急ぎすぎることが危険だと感じていた。
キースは無言で、手にした槍をぐっと握りしめ――
そのまま、地面へ突き立てた。
「……ああ、そうだな」
静かに振り向くキース。
その顔には、怒りと悲しみ、悔しさが入り混じった複雑な表情が浮かんでいた。
「少し……熱くなりすぎてた。悪ぃ」
カイはホッとしながら、口元に少し笑みを浮かべた。
「……いや、気持ちは痛いほど分かる」
次の扉の前。カイがゆっくりと扉に手をかけた。
キィ……と軋む音が鳴り、わずかに開いたその隙間から、そっと中を覗く。
「……ここだ。ダロムはこの扉から出てきた。ってことは、ここは――」
カイが言い終える前に、扉を大きく開いた。
「ちょっと!カイ!開けて大丈夫なの!? 待てって言ったじゃないの!」
マリが慌てて声を上げたが、カイは一歩踏み込んだまま振り返った。
「大丈夫だよ……ここは、ダロムの部屋だ」
全員が、慎重に中へと入っていく。
そこには意外にも――広大ではなく、むしろ質素でこじんまりとした空間が広がっていた。
清潔に整えられた床。
壁にはびっしりと並べられたトレーニング器具。
ダンベル、バーベル、筋トレマシン……
あらゆる部位を鍛えるために設計された器具たち。
部屋の隅には、大きなベッド。
だが、最も目を引いたのは――
壁に飾られた、等身大のダロムの肖像画。
笑顔で両腕をクロスさせ、筋肉を誇示するようにポージングしていた。
「……ここは……」
カイが静かに言う。
「たぶん、控室だったんだろうな。ここでダロムはずっと待ってたんだ、誰かが“リング”まで来るのを」
その言葉に、ルカが小さく首をかしげる。
「……ずっと……?」
「筋トレしながらな」
そうつぶやいたキースとカークの目が、キラリと輝く。
筋トレ器具に興味津々。
一方で、カイとマリはダロムのポージング写真の前で、何とも言えない表情になっていた。
「……なんか、懐かしいな。」
「うん、はずかしい……」
カイがぽんと手を叩いた。
「よし! 一度ここで休憩しよう。ヒルダたちのことも気になるし、なんとか連絡がつかないか考えたい」
全員が頷く。
だが部屋には、くつろげそうなスペースがあまりない。
唯一、ストレッチ用と思われるマットの敷かれた一角があり、そこに皆腰を下ろした。
カイが改めて口を開く。
「……俺たちはヒルダたちと分かれて大聖堂に入って、気づけば“リウゼン”、そして“ダロム”と倒してた」
「三大執事……ってことは、あと一人、“ルルヴァナ”ってのがいる。そしてその上に“大司祭”がいる……」
キースがうつむいてつぶやいた。
「敵は……あと二人。ダロムが言ってた、“ルルヴァナの血には気をつけろ”って」
マリが真剣な表情で言う。
「そのルルヴァナってのと……大司祭ってのは、どれぐらいの強さなんだろうね……」
しん……と空気が重くなる。
そこで、カイが便利袋から小さなスマホ型魔導具を取り出した。
「これ……使えないかなと思って」
魔導具のボタンを押してみるが――
「………………」
反応が、ない。
「……やっぱりダメか。大聖堂に入った時からなんとなく感じてたんだけどさ……ここ、異空間っぽいよな」
皆が顔を見合わせてポカンとする。
マリがピキッと眉をひそめ、怒り混じりに言う。
「……なんでそんな大事なことを今言うのよっっっ!!?」
カイが頭をかきながら照れ笑い。
「いやー……気のせいかと思って……でも今確信したというか……あはは」
全員が一斉に叫んだ。
「カーーーーーーーイーーーーーー!!!!」
「ごめんってぇぇぇ!!!」
しばらく、魔導具をいじったり、従魔のグリフォンを呼ぼうとしたり、色々試したが――すべて失敗。
カイが両手で頭を抱える。
「くそー……なんとかヒルダ先生たちと連絡取りたかったのに……」
マリがぽつりと聞く。
「そんなに、ヒルダ先生と話したいの?」
カイが少し笑いながら答える。
「いや、ほら……敵が強いって言うじゃん。先生たちなら、なんとかなるかなぁって……」
マリの顔に脂汗がにじむ。
「……自信、ないの……?」
カイが天井を見上げながら、静かに言った。
「……強くなったと思ってる。でも、やっぱり先生たちがいた方が、心が楽になるんだ。ほら、保険というかさ……」
マリがふっと笑って、カイの背中をドン!と叩いた。
「何言ってるのよ!私たちもいるじゃないの!」
「結構強くなったんだから! ねぇ、ルカ!」
ルカが、少しはにかみながらも、しっかりと頷く。
キースがにやりと笑いながら、胸を叩く。
「へへ、俺だってまだ動けるぜ」
カークも同じく胸を叩きながら叫ぶ。
「我々もいますよ、カイ殿!」
カイが、自らの頬をペチンと叩いた。
「よし……よっし! いくか、みんな!!」
「おーーーーーーーーー!!!!!」
――拳を突き上げる仲間たちの声が、静かな控室に響いた。




