99.うそのうらぎり
――森の小屋。囲炉裏の火が揺れ、重たい空気が室内を満たしていた。
ヒルダが、黒の魔力をまといながら、鋭く詰め寄る。
「なぜ、王国に協力しようとした?」
その気配はまるで魔王のよう。室内の空気が一気に冷え込み、闇に包まれる。
マリとルカは身を縮め、オルガでさえも、目を逸らした。
「……凄いわねぇ。あんたってほんと、魔族みたい」
苦笑まじりにそう言いながらも、オルガの額には汗が滲んでいた。
ヒルダの視線は揺るがない。
「答えろ。」
実にシンプルな言葉だった。
オルガは一瞬目を逸らし――そして、軽く肩をすくめた。
「……最初は、そうよ。王国と教会は、ギャラも待遇も破格だったし。
……でも、本当は“情報”が欲しかった。自分の目で確かめたかったの」
ヒルダの表情が少しだけ緩む。
「フォースドラゴンの復活の噂を聞いて、私はスタンハイム王国に潜り込んだの。
教会と王国の中枢部に近づいて、できる限りのことを調べたわ」
オルガは、目を細めて続ける。
「彼らは、フォースドラゴンを倒す気なんてなかった。操るつもりなのよ。
新たな勇者候補を媒体にしてね」
マリが口を挟む。
「その勇者候補って……もう召喚されているの?」
オルガは即座にかぶりを振った。
「いいえ、まだ召喚されてない。実は、“もうどこかにいる”って話は嘘。
それも、あえて情報を撹乱するための偽情報だったのよ」
全員が息をのむ。だとすれば――
「彼らの狙いは、召喚された勇者を使ってフォースドラゴンを従わせること。
でも、そのためには、“恐怖”というエネルギーが必要なの。
それを集めるために、子どもたちを誘拐して、恐怖や苦痛を与えている」
マリが震える声で尋ねる。
「そんなことして、勇者は大丈夫なの……?」
オルガの声は低く、冷たかった。
「――勇者候補は、“恐怖”から抽出されたエネルギーによって体と精神を完全に支配される。
心も、自我も、愛も、すべて奪われる。
最終的には、何の感情も持たない“魔法で動くゴーレム”のようになるのよ。
命令だけを実行する兵器――それが、彼らの求める“勇者”」
沈黙が落ちる。
誰もが言葉を失っていた。
ルカは唇をかみ、カークは拳を震わせていた。
ミーアは目を伏せ、小さく嗚咽をもらす。
その空気を断ち切るように、マリが声を上げた。
「じゃあ、カイは!? あいつも勇者なんでしょ!? まさか……」
オルガははっとして、マリのほうを向く。
そして、安心させるように微笑んだ。
「大丈夫よ。カイは、偶然召喚された本当の“間違い”。
本来の勇者召喚の“予備儀式”中に、事故で呼ばれただけ。
しかも“魔の森”に転生されたことを知った王国と教会は、
“どうせすぐ死ぬだろう”って完全に放置したの、でも、念のためにと言って
私が転生させた女神フェイとして情報を収集してたのよ」
「……ほんとうに?」
オルガは黙ったまま、頷いた。
マリは呆れたように顔をしつつも、安堵の息を吐いた。
「でも生き残って、こうしてるって、すごいよね……」
そのとき、ミーアが小さくつぶやいた。
「お兄ちゃんは凄いの。 でも……お兄ちゃんは、この話を何も知らないよ……どうしよう……」
ヒルダが魔導具を取り出し、ゆっくりと掲げた。
「――大丈夫。全部、聞いていた」
魔導具が淡く光り、そこからカイの声が聞こえた。
『……ミーア、みんな、ありがとう。全部、聞こえてた。安心したよ』
ミーアが笑顔を浮かべた。ルカも少しだけ、目元を緩めた。
マリが叫ぶ
「このバカカイが!!!」
ヒルダは魔導具を見つめながら、静かに言う。
「――あとは、あいつがどう動くかだ」
小屋の外では風が吹き、森がざわめいていた。
嵐は、もうすぐそこまで来ていた




