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Sweet Voice  作者: 葉未
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3rd story:適性テスト終了で先輩講話

一時間後…。

聞き覚えのある足音で、読んでいた雑誌から顔を上げる。

丁度、収録室が並ぶ廊下の方からプロデューサーと緒倫が戻ってきた。

プロデューサーは上機嫌だし、緒倫は行ったときとは違って随分緊張が取れているらしく、行く時とは雲泥の差で、ぽてぽていつも通り帰ってきて普通っぽかった。


「やあ、左近田くん。お待たせー!」

「お疲れ様でーす。どうでした?」

「悪くない悪くない。全然悪くないよー。まだ原石だけどさ、前向き検討でいってみることにしようと思うんだ。取り敢えず先方に連絡して、色々詰めてみるから」


おお…!

すごい。マジでクリアの可能性が!

俺も嬉しくなり、ぽんっと緒倫の肩を叩く。


「お疲れ、緒倫!」

「ああ…。うん」

「どうだった?」

「結構、面白かった。あと色々機材あって面白かった。放送室の広いのみてー」

「いや、機材とか部屋とかじゃなくて、仕事がって意味なんだけど…」


マイペースな緒倫の感想に呆れていると、プロデューサーも苦笑していた。


「じゃあ、取り敢えず緒倫くん候補に上げてみるからさ。単発バイトとでも思っててよ。学生ってこと考えて、左近田くんみたいに融通は利かせるつもりだから」

「ああ…。はい」

「そもそも今回の件、左近田くんのお陰で相当な融通利くからねー。筧さんってば本気で左近田くんのファンだから。元々験担ぐ人みたいだし、自分が育てる人材だ!みたいな運命感じてるみたいだし。誰の手垢も付いてないところとか、いいんだろうねー。気持ちは分かるよ。ねえ、左近田くん?」

「ははは…」

「まあ、あくまで候補だから。先方が素人無理ってなったらオジャンになっちゃうけど、その可能性もあること考えといて。…だとしても、うちがちょっとキープしたいなーとかは今ちらっと思ってるんだけど」

「……。叶、“おじゃん”…て、何?」

「さあ…。でもまあ、流れからして“駄目”って意味じゃね?」


そっと顔を寄せて緒倫が聞くが、俺もちょいよく分かんねえや。

業界用語?らしい単語にぼそぼそと小声で話ていると、別のスタッフが廊下の奥から顔を出した。


「Pさーん!ちょっとこっちいいですかー!」

「ああ、はいはーい!…それじゃあ、天海くん、今日はありがとうね。君、いいもん持ってるよ!」


ぽんっとプロデューサーが緒倫の肩を叩く。

緒倫はぺこりと頭を下げた。


「…ども」

「どちらにせよ、経過は二人には連絡するから。それじゃあね。気を付けて帰るんだよ」


そう言うと、片手を上げて、プロデューサーはまた仕事に戻っていった。

その背中を見送ってから、両手を腰に添えて緒倫を見る。


「…よし。じゃあ、帰るか、緒倫」

「ああ…」


気のない、ぼんやりしたテンポの声。

いつも通りだ。

俺たちは事務所を出て、道を駅に向かって歩き出した。


「やってみてどうだった?」


歩きながら尋ねると、緒倫は首を傾げて少し迷った。


「なんか…。思ってたより事務的だった。でも面白かった」

「何やったんだ?」

「まず、着替えさせられて体操した。最初は体育と音楽の授業合わせたみたいな。あとは……筆記試験あった」

「え!筆記…!?」


意外な言葉に驚いて、緒倫を見る。


「つっても、現国の小テストみたいな。漢字の読みとか、文章の違和感訂正しろとか、そんなん。あと、それ声に出して読んでみろとか。こう…背筋伸ばしてっつーか…。叶はやんなかったの?」

「俺、何もやんなかった。筆記っぽいのとか、全然。発声とか、声での腹筋の使い方みたいなのは、確かに音楽っぽいよな。ほら、俺さ、中学ん時合唱部だったじゃん? その時も部活の最初はアップからやってたし、今もバイト前にロッカールームでアップはしてるぜ。でも筆記試験はなかったなー」

「へー。…じゃあ、やっぱ叶って特別なんじゃん。普通はやるのかもね」

「へえー…。そーなのか…」

「でも、一般常識レベルだった。読めなくはなかった」

「お前、漢検持ってるもんなー。余裕だったろ」


緒倫は成績がいい。

国語は特にだ。漢字検定は一級を持ってる。

一級の問題集とか、一緒に本屋行ったときに見たことあるが、中国語デスカ?ってレベルで俺なんかは分からなかった。

そんなのがすらすら解けるのだ。問題なかっただろう。


「あと、『これに続く一文考えて』とかあった。限界まで声伸ばし続けたり、ビブラートかけたり、やっぱ音楽の授業みたいな。あとは…。ぺらい台本みたいなの渡されて、朗読したりとか。映像に合わせたりとか」

「アフレコな。つかいきなり? 実践的だな。どうだった?」

「よく分かんない。取り敢えず、登場人物の気持ちでやったけど、文章短すぎて。棒読みになったと思う。…あと、『笑ってみて』とか言われた。突然」


ああ…。

俺もやられたな、それ…。

最初全然笑えなくて大変だったな。

笑えたと思っても、録音して笑い方のマネしてる時と素で爆笑してる時の声って全然違うから、今だってちょっと苦手だ。だから結構気を使っている。

だから「イメージの引き出し」をあれこれ用意することを覚えたんだよな。

けど、最初は無理だろうな。


「わ、笑えたのか…?」

「いや。突然言われても分からないから、流れくれって逆にリクエストしたら、スタッフの一人がガラスの向こうでなんかすっげー古くてよれよれの、侍の格好したシュールな大根のぬいぐるみ振ってくれたから少し笑えた。つーか吹いた」

「おま…、強者!」

「でも笑えたかどうかと言われると、笑えなかったかな。吹いただけで。あとは…。…ああ。映像に合わせるやつは、俺、全然駄目だった。合わない。声だけ録る方がやりやすい。映像あると恥ずいし。音ねーとアニメ映像ってすげーシュールっつーか、こえーし。すげーつまんねえ」

「あはは!分かる分かる。賢者タイム入るよなー!」

「入る」

「でも、そこに緒倫が生気を持たせるわけじゃん。それってさ、楽しいし凄いだろ?」

「いや、楽しくは……。つか、無理っぽいかも」


ふう…と溜息を吐いて、緒倫が目を伏せる。

肩を落とすという程でもなかったが、落ち込んでいるように見えて、さっきプロデューサーがした見たいに俺も軽く肩を叩いた。


「でもさ、先方に見せるっつってたじゃん。プロデューサー自体は気に入ってたみたいだし。取り敢えず前向きで。それに、今回俺がやるかもしれないのって、動画じゃないから」

「へー。そーなん?」

「出だしはCDだってさ。まっさかさー、流石にアニメになんてならないって!だから、いけっかもよ? 取り敢えず、お疲れさん」

「うん…。なんか疲れた」

「一緒にできるといいよなー」

「どうだろ。悪いけど、期待しないで欲しい」

「いいよ、別に受かんなくても。受かったら凄すぎだって。うちの事務所の雑用でも、俺めっちゃ嬉しい。ちょいちょいしか無いけどさ、明日にでもうち来て、俺がバイトでどんなのやってるか見てみるか?」

「ああ、そうだな…。可能性めちゃ低い気がしてるけど、一応見るかな。叶んち遊び行くのとか久し振りだし」

「だよなー」


いつもより遅い帰り道を、翌日の約束しながら俺たちは家に帰っていった。





翌日の学校で、放課後の待ち合わせは校門のところになった。


「やべ。ちょっと遅れたな…」


教室を出たところで既に待ち合わせの時間より五分オーバーしていた。

急いで靴に履き替えて、校門目指して駆け出す。

小走りで近づいていくと、校門のところで寄りかかっている緒倫の背中がちょっと見えた。

あの頭一個高い背と気怠い雰囲気は間違いなく緒倫だ。


「おーい!おり……」


すぐに声をかけようと途中まで言いかけたが、緒倫の周りに数人の男子生徒が集まっていてちょっと戸惑う。

緒倫は頭一つデカいから昔から絡まれやすいが、別に険悪って感じではない。友達だろう。

楽しそうに笑ってるな、あいつ。珍し。

ぼーっとした奴だから、楽しくないってことはないんだろうが、外からじゃ分かり難くて、実際、あんまり笑うことって少ないんだよな。


「……。あ…」


その時、不意に思い出した。



――そう。だから俺、今週一緒に帰れるから。

――友達とかはいいのか?

――一緒にいる奴、大体逆方向。…ああ、でも明後日とかはそいつらと遊ぶかもしんない。



……。

…あれ?

そういえば、あいつ部活休みの初日、二日後は友達と遊ぶ予定が入ってるっぽいこと言ってなかったか?

すっかり忘れてた、俺。あいつ、先約あったんじゃないか、もしかしたら。


「…あ。叶」

「…!」


距離を開けて俺が立ったまま様子を眺めていると、緒倫が俺に気付いた。

悪いことしてるわけじゃないのに、何故かぎくりとする。寄りかかっていた校門から背中を浮かせて、緒倫が友達相手に片手を上げた。


「んじゃ、悪いけど。また後でな」

「ああ。じゃあな、天海」

「たまにはゲーセンくらい付き合えよなー。お前、音ゲー結構イケんだから」

「カラオケもな!」

「ああ。次ね」

「おー。また明日なー」


そう言うと、緒倫の友達たちは校門を出て歩いていってしまった。

連中に手を振ってから、緒倫がこっち来る。


「……」

「遅かったな、叶。どしたん。HR長引いた?」

「あ…。お、おう…。ちょっとな。先生が遅れちまって…。えっと、悪かったな…」

「別に、叶のせいじゃないし。時々あるよな。超迷惑。センセーなら時間守れっつーの。自分でできてねえの俺らに求めんなよ」

「いや、それより…。お前、いいのか?」

「何が?」

「今のさ、クラスの友達とか、そんなんだろ。そういえば、お前今日遊ぶとか言ってたっけ」

「ああ…。うん、まあ。ゲーセン行くんだってさ」


やっぱりじゃん。

ああ、悪いことしたな。こいつ、絶対そっち断ったじゃん。


「悪い。俺、全然気付かねーで…。断ってたけど、いいのかよ。そっち優先してもいいんだぞ? 先約だっただろ、あっちの方が。俺んちくるのは明日だっていいしさ」

「…? 何で。いいよ、別に。叶との方優先って、俺がそう選んだだけだし。あいつらもそんなくだらねーことで気ぃ悪くする奴らじゃねえよ」

「…!」


…お。今、随分格好いいこと言った気がする。

社交レベル低めっぽく思ってたけど、緒倫も結構友達がいるんだな。安心した。

しかし、友達より俺優先していいのかよ、こいつ…。引っ付き症ってわけじゃないんだが、つくづくこいつ俺に懐いてるよな。

嬉しい話なんだけど、兄貴分としてはもっとみんなと仲良くしろよ的な気持ちにもなる。

でも嬉しいっていうこの矛盾な。


「行こうぜ。…てか、帰りお菓子買ってこ。叶んちで食う分」

「…ったく。しゃーねーなあ!」


邪気のない緒倫の言葉に、俺は苦笑してその隣に並んだ。





「どーぞー。入って」

「お邪魔しまーす」


コンビニによってお菓子や飲み物適当に買ってから、家に帰る。

うちは持ち家だからマンションとかじゃないけど、普通の家よりちょっとセキュリティがしっかりしている。俺の指紋で開けたドアを閉め、改めて鍵を掛けた。

人気のない家の中を見回して、緒倫が部屋への道を付いてきながら言う。


「相変わらず人いないのな。叶んち」

「まあなー。親父は相変わらず単身赴任だし、お袋は好き勝手なことして海外行ってるし、二人とも大体国外だからな」

「お袋さん、今は何してんの?」

「ドイツでバイオリン作りだとよ」

「へー。相変わらず自由人。言っちゃ悪いけど、叶んちも大概クズ親だよな」


靴脱ぐ時に俯いたせいで前に垂れてきた髪を、邪魔そうにかきあげながらさらりと緒倫が言う。

おいおい…。確かにうちの親は自由人だけど。


「お前な、人の親掴まえて…。そこまでじゃねえよ。…けどまあ、悪くない人達だけど、親力は低い方なのかもな。けど、それで俺は生活できてるんだし、仕方ないって。そういう人なんだ。まあ、俺が道外してなければ、結果いいだろ、別に。…でもお前、あんまそーゆーこと言うなよな」

「傷ついた?」

「少しなー」

「いいじゃん。そんくらい愛情あるってことだもんな。…でも、気ぃ悪くしたらごめん。悪かった。許しといて」

「そこまでじゃねーから平気」


口の悪い緒倫を少し窘めて、俺たちは部屋へ向かった。

一言言っておいて何だが、こういうことをストレートに言ってもらった方が、俺も硬くならずに済むから楽なんだよな。





今日は緒倫が来る予定が予め入っていたので、昨晩それなりに片付けたつもりだ。

じゃないと、いつもの俺の部屋とか、こんなもんじゃない。


「適当に座れよ」

「おー」


緒倫はベッドの上に買ってきた荷物を置いて、その足下、床の上に鞄を置いた。

そのまま床に座る。

飲み物は買ってきたから、用意する必要ないし…。


「なんか読むか?」

「漫画とか、別に興味無いけど」

「分かってるって。絵本だろ? そっち聞いてんだよ」


苦笑して返す。

四捨五入すれば二十歳の男子学生が絵本とか、やっぱ世間一般じゃ笑われるんだろうな。

俺と緒倫は絵本が好きだ。…つか、それが切っ掛けで出会ったようなもんでもある。

出会いが図書館だったし、それに俺が図書館ボランティアを即席手伝いのレベルで初めてすぐの頃、いっこ下の緒倫は毎週のようにお話し会に聞きに来ていた。

最前列で寝っ転がりながら真剣になって聞いている姿を、俺はまだ覚えてる。

今じゃすっかり図体でかいけど、昔はそりゃあもう内気少年を絵に描いたような華奢な男の子で、めちゃくちゃ小さくて可愛かった。一歳お兄ちゃんの俺がついててやんなきゃ!みたいな。

歳と家が近いってだけで、小学生の頃は簡単に友達になれるもんだ。

だから遊び相手だったし話し相手だったし、お話し会が終わった後も、個人的に図書館の本を読んでやったりしていた流れが、今も何気に根付いている。

それに、「絵本が好きです。集めてます」……なんて、ダサ過ぎて他の奴らには言えないもんな…。

緒倫なんか部屋に絵本めっちゃ並んでるから、絶対友達も限定された奴しか呼べないし、女子とかはドン引きするだろうから尚更呼べない気がする。

本人は俺と違ってそこまで気にしてないみたいだが、やっぱり引く奴は引くだろう。


「せっかくお前いるんだし、俺も聞きたいから久し振りに読みっこしようぜー。何読む? 選んでいいぞ」

「ていうか持ってきた」

「マジか!」


準備万端だな、おい。

相変わらず淡々とノリがいい。ごそごそと、緒倫が背を屈めて足下に置いた学生鞄から絵本を取り出す。


「クラッセン&長谷タッグ、『ちがうねん』」

「げー…。またー。お前なんでそーゆートラウマ絵本好きなんだよ…」

「カワコワいいじゃん。絵本の真髄。一般書よりマシ」

「そりゃ俺だって絵本の方が好きだけどさ、普通の本も面白いんじゃねえの?」

「刺したり殴ったり、人生迷子とか恋愛とか、そーゆーのもういい。飽きた。つか、最近の本とか、ラノベの延長じゃん。サイズ違うだけだろ」

「んなの本によるだろ。お前の趣味は知ってるけど、絵本ならもっと素直に可愛いの選べよ」

「叶は?」

「俺は『つみきの家』!」


近くの本棚からお気に入りの一冊を取り出して、ばーんと表紙を見せる。

緒倫がうざそうに顔を顰めた。


「捻りねええー…」

「うるせえ。いいだろ。名作だろ!」

「泣くんじゃね?」

「泣かねえよ。つか、お前の読み聞かせで泣いたこと無いしな、俺。小さい頃、お前のことは結構泣かせたことあるけど。今だってうるっとくるだろ、お前。…だろ?」

「……」

「ふふん。悔しかったら泣かせてみろよ」


完全上から目線で得意げに言ってみる。

実際、得意にも思ってるしな。

緒倫は少し考えたように沈黙してから、妙にあっさりとこくこくと頷いた。


「ふうん…。なるほどね。…考えたら、確かにそうかも。俺、叶の聞くと結構絵本の内容に気分が上下するし。一人で読んでみても全然つまんないし。やっぱりこういうところが違うのかもな」

「俺もバリバリに殻付きだけどさ、お前だって声優の卵になるかもしれないんだし、相手の感情操作してやるぜって意気込みから始めればいいんじゃないか?」

「……。あのさ」

「ん?」

「叶って、普段仕事してる時、何考えてやってんの。相手の気持ち操作してやろうって思ってやってんの? それとも、その登場キャラクターになりきってんの?」

「え?急に仕事の話か? え、えーっと…」


改めて聞かれると、困る。

俺は別に専門学校とかで学んだ経験とかもないから、何がスタンダードかなんて実際のところよく分からないんだよな。

そりゃ、最初の仕事が終わった後の一週間くらいは基礎研修みたいなものがあったけど、割とあっさり終わったし。今だって月一で、トレーナーさんから教わる勉強会という名のトレーニング時間はあるけど、本当にそれくらいだ。

もらえた仕事に対して俺なりに一所懸命やってるけど、その俺のレベルで今の所事務所がOKって言ってくれてるからOKなだけで、実際他の人がどういう過程を経てプロの人になるのかも分からない。

最近の仕事を思い出してみるが、仕事してる時の自分の気持ちなんてあまり意識したことが無かった。

でも、そうだな…。


「えーっと…。ナレーションの時は、聞く方が考えればいいからなるべく聞き取りやすくが優先で…。図書館とかの読み聞かせはナマモンだし、そん時の雰囲気重視だけど、まぁガキどもが聞きやすいように、速度と句読点の間の取り方と、声の音の高低に注意してるかな…。こう、山をちゃんと頭の中で描いてメリハリを付けるっつーか……ガキはその辺敏感っつーか、こっちが気持ち入れて呼びかけないと何かバレるんだよな。で、人物とかキャラクターの時は、そいつになりきる……かなあ。なんかこう…自分の中に目盛があって、やる仕事によってつまみをそれに合わせる感じ? あんまこうしなきゃって思いながらはやってねーかな」

「…めっちゃ思ってね?」

「え、そうか?」

「……。俺、この間キャラクターになりきるってのムズかったんだけど、やっぱ慣れるもんなの?」


少し虚空を見上げて考えた後、緒倫が改めて俺を見て首を傾げながら聞いてくる。

どことなくマジで聞いてる風な緒倫の不安を拭ってやろうと、ひらひらと軽い調子で片手を振った。


「あ、もーそれは平気。慣れる慣れる。要はそいつと仲良くなればいいだけじゃん。…あ、あと俺は原作があったら先にそれ読んでから、担当するキャラクターのプロフィールとか生い立ちをチェックして、作者さんとコンタクト取れそうなら電話して……あ、制作者さんより作者さんのが掴まるんだぜ。あとは……んー、あんまプロフィールなかったらイメージして、履歴書みたいにしてルーズリーフにメモるよ。見るか?」

「…マジ?」


言うと、緒倫は驚いた。

ファイリングしてあるから立ち上がろうとしかけたところにその表情を見せられて、俺の方も少し驚いた。立ち上がるタイミングを逃したんで、また大人しく座る。


「え、だって……根幹からそいつのこと理解してねーと、上辺だけになっちゃって、人生出なくね?」

「人生…」

「架空の人物だってさ、それまでの人生あるだろ。何かさ、人間そーゆーの出るじゃん、俺らも。それまでの時間っつーか。何か色々あって、それ重なって今の性格とか考え方なわけじゃん? 今見えてる土台の下に土があるっつーか…」


その瞬間瞬間のキャラクター設定があるんだろうけど、その設定になった土台がキャラクターにもあるはだ。

どういう育ちでそういう経験を経て、そういう思考とか言動の持ち主になったのか、想像するのとしないのじゃ違うと思う。

なんかやっぱ、そういう含みがないと誰だってできるし軽くなっちゃう気がする。

俺が言うと、緒倫は微妙な顔をした。


「……。なんか、思ったより色々大変っぽい」

「いやいや、仕事はどれだって大変だろ。…で、仕事始まる前とか、収録終わった瞬間とか、“俺自身”でいい時は“お前らこっちの世界連れてってやるぜ!”の意気込み持ってっかもしんない。どうだ!みたいな」

「…結構、喧嘩腰?」

「攻めの姿勢で。やるからには。何人話の中に落とせるか、みたいな。終わった時にたくさん好きになってくれた奴がどんくらいいるかが、俺のスコア!」

「その割りに、仕事もらうのは逃げ腰なんだ?」

「う…。い、いいんだよ。俺はまだ全然なの。俺レベルは、小さな仕事を一所懸命やるのが精一杯で、大きい仕事はまだレベルが足んないに決まってんだろ。けど、今回はプロデューサーの顔に泥を塗りたくないからさ……」

「…叶が無理なら、俺なんか更に無理じゃね?とか思うんだけど」


…まあ、確かにな。

ちょっと強引だっただろう。経験ない奴起用とか、内心では有り得ない気がしている。

もしかしたら、筧さんに「ごめんなさい」されるかもしれない…っていうか、普通されるだろうと思う。

でも、緒倫にその気があるのなら、うちの事務所で小さなことから経験詰めば、きっといい仕事ができるだろう。

例え、今回の話が駄目になっても仕方がない。今じゃなくても、将来一緒に仕事ができれば俺は嬉しい。何かもう筧さんの件はいいけど、うちのプロデューサーに会わせただけで俺としては万々歳だ。

だからもう半分クリアという気楽な気分でもある。


「まあ、いいじゃん。そこは俺たちが考えることじゃねえし。先方が選ぶんだしさ、結局。プロの人だってイメージに合わないとかで、ごめんなさいされるらしいし。第一、今は遊ぶだけだろ。小難しい話とか、置いとこーぜ」

「…先に声優の心得みたいなの語り始めたの、そっちだろ」

「聞いたのはお前だろーよ。…よーし、じゃあ読んでやるぞー!次はお前が読むんだからな」


買ってきたペットボトルの水で喉を潤してから、緒倫の手から絵本を取り上げ、俺は飛び込むようにベッドに俯せになって絵本を開いた。

ベッドに座ってる緒倫は、そのまま軽く身体を寄せて俺の開いている絵本を覗いた。





【あとがきキャラクター簡易紹介】


挿絵(By みてみん)

天海緒倫あまみおりん

私立大附属高校一年生。放送委員。美術部ブロンズ班。

星座:乙女座/血液型:A型

好きなこと:絵本集め、読書、寝る、図書館でヒマしてるガキと適当に遊ぶ

苦手なこと:うるせえ女子、SNS系全般

好きな本:『悪い本』『くらやみこわいよ』『てぶくろ』


叶の一つ下の幼馴染み。

中高と同じ学校で、現在は放送委員でも同じ班。

気怠げな言動と恵まれた体格容貌が相まって、一見軽そうに見えるが意外と硬派で古風。

親しくする相手は選ぶ為、相手が解るまでは人見知り。

叶とタイプは違うがやはり年齢の割に自立心が高めで、一方で大人の印象に残りやすくまた好意的に取ってもらえることも少ない為、その人見知りに拍車がかかっている。

淡々とノリがいい。言動がストレートで時に辛辣。

バイト仲間が欲しい叶に誘われ、漫画やアニメに微塵も興味が無いが声優のバイトを始めることに。

放送や歌は上手く、放送では受賞経歴もある。


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