隙間から差す光
開け放した窓から風が入り、佐助がもう長いこと忘れていたほどのやさしさで、カーテンを揺らしていた。クラクションも、エンジン音も、壁の震えもない。聞こえるのは、草むらに潜む虫たちの絶え間ない声と、ときおり、名も知らない鳥の鳴き声だけだった。
板張りの床に座り、狭い縁側を前にしていた。その向こうには、夕暮れの金色の光を浴びた田畑が広がっている。作物は風に合わせてゆっくりとうねり、まるで呼吸しているようだった。さらに遠くでは、山並みが空の輪郭を切り取っていた。
小さな座卓の上には、空になった茶碗が二つ、急須が一つ、それからスイカを載せた皿があった。一切れにはかじった跡があり、もう一切れは磁器の皿の上に水気をにじませ始めていた。
「やっぱり、自分のは最後に残すと思った」
佐助は振り返った。
その人は裸足で、ブラウスの袖を肘までまくっていた。髪は無造作にまとめられ、両手には布巾を持っていた。彼女には、確かめる必要さえないほど不思議な親しさがあった。疲れたときにどんなふうに笑うのかを知っていた。スイカの白っぽい種が大嫌いなことも、その朝、最初のヘアゴムが切れて、髪を二度結び直したことも知っていた。
何より、自分が愛されていることを知っていた。
それは発見ではなかった。まだ言葉にしなければならないことでもなかった。ずっと昔からそこにある愛が、あの家のささやかなもののあいだに馴染んでいた。自分のものの隣に置かれたスリッパにも、流しのそばの二つ目のコップにも、日に乾かそうと干されたタオルにも。そして、答えを待ちながらも笑みを失わない、彼女の表情にも。
「食べてもらおうと思って取っておいたんだ」佐助は答えた。
「うそつき」
彼女は近づき、隣に腰を下ろして、皿からスイカを取った。肩が触れた。佐助は髪から漂うかすかな香りを感じ、数秒、目を閉じた。
幸せだった。その実感は、探すまでもなくひとつの形をもって胸に現れた。
幸福という言葉は、いつも日常の中に収めるには大きすぎるように思えた。けれどここでは、縁側と、二つの空の茶碗と、半分に分けた一切れのスイカの中に、すんなり収まっていた。
「明日は早く出ないとね。暑くなる前に」
「わかってる」
「いつもそう言うよね」
「それで、いつも念を押す」
「誰かが覚えてなきゃ」
彼女は笑い、スイカの小さいほうを差し出した。佐助は受け取った。
「ずるい。大きいほう取った」
「私に取っておいたって言ったでしょ」
「礼儀で言っただけ」
「二回もうそついた」
彼女は皮を皿にまとめた。茶碗の一つに手を伸ばしたときには、佐助がもうそれを取り、もう一つの上に重ねていた。頼まれる前に、続けて急須も持ち上げた。
その動作は、あまりにも自然だった。
どちらが何を中へ運ぶのか、考える必要はなかった。どこに片づけるのかも、その夜まだ何をしなければならないのかも、尋ねる必要はなかった。
彼女は布巾で、卓上に残った小さな水の跡を拭いた。
「明日になったら忘れるよ」
「何を?」
彼女が目を上げた。
「ほら、もう忘れてる」
佐助は答えを探した。
彼女は数秒だけ真顔を保ち、それから笑った。
「冗談」
「それ、ずるい」
「信じたんだから、いいの」
佐助も笑った。
ほんの一瞬、明日という日がもう存在しているかのように思い描いた。二人は早く起きる。暑くなる。彼女に言われるまで忘れている用事が何かあって、また同じ食卓で食事をする。些細なことで言い合うかもしれない。彼女にまた笑われるかもしれない。
特別なことは何も待っていなかった。だからこそ、安心できた。
茶碗を返すとき、指先が彼女の指に触れた。その瞬間、短く、それでいて深い恐怖が胸をよぎった。まるで、その触れ合いが最後になるかもしれないように。
空の色が変わっていた。太陽は同じ場所にあるのに、山々だけが暗くなっている。虫の声が、突然消えた。
遠くで、鐘の音が鳴り始めた。
カン、カン、カン、カン。
彼女はスイカの皮を皿に置き、田畑のほうを見た。
「もう?」
佐助も視線の先を追った。近くに寺も、道路も、駅もない。それなのに音は大きくなり、こちらへ近づいてくる。あの世界には似つかわしくない、機械的な警告音だった。
「もう少し、いて」
答えたかった。ここにいる、どこにも戻る必要なんてない、と言いたかった。だが、家全体が振動に包まれた。卓上の茶碗が揺れ、急須の中の茶に小さな波紋が広がった。
彼女の顔が、白い光の中に消え始める。
佐助は手を伸ばした。
届く前に、目が覚めた。
強い陽光が、ブラインドの隙間から入り込んでいた。
村上佐助は目を開け、顔の前に手を伸ばしたまま動かなかった。数秒のあいだ、まだあの人の指のぬくもりを感じていた。虫の声も聞こえていた。もう一度目を閉じれば、あの縁側が同じ場所にあると、まだ信じていた。
そのとき、電車が通った。
車輪がすぐ近くの線路を踏み鳴らし、窓ガラスと机の上のいくつかの物を震わせた。佐助は勢いよく身を起こした。布団を見た。低い天井を見た。床に脱ぎ捨てた服を見た。そして、自分がどこにいるのかをまだ確かめる必要があるかのように、窓を見た。
上げたままの手をもう片方の手へ寄せ、何もない空間をつかむように指を閉じた。
一瞬、そこにまだぬくもりが残っていることを期待した。
何もなかった。
もう一度、布団と、床の服と、机を見た。すべてが、あるべき場所にそのまま残っていた。
部屋には何ひとつおかしなところがなかった。
消えてしまったのは、もう一つの場所のほうだった。
スマートフォンの時計は8時17分を示していた。2024年7月20日、土曜日。
車体に色の帯をまとった別の電車が、乗客を都心へ運びながら、屋根の合間に覗くわずかな景色を切り裂いていった。列車の音は何年も前から頭に刻み込まれ、もう目を覚ます理由にはならなかった。けれど、その朝だけは、自分を迎えに来たように思えた。
もう一度、目を閉じた。
田畑。縁側。スイカ。
あの人。
顔を思い出そうとしたが、浮かぶのは光だけだった。肩の形も、まとめた髪も、声も覚えている。自分が愛されていたことも覚えている。けれど、誰なのかはわからなかった。
スマートフォンを手に取り、メモアプリを開いた。
「田舎の家。山。スイカ。女の人」と入力した。
指が止まった。
「僕を愛している女の人」
佐助はその一文を見つめた。
縁側では、それは何かを知った瞬間のようには感じられなかった。尋ねる必要も、確かめる必要も、自分が愛されるに値するかを考える必要もなかった。愛はただ、あの場所の一部だった。
保存する前に、最後の一文を消した。
存在しなかった一日のあいだ、佐助は愛されていた。
そして今、その一日が恋しかった。
部屋は、ぞっとするほど散らかっていた。間に合わせの机には本が積み上がり、床には服が落ち、紙類や小さな電子機器の間に食べ物の包装が混じっていた。埃をかぶったモニターの前には、錠剤のシートが二つ開いたまま置かれている。一つにはまだ五錠、もう一つには一錠しか残っていなかった。
その中で、布団だけが不釣り合いなほど整っていた。佐助は、部屋から出るつもりのない朝でさえ、毎日布団を畳んだ。敷きっぱなしの布団で眠ることは、次の日を静かに諦めることだと、母から教わった。母があまりにも何度も口にしたので、その言葉は努力しなくても頭に残っていた。
立ち上がってブラインドを開けると、眩しさに一歩下がった。空はどこまでも青かった。夜中にエアコンが止まり、小さな部屋にはすでに夏の湿った暑さがこもっていた。もう一度エアコンをつけ、しばらく窓の前に立った。
家は二階建てだったが、広いと呼べる場所はほとんどなかった。狭い階段は、箱を抱えて上がるなら体を横にしなければならないほどだった。台所と居間は同じ空間にあり、四人掛けのテーブルは人が通れるよう壁際に寄せられていた。二階には小さな部屋が二つだけ。そのうち一室は、ほとんどいつも閉ざされていた。
2022年10月に母が亡くなってから、佐助はその部屋の半分を物置にしていた。残り半分は、母が残したままだった。低い箪笥、楕円形の鏡、棚の上の裁縫箱。必要がなければ、そこへ入ることはなかった。
その朝、扉の前を通ったとき、夢の中で切れたヘアゴムのことを思い出した。
ドアノブの前で足を止めた。
入る理由はなかった。そのまま浴室へ向かった。
歯を磨き、顔を洗い、鏡の中の自分を見た。三十歳だった。もっとも、眠れなかった夜のあとは、光の具合によって何歳か上に見えた。黒い髪は片側だけ潰れ、目の下には深い影があった。クリニックの医師は、薬は睡眠を立て直す助けになるかもしれないが、決められた時間を守り、自分の判断で量を増やしてはいけないと言っていた。
佐助は、たいてい守っていた。
前の晩、家に着いたのは十時を過ぎていた。一日中、ブンエイ・データサービスでスキャン済みの書類を確認し、傾いたページや未入力の項目、システムが誤認識した名前を修正していた。パソコンの電源を落としたときも、まだ何人もの社員がフロアに残っていた。誰も文句は言わない。ただ姿勢を直し、コーヒーをもう少し飲み、仕事を続けていた。
薬を飲んだのは23時41分だった。仕事のない土曜日なのに寝坊するのが不安で、時刻を二度確認したから覚えていた。
部屋へ戻ると、もう一度あの人の顔を探した。
何も浮かばない。
細部は、もう薄れ始めていた。
恋しさだけは、薄れなかった。
グレーのTシャツと薄手のズボンを身につけ、階下へ降りた。台所で冷蔵庫を開ける。ご飯の入った容器、半分ほど残ったお茶のボトル、いくつかの調味料が棚に並んでいた。何も取り出さずに閉めた。
休日には、二つ先の角にあるコンビニまで歩くことが多かった。習慣というほどではない。習慣には、多少なりとも愛着が必要だった。ただ、空腹と一日の最初の食事を結ぶ、いちばん短い道だった。
玄関を開けると、夏が一度に押し寄せてきた。
太陽はまだいちばん高いところまで昇っていないのに、空気はもう重かった。通りにわずかに残る木々では蝉が鳴き叫び、ある家の前ではホースの水がアスファルトを濡らしていた。佐助は扉を閉め、鍵を確認すると、建物が落とす細い影を選んで歩いた。
途中に踏切があった。
近づくと警報機が鳴り始めた。赤いランプが交互に点滅し、遮断機がゆっくりと下りていった。車が一台止まり、その横に自転車が二台並んだ。年配の女性が小さな日傘で顔を日差しから隠した。
カン、カン、カン、カン。
佐助の全身が反応した。夢の田畑が一瞬だけ戻ってきた。山々と、届かなかった手も。
電車が高速で踏切を通過した。佐助は窓を一つずつ目で追い、その向こうに何かが現れるのを待った。ぼんやりした顔。スマートフォンを見る人々。窓ガラスに額をつけた子ども。
最後尾の車両が消えた。
警報音が止まり、遮断機が上がった。車がゆっくり踏切を渡り、自転車も続いた。佐助は、日傘の女性がそばを通るまでその場に立っていた。
「すみません」女性はほとんど囁くように言った。
佐助は脇へ寄り、軽く会釈した。
街がまた動き始めた。
佐助も歩き出した。巨大なゴルフボールを掲げたゴルフ用品店の前を通り、ほどなくローソンに着いた。男が二つの袋を持って店から出てきて、佐助のために扉を押さえてくれた。佐助は軽く頭を下げて礼を言い、中へ入った。
冷たい空気に腕が粟立った。
自動音声の「いらっしゃいませ」に迎えられ、かごを取った。まず冷蔵棚へ行き、ヨーグルトと小さなカットフルーツを選んだ。それから菓子パンを二つ、ボトルコーヒー一本、おにぎりのパックをかごに入れた。
二種類のお茶を見比べていると、聞き慣れた声がした。
「村上さん?」
佐助はゆっくり振り返った。
林美香が数歩先、飲料棚の前に立っていた。明るい色のスカートに、半袖の青いブラウス。髪は無造作にまとめられ、顔の両脇に二筋の後れ毛が落ちていた。牛乳パックを手にしていて、美香も佐助と同じくらい驚いているようだった。
周囲の音が消えた。
最初に気づいたのは顔ではなかった。仕草だった。
美香は牛乳パックを体に寄せ、空いた手で頬に落ちた髪を耳にかけた。夢の縁側で、あの人は佐助の隣に座る前、まったく同じことをしていた。
記憶を覆っていた光が消えた。
美香だった。
「林さん」ようやくそう返した。間が空きすぎていた。
美香は笑った。
「この辺に住んでるなんて知りませんでした」
「中里に住んでます」
「じゃあ、帰る方向はほとんど同じですね。私は駒込です」
「そうですね」
その返事が何の意味も持っていないことに気づき、別の言葉を探した。夢の中には、いくらでもあった。同じ家で一日を共にする二人のあいだで交わされる、簡単な言葉が。けれど、飲料棚の前では一つも見つからなかった。
美香が佐助のかごを見た。
「遅めの朝ごはんですか?」
「はい。さっき起きたばかりです」
「眠れました?」
その問いに戸惑った。金曜日、退勤する少し前、美香は佐助が両手で額を支えているのを見つけ、大丈夫かと尋ねた。佐助は、いつものように大丈夫だと答えた。
「眠れました。今回は、ちゃんと」
「よかった」
本当に安心したように見えた。佐助の中に、また縁側が浮かんだ。二つの茶碗。スイカ。あの人との日々を知っているという、馬鹿げるほど確かな感覚。
美香に、田畑に囲まれた家へ行ったことがあるかと聞きたかった。スイカが好きか。知らない場所を恋しく思いながら目を覚ましたことがあるか。数時間のあいだ――あるいはもっと短い時間だったのかもしれない――二人は一緒に幸せだったのだと話したかった。
代わりに、彼女が持っている箱を指さした。
「牛乳、切れたんですか?」
美香は手元のパックを見て、小さく笑った。
「切れました。土曜の朝としては大惨事です」
佐助も笑った。短い会話だったが、無意味には思えなかった。
「村上さんは? 今日は何か予定あります?」
「ないです」
あまりにも早く答えてしまった。
「いや……家で少し片づけないといけないものがあって」
「わかります。私もやらないと」
品出し用の小さな台車を押した店員が二人の間を通った。美香が一歩横へ避ける。そのわずかな距離だけで、その瞬間は終わってしまった。
「それじゃ、村上さん。また月曜日に」
「また月曜日に」
美香はレジへ向かった。佐助は飲料棚の前に残り、どちらを買うつもりだったのか思い出せないまま、二本のお茶を手にしていた。
美香が先に会計を済ませた。店を出る前に振り返り、控えめに手を振った。佐助も手を上げたが、美香が見たかどうかわからないほど遅かった。
扉が閉まってから、二本ともかごに入れていたことに気づいた。
会計を済ませ、片手に袋を提げて外へ出た。暑さがさっきより強くなったように感じた。すでに飲み物は十分あるのに、自動販売機までゆっくり歩き、ガラス越しに並ぶ色とりどりの缶を眺めた。缶の上に自分の姿が映っている。まるで重大な知らせを受けたばかりの人間のようだった。
立ち止まった理由を作るためだけに、水を一本買った。
帰り道、起きたことを整理しようとした。美香は二年近く、職場で数席先に座っていた。仕事や締切、システムの不具合について話した。何度か同じエレベーターで下りたこともある。美香が謝るときの声の調子も、帰る前に書類を整える仕草も知っていた。疲れていても、言葉を丁寧に選ぶところ。その穏やかさに惹かれていた。
それ以上近づく勇気は、一度もなかった。
夢は、目覚めている自分にはできなかったことを代わりにやってしまった。距離しかなかった場所に親密さを作り、美香に家と田畑と、佐助と暮らす人生を与えた。二人のどちらにも許可を求めずに。
佐助は恥ずかしくなった。
それでも、恋しかった。
再び踏切に着くと、遮断機は上がっていた。そのまま渡ることもできた。それでも佐助は柵のそばで立ち止まり、空いた線路を見つめた。
金属が日差しを反射している。遠くから、次の列車を知らせるかすかな振動が伝わってきた。
スマートフォンを取り出した。部屋で書いたメモを開き、四つの短い文を読み返す。出来の悪い物語のあらすじのようだった。板の間のぬくもりも、美香の髪の匂いも、誰かに待たれているという感覚も、そこにはなかった。
すべて消した。
一瞬、スマートフォンをしまって家へ帰ろうと思った。洗濯物もある。片づける箱もある。昼までにはきっと仕事のメッセージも届く。夢は消えていく。夜になれば、何かいい夢を見たという確信だけが残るかもしれない。
踏切の警報機が鳴り始めた。
佐助はボイスレコーダーを開いた。
赤いボタンを押し、スマートフォンを口元へ近づけた。山手線の電車がカーブの向こうから現れ、足元の振動が強くなった。騒音がすべてをさらっていく前に、何か言わなければならなかった。
「田舎に家があった」佐助は話し始めた。「美香がいた。僕たちは……一緒に暮らしてた。たぶん夏だった。縁側でスイカを食べて、美香は次の日、早く出なきゃって言った」
電車が踏切を通過した。佐助の声は、車輪の轟音にほとんどかき消された。
目を閉じた。最後にもう一度、美香の手が見えた。
「美香は、目を覚ましたくなかった」




