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Sweet Voice  作者: 葉未
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8th story:逃避と結論

スタジオ・レミエルの事務所は目立たない場所に建ってるけど、結構広い。見た目が古いのは、内装と機材に優先的に予算を割いたからだそうだ。

「見た目なんてどうでもいいよねー」というのが第一プロデューサーの主張だけど、プロデューサーより少し真面目で堅い感じがする第二プロデューサーは、「そろそろいい加減丁度建て替え時期だよ」と言っているのを聞いたことがある。

けど、お陰で中は綺麗だ。縦に長くて、一階がエントランスや事務所や広報室、二階から四階がスタジオ兼制作室、五階六階がミーティングルームで、どれもレンタルできる。

どこも機材はそれなりらしいけど、所内で使う部屋はスタジオも制作室もミーティングルームも決められている。

そんなわけで、決められたミーティングルームに向かった。

何度も出入りしている会議用の部屋だ。ちょっと階段登るのが面倒くさいが…。

ノックしてから遠慮無く正行がドアを開ける。


「宜しくお願いしまーっす!」

「宜しくお……!?」

「……」


部屋に入ってすぐ、緒倫と目が合った。

先に来ていた数人にも満たない事務所のスタッフと一緒に、一足先に座席にロの字に組んである机の端に座っている。

…え? 何でだ?

俺、今日、学校終わって速攻で来たのに。

ホームルームだって遅くなかったぞ。寧ろ早かったから、絶対緒倫より早いと思って、逃げるように出てきたのに。


「ぁ……」

「おい、止まんなよ。…どーも。こんちは。えーっと…、天海君だっけ? 俺、春日野。宜しくネ」

「…ス」


一瞬、足を止めた俺を邪魔そうにしながら、正行が前に出て緒倫の隣に持っていた資料を置く。

前のめりな正行の挨拶に、緒倫は一瞬俺を見つつも奴に対応することにしたらしい。


「隣いい?」

「…どうぞ」

「まだ高校生なんっしょ? 背ぇメチャ高いよなー。俺も結構あっけど、抜かされてっかも。何センチ?」

「……」

「失礼しまーす。効果より参りました、与根ですー。ここ…でいいんすかね?」

「左近田いるからここっしょ…っと。よー、左近田ぁ、どしたの? 座らねーの?」

「え、あ、いや…!すみません…!!」

「お前すごいねー。最初っからキャスト在りきで動く企画ってなかなかないっしょ。内部の仮録りから本人ってどゆこと? 宜しくね」

「あ、ハイ。宜しくお願いします」

「僕も宜しくね。音楽の方今回僕が主軸なんだよー!緊張すぎてヤバイ。つーかいつからウチとかガチで請け負いやりだしたの? この間までちょろちょろっとしたやつだけだったじゃん。勝負所崩したら先輩に殺される~」

「やー。けど手ェ出されんのもイヤっしょ、正直。お前折角専門は作曲だったんだし。ベースは先方から預かってんだろ? いつもみたいにパーッとやれば」

「そりゃうれしーけどー、だって今回音響が音無さんなんだもん…。鬼じゃん」

「そうか? 俺あの人と仕事すんの好きだけど。やってる最中は死んでるけど、終わるとすげー成長感じる。前回の区役所の観光PVもさー…」

「はぁーい、どもー!広報お邪魔しまーす!端っこで聞かせて……あっ、左近田ー!アンタ主役おめでとー!流石一位が見つけた金卵だわ。ウチに大金運べよ!?」

「わ…。あ、どうも…」

「ところで春日野は? …あ、いた!春日野ー!ちょっといいー!?」

「うぃーっす。なになに?」

「アンタちょっといい感じよ、最近。後で話すけど先に資料投げとく。見といて」


俺が入り口で立ち呆けている間に、次々と人が入ってくる。

周囲で一気に専門的な会話が凄まじい速度で飛び交い、いつも他のスタッフの中にいると目が回る感じがするから、慌てて端っこに避難した。

一部の有名な声優とかはファンがいて雑誌とかにも載ってるから、とても煌びやかで芸能人みたいなイメージがあるけど、スポットライト浴びるのはそこでも、実際にやってみるとその作品を創っている周囲の技術職のスタッフの方がすげえプロっぽい。

だって録った時は、本当に何でもない俺の声で、ちょっと寂しく響く。

けど、それをこの人達があれこれやると、まるで魔法みたいに作品になっていくんだ。

…何となく、一緒にいるのが申し訳ないんだよな。チームだってことは分かってるんだけど。

俺なんかホント下っ端だ。端っこでいい。

けど、緒倫たちの方には行きたくない。

同じ班員が複数人いる場合、遅れでもない限りまとまって座るのが普通だけど、何となく俺は二人とは反対側の座席に座ることにした。


「…はあ」


無意識にため息が出た。

…やばい。緊張してる、俺。

どうしよう。顔上げらんねー…。

苦し紛れに前に貰った台本を開いたりしていると、音響兼場を取り仕切る音無さんがやってきた。


「みんな、おつかれー」


少し嗄れているけど、おっとりした柔らかい声にみんな一斉に返して、自然と素早く席に着く。

三十歳半ばの眼鏡のお兄さんで、素朴な感じだ。けど、言いたいことは言うし謙遜はしないし(ここが一番俺的に驚いた)自惚れもしない、すごく冷静で落ち着いていて大人オーラが出ている。俺たちにとってもいい兄貴分だけど、現場みんなのリーダーさんの一人だ。


「えー。では、メンバー揃ったので所内ミーティング&声合わせを始めたいと思います。スタジオ・レミエル『みずいろのぼくら。』チーム、本日ここに結成致します。いつもチャレンジャーなご依頼主サプソンズ様ということで、今回こちらでは多少冒険気味に、各課各班より起爆力のあるメンツ、伸びしろ重視のメンツを推してもらって揃えたつもりです。宜しくお願いします」


音無さんが頭を下げると、部屋にいる全員から「お願いしまーす!!」と結構な大声で返す。

勿論俺も参加する。


「既にみんなには話がいってると思いますが、今回はちょっと何もかも異例です。本家の企画初期の状態で、同時進行的に話が来ました。ウチによくしてくれているサプソンズのアディラスチーム総括プロデューサー、筧さんからのラブコールを頂きまして、ウチの左近田さんが主軸となっています。キャストが決定している状態での企画は異例ですが、どうやら筧さんとウチの一位が共謀したようです。若手育成が一位の狙い所のようですね。狸ですからねー、あの人」


ふう…と音無さんが冗談めいてため息を吐いたので、場にくすくすと笑い声が生じる。

けど、勿論俺は笑えない。

…ああ。本当に大事な話なんだな。

筧さん…。

良くしてもらって申し訳ないけど、ちょっと馬鹿だと思う…。

というかそもそも、こんな大きな話が生じたから緒倫との仲も変わっちまったわけで…。


「筧さんは左近田さんプッシュで、お話持ち込んで頂きました」

「…!」


どんより俯いていたのを気づかれたのか、急に音無さんが片手で俺を示した。

一斉に注目され、ばっと反射的に背筋が伸びて顔を上げる。


「左近田さんの気分や嗜好に大幅に左右されるので、賄賂は今のうちに渡しておくように左近田さんのお陰でウチのような小さな事務所に今回の仕事ですからねー。はい、拍手~!」

「音無さん…!」

「カナミンかっけー!」


パチパチなどとサブさんが拍手するから、部屋の中にいるみんなから苦笑と拍手をもらう。正行にいたっては口笛まで吹きやがる。

所在が無くて、俺は赤くなり、ばたばたと片手を振った。


「止めてください!そういうのいいです!」

「あはははっ。左近田さんがこういうの苦手なのは、皆さんご存じの通りです。今回はその性根をみんなで叩いて鍛えてやろうっていうのが裏コンセプトなので、びしびし行きましょう。…ということで、ロッカールームの冷蔵庫に頂いた美味しい北海道のプリンあるからね。一つだけ“左近田様用”って書いといたから、後でお食べ」

「え…!あ、え…マジですか。ぁ、ハイ…ありがとうございます」


急に現実的な話をされて、驚きつつも頭を下げた。

音無さんがこくりと頷く。


「うん。他の皆さんは早い者勝ちね。……で、えー。何だっけ。…あ、そうそう。私の方からも、挑戦をテーマに若いのを結構入れさせてもらってます。ここらで叩いた方が鋭くなるというメンツを選びました。プライド持ってやり抜いてください。それから、今回はウチの声優陣に新しい子が入りました。今日いないスタッフもいますが、その辺も含めて簡単に自己紹介いきましょう。…あれ。何か今日座る場所変だね。…ま、いいか。では、左近田さんから順に声優スタッフ」


急に掌で示され、俺は慌てて立ち上がった。


「えーっと…。ご紹介いただきました、“西住なぎさ”役の左近田です。大きなお話に恐縮していますが、目の前の小さな一つ一つならこなせる自信があります。頑張りますので、宜しくご指導ご鞭撻下さい」

「堅いなあ、相変わらず」

「うるっさいなあ、おま……」


正行が苦笑してお約束とばかりに茶化すので、無意識にいつものように小言を言おうと上げた視線が緒倫と合う。


「……」

「……」


真っ赤になって、俺は無言のまま急いで座った。

…視線が怖ぇ。

あーもー…何でこんな…。頭掻き毟りたくなる。


「じゃあ次は…。じゃ、メインの相手役いこうか。新人の天海さんです」


音無さんに呼ばれて、緒倫がイスから立ち、ぽつぽつと小さく口を開く。


「…初めまして。今回、アルバイトとして参加することになった、天海緒倫です。叶の友達です。役名は…。あー…“浅木毅”?っす」

「ふむ…」


緒倫の声を聞いて、音無さんが小さく頷いているのが横目で見えた。

正行も他の人も、何となく探るような空気を隣で持っている。

…平気だって。

確かに普通の声は普通だし滑舌はどっちかっつーと悪いけど、こいつが放送の時などに声変わるのは確認済みだ。その気になれば、さらっとこなせるんだって。

はらはらしながらも、顔を上げずにじっとしている。


「上下が逆っすけど、丁度、配役と同じで、叶とは学年違いの幼馴染みみたいなもんかなと思ってます。図書館や学校で、朗読ボランティアや放送委員をちょいちょいやったことありますが、キャラクターがあるやつっていうか…声優の仕事は素人です。でも、叶がやってるんで、そいつに憧れて、俺も参加する決意しました」

「……!!」


周囲から注がれる視線に固まる。

お、おんまえぇええ…!

よくもまあそんなドストレートに来るな…!

心の中で悲鳴を上げた。

顔が熱い。死にたい。苦しい。

息が詰まりそうだ。


「勿論経験差があるだろうけど、俺も並んでやろうと思ってます。叶の、メインの恋人役って聞きました。こういうジャンルはついこの間知った程度ですけど、やるからには惚れさせてやるくらいの勢いでやるつもりです」


淡々とした…だけど、強い緒倫の声が響いて、血の気が引いた。

ざわ…と一瞬、場が揺れる。

同時に、顔から火が出そうになる。心臓がやばいくらいに鳴っている。


「マジで、色々教えてください。宜しくお願いします」


ぺこっと最後に浅く頭を下げて、緒倫が座る。

場が少しざわつく。正行が隣で口笛を吹いて、他のみんなも意外そうな顔をしていた。カリカリと資料にペンを走らせる音が妙に多くなる。


「意外。熱いじゃん」

「いいねー」

「惚れさせてやるだってよー。どーする、カナミン?」

「う、るせえな……!」

「はいじゃあ、最後。春日野君ね」

「ハイ。…どもー。お疲れ様です!学校司書の“南雲真太朗”役、春日野正行でっす!」


正行が立ち上がり、背筋を伸ばして声を張る。

挨拶だけで笑いが起こった。


「サプソンズさんからのラブコールはチャンスだと思ってます。ようやく、俺らの事務所にもスポットライトが!みたいな。元々、事務所としての底力はある方だと思ってます。これも、左近田が日頃一生懸命仕事に当たっているからで、勿論周りの俺たちも一人一人がお互いカバーして実力発揮して得たチャンスだと、自負していますし、誇り持ってます。今回は天海君の起用もあって、声優班が幅広くなり、益々力みなぎりまくりです。全力を尽くします。…しかし、難を言えば俺が正規攻めじゃないのがちょっとなあああ~!愛しのカナミンが他の男に…。あーっ。やっぱ若い男がいいのかー、みたいな!」


くっ…と拳を作って、後半悔しそうに正行が戯ける。

他の人達はみんな笑っていたけど、俺は青くなって身を乗り出した。

隣の緒倫が、マジで不愉快そうな顔をしているからだ。


「お、おい…!マジで止めろって、そーゆーのは!」

「へいへい。あんま浮気すんなよ、お前。…ってーことで、サイド固めて見せます!大手に負けないってこと、見せつけるつもりです。宜しくお願いします!」

「……」


パチパチと拍手が起こる中、緒倫だけが拍手無くペンを弄ってむすっとしていた。

…あああ~。なんかやべえ…。

事情言わなかったとはいえ、馬鹿正行!ホント馬鹿…!!

声優担当の挨拶が終わり、順に録音担当とか編集担当とかが挨拶していく。

この企画のプロデューサーは勿論筧さんだし、アプリだとかゲームだとかって話になると専ら向こうさんだけど、ドラマCDまではメインの音響担当とかその他諸々は殆どうちに任せてもらえるらしい。つまり、ドラマまではほぼ共同制作というか、請け負い気味なわけだ。


「それじゃあ、今日はざっくり読み合わせしましょう。…ああ、仕事ある奴は解散していいですよ。暇人は残ってください。三人以外のキャラクターは、音響班が適当にやるから。筧さんから聞いたんだけど、良ければ告知PVのタイトルコールはウチ所属の三人でお願いしますって話」

「え…。あ、はい。問題無いです」

「まあ、メインを本気でウチにくれるようなので、その方がね。その他のキャストは今から調整付けていくそうなので。音楽担当とか編集担当は、読みながら具体的に頭ん中の引き出しから音選び出してくださいねー。イメージ持って帰ってくださーい。…それじゃあ、早速ですがいきましょう。時間が許す限り、いけるところまでね。はーい、気持ち入れてー。仕事スイッチみんな入れてねー。春日野君の言うとおり、外に出すまでに大体内部で地盤固まってんのがウチの強みです。初期イメージが完成していればしているほど、ウチが主導権握れます。先方との初回総合ミーテで度肝抜いてやりましょう」

「…サプソンズさんじゃ、もうウチのいつもの仕事じゃ度肝抜くとかないっすよね」

「だから怖ェんだろ。“ウチはここまでやって当然”が普通になってんだよ、あそこは」


ぼそぼそ雑談しながら急に色々な音がしだして、みんな自分で持っているレコーダーみたいなのをテーブルに出したりノートやファイルを開いたり、携帯を出したりし始めた。

いつも笑い合ったりお菓子奢ってもらったり、ゲームの話したりっていう普通の人っぽく見えるしそう思うけど、声優とかよりよっぽど周りの班の人たちの方がプロなんだなって気がする。

…。

…って、いや!そこ感心してちゃダメだよな!

俺だって、一応専門職ってやつのはずだ。バイトだけど。

俺だって、みんなにそう思われる仕事しなきゃ、アルバイト代貰えねえ!

左手に台本。そして右手に持ったボールペンを振りながら、音無さんがリズムを取る。


「…タイミング合わせてタイトルコールな。ウチ、空気持ってくためにタイトルコールからリハ始めるんだよ」

「……」


疑問符を浮かべていた緒倫へ、ぽそ…と正行がアドバイスする。

その様子を視界の端で捉えていたけど、それについてはもう何も思うことはなかった。

音無さんの振るボールペンから目が放せなくなる。


「……」


俺の今までの仕事は音無さんが録音編集してくれていたからだろう。まるで“待て”を躾けられている犬みたいに、その仕草に慣れてしまっているから、みんなの用意ができるまで揺れているペンに目が行ったままになる。

ハイ、という声と小さな同時に、ふい――と、ボールペンが振り下ろされるタイミングに合わせて、息を吸うと、口を開いた。





声合わせが終わって部屋から出ると、窓の外はもうすっかり暗かった。

集中している間は一切忘れていられた現実が、一気に襲いかかってくる。

おつかれーの声が飛び交ったり、早速立ったまま雑談程度の話し合いが始まる中、急ぎ足でばっと部屋から出た俺を、背後から他の目も気にせず呼ぶ声がする。


「叶!」

「…っ」


一目散に去ろうとしていた足を止める。

ざわざわみんながいる目の前で、明らかな大声で呼び止めた緒倫の声を無視したら、絶対おかしい。気づいてねーとか通らない。

…それに、いい加減、逃げてばかりじゃ駄目な気がしてきた。

いや、そんなことはもう十二分に分かっているんだ。ただ、今は時間が欲しい。

話したくない。顔を見たくない。

だって、何を返して良いか、本当に分からない。

…けど、ならせめて、口頭で“時間が欲しい”と伝えなければいけないんじゃーないだろうか……って、いやそれは分かってんだよ!分かってんだけど…!!

足を止めた俺に、緒倫がすぐに追いつく。

俺が逃げないと分かったのか、傍に来る頃には慌てた様子は無く、明らかにほっとしたようだった。


「叶…。お疲れ」

「お、お、お疲れ……」


でも顔は見られない。

俺は視線を反らしつつ、笑った。


「えっと…。あ……は、早かったな!今日、来るの…」

「ん? ああ…。学校休んだから」

「え?」


予想外の返答が来て、思わず顔を上げてしまった。

久し振りに見た緒倫の顔が映る。


「何となく」


何でもない風に緒倫が応える。

…そう言えば、こいつ私服だ。制服着てない時点で気付くべきだった。

つか、服装とか気にする余裕が無かった。

…え? 何で私服なんだ。今日平日だぞ?


「帰るだろ? …一緒に帰ろ。もう遅いし明日休みだし、飯食い行こうぜ。叶と話したいんだけど」

「え、あ…。あー…。うん、あの……」

「おーい。カナミーン!」


しどろもどろで戸惑っていると、部屋から出てきた正行が俺にひらひらと手を振った。

にこにこ顔で俺たちに寄ってくる。

その瞬間、明らかに緒倫の顔から俺の知るいつもの表情が消えた。

いかにもカチンという様子で、敵でも見るみたいに正行を睨む。


「……」

「二人とも、おっつー。カナミン、帰り行くだろ? たこ焼き」

「ああ、うん。たこ焼きな、たこ焼き!」


正行の登場にほっとしたのも束の間…。


「天海君も一緒に行く? 旨そうなたこ焼きや見つけてさー」


さらっと、緒倫のことも誘いやがった。

マジか…!?

お前、俺が緒倫と一緒にいたくねえの知っててそこ誘うか!

着いてきたらどうしようと思ったけど、緒倫は正行を一瞥して、その後に俺を見てからもう一度正行を見た。


「…俺、いっす。用事あるんで」

「マジか。残念だな。…んじゃ、天海君は今度また一緒に行こうぜ」

「叶も用事ができたから無理みたいっすよ」

「はあ…!?」


思わず声を張ってしまった。

一言も言ってねえよそんなこと!


「いや、俺用事なんて無いから!何勝手なこと言ってんだよ!」

「俺と話す用事あるじゃん。それとも何。無いとか言うわけ?」

「あるけど!!今日は無理!俺、正行と飯の約束してっから!」


ちょっと吹っ切れて、真っ正面から緒倫に反論する。

緒倫はむっとした顔で俺を睨んだ。

俺も、むっとした顔で睨み返す。


「……。何で?」

「何でも何も、本気で約束してたから!…お前だって聞いただろ。この間、正行がたこ焼きや見つけたとか何とか、廊下で言ってただろうが!」

「……」

「約束は、極力守るものだろっ。お前だって、そういう奴じゃん!」

「…えー。まあまあ、落ち着こうぜ二人とも」


対峙する俺たちの様子を傍で見ていた正行が、間に入ってぽんぽんと俺の肩を叩いた。

その後で、緒倫を見る。


「天海君さ、マジで来ない?…カナミンもさ。何があったか知らないけど、この際、腹割って話しちゃえば?」

「行きません。俺らの話なんで」


正行の誘いを緒倫が突っぱねる。

その態度に呆れを通り越して、段々と哀しくなってきた。


「緒倫…」

「…もう一週間経つから。いつまで逃げてんだよ」

「……」

「……。お先っす」


ふい…と緒倫が対峙を止めて、廊下を歩いていった。

その後ろ姿を見送って、正行がため息を吐く。


「いやーん。マジで修羅場ぁー」

「……」

「ロッカー行くのはもう少し時間置いた方がよさそうだな。…元気出せ、カナミン。どれ。おにーさんが奢ってやるから」

「…やけ食いしていい?」


何か、柄にも無く泣きそうだ。

腹にフルで詰め込みたい気分だ。

俺がしょんぼりとそう告げると、正行は苦く笑った。


「しゃーねえなあ…。そーゆーことなら、たこ焼きの後に旨いもん食わせてやるか。一応たこ焼き行っとかねーと、嘘になっちまうもんな」


わしゃわしゃと頭を撫でられる。

…ああ。情けない。

同性からとはいえ、たかが告白で人間こんなにも動揺するもんなのか。

どっちかっていうと、告白する方が、まだ気が楽な気してきた。恋愛慣れしていないから、どうしていいのか本気で分からない。

…というか、緒倫が俺に本気なのが未だに信じられない。

さっきまでは、二次の世界にいたのに。

あっちでは、好意を持たれても、多少照れはしつつも普通に対応できたし、素直に嬉しかったのに。

正行に付き合ってもらい、緒倫と鉢合わせしないように時間を置いて、俺たちはロッカールームへ向かった。





裏通りにひっそりとある神社横にあるたこ焼き屋に寄ってから、持ち帰って正行のマンションにお邪魔することにする。

こう見えて、正行はめちゃくちゃ料理が上手い。

自炊しているからっていう理由なら俺と同じくらいのレベルでいいのだろうが、何というか、凝り性なのだ。

普通にレストランで出てきそうな彩りとか、あと食器の趣味もそこそこいいから立派に見えるってのもあるだろう。

キッチンには見慣れない調味料が、まるでインテリアみたいにずらっと並んでいる。

出してくれたスパゲッティは「あるもんで適当に」とか言いつつ、菜の花と蛤のスパゲッティとか、激旨でオサレなのが出てきた。絶対ぇ俺には作れない。

やけ食いを宣言した俺の為に大盛りで作ってくれたらしいが、俺はそれをおかわりし、ぺろりと平らげ、さらにはデザートとして音無さんが教えてくれて持ち帰ってきた自分のプリンと、正行んちの冷蔵庫にあったプリンも譲ってもらった。コンビニプリンがまずいわけじゃないが、流石北海道、味が全然違――…て、それはいいどうでも。とにかく胃に押し込んだ。

今は、ソファに仰向けに倒れ込んでいる。

…ちょっと食い過ぎた。

腹が破れそう。俯せになったら吐くかもしれない。


「はあっ?告白ぅ…!?」


飯を食い終わって、正行にぽつぽつと事情を話すと、思いっきり意外そうに大声で聞き返された。

一瞬、言ったことを後悔したが、こいつが言い触らすような奴じゃないことはもう分かっているつもりなので、二の句を待つ。


「ほへ~…。天海が?お前に?」

「…うん」

「何でまた。意外とあいつ、元々コッチ系とか?」


右の手を顔の左に添えてオカマとかを示し、正行が聞いてくる。

俺は首を振った。


「いや…。一緒に仕事できるかもってなって、こういうのやるんだぜってBLのCD聞かせたんだ。そうしたら、俺がやってるやつのキスのとこで、意識されたみたいで」

「お、お前…。自分の演ってるCD、ダチに聞かせたのか…?」

「…変だったかな、やっぱ」

「いやまあ…。お前がいいなら、いいけどぉ……」


…とかいいつつ、正行は呆れているようだった。

やっぱり、ちょっと俺がミスったんだな…。普通はしないことだったんだろう。

でも、どうせ一緒に仕事するなら聞かれるわけだし。遅いか早いかでそんなに関係なくないか?


「えーっと…。…じゃ、それで天海君はやられちゃったワケね…」

「別にやられてはいねーと思うけど…。意識はしたらしい…」

「あー。でもちょっと分かるわ、俺。イイもんなあ、お前。…男のくせに、吐息とか嬌声出しても低くねえし鼻にかかんねーから、綺麗に通るし。グッと来るは来んのよ」

「うん…。サンキュー…」


やれやれ…と正行が溜息を吐く。

褒められてんのか、貶されてんのか…。

しゅんとしている間に、彼は首の後ろを掻いて、もう一度溜息を吐いた。


「うへぇ。でもマジかあー…。お前ら高校生だろ?その年で常識飛び越えるとか、すげーなイマドキ。つか、天海つえー」

「…茶化すなよ」

「…っと。悪ぃ悪ぃ。そーゆー気はねえよ。そう聞こえちまったら勘弁な」


テーブルに片腕を乗せ、正行が頬杖を着いて、缶チューハイを一口飲む。


「そういや、えらく熱気入ってたもんな。ガチだったのか。ふーん…」

「……」

「…はっ!ちょっと待て。俺、もしかして今日お前のことでめちゃくちゃあいつのこと煽ってね?」


俺たちの微妙な現状を聞いて、ようやく本日の自分の行動を思い至ったらしい。

俺はソファの上で頷いた。


「お前、一発で緒倫に嫌われてたぞ…。『浮気すんな』とか、誰がお前の恋人だっつーの」

「げえっ!嘘だろ!?俺、可愛い後輩だっつって仲良くしてやろーと思ってたのにっ。何してくれんだカナミン!」

「俺のせいかよ?」

「お前のせいだろ!」

「…だよな。やっぱ俺のせいだな」


目を伏せて溜息を吐くと、それまでノってた正行が、がくりと肩をコケさせた。

我ながら呆れる。そうだよ、俺のせいだな。

…ああ。何でこんなことになってんだろう。

つい最近まで、緒倫とは上下関係無いくらいの昔からの友達で、放送委員の当番とかボランティアの時とか遊びに行く時とか、すげー楽しかったのに。

仕事を一緒にできることになったのも、嬉しかったし。


「……ああー。もう…」

「おうおう。悩んでますなー」


正行は立ち上がると、キッチンへ向かっていった。

コーヒーを淹れる気らしい。声だけが飛んでくる。


「そんでー?お前はどう思ってんだよ?」

「……」

「時間欲しいっつーお前の考えも分かるけど…。俺、自分が告って逃げに走られたら、脈ねえなって思うわな。ちょい間をおいてもう一度聞いて、まだ逃げられたら諦める。相手に悪いことしたなって思うぜ。俺はな」


正行の声に、もぞもぞと身動ぎしてそっちを向く。

手際の良い広い背中が見えて、何となく安心した。

誰かがキッチンに立つ姿というのを、日常見ないから、ひどく落ち着く。

…俺は……自分が逃げてるくせにって思うけど……人を好きになることはいいことだから、告った方が悪くはないと思うけど。

自分の考えもいわないで、度胸無く逃げるこっちが悪いんだ。


「でも、振られたなと思っても、もう一度話をする機会をやっぱつくるだろ。元友なら、友達に戻りたいって伝えなきゃなんねえし。キモイから金輪際連絡すんなって相手が望むなら、まあ…な。頑張ってID消さねーとね」

「話し合わなきゃってのは、分かってんだけど…。目を合わせられないんだよ」


まず、顔を合わせられない。

どうしても俺の目が逃げる。頭がパニクってわけ分かんなくなる。


「メッセにしてみりゃどうよ。文字で伝えとけば。ちょい時間くれって。何も言わないから焦れてんだって」

「したんだよ!メール!!」


起きあがり、片足下ろしてだん…!とテーブルを叩く。

俺は、した!

メールした!メールっつーかラインだけど!!

『この間は逃げてごめん』ってのと『ちょっと時間ちょーだい』ってのは、実は翌日にしていた。

だが、無視されたのだ。返信が来なかった。

まさか見てないってことはないだろうに、ここで突然直行してきて「一緒に帰ろう、話しよう」とかあるか!?


「あいつ、絶対直じゃなきゃ聞かねーって魂胆なんだよ!顔見て話さなきゃ伝わんねーだろとか…馬鹿か!伝わるっつーの!!」

「真っ直ぐでイイ奴じゃーん。…じゃあお前、結構待たせてるってことだろ?」

「まだ一週間だ!」

「いや、長ぇよ」

「え…?」

「俺は不安になるぞ、それ。そりゃあ、じりじりするだろ。一週間逃げまくったんだろ、お前。…俺だったら、このままスルーされるのかもって思って、確かに念押しする時期かもな。無かったことにされんのが、一番キツイじゃん。覚悟して飛び込んだのにシカトとかさー。うっそだろー、マジでー?みたいな」

「……」

「…てかさあ、カナミン。お前、気付いてる?」


苦笑気味で、カップ片手に正行がテーブルの方へ戻ってきた。

シンプルなカップを一つ、俺の前に置く。

砂糖もミルクも入ったクリーム色の中身を見下ろしてから、正行を見上げた。


「何が?」

「お前、ここ来てから一回も天海のこと拒否ってねーよ?」

「……」


正行の言葉に虚を衝かれる。

飲もうと片手に持ったカップを止めた。


「忘れてるみてーだけどね、カナミン。野郎からの告白なワケよ。…んなこと言うの何だけど、普通“NO”だろ。無ぇのよ。なのにお前、時間が欲しいとか顔合わせらんないとか言ってるばっかで、キモイとかまだ一言も無いだろ?」

「キモイって…。そんな酷ぇこと思わねーだろ、普通。ダチなわけだし…」

「俺、昨日まで信頼してたダチに突然“好きだ”とか言われたら、無理だわねえわってなって、離れるぜ。いつからそーゆー目で見てたんだって考えるだけで無理。マジ告受けといて、ダチに戻れねーもん。んなこと言いつつ狙われてたら怖ぇじゃん」

「……」

「たぶんさ、お前だって好きなんだよ。天海のこと。…ただ、アレだよな。恋愛経験値が圧倒的に足りねえから、どーしていいか分かんにゃいのよね~?」


脳天気な正行の声が、体の中に入ってくる。

…好き?俺が?

緒倫を?

……。

――って、いやいや、当然だろ。好きだよ。

俺は緒倫が好きだよ。好きだ。

少なくとも、今尚、嫌いじゃない。

それって、友達だから好きなんだと思ってた。

でも、確かに緒倫が俺のこと好きってなって、死ぬほど驚いてるし態度も逃げに走っているが、正行が言うように“キモイ”とか“無理”とかは、一切考えなかった。


「…俺が? 緒倫を好き?」

「そうそう」

「……。俺がぁ~?」


眉を寄せて顔を向ける俺に、有無を言わさず正行が頷く。


「これが女ならいいぜ? 告られて無理で、お友達でいましょう。…けど、野郎から告られてもムリ!ってならねえんなら、告られた段階で答えは出てて、お前はもう受け入れてんだよ。まんざらじぇねえわけ。あんまり深く考えるなって。どーせ、また前みたいに一緒にいられたらなー?とかまだ思ってんだろ?いいじゃん。それで」

「……」

「ダチに戻るなんて無理だって。天海の剣幕すげーじゃん。お前の傍にいたくてウチのバイト始めたんだろ? 事情知ってりゃ、今日のミーテのアレは公開告白みてーなもんだし。あとは、他人になるか恋人になるかだろ。相手が覚悟して突っ込んで来てんだから、こっちも覚悟で返してやらねーとねー」

「い、今更…。緒倫と縁切りとかは……確かに無理かも」

「じゃあ付き合うしかねえな。…大―丈夫だって。どうせここで付き合っても駄目な時は何しよーが駄目じゃん。どっちかっていや、可能性がある分付き合った方がいいと俺は思うけどなー。駄目元でさ。もしイケそうならそのままお幸せにってことで」

「……」

「ふはは。ガチで恋愛相談だわコレ」


冗談めいて笑うと、正行はコーヒーカップに口を付けた。

その間、俺は所在が無くなり、急に何故か目の前のこいつにも照れ始め、服の袖を掌の半分くらいまで伸ばして隠し、襟に顎を埋める。

ソファから降りて床に尻を着いた。今まで腰掛けていたソファに背を預け、膝を抱えて丸まってみる。


「……。ううう~っ!」

「なーにンな丸まってんだよ」

「だって恥ずかしいんだよ…!」

「今更かよ。男にゃ告られ慣れしてんだろー?今日の声合わせは普通に告られてたじゃん」


そう言えばそうだ。思い至らなかったけど、確かにそうだ。

声合わせは、結果的に言ってしまえばいたって普通にできた。

告られとかいうと大袈裟だが、冒頭だし、俺が他の奴らと出会って、アプローチされて受け入れて友達以上恋人未満で終了。

そんなの当たり前だ。あれはフィクションだ。作り話。お前世の中舐めんなよというハーレム状態なんかザラにある。

けど、そのモテモテ君が人を手酷く、若しくは上手に相手を金輪際付きまとわせないように振るシーンとかは、ありそうで意外と無いのだ。少なくとも、今まで俺が関わってきた中にはない。手本にならない。


「ただ、気になるのはアレだな。…なーんか、天海が慣れてねえよなぁ」


言いにくそうに正行が呟く。

…そう。棒読みだったのだ。緒倫は。

正直、声合わせは微妙だった。

けど、それについて音無さんとか他のスタッフは特に何も言わなかった。それが意外だ。

俺や正行には普通に“もっとこうした方が”とか指摘するのに、緒倫にはタイミングくらいで台詞については殆ど指摘が無かったのだ。贔屓かと思う程に。

音無さんは、物腰はとっても柔らかいけど、良くも悪くもずばずば言う人だ。

もし、今日の緒倫の棒読みを俺や正行がやったら、「中止。今日のミーテは意味ない。三日後に延期します。左近田さん、ちょっと来て」と名指して呼ばれて連行されるくらいの。俺はそれで泣いたこともある。

素人だからいきなり難しいこと言っても…っていうのはあるだろうけど…。音無さんはそういうので容赦しない人だと思うから、違和感がある。

端から、相手にされて無い感じがひしひしと伝わっていた…。


「…この間、二人で声合わせした時、結構巧かったのに」

「おお。そうなの?」

「ああ。一瞬だけどな。…気分屋なんだよな、元々」

「声にムラがあるんじゃ、致命的じゃね?大丈夫かなー。筧さん、普段はお任せしてくれっけど、カナミンに惚れこんでっからなー…。お前の足引っ張るようなのいんねーっつって、切らないといいけど」

「…うん」

「天海の保険の話聞いた?」

「聞いた…」

「いくつか出演してすぐ辞めちゃったらしいんだけど、そいつ声優の専門学校行ってた奴なんだってさ。…まー、普通は収録チームの用意できてからのキャスト決めだから、キャストなんかいくらでも変更できちゃうだろうしな。俺も他人事じゃねーけど、俺より危ういよな。けど、できれば一緒にやりたいよな、天海とさ」

「うん…」

「…ってな。ほら、な?」


急に、正行が人差し指でびしりと俺を示す。

訳が分からなくて瞬いた。


「は…? 何?」

「天海が相手から落ちるの嫌だなーって自然と思ってるだろ? 顔合わせんの嫌なくせに。嫌ならいっそ落ちちまった方が、お前が楽じゃん。会わなくて済むんだぜ?」

「……」

「決まりだな、コレ。あとはお前の度胸次第」


頬杖を着き、正行が俺に笑いかける。


「お前がオッケーなら、いくら焦らしてても結果はハピエンしかねえだろ。なら話はがらっと変わって、別に待たせるだけ待たせてもいいんじゃね? 天海が超カワイソーだけど」

「そ、そうかな…」

「そーだよ。だってお前、暫く待たせて絶対ェ受けるじゃん。天海君の告白」


いっそ軽い調子で、正行が断言する。

…そして俺も、段々とそう思い始めてきた。

俺、確かに緒倫のこと好きなのかもしれない。困るけど、嫌じゃない。

特別な関係ってのがどういうものかは具体的に想像つかないけど、ここから先、もう二度と緒倫と遊べたり話したりできず、ぎくしゃくした関係が待っているのなら、付き合うくらい何でもないように思えている。

…ていうか、二度と一緒にいられないか恋人になるかで天秤用意されたら、後者を選ぶ…かも。


「…でも、上手く話せねえよ!」

「いんじゃね。どーせあいつ、そのうち突っ込んでくるって。今日みたいにさ。そしたら、お前のペースでしどろもどろで応えときゃいんだって」

「…そ、そうかな」

「そう。だって結果オーライは決まってんだから。…あとはぁー、天海の実力次第?」


それから、戯けて続けてくる。


「まず仕事が不安だよなー。仕事取り上げられちゃ、お前ら話す機会も減るだろ。日常、逃げに走っちまうんだから」

「だ、だって…!」

「責める気ねえよ。分かってるって。悪気は無いんだよなー。…ま、いんじゃね? どうせ両想いなんだから。日常で逃げるなら、否が応でも顔合わせる機会ってのが大切だろ? 強制的に仕事で顔合わせるくらい無いと、マジで会わなくなっちまうじゃん」

「……確かに」

「天海が切られちまったら、カナミンがあいつにOK出す機会だって減りに減る。今の状態見てる限りじゃ、お前から受理はできないだろ。詰め寄られないとさ」

「う…」


正行の言葉に、尚のこと俺は縮こまる。

…確かにそうだ。俺から緒倫の傍にてけてけ寄っていって、「この間は告ってくれてありがとう。待たせてごめん。宜しくお願いします」とか…。

断っじて、無理!!!

頭では俺が動かなきゃ、返事言わなきゃって分かっていても、どうしても逃げに入る。

ああ…。こんなにチキン野郎なのか、俺…。

もうちょっと男気ある方だと思ってた…。


「何とか、もちょっと上手くやってくんねーとなー。天海、自主練とかする気無ぇかな。俺めっちゃ付き合ってやるんだけどなー」

「…うん」

「やべーな…。俺、嫌われちゃってんかなー…」


両手を後ろについて、正行が天井を見上げる。

何となくその様子を見ていた俺は、そうだ、お礼言わなきゃという心境になった。

…まさか、こんなにフルで聞いてもらえるとは思わなかった。


「…あ、あのさ。正行」

「うん?」

「ありがとな。…マジで」


おずおずと言ってまた服の中で小さくなると、意外そうな顔をされた。

…何でそこ意外そうなんだ。おかしいだろ、人が感謝してんのに。


「なーにぃ。可愛いじゃねーか、カナミン!」

「そーゆーとこはすげーうぜえけどなっ!」

「まあ、可愛い可愛い同期兼後輩ちゃんなわけだし? 振られたらおにーさんとこ来いよ。大人の魅力ってのでイイ感じに慰めてやっから」

「はあっ!? 拒否だし!つか何だその手!キモイ!大人も何も、大して歳変わんねーだろ!!」


冗談めいて両手をわきわきさせながら近寄ってこようとする正行の顔面を押し退け、ぎゃあぎゃあと叫いてふざけた。

…でも、相談してよかった。

この日、俺の中で一つ覚悟が出来た。

俺も、緒倫が好きだ。

緒倫と喧嘩中みたいになってる今現在、その原因はあいつを避けまくっている俺にあるのだが、その一方で傍にいて顔が見られなかったり一緒に遊んだりできないことが哀しいし辛いし、“変なこと”であるように感じる。

一緒にいるのが当たり前。

傍にいて、ほっとさせてくれるのが当たり前の存在だったんだ。

絶対嫌いじゃない。また傍にいて欲しい。

もう一度あいつが「話したい」って言ってきたら俺……ちゃんと受けるぞ!!




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