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揺蕩う水底 〜山村伽倻子の日常。1〜  作者: 四方末いそじ
揺蕩う水底

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明日はきっと良い日になる


「お母さぁん。明日の分だから、良いでしょ?」

背後から、少し高くて甘えた声が聞こえた。

レジの列に並ぶ私は、買い物を持ったまま後ろを振り返った。

「えー。あなた、ダイエットするんじゃなかったの?」

「じゃあ、ダイエットは月曜からにする!」

そうやって屈託なく悪戯に笑う、ロングヘアの少女が眩しかった。

そんな彼女に女性は、やれやれと言った感じで、優しい笑顔を向けた。


何の事はない、極々ありふれた親子の日常風景。

──けれど、そのありふれた風景は、私の人生には、縁のない光景でもある。


私は前を向き直し、買い物カゴをレジ台に乗せる。

カゴの中には、割引シールの貼られたお惣菜と、安売りの缶チューハイ。そしてあとは、広告の品が数点。

目で値札を追って概算しながら、くたびれたバッグから出した財布の口を開け、会計を待った。


金曜の夕方。

明日の土曜を待ち侘びる人が多いのかもしれない。

いつもより賑わうスーパーは、いつもより買い物カゴを品物で満たしている気がする。


後ろの親子の会話は明日の夕食の話に移ったようだ。

第二次成長期前の見た目には、少し早めな流行の服装。

背伸びしている生意気な言葉の無邪気さが、未来には希望しかないと主張しているかのようだった。


盗み聞きをする気はないのだけれども、雑音の中でも拾える会話。

少し高めと、少し落ち着いたトーンの、よく通る声音。

大した内容などない、あちらこちらに話題が飛ぶ雑談に、仲の良さを伺えた。


「お会計、2,739円になります。お支払いは2番の……」

概算通りだけれども、予算は超えてしまった会計が、私を現実に引き戻した。


明日も仕事。しかも、いつもより早めの出勤だ。

だから、今日は手抜き。

だけど、少しばかりの悪足掻きで、お酒を買ってみた。

朝からの運転に差し支えない、3%のアルコールを1缶。

気持ち的には、酒を煽ってクダを巻きたいところなのだけれど。


子供の用事、孫との予定。

そう言われれば、否定の言葉は言いにくい。

独りは寂しいでしょうと同情の言葉は掛けてくれても、家族と独身の予定を無意識に天秤へと掛ける事の無慈悲さは、考えていない。


助かる、助かった。

そんな言葉は屈託なく言ってくれる。

謝罪も感謝の言葉も言ってはくれる。

けれど、私が欲しい時に、気持ちよく『助けてあげる』とは言ってくれない。


そうやって暗黙の中で決まった、休日交換と明日のシフトの減員が、明日の私のタイムスケジュールを逼迫させていた。

それでも、自身を養うための仕事だから、断る余地などありはしないのだけれども。


結婚のケの字にも縁がないまま、気がつけばアラフィフ。

やめられない煙草と、減らしたアルコール。

自転車操業の生活には、随分慣れたものだけど、周りの悪意なき悪意には、未だに慣れない私がいる。


そんな私の名前は、村山伽倻子。

寂れた地方の個人商店で働く49歳。

バリバリの独身でバリバリの独居。

ちなみに、恋人は25歳以降不在である。


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