100.作戦会議
夜も更け、小屋の外ではヒルダとオルガが、淡く光る魔導具を挟んでテーブルに向かっていた。
魔導具は、スマホのような形状をしており、静かに脈動するような光を放っている。
ヒルダが口を開いた。
「クルドの居場所は……知っているのか?」
オルガは肩をすくめる。
「さぁ~……っと」
どこか含みのある口ぶりだったが、ヒルダはその態度を見て本当に知らないと判断した。
静寂が流れる。
やがて、魔導具からカイの声が聞こえてくる。
『俺から質問が2つある』
「なんだ?」とヒルダが応じる。
『ひとつ目……転生された勇者の強さは、どれくらいだ?』
ヒルダとオルガはしばし沈黙する。
やがて、オルガが重く答える。
「正直に言うわよ。詳しい数値はわからないけど……四大魔女が束になって、ようやく五分か……それ以下かも」
魔導具の向こうで、カイが黙り込む気配が伝わってくる。
『……ふたつ目だ。フォースドラゴンの復活時期は本当に3〜4年後なのか?』
今度はヒルダではなく、オルガが答える。
「確かな日取りがあるわ。太陽と月が重なる“天の刻”――地球で言えば日食ね。
天文魔術の計算では、あと3年と数ヶ月。それが、復活の刻よ」
再び、魔導具越しのカイの声が沈黙する。
『……あと3年か』
ヒルダが問いかける。
「何か、考えがあるのか?」
しばらくの後、カイの声が返ってくる。
『俺はクルドを探す。そして、フォースドラゴンの居場所も突き止める。
そのあいだに、みんなが強くなって……転生勇者に対抗できるようにする。
俺も、もっと強くなる。絶対に』
その言葉に、ヒルダとオルガは思わず笑った。
魔導具の向こうでカイが不思議そうに言う。
『……え、笑うところじゃないぞ?』
ヒルダは笑みをこらえながら呟く。
「ふふ……どうせまた、真顔で言ってるんでしょうね」
その真っすぐさに、何かひらめくようなものを感じた二人だった。
ヒルダが真剣な顔つきに戻る。
「私たちは魔法を教えられる。だが……剣術となると話は別だな」
オルガが頷く。
「ちょうどいい人材がいるわよ。腕は確か、頭は少し残念だけど」
『あー、やっぱりいるのか。頼りにしてるよ』
カイの声が落ち着いた頃、再び質問が飛ぶ。
『王国と教会の動きは? 何か新しい動きはないか?』
オルガが答える。
「王国と教会は、今は勇者召喚の儀に集中している。
フォースドラゴンの探索部隊も出してるけど、こちらへの直接的な動きはない。まだね」
その報告に、しばしの沈黙があったあと――カイの声が怒りを滲ませて放たれる。
『……ヒルダ先生、頼みがある。
王国と教会に囚われてる子どもたちを、なんとか助けてやれないか?
俺、もう……頭のてっぺんまで怒りでいっぱいだ』
その声には、いつもの冗談交じりのカイは一切いなかった。
本気の怒りと、決意があった。
ヒルダは頷く。
「わかっている。私も、いずれそれを言おうと思っていた。
子どもたちは……助けねばならん」
『ありがとう。マジで、お願いします』
カイの声が消え、魔導具の光も徐々に薄れていく。
静寂が戻った森の中で、ヒルダとオルガはしばらく無言のまま、星空を見上げていた。
やがて、ヒルダの隣にいたオルガが、魔導具の静かな余韻に向かってぽつりとつぶやいた。
「――彼が本当の勇者だったら、よかったのにね」
それに、ヒルダは静かに、しかし確かな声で答える。
「カイは、きっと“勇者になる”さ。……いや、すでにそうなりつつあるのかもな」
空には、満天の星が輝いていた。
戦いは始まったばかりだが――希望も、確かにここにあった