19.再び森へ
大会から数日が過ぎた。
街はまだ、優勝者の話題でにぎわっているようだった。
「優勝したのは……魔術師か。やっぱ、魔法が使えないと話にならないってことか」
俺は宿のロビーで、ぼんやりと天井を見ながら聞き耳を立てていた。
顔も知らない旅人たちが、酒を片手に楽しげに語っている。
──俺は予選の予選、そのさらに手前で退場だったからな。
街をぶらぶらしながら、そんな話を何度も聞いた。
でも俺には、それどころじゃない“ある探し物”があった。
「……どこにも、ねぇんだよなぁ」
商店を何軒も回ったが、どこにも売ってなかった。
俺が探していたのは──風呂。
「この世界って、風呂文化ないのか……?」
行きつけ(?)のギルドに足を運ぶと、受付嬢のカタリーナが笑顔で出迎えてくれた。
「こんにちは、カイさん! 本日のクエストは──」
「いや、今日は違うんだ。ちょっと聞きたいことがあってさ」
「はい? 何でしょう?」
「風呂って、どこで売ってるの?」
カタリーナの目が一瞬、素でキョトンとした。
「……お風呂、ですか?」
「そう。浴槽とか、湯船に浸かるようなやつ。欲しいんだ」
「えっと、それは……作っていただくものですね。普通のお店では、売ってません」
「作るって……誰が?」
「大工さんとか、建築ギルドの方々です。貴族様の邸宅にはありますが、庶民の家にはあまり……」
「じゃあ、いくらぐらい?」
「相場は分かりませんが……金貨100枚くらいでは?」
「き、金貨100枚!? えぐっ!」
「我々は基本、魔法で清潔を保ちますから。“クリーン”や“アクア・スプラッシュ”などの生活魔法で十分なんです」
「魔法で体きれいになるのは知ってるよ。でもな、違うんだ。湯に浸かるってのは、心の癒しなんだよ……!」
湯気に包まれて、心がとろけるあの感じが恋しいんだ。
「……あっ、カイさんの気持ち、少し分かるかもです」
「あはは、ありがとう。でもまあ、売ってないなら仕方ない。作るしかないか!」
「えっ、作るんですか?」
「うん、あの森の小屋の近くで。材料なら山ほどあるしな!」
「それって……あの、あの森に戻るってことですか?」
「そう。ヒルダさんにも一度、顔見せときたいしな」
「……お、お気をつけて」
「クロ、飛ばしていくぞ!」
「キャン!」
ウルフのクロを背に、俺は森へ向かって再出発した。
街道を抜け、見慣れた森の入り口が近づいてくる。
その手前、どこかで見た顔が待ち構えていた。
「おや、カイ殿ではないですか!」
──自警団団長、カークだ。
「ちょっと用事ができてさ、帰ることにしたんだ」
「なるほど、あの先生のお宅ですね?」
「……え? なんで知って……ああ、前に言ったか」
「その先生に、いつかぜひお会いしてみたいものですな!」
カークの瞳が輝いている。子供のような純粋さと、武人の好奇心が混ざっていた。
「それは……ちょっと待ってくれ。無許可で行ったら、たぶん殺されるか、ゴーレムんに投げ飛ばされる」
「そ、そこまで!? し、失礼しました」
「一応聞いてみるけど、あの人……機嫌損ねるとマジで怖いから」
「承知しました、無理強いはしません」
「ところでさ、こいつ紹介するよ」
俺は隣にいたクロの背中を軽く叩いた。
「クロ。俺の相棒」
「キャン!」
「おお、これはこれは……犬、いやウルフ、ですな。どうぞよろしく!」
クロは小さく吠えて応じた。なんだかちょっと得意げだ。
「では、また街で!」
「またな!」
カークに別れを告げ、俺たちは森へと戻った。
道なき道を突き進むこと、半日。
「着いたぞ、クロ……あれ?」
そこには、見覚えのある小屋が──なかった。
「……え?」
何度も目をこする。
確かにこの場所だった。間違いない。だけど……小屋が、消えていた。
木々の間から差し込む日差しが、ぽっかりと空いた空間を照らしている。
地面には、燃え残った薪の灰。草は踏みならされ、そこに人が住んでいた痕跡はあった。
「……まさか」
心臓が、ひときわ大きく鳴った。
「ヒルダ……どこ行ったんだ?」