4th story:見本色々と踏んだ地雷
絵本を読んだり眺めたり。
一回互いのお気に入りの本を読み合った後は、それぞれ部屋の中で好きなことをし始めた。
俺は、一旦絵本を中断して漫画を読み始めているし、緒倫は俺の本棚を漁って気に入った絵本を持ってきてはベッドによりかかって座り、読み耽っている。
「…あ、そうだ。叶」
「ん?」
「どんな仕事してるかっての教えろよ」
「ああ…。モノな。ちょっと待ってろよ」
そうだそうだ、すっかり忘れてた。
今日はそれを緒倫に見せてやろうと思って呼んだんだった。俺は立ち上がると、押し入れを開けた。
アルバイトとはいえ、仕事をしているとどうしても色々もらったりする。いくつか引っ張りだしてきて、テーブルの上に出した。
緒倫が覗き込む。
「お前が好きそうなのというと…。これとかかな」
児童向け番組でちょい声出した、小さな動物キャラクターのぬいぐるみを差し出してやる。
小さいやつだ。つける気になれば携帯とかに付けられそうな。
案の定気に入ったのか、緒倫は表情変えないままそれを手に取った。
「へー…。いんじゃね? 可愛いじゃん」
「だろー? 絶対お前好きだと思った」
…ったく。可愛い系趣味め。
うっかりするとオトメンってやつだな。随分前に流行ったらしいが。
思わずにやにや笑いながら、次にカードフォルダーを取り出す。
「…で、これは携帯ゲーム。これも一声だけだったけど、何キャラかやった。マイナーだから知んねーと思うけど。音響さん曰く激安仕事だったらしいけど、お陰で俺も出られたんだよな」
「ああ…。最近多いよな。CMとかもやたら多い」
「でもお前、普段これ系やんねえよな? 興味ない?」
「でも見る」
差し出された手にフォルダーを渡してやる。
膝にぬいぐるみ寝せて、緒倫はぱらぱらとそれを捲った。
「ソシャゲのカードゲームってさ、声あてても普通にやってりゃ名前あんま出ないから、俺すげー好き。いくつかやらせてもらえたし」
「ふーん…。これ全部叶やったの?」
「区切ってあるだろ。手前のが俺。他のは他の奴らのを貰ったんだ。元はデジタル画像だけど、記念でそこの会社は実際のカード作って、スタッフにそれぞれ関係したの配ってたぜ。俺は単に声担当だからあんま枚数もらえなかったけどさ、プログラマーさんとかは全種類持ってるんだってさ。形に残ると、やっぱ嬉しいよな」
「へー。…やっぱお前、少年系が多いのな」
「そりゃ、実質少年だからな。二十歳未満。ぴっちぴちだろ!」
「ぴちぴちとか…。死語だろ、それ。全然若くねーし」
「俺だってその気になればイケメンボイスとかできるだろうけど…。でもやっぱ、声質からいって年下が無理してるっぽくなるんだろうな」
「プロって、普通、声変えられるだろ?」
「いやー全員じゃねーよ…。本来の声質から離れたのやろうとすると、どっかでボロが出る。ヘタってわけじゃないけど、張りぼてっぽいの。それよりも、合う声の方が良くできるってだけかな。適材適所じゃないけどさ、やっぱそーゆー方がいいんだなって、俺思った。その為に色々な声の奴がストックされてるってのが声優でさ、先方が俺たちをチョイスしてくれるわけだから、俺たちは自分に合った声を極めていくのがいいと思うんだよな。プロデューサーもそれがいいって。勿論、俺自身がストライクゾーン広げる努力はずっと続けなきゃなんねーのは当然だけどさ。…あ、勿論できる奴もいるぞ、本気で。できると仕事の幅が広がるし、キャラクターの感情をもっと出せると思うから、俺も少し声の幅を広げていきたいんだよな。頑張ってさ」
「…ふーん」
「――で、だ。これが、もしお前が通ったらやることになるものっぽいヤツなんだけど!」
そう言って、CDをにゅっと一枚取り出して掲げてみせる。
フォルダー開いて眺めていた緒倫の注意がこっちに向いた。ジャケットには二人の制服着た少年ズ。
所謂、BLドラマCDだ。ジャケット見ただけじゃ特に違和感はなさそうで、さっきフォルダー手にしたみたいに、緒倫がこっちに手を伸ばす。
その手から、さっとCDを引いた。
「…。何?」
「これの前にちょっとお前に聞きたいことがある」
「何」
「“BL”って知ってるか?」
「…“BL”?」
緒倫が聞き返す。
…ああ。マジその反応だけで十分だぜ。やっぱりな…。
ある種の諦めを覚えた頃、緒倫が顔を上げた。
「…船荷証券?」
「は…? 何、“ふなにしょうけん”って…」
「“bill of lading”…てのの略称が、あったよな。確か」
「……」
「…。…違うらしい」
「…つか、何でそんな単語知ってるんだよお前。怖いわ」
「いや、思いついただけだけど」
…ま、まあ、兎に角知らないわけだな。
そりゃそうだよな。漫画も滅多に見ないんだから。改めて、緒倫にCD渡してやる。
「“BL”ってのは大雑把なカテゴリー名でさ、このCDがその一つなんだよ。ドラマCDには割と多いんだけど…」
「“ドラマCD”って何。朗読?」
げっ…。そこからか…!
嘘だろ。ちょっとしたカルチャーショックだ。
「え、えーっと…。まあ、そんなもんかな。話があって、役柄決めて、それを複数で演じるんだ。声と効果音とかBGMとかで。本の朗読CDとかあるだろ、図書館に。あれのめちゃ軽い話で、複数人でやってて、音とかBGMが入ってる感じ」
「音の劇みたいな? なるほどね。面白そうじゃん」
「そんで、BLってのはちょっと特殊で、男同士の恋愛の話なの」
「…何それ。ホモ話ってこと?」
ストレートな言い方すんな…。
しかし否定はできない。
「まあ、そんなもん…かな」
「へー…。そんなん、需要あるんだ?」
「あるんだよ…。女子ってこえーよな」
「しかも女が市場なんだ? 男同士とか、あるらしいけど見たことねえよな。周りいねえし。女同士とかならありそうだけど」
…いや、緒倫。それはお前の交友がたぶんめちゃ限られてるからで、男子校の俺らの学校で何人か付き合ってる奴を、俺は知ってる。
「女同士もあるぜ。それは“GL”っての」
「何で女だとBLじゃねえの?」
「“Boys love”と“Girls Love”の略称だから」
「ああ…。なるほどね。…で、叶はそのホモ話やったことあるんだ?」
「まーな」
「これ、ジャケットの絵のどっちか?」
「ああ、そう。左側」
「ふーん…。叶は女役?」
「女じゃねえって。男だろ、それ」
「じゃなくて…。どっちかっつーと“恋人的”に女役ってこと」
ああ…。攻め受けの話な…。
免疫無いから、男役女役って名前に変換されるのか。偏った知識そこまで広げる必要はないだろうから、それでいいや。
「ああ…。…うん、まあ」
「だよな。見るからに相手のが、がたいいいし。…でも俺、女役とか無理だと思う」
「いや、お前やるとしたら男役だから大丈夫だろ」
「…? そーなん?」
「女役二人じゃ話にならねえだろ」
「それなら、まだ何とかなるかな…。…つか、絶対ぇ受かんねーと思ってんだけど」
「だからそれは先方次第だから、お前が心配することじゃないって。もし駄目だったとしても悪いわけじゃなくて、単純に『今回はもうちょっと違う声で行きたい』っていう単なるミスマッチなんだからさ」
「それって口だけの慰めじゃね? 要は不採用だろ」
「馬鹿。この仕事、いちいち落ちたからって沈んでたらマジで鬱になるっての。俺がどんだけの浮き沈みを経てこの境地に至ったか…!」
「…あっそう」
ちょっと呆れた様子で、緒倫は力説する俺を見た。
溜息を一つ吐いて、もう一度手にしたCDを眺めたり開いたりしてみている。
「俺が左ので…。“一色”って名前。小柄だけど口悪ぃの。相手は軽い感じの同じ学校の先輩だから…。学園もので先輩後輩もの?」
「男の先輩との恋愛ってことだろ?」
「そうそう」
「ふーん…。男同士の恋愛ねえ…。全然知らねーわ、俺。あんま知りたくもねーし」
「聞いてみるか?」
「そうする。コンポ入れていい?」
「ちょっと待てコンポは止めろ!!」
ナチュラルにコンポに入れようと立ち上がった緒倫に声を張って止めると、びっくりされる。
…いや、俺だってびっくりするわ!
「…駄目?」
「駄目!」
「何で」
「恥ずいから!」
「は? 今更じゃん。俺、叶の読み聞かせとか声とか聞きまくってるし、普通に好きなんだけど」
「そいつぁサンキュゥ!…でも、そーゆーのとはまた違うから。マジで頼むからドラマCDはコンポで聞かないでくれ!」
「でも、そーすっと…。パソコン、立ち上げるの面倒」
「あ、つーか、CDプレイヤーある」
「…何でCDプレイヤーとか持ってんの。すごくね? 俺あんま見たことないけど」
「確かにアンティークの域かもしんないけど…。だって楽なんだよ。寝っ転がって聞けるしさ。CDいちいちパソコンに入れて変換すんのもたるいし。携帯に音楽はごちゃごちゃ入れたくはないしな。…ほら」
いつも入れっぱなしの引き出しを引いて、そこから取り出したプレイヤーを手渡す。
片手で足りる、本当に小型のものだ。殆どCDと同じ大きさ。
あまり見たことないらしいこの機械を、緒倫がまじまじと見詰める。
「…さんきゅ」
「寝っ転がっていいから」
「ああ」
俺がいつもそうしてるように、緒倫はプレイーや片手にベッドにごろりと横たわり、ベッドサイドにあるコンセントに差し込むとセットを始めた。
「……」
「できるか?」
「できる…と、思う」
CDプレイヤー弄ったことあまりないようだが、直感でなんとかなるだろう。
…さて。俺も漫画の続き読むか。
さっき途中になってたページを開いて、お菓子片手にぺらぺら捲り始めることにした。
…。
「……」
――ぶちっ。
「…ん?」
十分ちょいたっただろうか。
あんまり長い時間じゃなかったと思うが、寝っ転がってた緒倫が、俯せになったまんま、肘付いた状態で、耳にしていたイヤホンを片手で引っ張るように取り払った。
「何だ何だ。急にどした?」
「…。…ねえ」
どこかぐったりした感じで、緒倫が目を伏せる。
「何だよ?」
「叶って…。こんなのやってんだ…」
「……。ああ…」
カルチャーショックですかい?
俺も最初はそうだったな。
「初めて聞くと、びっくりするよな。俺もそうだったよ。心臓止まるかと思った。台本は“うわー”とか思ったけど普通に読めたんだ。でも、演るともう数倍カオスでさあ。結構アドリブも多いし」
「…これって、いいわけ? なんかAVっぽい流れなんだけど」
「AVって…。おいおい、大袈裟だな。別にヤってるわけじゃないし」
思わず苦笑する。
そういう発想はなかったな。
どっちかっていうと、俺は声あてる奴の恋愛成就が最優先だと思うし、そいつが上手くいきゃいいかなと思ってる。
だから告白とかキスのシーンは難しいけど、好きか嫌いかのどっちかっていうと好きだ。
「……」
耳が気になるのか、片手で緒倫が自分の耳を何度か掻く。
戸惑っているらしい緒倫のいるベッドに近寄って、投げ捨てられたイヤホンを拾ってみる。
片方耳に入れてみると、まだ流れていた……というか、ど真ん中だった。
呼吸音というか、水気のある効果音に俺と相手の微妙な声が入ってる。キスシーンってやつだ。
へえ…。キスシーン駄目なんだ、緒倫。
可愛いな。
思わずにやにやしてしまう。
「ああ…。キスんとこまで来たのか…。平気だって緒倫。ここが一番変なとこだから。これ以上は無いよ。もうすぐ終わりだし」
「……」
『――ごめん。我慢できなかった…』
…あ、正行だ。
そうか…。この手のものってもらってすぐの一度聞くくらいで聞き返さないけど、考えたら今の所うちのスタジオ内で収まってる俺のBLの仕事って、殆ど相方あいつなんだよな。
忘れがちだ。
本当は見直すのとかがいいんだろうけど…。
『…バカ』
『嫌だった?』
『い、嫌じゃ…ねーけど…。誰か来たらマズいだろ』
『一色…』
『…何だよ。ほら、終わりだろ。離れろ変態』
『止まんないって言ったら?』
『はあ…!?ふ、ふざけんなよっ…!やだ!や――っ』
「緒倫。この相手役の奴いるじゃん。笹原役やってる奴。正行っていうんだけど、俺よく一緒に仕事してんのね。すげー軽くて明るい人なんだけど、こういう本人っぽい役来んの珍しいんだぜ。大体、いつも正反対とか、ぐっと年上役することが多くてさ。ウケるよなー。うまいこと来ねーでいつも根暗とか来んの。かわいそーでさあ。でも、そいつ結構上手くて、できちゃってんだよな。案外、性根がそっちだったりして、とか思ったり。面白くね?」
「…。別に」
「…うん?」
ぷい…と緒倫が露骨にそっぽを向く。
シーツの上にあるプレイヤーを俺の方にさり気なく押し退け、伏せたまま、またぱさぱさ耳んとこ弄ってんの見て、思わず笑ってしまった。
何気に照れてるのか居たたまれないのか、耳が赤い気もする。
免疫ないとそうだよなー。
俺も、いっちばん最初、正行に参考に聞かせてもらったやつ、嫌がってイヤホン外したて叫んだっけ。
その時の俺と比べれば、緒倫は大人しい反応だな、やっぱ。
俺、「マジかー!信じらんねー!どんな拷問だ!!」的にギャーギャー叫き散らしたもん。
でもその時は、正行がこう―…。
「なんだよう、緒倫~。どっどきどきしちゃったあ~?」
「……は?」
わざと冗談めいて正行っぽく、俺は片手でイヤホンを自分の耳から外してプレイヤーを掴み、ベッドに寝っ転がってる緒倫に身を乗り出した。
起きようと上半身浮かせかけてた緒倫の耳に、手際よくぽんっと叩くようにしてイヤホンを突っ込む。
「ほれっ」
「…!」
「おっと!」
すぐに外そうと自分の両耳に手を添えた緒倫の背中に乗り上げ、その手の外側からバチン!と甲を叩いてストップさせる。
起き上がるのを一瞬止めた緒倫の背中跨いで座ると、頭をぐりぐりする要領で緒倫の両耳にイヤホンをねじ込んだ。
「ちゃんと最後まで聞くよーに。仕事だろ!」
「いや…。俺、まだだし…。…いい」
「いいじゃねーって。だーいじょうぶだって。もうすぐ終わりだからさ。大したことねーって、これくらい。恥ずいだけだろ?」
「ホントもういい。聞きたくない。マジで」
「何だよ。そんな逃げること無いだろ。…それともアレか、お前」
「わ…!?」
乗っかってる緒倫の背中から肩に手を置いて、がばっと背中から抱きつく。
「イヤホンで聴いたら…」
丁度、緒倫が振り返ったんで、近距離になった顔をにやりと覗き込んだ。
「興奮してくれたりして?」
それは寧ろ望むところだ。
そう思って、何気なくそのまま片手で緒倫の股間に触ってみたが、別に何も反応もしてない。
「……!!」
「なんだよ。全然じゃん」
「離っ……れろ!!」
「え?…っおあ!?」
急に、俺が背中乗ってる状態で緒倫が無理矢理起きあがった。
一瞬、ふわ…っと浮遊感。
「どわぁっ!?」
当然上に乗ってた俺は、広めの背中をバランス取れないまま滑り落ちる。
落下も悪かったせいで、そのまま更に床の方にもう一段階転がった。
身体の左側から落ちたせいか、変に捻った気がするが、なんとかむくりと起きあがる。
「いっ…てえ~…。…おい。急に危ね――」
「帰る」
「…あ?」
「帰る」
もう一度同じことを言うと、緒倫はベッドから下りて自分の鞄を引っ掴んだ。
「お、おい…? 緒倫??」
「……」
大股で、ずかずかドアまで行くと…。
――バンッ…!!
「…っ!」
すんごい音を立てて、ドアを閉め、止める間もなく出て行った。
…。
「…あ、あれ? もしかして……キレた?」
一人部屋に残された俺は、床の上にへたり込んだままぽつりと呟いた。
一瞬だけだったし突然だったから、今も頭ぼーっとしてて付いてこないけど…。
…キレてたよな、あいつ。
いやでも、別にキレるようなところは…。
「……」
数秒経つと、じわじわと心臓が高鳴ってきて焦り出す。
「…やっべえ。ちょっとからかいすぎたかな…。それとも、股間タッチが嫌だったんかな……」
俺、時々ふざけて友達とやる時あるから、ナチュラルにかましちまったけど…。
緒倫はあんまあーゆー下ノリ好きじゃないのかも。
そういえば、エロ話とかも滅多にしないし、女の子の話とかもあまりしたことないな。
あいつといる時は、いつも絵本とか食べ物とかカラオケとか、当たり障りのないとこばっかで…。
…でも、股間ちょっと触られたからって、普通キレるか?
だって、そんなこと言ったら一緒に風呂に入りに行ったことだってあるじゃん。
今更、ちょっと触ったくらいでキレるとか、無いだろ。
「股間じゃないとしたら…。BLが受け付けなかったのかな」
単語すら聞いたことのない奴に、いきなりCD聞かせちゃ刺激が強かったんだろうか。
聞く前は“へー。そーゆーのもあるんだー”くらいの軽い反応だったから、すんなり受け入れそうだなと思ったんだけど…。
……。
…いや、でもやっぱ俺、調子乗ったかも。
「…うわあ」
…やべ。
怒ったんかな、緒倫。
ちょっとキモかったのかも。
「えーっと…。あ、謝る…?」
反省して、俺は携帯を取りだした。
こういうのは時間が経てば経つほど謝りにくくなる。
ところが、いくらかけても緒倫は出ない。
絶対、分かってるだろうに。
「……」
あー…。
床に手を着いて、がくり…と俺は肩を落とした。
馬鹿なことした…。
…明日、あいつ昼の放送来るよな。その時に謝ろう。
緒倫が嫌なら、当然これから先、触らないし無理矢理聞かせるようなこともしないと約束する。
でも、BLとかキモくて苦手ってことは…。
「仕事は…一緒にできないかもな…。今回のは…」
「……」
「……」
翌日の昼休み…。
いつも楽しい放送室は、見事に沈黙に包まれている。
並んだ机でそれぞれ昼食を広げ、もくもくと食べるだけのこの辛い現状…。
今まで放送当番の時は、緒倫と昼飯食える一週間って感じでお楽しみイベントだったが、これ、もし嫌いな奴と当番だったらずっとこんな逃げ場無い感じなんかな…。
…っていうか!
俺、ここ来て一番で謝ったんだけど!!
何で無視?
そこまで怒ってんのか?
…つーか、何でそこまで怒るよ。
そっっっこまで酷いこととか、してないし、なかっただろ。
はあ…と吐くため息すら、息を潜めてしなくちゃいけない。
…でも、そこまで怒ってるってことは、そこまで傷付けたってこと……だよな。
もういいや。一回無視されてるし、もう一度謝っとくか。
「…。なあ、緒倫」
「……」
「いつまでも無視してんなよ…。マジでごめんな、昨日。お前がそんなに嫌だとは思わなかったんだよ」
「……」
「せっかく一緒に昼飯食えるんだしさ、喋ろうぜ。…な?」
「…。…て言うか」
「…!」
今まで黙っていた緒倫が、ぽつりと口を開いた。
やった…!
…と思ったのも束の間。
「俺、今日、叶と喋る気ないから」
「……」
「……」
「……」
…ああ、そーかい。
ひくっと頬が引きつった。
あんまりな緒倫の言い方に、俺だっていい加減カチンと来る。
今までの悪かったなという気持ちが一転して、何だテメェ!みたいな喧嘩腰の気分に転換されてしまう。
「あーっそ!じゃーもーいいよ!!」
ふんっと鼻を鳴らし、俺は昼食を再開した。
適当に作った弁当をがつがつ一心不乱に口に運ぶ。
「……」
…やがて放送の時間が来ると、緒倫が静かに立ち上がった。
すたすた歩いて行き放送器具がある隣の部屋へ移動すると、ドアの所の放送メモを取り、そのままイスに座って足を組む。
…ふん。
なんだよ。
そんなにやりたきゃ、今日の放送は全部テメェでやれってんだ。
知らんぷりしていると、俺に何の相談もなくメモをまとめて、流していたBGMの音量を下げていく。
『みなさん、こんにちは。お昼の放送を始めます。本日の一曲目は、ワーグナー作、“楽劇ワルキューレ、第三幕、ワルキューレの騎行”です。…それでは、○月×日、△曜日。今日のお知らせをお伝えします――。』
「……」
淡々とした、落ち着いた声色がここまでやってくる。
声だけ聞くと、喧嘩中というか、不機嫌中だなんて誰も思わないだろう。
結局、緒倫はそのまま、放送室にいる間はガラスの向こうのマイク前からこっちの部屋には返ってこなかった。