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ラスボス育成観察録  作者: 不破焙
第弐號 閃滅翠聖/葬蒼凶機
48/49

拾捌頁目 万博、浮上

 ~~万博会場・南西部~~



 戦火と怒号が夕刻の薄暗い空を揺らす。

 未だ敵影は遥か遠方の彼方なれど、

 すぐにこの地も戦場となるであろう事が

 万博内のどこに居ても予見された。



「兵士長っ、これは一体何が!?」


「知るか! 帝国兵が狼狽えるな!」


「報告! 今し方ソダラ公旗下の出陣を確認!

 北限解放軍なる逆賊との交戦を開始!」


「おお! 流石は『帝国の青き逆鱗』!

 老いて尚もその勇猛さは健在だったか……!

 よし、我々も公爵の援護を――」


「た、大変です! 公爵軍が警備兵を攻撃!

 他貴族私兵の一部もそれに呼応し離反!」


「なにぃーッ!?」


「報ぉ告ーッ! 所属不明の魔導機構(マシナキア)多数!

 全勢力に対して無差別に攻撃を開始したとの事!」


「ふぇえ……?」




 戦況は乱戦、混戦、大混乱。

 戦いを始めた誰もが自分たちの所こそ

 一番の激戦区であると認識して、

 余所の様子など確認している暇がない。

 ほとんどの者が現状を正確には認識できず、

 後手に回った者ほど思考と足が長く止まった。


 しかしそんな中でも一部の者は正しく動く。

 自身の経験則と機転を信頼して、

 正しいと思う選択肢に手を伸ばす。



「皆さん! まだここに居ましたか!」


「オリベルト候……! どうか我らにご指示を!」


「まずは現状の報告……は難しそうですね

 誰か、陛下のお姿を見た者は?」


「宰相閣下と共に帝国博覧館(パビリオン)の中に!」


「アドルフと? ……妙な胸騒ぎがしますね」


「侯爵殿下! 我々は何をすれば……?」


「先を見据えて、優先事項を決めましょう

 お客様に何かあれば帝国の信用は地に落ちます」


「各国の王族たち!」


「ええ。冒険者と協力し彼らを一時安全な場所へ!

 そうですね……公国博覧館(オラクロンパビリオン)を貸して貰いましょう

 ビクスバイト公ならば協力してくださるでしょう」


「承知! して、殿下は?」


「僕は――」



 オリベルトが言いかけたその最中、

 遂に彼らの下にも凶手が迫る。

 飛び出して来たの松明と剣を握る逆賊。

 四、五名の解放軍兵士が候に襲い掛かる。


 だが侯爵は一切慌てる事なく敵を見据えると、

 振り向きざまに一閃、腰の剣を抜き去った。

 鮮やかな一刀は赤焼けの空に白い軌跡を残し、

 一斉に飛び掛かる敵を瞬時に切り裂いた。

 そうして脅威を取り除く姿に兵士が喝采する中で、

 オリベルト候は剣を鞘に納めて天を仰ぐ。



「――僕は陛下のもとに馳せ参じます」



 彼の両目は万博中央の建物を見据えていた。

 最上層に天命理書を蓄えた黒煉瓦の塔。

 会場内で最も背の高い、その場所に。

 だがいざオリベルトがその地に向かおうと

 足を踏み出したまさにその時、

 大地が突如、音を立てて揺れ動いた。



(ッ!? 地震……いやこれは!?)


「こ、今度は何だぁ!?」



 ~~少し前・帝国博覧館(パビリオン)~~



 帝国宰相アドルフにその手を引かれ、

 放心状態の幼帝アルカイオスは

 共に昇降機(エレベーター)の中へと入っていった。

 セレモニーのために完全封鎖されていたため

 機内には勿論、館内にも人の気配はない。

 完全に二人きりの状態で、

 アルカイオスは宰相と共に上を目指す。



「――! お、おい!?

 僕らはこれ……どこに向かってるんだ!?」



 ようやく暗殺未遂の恐慌状態から抜け出すと

 アルカイオスは宰相を見上げて問い詰める。

 だが彼は手に持つ謎の機械に目を向けたまま、

 皇帝の顔を一切見ないという

 臣下にあるまじき態度で応答した。



「天命理書を確保します。御身の安全はその後で」


(っ!? なんだコイツ……明らかに変だ!)



 北限解放軍が出現して間もなく、

 アドルフは即座に館内に退避した。

 彼の動きは混乱の中でも驚くほど速やかで、

 まるで最初から動線があったかのよう。

 特に入館時に近衛兵たちに出した

 外を守れ、誰も中に入れるなという指示は

 台本でも用意されていたかのようだった。


 そう認識した瞬間、

 アルカイオスの背筋がじんわりと滲む。

 先程まではどこか安堵も感じていた彼の手が、

 今は己を縛る手錠のように冷たく感じた。

 疑念、混乱、そして恐怖。

 黒く渦まく感情がぐるりと回って息詰まる。



(僕はっ……!)



 ――『まずは自立をしなきゃだ』



(ッ! ……!)



 背中を押したのはずっと師事した恩師の言葉。

 そして脳裏を過るのは憧れた今朝の背中。

 オリベルト侯とベリルとの出会いが、

 ほんの少しだけ幼きガキを勇者に変えた。



「くっ!」


「!? 何を――」



 まず手を振り払い、彼から離れる。

 幼帝の抵抗は完全に想定外のようで、

 思いのほか簡単に宰相から離れられた。

 だが即座に捕縛しようと手は伸びる。

 それに捕まってしまえば次は無い。

 勝負に出るならこの一瞬。

 幸いにして、昇降機の柵は隙間が広い。



「陛下!? 待ッ――!」



 軍部出身でタッパのデカい宰相では

 通り抜けられない僅かな隙間を

 齢十歳の傀儡皇帝は抜け出した。

 それと同時に昇降機は階層を一つ跨ぎ、

 宰相と幼帝の間に物理的な距離を生む。



「……陛下もお痛が過ぎる」



 宰相はすぐに次の階層で降りると、

 そこで全ての昇降機の動きを止める。

 これで幼帝は階段を使わざるを得ない。

 大人の足なら怯える子供にもすぐ追いつく。



(現在は私は第六階層。陛下は五階層……か)



 無人の博覧館で宰相の靴音が響き渡る。

 くるりと身を翻したその横顔には

 どこか不敵な笑みが浮かんでいた。

 そして下層に繋がる階段を目指す最中、

 宰相は手にした機械を起動させる。



「発動制限解除――」



 浮かぶ魔法陣に手をかざし、

 宰相は計画を第二段階へと移行させた。


 まず異変が起きたのは会場地下。

 万博の設営に携わった者の中でも

 極めて少数しか知り得ない秘密の空間。

 建前としての用途は下水道兼、地盤強化。

 事実、地下に取り付けられた無数の鉄柱は

 会場の水質と大地の安全性を担保した。


 そんな地下空間を、稲妻が走る。

 魔術によって形成された青黒い稲妻。

 それが狂った蟒蛇(うわばみ)の如く踊り、

 火花を散らして柱を壊す。

 瞬間、地下空間の警報が鳴り響き、

 暗い部屋が真っ赤に染まる。

 だが一度始まった崩壊は止められず、

 瞬く間に会場と大地を繋ぐ接続部位が破損した。


 普通なら、この後に起きるのは地盤沈下。

 自重に耐えきれなくなった万博会場が

 その背に乗せた小粒の生命と共に崩落する。

 それが自然。他の国ならそれで終わった。

 だがここはチョーカ帝国の中心、『龍園』内。

 引き裂かれた大地の下から現れるのは、

 煮えたぎる溶岩でも、古の魔物でも無い。


 現れるのは帝国特有のエネルギー。

 大地の亀裂より溢れ出すのは

 薄緑色に輝く龍の波動。



「――()()()()、帝国万博」



 ~~~~



 大地は浮かぶ。

 鳴動と共に瓦礫を脱ぎ捨て、

 万博は背の低い逆円錐形と化して浮上する。

 その背に乗せられた人々の反応は

 十人十色の百人百様。


 皇帝の首を取ると息巻いていた解放軍は

 計画に無い突然の出来事に喚き散らし、

 それとは真逆に無感情な魔導機構(マシナキア)軍は

 各々のセンサーで情報収集に努めた。

 帝国兵は公爵派も宰相派も関わらず混乱し、

 歴戦の冒険者は何かに掴まり身を護る。


 何万人もの人間がその場にはいたが、

 彼らに出来たのは精々が現状の把握と自己防衛。

 今この瞬間に先を予想するにまで至ったのは

 ほんの一握りの強者のみである。



(敵を逃がさないつもりなのだろうが……

 これでは自分の退路も断つ事になるぞ!?)



 急上昇の負荷に耐えながら、

 オリベルトは心中で宰相の判断を非難する。



「つまりこれは宣戦布告なんだろう、閣下?

 全員まとめて此処で潰すってなァッ!」



 大剣を地面に突き刺して

 振動から身を守りながらソダラは笑う。



「ハーッハッハッハッハッハァッッ!!

 遂に見させて貰ったぜ! 『龍脈』の力ぁ!」



 ナバール王は両手を広げ歓喜する。

 彼のみがこの場で唯一、

 己の欲望にのみ向き合っていた。



「楽しそうですねナバール王」


「あぁイオス! 今が最ッ高に良い気分だ!

 帝国機学府が独占し続けた力の一端を

 こんなシチュエーションで拝めたからな!」


(『龍脈』……ね)



 其れはチョーカの基盤にして繁栄の一因。

 かつて帝国はこの龍脈の流れる土地を龍園とし、

 その他全ての領土を園外として区別した。

 しかしそれは何も差別意識による物では無い。

 仮に当時は政治的要所であった土地も

 容赦なく園外として区別されたのは、

 事実その地に龍脈が無かったから。

 龍の気として定義付けられたその力は、

 万物を浮上させる未知の力――



「――『()()()()()()()()』、か」


「イオス! お前が王になったら

 俺たちナバールにもこの力を分けて貰うぜ?」


「どうぞご自由に

 ナバール無しでは俺は皇帝にもなれませんから」


「ふはっ! 利口な奴だ!」



 丁度そう告げたのとほぼ同タイミングで

 万博の浮上は一旦停止し、戦場は夕空に揺蕩う。

 ナバール王は今にもスキップしそうな様子で

 身を翻すと、部下もイオスも引き連れて

 自国の博覧館内に戻っていった。


 その道のりで飛ばされた指示が二つ。


 まず精鋭数名に下された散開命令。

 各地の戦況をいち早く把握し

 かつ有利に進めるための刺客の派遣だ。

 そしてもう一つ、残る部下に下された指令。

 それは会場に展示している『兵器』の起動だ。



「謎の魔導機構(マシナキア)軍団が出現したらしいな

 やっぱ、武器を混ぜ込むなら展示物だよなぁ!」



 砂漠の王は、

 持ち込んだ兵器を覆う

 巨大な布の封印を解除させる。

 イオスはその下から現れた兵器に目を見開いた。


 光を拒むように鋭く反射する白銀の外殻。

 飛翔のためではなく威圧のために在る刃の羽。

 機体全体は有機的な曲線と幾何学的な鋭角が混在し、

 金と橙の導線が絡みつくように走る胴体には

 祭具にも似た神聖さが降臨していた。



「これは……!」


「神代兵装『オル=ヴァリス』!

 昨年発掘されたばかりの超古代文明戦車だ!」



 声高々にそう自慢すると同時に、

 ナバール王は上着の下に隠していた

 黒い強化操縦服を起動させる。

 こちらも同様に超古代文明の遺産のようで、

 共鳴したオル=ヴァリスは操縦席を解放した。

 そうして臨戦態勢となった戦車の上に、

 砂漠の王は足を乗せる。



「乗ってくかい?」


「いえ結構。天命理書(もくてきち)には自分の足で辿り着きます」


「はぁん? なんかそういう慣例(ルール)でもあんのか?」


「……強いて言うなら信条(ポリシー)ですかね?

 俺の憧れてる偉人ならこういう時、多分歩く」



 脳裏に何者かを思い浮かべ、

 銀髪の少年はフッと笑みを魅せる。

 だがその笑みは、思い出を探るにしては

 あまりにも凶悪な相貌(そうぼう)をしていた。



「歩いて来て、()()()()()()()()()()!」


「……あっそ」



 どんな災害に憧れてんだか、と

 ナバール王は若き破壊者に呆れかえる。

 ともあれこれで二人は別行動。

 早速歩き出したイオスの背を見送り、

 ナバール王ボルダーオ四世は戦車を動かした。



「じゃ、俺もちょっと好きに動こうかな!」



 ~~公国博覧館(オラクロンパビリオン)~~



「で! 我々はどうしましょうかねー?」



 あえて気の抜けた声を出し、

 ギドは周囲の仲間たちに語り掛けた。

 北限解放軍の出現から万博会場の浮上と

 度重なる混乱に襲われた多くの人々は

 帝国兵の誘導されるがまま、

 侯爵の指示通りに大公オスカーを頼った。


 結果、公国博覧館(オラクロンパビリオン)

 一時的な避難所として利用され、

 今は各国の重鎮や無垢な民で溢れている。

 そんな人々の姿を二階から見下ろすベリルの横で、

 災禍遊撃隊唯一の人類ブルーノが声を発する。



「専守防衛以外にありますかな?

 我らオラクロン勢力が動く意味がまるでない」


「妾も同感じゃな。幸いここは食料(エサ)に困らん」


「ほぉーらセルス殿もこのように……え?」


「冗談じゃ」



 鼻頭に指を添えて美しく微笑む人食いに

 ブルーノはギョッと青ざめて固まった。

 するとそんな彼を押し退けて

 今度はベリルがギドの前に歩み寄る。



「じゃあ僕らは終戦までここに居るの?」


「そう指示がされれば従うだけですね……

 まぁもし私が大公陛下の立場ならば

 そんな()()()()事はしませんが」


「え?」



 直後、彼らのもとに大公が現れる。

 そして不敵に微笑むギドの予言通り、

 彼は専守防衛とは真逆の指令を下す。



「出動だ。災禍遊撃隊(カラット)――」



 オラクロン大公国の立場は中立。

 チョーカ、ナバール、セグルアの三大国が

 お互いに牽制し合っているからこそ

 成り立っている経済圏だ。

 しかし時代が変われば立場は変わる。

 この明らかな歴史の転換点に、

 何もしないはあり得ない。


 ならば次に考えるべきは身の振り方。

 即ち、誰を助けて、誰の敵になるか。

 戦後の玉座に座る候補は四人。

 現状維持の幼帝か、他三名の誰かか。

 大公オスカーはその結論をまず述べた。



「我々はオリベルト候を支援する」



 公国にとっての最悪はイオスの勝利だ。

 伯爵は既存の権力階級とは仲が悪く、

 恐らく北限解放軍も彼の手引き。

 彼が勝利すれば今ある帝国との繋がりは

 ほぼ全て破棄されるであろう事は明白だった。

 加えて彼の背後にはナバールがいる。

 二つの大国が手を組んだ時、

 道中のオラクロンは最早邪魔でしかない。


 似た理由でソダラ公の即位も好ましくない。

 彼のオラクロンに対しての態度は

 明らかに敵対的であり、

 帝国との関係悪化が目に見えている。



「つまり、公爵派と伯爵派は()()()()

 この戦場において積極的に妨害するべき、と」


「うむ。遊撃隊長の認識で正しい

 逆にオリベルト侯爵を援護したならば

 戦後の友好関係も今以上のものが望める」


「っ……あの、陛下……」


「なんだ隊長代理?」


「宰相……いや、皇帝はどういう認識ですか?」


「ふむ。結末としては、次善、だな」



 皇帝アルカイオスの生存とは即ち現状維持。

 取り立てて良い事も無いが、悪くも無い。

 しかしあくまでも次善と言ったのは

 それが高難易度のミッションであるから。

 現状維持が成立するための条件には

 幼帝、宰相、そして天命理書の三つ全てが

 揃っている必要があるからだ。

 この乱戦下で守るもの三つは多過ぎる。



公国(われわれ)では頭数も足りない。侯爵最優先だ」



 他の魔物たちが軽い了承の返答をする中で、

 ベリルは一人、閉口していた。



 ~~同時刻~~



 とある国の博覧館(パビリオン)の屋上で

 武装した一団が眼下に広がる戦火を眺める。

 その数、たったの七騎ぽっち。

 されど彼らこそこの戦場での最強勢力。

 人界の守護者――エルザディア聖騎士団。



「ラルダ団長。情報収集完了っす!」


「なのです!」


「二人ともお疲れ様。では枢機卿」


「お任せください我が愛しのラルダ団長ッ!」



 人界最強勢力は情報収集に関しても一級品。

 ほとんど何も知らない状態から

 彼らは見事に現状把握に成功する。

 そして枢機卿が速やかに、

 現在戦闘を開始している勢力の詳細を綴る。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~


 革新派(イオス陣営):ナバール兵、北限解放軍

 ・現政権の打倒を掲げる勢力

 ・総勢約16000名(3000名+13000名)


 保守派(既得権陣営):正規帝国兵、冒険者

 ・現政権に仕えている勢力

 ・総勢約10500名(9000名+1500名)


 第三派(ソダラ陣営):公爵私兵、他貴族私兵

 ・混乱に乗じて政権奪取を狙う勢力

 ・総勢約8000名(3000名+5000名)


 所属不明:謎の魔導機構(マシナキア)

 ・無差別攻撃を行う勢力

 ・総勢約700機(人間換算14000名分)


 ~~~~~~~~~~~~~~~~



「っと、大まかに分類すればこんな所でしょう

 どの勢力も他の陣営を敵と見做しています」


「それに加えて、多分これって、

 皇帝一人死んでも終わらないわね?」


「然ぁりッ! さッすが愛しのラルダ団長!」



 数秒前とは比較にならない程の熱量で

 褐色紫髪の枢機卿は祭服を揺らし喝采し、

 それを受け取るラルダは耳を塞ぐ。

 そんな様子の二人に話しかけづらかったのか、

 若手騎士アイリスは小声で

 隣の同期レオナルドに質問を投げた。



(ねぇレオ。終わらないって何故なのです?)


(各陣営の目的がそうなっちまうって話っすよ)



 保守派にとって国賊は全員討伐対象。

 革新派にとって第三派も帝国の腫瘍。

 第三派にとって継承権上位は全て敵。


 そもそも現段階で全勢力に攻撃を行っている

 魔導機構(マシナキア)軍の事を除外したとしても、

 この戦いはどこか一陣営になるまで終わらない。



(正にバトロワって訳っすね)


「左様! 卿は非常に良い事を言いますね!」


「うぉ地獄耳……てか枢機卿猊下?

 そういう事ならさっさと動くべきでは?」


「というと?」


「俺たちが各地にバラけて制圧するんすよ

 てか団長がひとっ走りすりゃ終わりじゃ?」


「ふーん。卿は非常に悪い事を言いますね」



 声のトーンに合わせて、

 枢機卿を取り巻く空気ががらりと変わる。

 若手騎士が「しまった」と口を押えた時には

 高僧からのご高説は既に始まっていた。



「敵はこの日のために多くの準備をしてきたはず

 対して我々はいわば巻き込まれた側の人間

 簡単に御せる相手だと思わない事です」


「う、うす……」


「枢機卿の言う通りね。これはもう立派な戦争

 ……こんな事なら紅牙騎士(リオン)鉄槌騎士(グラウス)か、

 せめて陽炎騎士(ミリエル)だけでも連れて来るべきだった」


「無いものねだりですな。此処に援軍は来ない」


「わかってる。……あ」



 他人の顔を思い浮かべていたからだろうか、

 ラルダは不意にある人物の顔が浮かぶ。

 だが枢機卿が「如何しましたか?」と問うと、

 彼女はどこか気恥ずかしそうに顔を反らし、

 やがてどうにか悟られないようにと

 遠回しな表現で聞いてみる。



「オラクロン大公国は、どうしてるかな?」



 彼女の脳裏に浮かんでいたのは、

 共に踊った同年代の少年。

 可愛らしさの残る顔のベリルであった。

 そんな彼女の心中を察したのだろう。

 枢機卿は今日一番に低い声で応答する。



「公国博覧館に各国の要人が集結しつつあります

 恐らく、避難所として開放したのでしょう」


「! なら彼らの護衛にも人員を割きましょう」


「了解なのです! アイリス向かいます!」


「じゃあこっちは遊撃隊っすかね!」


「ええ。私は皇帝陛下の安全確保に――」


「――()()()!」



 団長の発言を枢機卿は止めた。

 その一声には他の聖騎士団員も硬直し、

 昂っていた戦闘意欲は一瞬にして霧散する。

 だが例え他の騎士たちに睨まれようとも、

 枢機卿は聖騎士の在るべき指針を示す。



「我々は人界の守護者にして世界の調停者

 故に任務は民間人の保護に()()()()


「……帝国の存亡には関与しない、って事ね?」


「なっ!? 皇帝は死ぬかもなのですよ!?

 まだ十歳の子供が……政治的な争いで!」


「関係ありません。それは帝国内の事情

 我々の仕事は人界の平和を保つ事

 戦争が起きた時点で我々は一敗です」


「帝国守って挽回、じゃダメなんすか?」


「新国家と仲良くする、でも挽回は可能です

 元よりこの国は革命によって成った国

 帝国は革命での政権交代を否定できません」


「「っ……」」



 この場に枢機卿の発言を覆せる者はいなかった。

 若手組は団長がその役を買ってくれる事も

 期待していたようだったが、

 まるでそれを潰す先制攻撃かのように、

 枢機卿はモノクルを妖しく光らせ

 遊びのない顔をラルダの耳元に近づけた。



「嘆願書なるものをお出しになられたとか?」


「……!」


「貴女はエルザディアの聖騎士団長

 くれぐれも、一方に肩入れし過ぎないように」


「分かってるわよ――」



 一人の聖騎士の中で方針は固まる。

 少女の本心を鉄の鎧の中に仕舞って、

 彼女は真に求められる役割を全うした。



「我々は民間人の保護にのみ動きます!」


「「――!」」


「枢機卿とアイリスは公国博覧館(オラクロンパビリオン)で護衛を!

 他は各地に散開し逃げ遅れた者の保護を!」



 本音はどうあれ、彼らは世界の調停者。

 それは若手組であっても変わらない。

 団長からの正式な指令も下ったのなら最早、

 任務を蔑ろにする愚者は居なかった。



「「承知ッ!!」」



 ~~とある連絡橋~~



 青髪の少年が戦場を闊歩する。

 右手を長い黒コートのポッケの中に仕舞い、

 左手で握る飲料缶をストローで啜る。

 まるで観光地の散歩かピクニック。

 ただ一人、アクアは呑気に戦場を歩いていた。



「そこのお前! 敵か!? 敵だな!」



 アクアに向けて兵士の一人が飛び掛かる。

 所属は北限解放軍。イオス派の雑兵。

 しかし彼の接近に少年は視線を向けるも

 抵抗の素振りは全く見せず、

 代わりに慌てた様子で割り込む冒険者が

 解放軍兵士の攻撃を捌きその首を刎ねた。



「君! こんな所で何をしている!?」


「んー? んま、でーてぃやひゅうひゅうひゃな」


「人と話す時は飲むのをやめなさい!

 とにかく一緒に来て! 安全な場所へ送ろう」


「あーいぃいぃ! ぷはっ! あんた敵だし」


「え?」



 刹那、けたたましい駆動音が鼓膜を劈く。

 それと同時に冒険者が目撃したのは、

 少年の腕に取り付けられた魔導機構(マシナキア)

 アクアの胴体と同じサイズのその巨大兵器が、

 魔力で構築された巨大な刃を生やして

 冒険者の体を引き裂く。

 斬られたと認識した時には既に、

 冒険者は少年の足元から彼を見上げていた。



「な、ぜ……?」


「悪ぃね。俺の目的も、皇帝なんだわ」



 ~~~~



「――やっぱり、僕、皇帝(あいつ)を優先したい」



 ベリルがそう言葉を発した時、

 誰よりも驚いたのはギドであった。

 故に彼は叱ろうとした大公を遮ると、

 少年に目線の高さを合わせる。



「そんなにあの幼帝が気に入りましたか?」


「いや……むしろちょっと嫌いまである」


「おや。では何故彼を優先したいのです?」


「それは……」



 保護者の問いかけで

 魔物の仔は改めて自分の気持ちを言語化する。

 人類の文化や発明は好きだが人間個人は別。

 幼帝もその枠組みから外れた訳ではなく、

 むしろ傲慢な態度は鼻につく。


 だが、だが彼もまた

 亡くした者への思い出に縋る迷子の一人。

 母親を失い、形見に抱き着き、

 それでも尚皇帝としての役割を背負う姿は

 まるで歪んだ鏡を見ているようだった。


 そう――ベリルは共通点を見出していた。

 地位も国境も超えた少年『アルカイオス』に、

 今までの自己を重ねて投影していた。



「頑張ってる奴が報われないのは、腹が立つ」


「……そうですか」



 ギドは溜め息と共にそう吐き捨てる。

 彼がどこまでを読み取ったのかは

 ベリルにはさっぱり見当もつかない。

 だが、保護者は子が最も自由な道をくれた。



「大公陛下の指示には我々が従いましょう

 ですので、ベリルにのみ、別行動の許可を」


「待て。それは流石に――」


「仮に幼帝が勝っても問題は無いのでしょう?

 何より、この子はいつも我々の予想を超える」



 大公はベリルの顔を凝視した。

 思えばここ数日、この魔物の少年は

 別行動する度に何か大事を持ち込んできた。

 目を離せないトラブルメーカー。

 されど今は戦時でここは戦場。

 トラブルメーカーは常人の想定を凌駕する。

 そう考えてくれたようで、大公は根負けした。



「……良いだろう。好きにしろ」


「――!」



 奇しくも、この戦場には三人の若者がいた。

 どれも年齢は十五歳から十七歳。

 渦中の幼帝を除けば最も若い次世代の三人。

 若くも大人顔負けの優秀さを持ち、

 自己の進退を決定出来る力もあった。


 その上で、彼らはそれぞれ別の選択をした。

 一人は持ち込んだ機械の武器で場を乱す。

 一人は立場を弁え調和のために剣を取る。

 逆に残る一人は自己を主張し翼を広げた。



「ではベリル。くれぐれも気を付けて」


「うん。行ってくる!」



 正しく其の決断は三者三様。



「俺は――」

「私は――」

「僕は――」



 掲げる()の色は決めた。



「――幼帝の首を取る!」

「――幼帝に干渉しない」

「――幼帝を護り抜く!」



 飛翔するベリルの前に、

 連射銃を携えた人型魔導機構(マシナキア)が立ち塞がる。

 しかし天魔はその勢いを殺すどころか、

 逆に加速し翼の剣を引き抜いた。



「どっけぇええええ!!」



 一閃が、月の如き弧を描く。

 自ら道を切り開き、ベリルは戦地に飛び立った。



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