参拾頁目 幕引きの朝
――父はセグルアの技術者兼研究者だった。
その技術力は凡庸で、才能は並み以下。
それでも人生をかけて一つの研究に没頭し、
遂にある程度形の見える成果を出す。
それはセグルアの中枢たちの興味を買い、
一度は多額の出資まで行ってくれた。
父は喜んだ。研究所も用意してくれた。
成果物も世間に出せる寸前まで完成した。
だがその瞬間――セグルアは父を裏切った。
突如として父の研究を価値無しと認定し、
出資はおろか、研究所も国の物として
資産整理の名目で破壊してしまう。
父の研究は完成する事なく倉庫に埋もれ、
金に困った父は俺を育てるために
時間のほとんどを浪費させられた。
それでも父は嫌な顔一つせず、
俺を『學園』に進学までさせてくれた。
だがあの日、国が行う研究発表の日。
父は其処に出された物を見て遂に心が折れた。
魔光石のスポットライトを浴びていたのは、
勝ち誇ったように蒸気を発していたのは、
父の理論を使った兵器であった。
~~現在~~
「……!?」
機械技師アクアは瓦礫の上で目を覚ます。
負傷はあるが、欠損は無い。
自身の状態をそう観測する事で彼は
逆に言い表せないほどの疑念に苛まれる。
何故自分はまだ生きているのか、と。
しかしその答えはすぐ近くにあった。
彼の復帰を見て安堵していたのは、
直前まで殺し合っていたはずの魔物。
「どういうつもりだ? ベリル?」
「別に意識して助けた訳じゃない
生きてたら一応確認しとこうと思ってさ」
「は?」
~~同時刻・とある浮島~~
「ッ……アクア、ベリル!」
浮島に刺した光の鎖がゆらゆら揺れる。
眼下には帝都ラクアの灯り。
髪を揺らすのは酷く冷たい夜の風。
そんな空中で鎖一本にしがみつきながら
聖騎士団長ラルダは復帰を測る。
しかし絶えず移動する浮島の群れと
周囲を漂う龍脈が邪魔をして
彼女は結局空中での停止を余儀なくされた。
「ちっ、急がなきゃ――悪い魔物がいる……!」
憎悪にも似た色を映す瞳で
彼女はいずこかにいると思しき天魔を探す。
しかしその瞳が最初に認識したのは、
周囲を漂う汚染龍脈の違和感であった。
(この邪気!? まさかまだ――!)
~~上空~~
『――ア゛ル゛カイオォォォォス!!』
打ち破られた汚染龍脈の渦中から、
耳をつんざく発狂が如き怒声が飛んだ。
それはやがて周囲の汚染龍脈を
触手のように操って、
一斉にアルカイオス目掛けて突出する。
対するアルカイオスは
自身が操る龍脈の力でそれに抗するが、
大技を放った直後の十歳時の魔力量では
そこまでが限界。押し返せない。
「なん……で!? まだ動いてるんだよ……!」
自分から放たれる龍脈は弾かれ、
オリベルトの汚染龍脈だけが陣地を広げる。
まるで本来の形へと修復されるように、
まるでそうなる運命だったと嘲笑うように。
またそうして苦しむ幼帝の姿を、
同じ時、地上より宰相が見上げていた。
だが彼もまた己の無力を嘆くしか出来ない。
ここを死地を決めていた宰相は
全てを投入して今に至る。
偶然生きているだけのこのロスタイムに、
彼に残された切り札は一枚も無かった。
「陛下ッ!」
馳せ参じたい想いはあれど、届かない。
送りたい声援は山ほどあれど、届かない。
二人の脳裏を過って同時に口より出たのは
アサラの愛した『あの言葉』。
「「……所詮この世はあみだくじ」」
スタート時点でゴールは固定。
一見自ら道を選択しているようでその実、
複雑に移動しているだけの出来レース。
崩国の呪いは健在。万博は止まらない。
落葉の帝国が滅びる運命は変えられない。
まるで、そう言われているような気がした。
(くそ、くそ、くそォッ!!)
(もはや、ここまで……)
宰相は国の最悪な結末を幻視した。
そしてそれと同時に――
遂に皇帝に汚染龍脈の凶手が迫る。
「ぅッ!」
災いの手が、幼き皇帝の胸に伸びる。
――がその時、穢れた龍脈を矢が弾いた。
それは微弱な魔力を纏った普通の矢。
アルカイオスはその矢を射った者を探す。
そうして見つけたのは――
「……え、誰?」
――本当に知らないおじさんだった。
小さな浮島から弓を番えた髭の中年男性。
そして彼の周りには同じく弓を携えた
他の男性たちが数名ほど。
バラバラの服装で、唯一同じ部分は、
彼らの所属、否、信条をを表す旗印。
「北限解放軍ッ! 国を守れぇええ!!」
それは同時多発的に、
帝国万博の各地で同じように発生した。
しかも、各陣営の垣根を超えて。
~~万博南部・会場本土~~
「汚染龍脈には魔力での攻撃が有効だ!
出来ない奴はこの情報の伝達役に回れ!」
~~万博北部・浮島~~
「ここの設備はまだ動きやがるな……!
てめぇら、下で戦ってる奴らの援護だ!」
~~万博西部・建物屋上~~
「チッ、雇われ魔術師は割に合わん!
北限解放軍め、この一撃は追加料金だ!」
~~~~
「こいつぁ一体……?」
各地の変化を感じ取り、
満身創痍のソダラ公は我が目を疑った。
だがそんな彼の元にも変化は訪れる。
敵であったはずの北限解放軍兵士と、
宰相派帝国兵たちが彼の前に現れたのだ。
「んだテメェら、俺の首獲りに来たか?」
「逆だソダラ公。我々の首をやる……」
兵士たちの顔にあるのは疲弊の色。
されど瞳の奥にあるのは冷めない熱。
彼らは片膝を突き、猛将に懇願した。
「我らは孤立し、指揮役を失った」
「この首を預ける、指示をくれ!」
「ッ――! へっ、そうかよ……」
公爵は歯を見せて笑うと、
大剣を握りしめて集団の合間を抜ける。
そして己の武具を空へと持ち上げた。
「だがお前ら、忠を誓う相手がちげぇな
俺らのボスはアルカイオスだ!」
帝国の青き逆鱗はかざした大剣を前に向ける。
「テメェらが守るべき指示はひとぉつッ!!
陛下を救うついでに帝国も救って来ォい!」
拳を突き上げ、兵士たちが声を放つ。
それは各地で共鳴するかのように多発して、
目に見えない熱気と共に即座に広がった。
北限解放軍も、宰相派帝国兵も、
公爵派の帝国貴族私兵たちですらも、
今は一つの目的のために肩を並べた。
即ち――幼き皇帝を護るため。
「さぁ! 最後の『祭り』と行こうかァ!」
人々の喝采が砲撃音と混じり、
汚染龍脈が爆ぜる空。
起き上がったスポットライトが帝を照らし、
彼の真下を槍を担ぐ兵士たちが駆け抜けた。
そんなソダラ含む帝国人たちの奮戦を、
少し高い位置の建物にて見下ろすのは
オラクロン大公国のオスカー大公。
そして彼の傍に控える魔物ギド。
「かつて魔王様はチョーカ帝国を
聖騎士団以上の脅威と警戒されていました」
「何故だ?」
「人間が一番多くいるからですよ
人口が多く、技術の継承歴が長い
そういう国は『英雄』も生まれやすい」
セグルアに魔導機構があるように、
ナバールに超古代文明兵器があるように、
チョーカには人材という資源があった。
今日この日、それは帝国万博という
王維争奪戦にて内乱に消費されてしまう。
が、もしもこれが一つの指向性を得たのなら、
命を託しても良いと思える者の下で、
一丸となって振るわれたら。
それは魔王軍ですら恐れる力を持つ。
「全盛期チョーカの『人材力』!
私はふと、今の光景にそれを見ました」
「……で、あるか」
この時、大公オスカーは
それ以上を語る事なく沈黙した。
今の彼はもう帝国人ではなく、
この戦いに臣下としては加勢出来ない。
自らの選択を悔いる事もしなかったが、
ほんの少しだけ、羨ましさは感じていた。
そしてそんな彼の背中に
感情の読み取れない笑みを漏らすと、
ギドは一人先んじて物陰に進む。
すると其処にはいつの間にか
気配を隠していたセルスがいた。
「ヘリオとペツは無事復活したぞ
それで、貴様は動かんつもりかギド?
人類に大打撃を与えるチャンスじゃろ?」
「やりたければどうぞ?
ベリルにも言いましたが、私は止めません
ただし――」
魔物たちの長はその長く細い指を立てると
自身の唇にそって添えた。
どこか悪辣さもある笑みを浮かべた唇に。
「たった一回の大勝利では意味がない
魔王様を殺した人類は舐めない方がいい」
その言葉に混じる感情は殺意。
セルスは笑顔でそれを発するギドに
擬態でしかないはずの背筋を凍らせた。
そんな彼女の真横を平然と通り抜け、
ギドは星空に目を向けた。
「それに今は、若者たちの時間です」
~~天空~~
「地上で皆も、戦ってる……」
眼下に移る景色は皇帝の視座。
識別不能なほどに小さい人々が
汚染龍脈に攻撃を加えて援護に走る。
例えその声は聞こえずとも、
彼らの思いはひしひしと皇帝に届く。
「――終わらせよう、先生」
眼前に迫る汚染龍脈の渦に
アルカイオスは手を伸ばして力を放つ。
禍々しい紫色の力を押し退けて、
輝く緑のエネルギーが噴き出した。
人々の活躍によって汚染龍脈の力は弱まり、
アルカイオスは再び呪いの中の顔を穿つ。
『ゴァアァァァァァァァァ!!』
が、まだ足りないと皇帝は確信する。
オリベルトの憎悪の根源が尽きていない。
強大な一撃だけでは足りない何かが、
まだ崩国の呪いに力を与えていた。
『――ア゛ル゛カイオォォォォス!!』
「っ、一体、何が……!?」
刹那、鍔迫り合いを起こす龍脈の
強力な反重力エネルギーに攫われて、
一枚の絵画がふわりと皇帝の視界に入る。
それは他ならない、アサラの肖像画だった。
「――!」
確証はないが、確信はあった。
龍脈を汚染し続ける崩国の呪いと、
ベリルの中に未だ宿る傾国の呪い。
二つの呪いはアルカイオスの体内で
合流しようとしているのだ。
仮に崩国の呪いが幼帝を蝕んでも、
恐らくアルカイオスが死ぬことはないが、
代わりに傾国の呪いが発動して
その災いが周囲にバラまかれるだろう。
皇帝が寿命を迎えるまで、永久に。
それは帝国の自死という
氷令院の最終目標とも合致する。
つまるところオリベルトは未だに
アルカイオスの中のアサラを求めていた。
「プっ! なんだよ、だっせぇ……」
十歳の皇帝は、
かつて自立を促してきた教育係を笑う。
嘲笑と、断罪の意志を持つ瞳を以て。
「自立の時だよ、先生」
手にした龍脈の神聖なエネルギーを、
アルカイオスは自身の胸に押し当てた。
それは彼の体内で廻り始め、
血と肉に混じったアサラの呪いを
浮かせて外部に放出する。
『――もういいの? 私の坊や』
ふと記憶にない女の声が聞こえた。
しかしアルカイオスは声の主を悟り、
皇帝として相応しく胸を張る。
「うん、大丈夫だよ、お母様――」
所詮この世はあみだくじ。
開始時点で結末の決まった出来レース。
だとしても――
「この帝国万博で、
僕には多くの人との繋がりが出来た」
――繋がれば、
自分一人では見つけられない道が出来る。
道が現れれば、おのずと結末は変えられる。
「余にはこの国がついている」
それ以上、母の声は聞こえなかった。
代わりに起きたのは呪いの集約。
まるでアサラの意志を反映したような、
エネルギーの結晶が皇帝の頭上に浮かぶ。
それを見たオリベルトの怨念は、
発狂するような、或いは狂喜するような
人とは思えない声を上げた。
だがその声は、すぐに断末魔へと変わる。
「これが最後だ。オリベルト!」
集めた呪いのエネルギーごと刃に込めて、
皇帝は龍脈で形成した巨大な剣をかざす。
「『天極穿皇・断煌剣』ッ――!」
巨神の振りかざした光剣が、
万博を覆う禍々しい闇を裂く。
オリベルトの怨念は、
つんざく悲鳴と共に消滅した。
此処に、
帝国を蝕む呪いは完全に消え去り、
地平線の彼方から夜明けの光が顔を出す。
~~~~
「やった……のか?」
皇帝の奮戦を見届けて
アドルフは凡百の台詞を吐く。
父性にも似た感情の湧くその目には
いつの間にか涙も浮かび、
彼は思わず拳を握りしめ膝を突く。
が、まだ終わったわけではない。
むしろ本当に大変なのはここから。
何せこの巨大な万博会場を浮かす力が
一気に半分消えたのだから。
(……! 会場が墜ち始めた!)
汚染龍脈が消えると同時に、
万博会場は大きく揺れて落下を始める。
それは宰相でも立っていられないほどの
致命的な振動で、誰も何の対策も出来ない。
唯一手があるのはアルカイオスのみ。
動けない彼らの頭上を皇帝は飛翔した。
「陛下ッ!」
皇帝は自身に残る全てのエネルギーを
万博の浮遊に注ぎ込む。
だが巨大な本土と複数の浮島とで、
力は分散してしまい、
落下を止めるまでには至らない。
「速度が殺し切れていない、何か策は!」
宰相は全てに縋る思いで地上を見下ろす。
すると帝都ラクアでは既に、
事態を把握した帝国軍部が出動して
避難命令を出しているのが見えた。
指揮を行うのは宰相の部下の部隊。
アドルフが直々に選んだ忠臣であった。
それを確認するとアドルフは
全力で己の存在をアルカイオスに示す。
そして彼がこちらに気付いた瞬間に
最善ではない妥協策を与えた。
「浮島は減らせ!!」
「――! いいんだな宰相!」
皇帝は大き過ぎる浮島の人々に浮力を与え、
本土や別の浮島へと誘導を始める。
生存本能に従い彼らは速やかに動き、
無人となった浮島同士は
互いにぶつけて細かく砕いた。
やがてそれらは落石程度の大きさとなり
人払いの済んだ街に墜ちる。
「建物の被害は出たが、これで良い……!
あとは本土を上手く着地させられれば!」
「ダメだ! スピードが殺し切れない!」
本土の質量は大きすぎた。
浮島からの避難で力を消費した皇帝には
もうこの大質量を支えるだけの浮力は無い。
落下の速度を、相殺する力は無い。
(ここまで来て――!)
『そのまま続けろ、アルカイオス』
「!?」
声がしたのは持ち込んだ拡声器。
どうやら解放軍間での通話も可能で、
相手からの通信をキャッチした。
その声の主の名は――
「イオスお兄様!?」
~~帝国万博最下層~~
「お兄様、か……
そういやお前はずっとそう呼んでたか?」
元々地下だった空間には、
万博の浮上と同時に巨大な穴が開いていた。
其処からは外の景色もよく見えて、
夜風がかなり強く吹き荒ぶ。
そんな物寂しい空間の中で
イオス伯は血塗れの姿で壁にすがる。
腹から流れた血は既に致死量で、
立って動けるだけでも奇蹟の重症だった。
が――
「兄ちゃんなら、頑張んなきゃな……!」
腹違いの兄は弟のために奮起した。
そうして彼が生み出したのは
本来は相手の魔力を奪う黒い泥。
されど今は、万博を支える衝撃吸収材。
黒泥は万博の最下層を覆い始めた。
「俺が支えてやる! 安心して落とせ!」
『なぁるほど! 最期の抵抗ってか!?』
そんな彼を妨害しに
壁を突き破って現れたのはナバール王。
愛用の白亜の装甲車も健在で、
自国の兵士も引き連れ盗賊王は現れた。
「邪魔だ、ナバール王!!」
『こんなチャンスを逃すわけねぇだろ!
チョーカはここで終わっとけ!』
「グッ!?」
操作された砂鉄の鞭がイオスを打つ。
その一撃で彼は壁に叩きつけられ、
全身の穴という穴から血が噴き出す。
だがそれでも、泥は消えない。
彼は途切れそうな意識を繋いで
泥の維持にだけ全力を注いだ。
『マジか! あっぱれイオス伯爵!
だが無駄な努力だ、諦めな!』
「……諦め、る? それはねぇよ……」
『あ?』
「俺の、憧れた人は、諦めなかった」
脳裏を過るのは十数年前の記憶。
妾の子として村で惨めな思いをした中、
偶然出会い、帝国を壊してくれたあの存在。
白いマントに赤い髪を結ぶ好青年。
当時の役職名は機械技師。
魔王討伐後は英雄の二つ名――
「勇者ルベウスなら、諦めない……!」
イオスは折れた剣を手に取った。
ナバール精鋭兵が囲む中、
白亜の戦闘車両の砲門を向けられた中。
ナバール王の嘲笑が室内に響く。
やがて車両に魔法陣が浮かび、
光がイオスに向けて放たれようとした。
が、その刹那、一筋の太刀が車両を斬る。
「「ッ!?」」
『やっと見つけたでござる。異国の王よ』
『はぁ!? なんで、いやどうやって!?』
『信ある我が剣、斬れぬ物なし』
『ふざけんなぁああああああッ――!?」
ナバール王の装甲車は一刀両断され、
大破と共に噴き出した爆炎が
彼らを外壁ごと外に放り投げた。
超古代文明の遺産を斬ったのは波羅の剣士。
彼はイオスに振り替えると声を掛けた。
『見事な執念でござる隣国の王子よ
貴殿の最期、拙者が立ち会おうか?』
「……あぁ、そりゃあ良い……
寝そうになったら叩き起こしてくれ……」
『相分かった』
そこまで言うと剣士は装甲の解除を行う。
兜は外れ、肩鎧は折り畳まれて、
カシャンカシャンと軽快な駆動音を立てながら
蛮族を覆っていた全ての鎧が収縮していく。
やがてそれらは形を変えて一つに纏まる。
家紋が刻まれた『扇子』型として。
同時に鎧の中の人間の姿も露わとなった。
そこにいたのは黒い袴姿の若い青年。
長い髪を後頭部で纏めた、
赤系統の鋭い瞳を持つ好青年であった。
そして異国の好青年は扇子を懐に仕舞い込むと、
隣国の王子の前に腰を落とす。
「隣国の兵よ、存分にやれぇい!」
~~~~
「行けるッ!」
此処が正念場、此処が命の張り所。
齢十歳にしてその境地に至り、
龍脈を操りし皇帝は力を放つ。
そのエネルギーは万博全土を包み込み、
地上の避難民たちからは
神聖なる神の到来すら予感させた。
だが当の本人にそんなつもりはない。
今の彼にあるのは今この時この瞬間。
持てる最後の力を惜しみなく、
アルカイオスは解放した。
「余が国を、護るんだァ――――ッ!!」
泥の緩衝材とラクアの都市が接触する。
それは莫大な量の砂埃を発生させ、
空を一時的に覆い尽くした。
やがて土埃が晴れる頃、
ラクアの人々は落下物へ目を向ける。
すると其処には――
完全に停止した万博会場の姿があった。
「「ぉ、おおおおおおおおお!!」」
日の出が闇を払い朝を呼ぶ。
人々の歓声を産声に、
帝国史の新たな歴史が始まった。
~~会場内・とある場所~~
力を使い果たした皇帝が落下する。
残留した制御不能の浮力が
その小さな体を浮かべた事で
追突死こそ何とか免れたが、
既にその体には全く力が入らない。
「ぅ……ぁ……」
立つ事も、動く事も出来ない。
そしてそんな彼を狙ったかのように、
浮力を失った浮島の一つが
真上から飛来して来た。
「あ、死ん――」
「――天輪、灼火、果て亡き否定」
其れは皇帝の倒れた位置から
浮島を挟んで丁度真後ろの空の上。
朝と夜の狭間の世界に黒翼を広げ現れた。
狙うは眼前に見える無粋な瓦礫。
戦場一つ分の、幼子に迫る残留物。
「閉眼・『ロストワン』!」
生み出された赤き力の塊を、
落下の速度も加えて
天魔は躊躇い無く瓦礫に叩きつける。
直後アルカイオスを襲う浮島は
莫大なエネルギーによって打ち砕かれ、
瓦礫どころか塵となって消し飛んだ。
そうして脅威を取り払ったベリルは
アルカイオスの前に着地する。
不用心にも、黒い翼を広げた状態で。
「えぇ!?」
「あ……あぁ!?」
「えっ、ベリおまっ! えぇ魔もっ!」
(しまっ! これは――)
ふと脳裏を過ったのはシェナの記憶。
親友のエリーに正体がバレて
決別を選択するしかなかったあの記憶。
自身もそうなってしまうという事に
ベリルは「恐怖」を抱いていた。
が――
「かっけぇ!!」
――幼子の反応は
彼の経験には無いものだった。
「怖くない……の? 魔物が?」
「え、うん。だって余が生まれた時には
もうとっくに魔王も滅んでて
魔物なんてのも御伽噺の話だったし」
(そっか、魔物を知らない世代……)
「でもそっか! やっぱ僕の睨んだ通り
ベリルはすごい奴だったんだ!」
「――!」
大の字で寝そべる皇帝は無防備で
襲えばすぐに殺せる相手。
しかし何故かそんな気はさらさら起きず、
ベリルもまた彼の隣で腰を落とす。
口をついて出たのは溜息一つと定型文。
「ご無事で何よりです、皇帝陛下」
「……」
「何か?」
「いや、その……」
皇帝はベリルから顔を背けると、
どこか気恥ずかしそうに提案する。
「アル、って呼んでも良いぜ。お前なら」
「え……?」
「てか呼べ! 皇帝命令だ!」
「う、うん? じゃあ、アル」
「ッ~~! くるしゅうないベリル!」
十歳の皇帝は、年相応、
否、年齢以上に幼い笑みで喜んだ。
そんな彼の姿がどうにもおかしくて、
ベリルもまた笑いが込み上げる。
朝の陽ざしが冷たくも温かい。
二人の少年は戦場の跡で笑いあった。
――『■■■■■■■、■■■■■■』。
「!?」
ベリルはふと、
ある事に気付いて青ざめる。
そしてそんな彼らの気付かぬ所で、
岩陰からラルダが二人を観察していた。
~~三週間後~~
世界的にも類を見ない催し帝国万博。
本来は何か月にも渡り帝国を彩るはずだった
この祭典は、多くの被害と犠牲者を出して
僅か一日で終幕してしまう。
残されたのは巨大な赤字と
各国の重鎮を巻き込んだ前代未聞の惨状だけ。
帝国には国際的な非難が殺到するだろう。
――と、誰もがそう予想した。
が、現実は違った。
まず各国の反応は概ねが『沈黙』。
あの夜はあまりにも多くの旗が参戦し、
誰が誰を殺したのかすら判然としない混沌。
下手に突けば友好国に飛び火するかもしれない。
強国ナバールの強欲な王が無言を貫いた事で
その気配は一気に暗黙の了解として浸透した。
そして生まれた赤字については
死者に全てを押し付ける形で解決する。
死者とは即ち、イオス伯とオリベルト候。
彼らを今回の混乱の主犯格とし、
両名所有の財産、および彼らに同調した
反体制側の貴族の財産を全て没収する事で
帝国は万博での赤字を辛うじて埋め合わせる。
「結果、彼らチョーカ帝国は皮肉にも
内部の膿を全て吐き出す事に成功
多分、戦前よりも健全になりましたね」
「皇帝はどうなったの? 枢機卿?」
「はぁい団長! 一言で言えば追い風です!」
帝国中枢の筆頭だったソダラの後ろ盾。
独裁を続けてきた宰相との和解、理解。
そしてあの夜ラクアの民に魅せた
皇帝としての意地と力量。
全てが噛み合い、アルカイオスは
傀儡の王から真の王として再臨を果たす。
また彼は既に園外への支援政策も発表し、
敵対貴族から集めた資金を民衆に回す。
民目線では腐敗貴族を倒して
その金を国民に分けてくれた若き皇帝。
ひとまず当面の支持は安泰だろう。
「そ。ならもう聖騎士団が治安維持に
協力する必要はなさそうね」
「教皇からもさっさと帰って来いと
急かされ続けていますからね」
その言葉を聞き、
同行する若い騎士たちは歓喜する。
やや浮かれたその声に
ラルダは僅かに口元を緩め肩を上げた。
が、すぐに彼女の視線は余所に向き、
同時に脳裏には天魔の顔が過る。
(ベリルはオラクロンの人間と一緒だった……
公国は既に魔物の手に? いやそれとも?)
「どうしたのです、ラルダ団長?」
「……!」
聖騎士団と魔物は不俱戴天。
見つければ即、滅殺が当たり前。
しかし彼女もまた魔王軍を知らない世代。
代わりに目に浮かぶ光景は、
幼子を助けて共に笑い合う彼の顔。
(彼は敵、彼は敵! だけど――)
「何すか? 悪い魔物でも見ましたか?」
「――!」
ラルダは大きな決断をする。
「いや――『悪い魔物』は居なかった」
仲間たちが首を傾げるのにも構わずに、
ラルダは馬に飛び乗り鞭を打つ。
その心中にあったのは一つの決意。
聖騎士団長としてのせめてもの責任。
(公国は、ベリルは私が監視しよう)
~~オラクロン国境付近・野営地テント~~
「大公陛下、少しお時間いただけますか?」
オスカーとギドが話し合っている中、
いつになく丁寧な態度でベリルが入る。
あまりに余所余所しい様子が逆に不気味で、
大公は「今度は何をやらかした?」と
既に警戒態勢に入っていた。
しかしベリルはそんな彼を無視する形で、
一旦ギドの方に語り掛ける。
「友達作って来い、って宿題あったよね?」
「え? ええ。確かに出しましたが?」
「あれ出来た。僕にも人間の友達が」
「おお! それは良かった!」
「で、今連れて来たから紹介するね」
「はい! 紹か――え、連れて来た!?」
ギドは腹の底から声を上げる。
ベリルのいう『友達』というのが
チョーカ皇帝アルカイオスだと
思っていたからだ。
しかし少年が紹介したのは別の人間。
テントの幕を押し退け入って来たのは
青髪の、黒いコートの機械技師。
「彼はアクア君。仲間にしていい?」
「……小僧。仲間というのは?」
「彼も災禍遊撃隊に入れたいの」
少年の提案に大公は勿論ギドも驚く。
そしてギドが驚いたという事実を見て、
大公は即座に「構わん」と言い切った。
オスカーの知識の中には当然のように
アクアの評判も入っていたからだ。
(セグルアの天才。駒としては上物だ)
「良かったねアクア!」
「おぅ……ま、宜しくです」
「他に用は無いか小僧?」
「はい大丈夫です。ありがとうございました!」
そう言うとベリルはアクアと並んで
テントを後にしようと歩き出す。
その光景は確かに友人同士の距離感で、
大公は思わず鼻を鳴らし飲料を手に取る。
「そういやベリルお前さ?
ラルダに正体ばれてるけどどーすんの?」
「ブッッッ!!!?」
「ホントね。どうしよっか?」
「おい待て小僧」
強い怒気を孕んだ大公が
呼び止めた少年たちの背後に立つ。
その後に続いた正当なれど陰鬱な説教を
ギドとガネットは苦笑しながら見届けた。
~~数日後・オラクロン某所~~
帝国万博は終幕した。
チョーカは生まれ変わり勢いを取り戻す。
そこの皇帝とも良い縁が出来た事は
ベリルにとっても好ましい事だった。
復讐を目論む、魔物の彼にとって。
「……アクアを仲間に出来た事は幸運だった」
この戦いで公国が失った人的資源は軽微。
魔物勢力だけで見れば被害ゼロ。
得る物の方が大きい戦い。
がしかし、失った物が一つだけある。
――『■■■■■■■、■■■■■■』。
(ああ、やっぱりダメだ……思い出せない)
最後のロストワンを放った瞬間、
ベリルは――シェナの声を忘れてしまう。
言われた内容はまだ覚えているのに
それを音読してくれる声が無い。
そして徐々に、情景すら色褪せていく。
(急がなきゃ。急がなきゃ……!)
アルとの出会いは悪くなかった。
ラルダとの思い出は悪くなかった。
されど、それらが余計に復讐心を燃やす。
まるであの日爆ぜた怒りの感情が
時間経過で癒える傷と言われているようで、
そう言われているようで怖かった。
「早く、セグルアにッ……!」
~~とある図書館~~
「さぁベニトア。早くそっち持ち出して」
桃髪の美人が木箱を抱えて指示を出す。
命令されたのは眼帯をした長い黒髪の女性。
相手よりも高身長ながら、
大人しい雰囲気を出す女性であった。
「シンさん。私をこき使わないでください」
「良いじゃん良いじゃん! これも勉強だよ
来年度から君も學部長になるんだし」
「おねだりチャンスか何かだと思ってません?」
「まっさかー! 大変だよ學部長は!
生徒も同僚も天才ばっかなんだからここは」
直後、窓の外で蒸気が噴く。
歯車が回り、滑車が動き、魔法陣が浮かぶ。
同時に精霊たちがふわりと舞って、
中庭の生徒たちの指に止まった。
此処は魔導大国セグルア。
歯車と魔法の融合した世界。
そしてこの場所は、その最高学府。
「さ、授業にいきましょ!」
両名の退出と同時に扉が閉じる。
再び静寂が訪れた図書館は薄暗く、
外からの陽差しのみが斜めに走っていた。
そんな光の当たらない影の区画に
木造の周囲から浮く重たい鉄の扉が一つ。
表札には『禁書録』と書かれていた。




