03/新生活
ザーラッハは軍事、傭兵産業において最も有名な国家だ。
中でもその養成機関であるトルウォラト傭兵学院は、他国にまで名を轟かせるほどの知名度をもっていた。功績の方も、挙げるときりがない。
腐食のノーベに即死のマルス、切り裂きディダラ、不動のグローノ、支配のサイア、公平のマルテシアと、ぱっと思い浮かぶだけでも、それだけの数の『黒潰石』の傭兵を、ここ十数年で輩出している。
彼等はこの大陸の外でも活躍した傭兵たちだ。そして彼等は卒業の際に交わしたとある契約によって、今でもこの学院と繋がりを持っている。彼等以前の傭兵たちもそうだ。
その代表例こそがノイン・ゼタとアルタ・イレスの二大傭兵団であり、ゆえにトルウォラト傭兵学院は、傭兵組織の窓口としても非常に大きな価値を持っていた。
だからこそ、ヴラド達は本命の傍らでちまちまと推薦状を集め、アルタ・イレスとの交渉をスムーズに行えるように時間を使ってきたわけだが、ついにその成果が今日はっきりする。
まあ、といっても、特に緊張を覚える事はなく、むしろ緊張しているのは向こうのようだったが。
「……ヴラド・ギーシュ。数多の大陸で勇名を轟かせ『絶刀』『血喰らい』『鏖獣』の三つの異称で語られた者。まさか、貴方ほどの大物が、このような場所に訪れるとは思っていませんでした」
こちらに応対した三人のうちの一人が、資料に目を向けながら、そこそこ広いこの応接間に強張った声を響かせる。
「相当昔の仇名まで知っているやつが、つまらない嘘をつくのね。推薦状を集めている事くらいは伝わっているでしょう?」
隣で実体化しているリリスが、不機嫌そうに言った。
「我々のような末端に、その情報は届いていません。ですから嘘ではありません」
と、右側の眼鏡を掛けた女が無表情に答える。
「つまり、わたしたちなんて些末な相手だという認識でいるわけね。随分と安い美辞麗句だこと」
微かに目を細めて、リリスが揺さぶりを始めた。
いつもの暇潰しだ。まあ、多少は実益もありそうなので止める事はしないが――
「――彼女はいかにも真面目そうに見えて、非常に不真面目なのよ。ついでに言えば、末端でもないわね」
不意に、しわがれた老婆のような声が響いた。不意だと感じたのは、この応接室に老婆はいなかったからだ。
「学院長」
左側にいた一番若い青年を、真ん中の男が微かな驚きを滲ませながらそう呼んだ。
「肉体の方の限界がもう近いもので、こんな形で申し訳がないけれど、これで貴方たちを軽視しているわけではない事の証明にならないかしら?」
微かに眉をひそめて、申し訳なさそうな表情で青年は言う。
そこから零れる声は、やはり年季の入った女のものだ。深みと凄味の両方がそこには混じっている。
「……そうね、責任を取れる者がいるのなら、問題はないわ」
具体的にどういう魔法なのかは不明だが、それを見せている時点で向こう側としてはリスクだ。誠意と言う意味では十分だとリリスも判断したのだろう。
「ありがとう。では、話を続けて」
中央の男性に視線を向けて、学院長は言った。
それに小さく頷いて、男性が口を開く。
「一応ですが、此処に来た目的の確認をしてもよろしいでしょうか? 何事においても手順というものは重要ですから。それに、目的が一つだけとも限りませんし」
そこで、男性の視線がヴラドの左手に控えていたシャルロットに流れた。
「ここは体験入学も受け付けているのでしょう? ちょうど卵から出てきたばかりの雛も居る事だし、せっかくだから利用してみようと思ってね」
やや投げやりな調子で言いながら、リリスがこの大陸を回って手に入れた推薦状七枚を中央の男に差し出す。
「話には聞いていましたけれど、まさか本当に推薦状のないこの国と、冒険者ギルドのないルウォ帝国以外の全ての国で条件を達成する人がいるとは思わなかったわ。一番多い人で五枚だったのに、記録更新ね」
穏やかな微笑を、青年の身体を借りた学院長が浮かべた。
「心証が良さそうでなによりだわ。そちらの男の言葉通り、正しい手続きを通して良かった。――それで、話はいつ付けて貰えるのかしら?」
「大変申し上げにくいのですが、二つ返事とは行きません」と、中央の男が答えた。「ノイン・ゼタ、或いはアルタ・イレス以外の傭兵団であるのならば、今すぐにでも契約交渉の席を用意出来るのですが、先日上から一つ要求が降りてきまして、二大傭兵団への口利きを求める者に対しては、条件が一つ付け加えられたのです」
「それってテロリストの始末とか?」
「ええ、その通りです」
「平和主義者だったかしら? 具体的にはどんな奴らなの?」
「窃盗から放火、殺人まで、なんでもする非常に悪質な連中です。首謀者の名前はデューリ・コンク。ミッタミラという都市で生まれた商人だった男です。既婚者であり娘も一人いましたが、六年前の放火事件によって失っています。彼等の活動が活発になりだしたのもこの時期ですね。地方貴族の陰謀が絡んだ事件だったようですが、どうやらそれを国家の仕業だと認識したようです。構成員の数は不明。ですが精鋭が多いですね。当人の実力も相当なもので、傭兵の基準で言うのなら『黒潰石』以上は確実であるとされています」
「なるほど、よくわかったわ。それだけ調べたのにまだ処理できていないんだものね、ずいぶんと手を焼いているみたい。でも、わたしたちの本業は冒険者じゃない。戦い以外のものまで求められても困るわ。来たばかりで土地勘もないしね」
「無論、そのあたりの問題は既に解決しており、近いうちに大々的な狩りが行われる予定にあります。それに参加し、幹部以上の相手を確保した方にその権利を最優先で提供するというのが、現時点においての条件となっております」
「生け捕りなの?」
「出来れば」
「そう、背後が気になるのね。つまりはテロを装った内輪揉め」
「それを危惧している方がいるのは事実ね。でも、それが一番の理由ではないわ」
と、学院長は答えた。
「なるほど、ルウォの浸食の方を重く見ているわけか。或いは両方が混ざっている可能性と言った方がいいのか」
口元に手をあてて、リリスが呟く。
それに対し、学院長はにっこりと微笑を返して、
「それで、如何かしら? 狩りに参加して頂けると、こちらとしては非常に助かるのだけど」
「お前たちを通さずにアルタ・イレスと交渉するより、お前たちに任せた方がいいメリットが足りないわ。スムーズに話が進むというだけではね。なかなかに手練れも多いみたいだし。わたし、割に合わない事って、死ぬほど嫌いなの」
同じように笑顔を強調するような表情を返しながら、リリスは言った。
数秒ほど、緊迫した空気が流れる。
それを、眼鏡の女が淡々とした口調で崩した。
「彼女に特別クラスを体験してもらうというのはどうでしょうか? 名門貴族の生徒も多く属している最上級のカリキュラムです。良い経験になるかと。それに、ここは警備の面も優秀ですし」
まるでこちらの懸念点を理解しているような物言いだ。それが少し気に入らないが、正直シャルロットを離しておきたい場面というのも、この街では増えてくる。その時に、ある程度信頼できる戦力に任せることが出来れば、こちらも色々動きやすい。
「どの程度?」
と、ヴラドは訪ねた。
「そうですね、貴方を相手に五秒は持ちこたえられる程度、でしょうか。私を含めた教官が一人でも加われば、二十秒は拮抗できるでしょう」
眼鏡の女が、こちらを真っ直ぐに見据えながら、やはり無表情にそう答えた。
虚勢というわけではなさそうだ。実際、この女の佇まいには達人の凄味がある。間違いなくプレタよりは強い。
とはいえ、それでも万全とは言い難いが……
「……いいだろう。契約成立だ。それで、いつ?」
「六日後を予定しています。体験入学は明日から可能です」
「問題ないな?」
「は、はい、大丈夫です!」
こちらの問いかけに、シャルロットは気合十分に頷いた。
§
どうせなから形もちゃんと整えたほうがいい、というリリスの思いつきの元、翌日には制服が用意されていた。
結果、トルウォラト傭兵学院の更衣室でそれを身に纏ったシャルロットが、今鏡には映っている。
……学生だ。多分、誰が見てもそう見える。
不思議な気分だった。ヴラド達と一緒になってから、こういう不思議は続いている。そのいくつかは、多分生まれた時から許されなかったもので、ある意味で一度死んだからこそ、こうして手に出来ているものなのだろう。
「まあ、悪くはないわね。でも地味だわ。お前はもう少し派手な色の方が似合う。――そうだ、いっそ真っ赤に染めたらどうかしら?」
「それは規則違反です。そもそもこれは戦闘衣装ですから、目立つことは推奨されていません」
と、この更衣室に案内してくれた、昨日も会った眼鏡の女性が淡々とリリスに言葉を返した。
「お前たちの都合なんて知らないわ。重要なのは、わたしの眼を愉しませることが出来ているか、それだけよ。そしてこの娘はわたしの着せ替え人形。その義務があるの」
「ご自分で行ったほうが効率的だと思いますが?」
「たしかに、わたしは世界で一番愛くるしい見た目をしているけれど、どうあってもこの体躯では似合わない服は出て来るの。わかる?」
小馬鹿にしたようにリリスは言った。
どこか甘さを孕んだその声には、人の感情を揺さぶる何かがある。だが、眼鏡の女性は一切表情を変えることなく、
「貴女は淫魔でしょう? 分身を作るのも外見年齢を弄るのも可能な筈ですが」
「ご主人様がこの姿以外を許してくれないのよ。それがどうしてなのか、お前にはわからないのかしら?」
「魔力を無駄にしたくないからでは? それでも実体化を許しているあたり、貴女の権限は大きそうですね」
「……つまらない女ね、お前」
「望ましい評価ですね。悪魔に好まれてもロクな事はありませんので。それよりも、じきに授業が始まります。見たところ不備もないようですし、そろそろ移動したいのですが」
と、綺麗にリリスをあしらって、シャルロットに視線を流した。
「は、はい」
緊張気味に頷き、彼女の後に続いて更衣室をあとにして、長い廊下を歩いていく。
傭兵学校という事だけあって、いたるところで鋭い魔力が迸っているのが解った。ピリついた感じだ。否応なく気が引き締まる。
そうして心の準備がある程度出来た状態で、シャルロットは教室の前に到着した。
眼鏡の女性が先に入って、そこにいた教師を廊下に連れ出す。
「では、よろしくお願いしますね。ヘッテル先生」
「は、はい。お任せください。マルテシア教官」
やや恐縮した様子で、ヘッテルと呼ばれた教師は頷いた。
「マルテシア?」
聞き覚えでもあったのか、リリスが眉を顰める。
それに対しても、これといった反応を見せる事なく、
「貴女の授業参加は認められていませんが、あの方同様に学院内の案内は許可されています。如何しますか?」
と、マルテシアは自分のペースを押し通した。
「……いいわ、案内させてあげる。せいぜい光栄に思う事ね」
ため息交じりに、リリスが主導権を渡す。
少し珍しい感じがしたが、気にしている時間はなかった。
シャルロットはヘッテルに促されるままに、自分と同世代と思われる少年少女たちの前に立つ。
ひとまずは数日だけの体験入学であり競争相手ではないという事を、最初にヘッテルが説明してくれて、次にシャルロットが自己紹介をするという運びとなった。
頭を下げて「よろしくお願いします」と挨拶をすると、まばらな拍手が返ってくる。拒絶の空気ではないが、困惑の色は強そうだった。
「お試しだとしてもこの時期に? それだけ特別な奴って事?」
「魔力は凄いな。ぱっとみただけでも君の倍はあるんじゃないか?」
「なんにしても次の昇格試験に関係ないなら、どうでもいいだろう?」
ひそひそとした生徒たちの声が、いくつか耳に届く。
「静かに。次の授業は予定を変更して外の訓練場で行います。一部の生徒には実技演習もしてもらうので、くれぐれもゲストを失望させないようにしてくださいね」
そう言って、教師は生徒たちに準備を促した。
§
四階の窓からは訓練場を一望する事が出来た。おかげで問題なくシャルロットの姿も確認できる。
正直、昨日の今日でヴラドがまたここに来る必要はなかったのだが、なんだか楽しそうなシャルロットを見ていると、まあ、来て良かったのかもしれない、という気持ちに落ち着いていた。
なんだかんだ、上手くやれるかどうかは心配だったのだ。
それが解決されたからだろうか、ようやく訓練の内容の方にも意識が向くようになった。
「あれは、どういう訓練?」
その感情のままに、案内役を引き受けてくれた教官に訪ねる。
テスラと名乗った壮年の男は、ここの教師たちの纏め役のようで、本来は座学になる筈だった授業を実技訓練に変更したのも彼だった。
傭兵として、かつては十二分に名を馳せていたのだろう。この敷地の中で感じた誰よりも強い気配を纏っている。
そんな男は、訓練生たちに視線を向けながら、呼吸法による魔力の生成効率を高める訓練だと答えた。
「呼吸、か」
あまり意識したことのない項目だ。
ほぼ独学で自身を鍛えてきたヴラドにとって、他人の、それもおそらくは大多数に有効な訓練というものは非常に興味深いものだった。まあ、それを自身の糧にできるかどうかは不明だが、間違いなくシャルロットには還元できるだろう。
ゆえに、気になった事をその都度訪ねていく。
さすがは教職というべきか、返ってきた答えにはどれも一定の説得力があった。
そうして質問と観察によって時間は消化されていったわけだが、今シャルロットたちがしている実戦形式の訓練が終盤に差し掛かったところで、訓練場に向けていた視線をわずかに細めて、テスラが言った。
「ところで、貴方には彼等がどのように映っているのだろうか? 仮に十年後の未来から一人ここに連れて来れるとして、決闘を行った場合、貴方を脅かせる者はいるだろうか?」
「妙な問いだな」
「唐突に感じたのなら済まない。実は一人、飛びぬけた才能の子がいてな」
「……あれか?」
ずいぶんと手を抜いているようだが、明らかに他とは一線を画している少年に視線を向ける。
才能も鍛錬も申し分ない。器の方も相当に規格外だ。神子には遠いが、それを除けば最高クラスの容量と言ってもいいだろう。あとはどんな魔法を持っているか、どのような存在と契約するかで、その天井も決まってくるわけだが……
「貴方の目から見て、彼はどこまでいけると思う?」
「最初か、二度目の戦場で死ぬな」
確信をもって、ヴラドはそう答えた。
「やはりそうか」
テスラの方も驚きはなかったようだ。
彼はこちらに真っ直ぐ向き直って、酷く真剣な表情を浮かべ、
「……貴方に一つ、依頼したい事があるのだが」
と、微かな逡巡を飲み込むようにしてから、話を切り出した。
§
訓練が終わった。
なかなかに大変だったが、ついていけないほど過酷というわけではなかった。でも、今まで使ってこなかった筋肉や魔力も多く使った所為だろう、身体も神経も少しジンジンしている。
充実感を伴った疲れ。不思議な気持ちだ。訓練が楽しいなんて、シャルロットにとっては初めての経験だった。
「やっぱり、こんな時期に許可されるだけあって凄いのですわね、貴女」
休憩時間に入り、教師が訓練場を我先に出て行ったところで、一人の少女が声を掛けてきた。
明るい緑色のウェーブのかかった長髪が印象的な、お洒落な感じの子だ。
「私、ラミアと申しますの。一応女子の中では五番目くらいに強い生徒ですのよ。でも、貴女は私と同じくらいに強そうですわね。きっと高貴な血筋の方なのでしょう。或いは、これから高貴な血へと昇華させていく段階にいるのか。どちらにしても、大変興味深いですわ。よければ放課後、一緒に外へと繰り出しませんこと?」
軽やかな口振りで、ラミアと名乗った少女は言葉をまくし立てた。
これで熱量が高かったら少し引いていたかもしれないけれど、そうはならないような絶妙なテンションの低さが、なんだか気になった。
なんにせよ、お誘いである。
放課後に予定はない。夜までは自由にしていていいと、リリスも言っていた。
『もしかしたら、お前にも新しいお友達が出来るかもしれないしね』
と、彼女はこの状況を想定していたのだ。それにあたって多少のお金も渡されていた。つまり、なんの心配もなく頷くことが出来る。
「は、はい、私でよければ、よろこんで」
若干上擦った声でシャルロットはその誘いに応じて……それが楽しみだったからだろうか、あっという間に二つの授業が終わり、放課後が訪れた。
空は茜色に染まり始めていた。夜までは、あと二、三時間くらいだろうか。
「お待たせしましたわ。では行きましょうか」
やや弾んだ声と共に、ラミアがやってきた。
彼女だけではない。他にも二人の男子と一人の女子がいて、
「彼等も貴女に大変興味があるみたいなの、御一緒させてもよろしいかしら?」
「は、はい、よろしくお願いします」
「シャルロットさん硬いなぁ、そんな緊張しなくても大丈夫だぜ」
左手にいた金髪の長身男子が、軽い口調で言った。
「そうですわ。なにせ私の友人なのですから。野蛮な真似などしません。そうですわよね?」
にこやかな笑顔で、ラミアが言う。
「あれ? なんかオレ釘刺されてね?」
「信用がないからでしょ。貴方たちに」
右手にいた水色髪のボブカットの女子が、ぽつりとそう零した。
「こらこら、誤解されるような事を言うんじゃないよ。まあ、君が口を挟みたくなる理由も、判らなくはないけど」
と、さらさらの亜麻色の髪をした、垂れ目がちな少年が茶化すようにわらう。
「それは、どういう意味なのかしらね? ククル」
「言っていいの?」
「いいわけがないでしょう」
「相変わらず仲が良い事ですわね。お二人は」
自身の頬に右手をあてて、ラミアが感想を述べた。
すると、二人は同時に「良くはないよ」と言葉を返す。
たしかに、息が合っている感じではあった。けれど、そこには結構真剣な、嫌、が含まれていたので、多分本心でもあるのだろう。
と、そこで、金髪男子のお腹から轟音が鳴り響いた。
「……あー、とりあえず、飯食いにいかないか? 今日の訓練も大変だったし、シャルロットさんも腹減ってるだろう?」
そう言う彼の頬は、ちょっと赤い。
その様子を前に、水色の髪の少女が少しだけ目を細めて眉間に皺を作っていたが、理由に思い至る前に、
「賛成だね。じゃあ、さっそく出発しようか!」
という、ククルの快活な声が響き渡った。
§
五人は繁華街に繰り出して、他にも多くの学生で賑わっているチェーン店の中に入った。
なんでも、ここは料理の量がとにかく多く、また味もそこそこという事で人気なようだ。
勝手がわからないシャルロットの代わりに、ラミアが手慣れた様子でさくさくと大量の注文を済ませる。
料理はすぐにやってきた。こういうところも多分人気の理由なのだろう。
味は、正直少し大雑把な感じがしたけれど、大量の人を捌いていることを考えれば十二分に美味しかった。
食事中の話題は、最初こそ目新しい存在であるシャルロットへの質問が中心だったのだが、あまり気軽に話せる事もなく、ついついヴラドの名前を零した瞬間から、そちらへと興味が移行し、結果、
「シャルロットさんって、あのヴラド・ギーシュの弟子なのか」
という認識を、四人の生徒たちに抱かせる事となった。
神子である事なんかは出来るだけ隠しておけ、と言われているので正しい情報とは言えないが、まあ嘘も言っていないので、きっと問題にはならない筈だ。
とはいえ、あまりつつかれるとボロが出る恐れもあるので、話を逸らす意図も込みで、彼等に関する質問をこちらからもしてみる。
「うちの学院について? そうね、一応傭兵の育成機関の中では世界最高峰という扱いね。でも、実のところ、傭兵になる人よりも軍人になる人の方が多かったりするのよね」
と、水色の髪の少女――エイダが答えてくれた。
「そうなんですか?」
「名門だからこそ、そっち関係の職種でも有利なのよ。当然、そっちの方が安全だしね」
「ただ、平均収入は明らかに傭兵が上だ。うちから卒業した傭兵って枠なら、倍くらいは違ったかな。まあ、それが理由ってわけじゃないけど、此処に居るのはみんな傭兵志望」
やってきたステーキを丁寧にナイフで切り分けながら、ククルが捕捉を入れる。
ちなみに傭兵協会に登録されている傭兵は基本歩合制で、たとえば戦場で同じ知名度のない傭兵を十人討てば七万リラ、敵国の兵士を十人討てば十万リラ、敵の部隊長を討てば三十万リラといった具合に、討った敵の数や質で報酬が決まるらしい。そのため登録を果たす際には、ほぼ全ての傭兵にそれ専用の記録石が販売されるとの事だった。
「ククル以外は一応貴族出だからな。軍に入る事を目的にするなら、そもそもここに通う理由もあんまりないし、傭兵として名をあげるのはこの国では何よりも名誉な事でもある。特に自分で作った傭兵団の名前を轟かせる事なんかが出来たら、それはもう英雄といっても過言じゃない」
「そういえば、ゼクスはそれを狙っているのだったかしら?」
ラミアのその問いに、金髪の長身男子であるゼクスは、あぁ、と頷いて、
「上位五席以内で卒業出来たら、最短で協会から『白銀』の位と起業手当てを得られるからな。一応はそれが第一志望って感じ。でも、最高峰の傭兵団に入るっていうのも、まあ、有りっちゃありだよなって最近は思っている」
「アルタ・イレスを見たから?」
と、エイダが訪ねた。
「有名どころは見れなかったけど、それでも凄かったぜ。あれで一番じゃないってんだから、ノイン・ゼタってのはどんだけの化物集団なんだろうな」
「もうじき帰ってくる筈ですわよ。ルシェド・オルトロージュ様。……あぁ、どうにかして会ってみたいですわ」
頬に手をあてて、ラミアがうっとりと呟く。
「世界最強とも言われている傭兵か。いくら貴方でも、勝負にはなりそうにないわね」
ククルに視線を流しながら、エイダがそんな事を言った。
「当然でしょう。こっちはただの学生なんだから」
一瞬むっとしながらも、ククルはため息交じりに返す。
「……そういや、ノイン・ゼタにはもう一人神子がいるんだったよな? そっちはどのくらい強いんだろうな。たしか『眠り姫』とか呼ばれてるんだっけ? 本名の方は忘れちまったけど」
豪快に鶏肉を噛み千切り、だけど咀嚼音は立てずに呑みこんだところで、ゼクスが口を開いた。
「ルナ・オルトロージュ様ですわ。最近の記事でようやく名前が判明した方なので、忘れたではなくそもそも知らなかったが正解ですわね。なんでも養子らしいですわよ」
「――え?」
ラミアの零した、ルナ、という言葉に思わず反応する。
それは、ヴラドの最も大切な人と同じ名前だったからだ。
ただの偶然? ……いや、でも、リリスはこのザーラッハを旅の終点だと言っていた。そして、あのヴラドが不死の力を含め、入念な準備を行う必要があると考えているほどの障害。
今までは、それがなんなのか皆目見当もつかなかったけれど、世界最強が相手だとするなら、納得感はある。
「あ、あの、ルシェド・オルトロージュという方は、具体的にどんな方なんですか? 私、あまりそういう事には詳しくなくて」
逸る気持ちを抑えながら、シャルロットはラミアに訊いてみた。
「具体的にですか? そうですわね。単騎で三つの国を滅ぼした事が確認されていて、最高位の傭兵である『蒼黒』に認定されていますわ。この『蒼黒』は、現状二人だけに与えられている位であり、もう一人はアルタ・イレスのトップである神子、オセ・ライヴァッハ様となっておりますわね。貴女の師匠であるヴラド様は、その一つ下の『真深夜』に認定されていますわ。これも現状、全世界に二十人しかおりません。ちなみにですけれど、この二つだけは宝石や魔石の名前でもありませんのよ。蒼黒はもちろんあの美しくも恐ろしい太陽の事ですし、真深夜はグリンドリン海の海底十七万ヘクテルにある、特殊な領域の事を指していますの。どちらも、人の手がけして届く事のない存在。そんな大仰な称号を与えられた方々もまた、もはや人間という枠にはいないのでしょう。それほどまでの傑物。……いつか、貴方も至れるといいのだけど、どうなのかしらね?」
「もちろん至るつもりだよ。それくらいの才能はあるつもりだしね」
突然話を振られたククルが、余裕を含んだ口調でそう返した。
それに対して、ラミアは淡く微笑んで、
「ふふ、それは楽しみですわね。……えぇ、本当に」
「――」
どうしてだろう、一瞬背筋が寒くなった。
だが、それを強く意識するより早く、話題がまた変わる。
だから誰にも追求される事なく、それは学生同士の他愛のない話の中へと溶けていった。
§
「お帰りなさい。学生生活初日はどうだった?」
郊外の屋敷に戻ると、正門の前でシックかつ煌びやかなドレスワンピースを身に纏ったリリスが迎えてくれた。
彼女の衣装は基本的に魔力で描かれている代物(つまりは実体化させた肉体の一部のようなもの)であり、基本的に同じ服装である事もないので、いつもより派手という印象以外は特にない。多分、この豪邸に住むに相応しい格好という事でチョイスしたのだろう。
「はい、とても新鮮でした」
「でも、少し疲れたといった具合ね。顔に出ているわよ。自覚はある?」
「……いえ」
「そう。まあ、そうでしょうね。悪い経験による疲れじゃない場合はそういう事も多い。だからこそ、わたしは今少し迷っているわ。これを告げることで、体調を崩してしまうのではないかってね」
そう言いながら、リリスの口元は嗤っている。
おかげで、非常に気が重たくなったが、だからといって話を聞かないわけにもいかない。
大丈夫です、と虚勢を張る。
すると彼女は、すぅ、と笑みを消し去って、
「わたしもお前が授業を終えるまでは学院に居たのだけど、その後の行動はヴラドとは別でね。衣装だけ変えさせてもらってから少し調べ物をしていたのよ。そうしたら、見知った気配を捉えたの。顔を見たのは今日が初めてだったのだけど、遺伝というのは面白いわね。お前に似ている部分が多かった」
「……もしかして、レナリア叔母様が、ここに?」
髪や目の色は『天泪』によって両親の遺伝子を引き継ぐ事はなかったが、顔立ちは母親に似ていると昔使用人だった女性が言っていたし、肖像画からもそれは何となく感じられていた。その母はもう生きていないので、それに該当する人物は一人しかいない。
でも、どうして彼女がザーラッハに居るのか?
「あの女はエンシェについたのよ。クリスエレスを裏切ってね」
思考を読み取ったように、リリスが言った。
「それを考慮した上で、明日からの学生生活も愉しむといいわ。……それはそうと、待つのも疲れるものね。もう足が重くて仕方がない。だから、お前にはわたしを抱き上げて寝室まで運ぶ権利をあげましょう。ほら、早く」
「あ、はい」
急かされるままにシャルロットはリリスを抱き上げて、危険で一杯の屋敷内を慎重に移動し、とりあえず安全だという事が分かっている寝室へと、彼女を運ぶ事に成功した。




