06/内輪揉め
「大胆な事をするものだな。依頼主をこのような形で裏切ったとなれば、冒険者としてはもう終わりだぞ、デービス・ウルジルカ」
手足を縄で縛られて担ぎ上げられ、ある場所で乱暴に降ろされたローマンは、自身を誘拐した相手を睨みつけながら静かな口調で言った。
「どの道、今日で冒険者は廃業さ」
「それで傭兵か殺し屋にでもなると? 愚かな。そもそも逃げられると思っているのか? たとえ私の護衛が依頼の根幹ではなかったとしても、私がいなければ報酬の支払いに不安が生じるのは誰でもわかる事だ。なにより今後の仕事にも影響が出る」
「だろうな。だからこそ、間違いなく総出であんたを助けにくる。あんたは太っ腹な依頼主だし、なによりプレタ・リリエッテの恩人だからな。一部を除けば非常に信頼の厚い彼女に、決定的な選択が委ねられる可能性が高い以上、そうならない理由を探す方が難しい」
「……動機は、彼女に対する私怨か?」
「ん? 突然なんだ? そんな素振りを見せた事があったかな?」
「かつて君たちは同じところからスタートし、同じ速度で頭角を表していった新鋭だった。だが、ある依頼で明白に優劣がついた事によって、全てが変わった」
「そういえば、その依頼に関わっていたのはあんただったかな」
懐かしむように、デービスは眼を細めた。
「あぁ、たしかにあそこで俺が勝っていれば、今とは立場が逆転していたかもしれない。だが、それもただの可能性だ。大体、俺は有名人になりたいわけじゃないからな。冒険者をやってるのも簡単だったからだ」
「……」
「納得できないって顔だな? どうやらあんたは自分が危険に晒されている事に、大きな理由がないとおかしいと考えているらしい。そういうのを自意識過剰っていうんだが……まあいいや。では、俺が何故こんな事をしたのか、親切に教えてやるよ。といっても、あんたのよりもずっと美味しい依頼だったからってだけの話なんだがね。そして、その狙いの中心にいるのも、あんたじゃない。もちろん国内止まりの有名人でもないな」
「ヴラド・ギーシュか」
「それも外れ――いや、半分はあたりか? あんたがどの程度の評価をあの男にしているのかは知らないが、あれは埒外のバケモノだ。対面した瞬間、勝てるわけがないって確信したのは生まれて初めての経験だったよ。おかげで、そんなのに簡単に噛み付ける他の奴等の勇気が胸に染みたし、奴の警戒の度合いもよくわかった。盤石とは言い難いが、無理をしてまでボーナスを稼ぎにいっていい仕事じゃないってな」
「……そうか、不死の噂のある少女、依頼主はエンシェという事か」
「御明察。でも遅い。捕まった後に気付いたって拍手は貰えないぜ? 少し鈍ったんじゃないか? それとも愛人との戯れにうつつをぬかしすぎたか?」
その言葉に、ローマンの表情が一瞬強張る。
「おいおい、まさか隠してたつもりだったのか? あの秘書の空気なんてまさにそうじゃないか。色々と刺激が欲しかったんだろう? 慣れた順調ってのは退屈でもあるからな。だから自ら赴いた。部下や傭兵共の士気や規律意識を高めるなんて名目でな。仕事こそがついでだ。俺と同じ。……あぁ、だからこそ、本当に羨ましく思うよ。こんな場所に真剣にやってきている奴等がね」
微かに目を細めて、デービスは自嘲気味に微笑んだ。
「……私を、どう使うつもりだ?」
「別にどうも。最低限の役割はもう済んでいる。奴等は必ず此処に来るからな。そこを連中は勝手に叩くだろう。後の事は知らない。俺は俺で勝手にやる。……ふむ、そうだな、あんたのお気に入りの冒険者様とタイマンでもしてみようか? 実力差があるから、俺は深手の一つでも負えば負けって事にしよう。で、あんたはどっちが勝つか賭けるんだ。当たったら、あんたは殺さない。あんたの昔話のおかげで思いついた遊びだからな。あんたも関わらなきゃつまらない、だろ?」
……この男の言葉には嘘がない。本当にその程度の認識で、この行動を起こしたのだ。
強いが詰めの甘い男、だからこそ大成しなかった燻っている冒険者という認識が、今ここで崩れた。多くの人間と関わる関係上、人を見限るのも早いのがローマンの特徴でもあったのだが、それが仇となった形である。
「そう深く考えなくてもいいと思うぜ? 当たろうが外れようが、戦場になるこの場所であんたが生きていられるかどうかは、それこそ運次第でしかないんだからな。気にしても仕方がない。……さあ、選んでくれ。あんたはどっちに乗る?」
プレタとデービス、どちらが強いのか判るほど、ローマンは戦いに詳しくない。だが、おそらく目の前の男の方が殺し合いは上なのだろう。
今は二人きりだ。勝てる方を選んでも問題はない筈。
(本当にそうか?)
罠である可能性は捨てきれない。隊商には通信石や記録石というものがあったのだ。ここでの発言がのちのち彼女との関係に歪みを入れる恐れもある。プレタが一人で戦う事になるとも限らないのだから、尚更だ。
(そういった懸念も込みで、この男は選べと言っているのか?)
だとしたら、自分はどこに命を張るべきか…………
と、そこでローマンは自身の信条を思いだし、吐息を一つ零してから、力みのない穏やかな声で答えた。
「そうだな、では、私は――」
§
「一体、どういう状況になってんの?」
隊商に戻るなり、プレタが強い口調で秘書を問い詰めた。
その表情には焦りの色が強く滲んでいる。もっとも、対面の秘書はそれ以上の狼狽と恐怖に晒されているようで、話を聞く相手として適切とは思えなかった。
「ねぇ、そこの、お前が説明しなさい」
移動に支障が出るのが判りきっていたので解いていた実体化を、ここでまた行ったリリスが、中央の陣地でよく見かけていた男に声を掛ける。
結果、秘書よりもずっと冷静だった男は、淀みなく事態を説明してくれた。
なんでも、通信石に報告が届く三分くらい前に、ふらりと中央の陣地にやってきたデービスが突然護衛を務めていた傭兵を切り殺し、ローマンを攫い、隊商を離れたとの事。
その際、通信石と番石を一つずつ盗んでいたことも確認されている。当然、それは意図的に見せられた情報だろう。連絡を寄越してくる事を示していた。
ただ、その連絡は残念ながらまだ来ていない。
指揮系統が乱れている段階では、行いたくないという事なのだろうか。だとしたら、デービスは紆余曲折を経て固まった結論を期待しているという事になる。
それはなにか? おそらくは隊商が本気でローマンを助ける事だ。ちなみに、ここでいう本気とはヴラド達の協力を指している。
こちらの目的は災王だ。依頼主の安否をどこまで優先するか、デービスには判らない。しかし、災王を狩るにはこちらも隊商の力が必要で、でなければそもそも単騎で行動しているというのは想像も容易い筈だ。そのうえで、悪辣な悪魔が交渉を担い、より大きなイニシアチブを得ようと画策するところまでは読めるだろう。
つまり、下手なタイミングで横槍をいれて、ヴラドの交渉役である悪魔が隊商を見限る可能性を恐れたというわけだ。
なんとしてでも伏兵を潜ませている場所に隊商を誘導したい。そして、その中にはヴラド達がいて貰わないと困る。
(本命はシャルロットの死か)
なら、デービスの背後にいるのはエンシェという事になる。
まったくもって、しつこい連中だ。よほど不死の魔神を自由にしたいのだろう。
(わたしはどう転んでも構わないけれど……ふふ、どうでもいいのなら、大切な半身を尊重するべきなのでしょうね。きっと)
頭の中に、悪魔の聲が響いた。
だから自分にまかせろ、余計な口は挟むなという事のようだ。どうやら悪巧みがあるらしい。
特に拒む理由もないので、この場は任せる事にする。
「……状況はわかったわ。それで、災王はいつ始末するの?」
ため息交じりに、リリスがさっそく口火を切った。
「い、今はそれどころでは――」
「お前の男と結んだ契約には、災王の討伐を最優先させると記されている。そして調査の結果、災王の居場所も習性も掴めた。依頼主の捜索は、この契約条件を違えているわ」
「酷い寝言だな。依頼主の声がなければ、そもそも状況は始められないわ」
ため息交じりにプレタが噛みつく。
それに対して、リリスは失望の吐息を返した。
「お前は莫迦なの? 今しているのは、そんな話ではないわ。わたしは、そちらの落ち度をどうやって償うつもりなのかという話をしているのよ」
「一体、何が所望なのでしょうか?」
ローマンの愛人である事を言い当てられた事にやや動揺を見せていた秘書が、硬い声で訪ねる。
「あの商人の代役は、お前でいいのかしら?」
「問題ありません。責任者が不在の時は、私が代行する事になっていますので」
「そう、それはよかった。では、色々と、釣り上げれそうね」
足元を見る気満々の台詞だった。性格の悪さがよく出ている。
それに対して、激しい怒りを見せたのはプレタだ。彼女にとってもローマンは特別な人物なのだろう。
「……ないものは、差し出せませんよ?」
頑張って苦笑を浮かべながら、秘書が一方的にはさせないという心構えを見せる。
それを鼻で嗤って、
「増援を用意させなさい。そうね、第一級の魔法陣を運用できる程度の質と数は欲しいわ」
「第一級だなんて、そのような戦力――」
「軍がいるでしょう? お前たちは国の調査にも絡んでいる。それなりに深い付き合いだという話も聞いたわ。交渉は十分可能な筈。もちろん、その状況を用意するのには時間がかかるでしょうけど、その時間こそが、わたしたちが依頼主に割ける時間という事にもなる。……この言葉の意味、解るわよね? はっきり言ってお前たちでは足りないの。この制域にいる災王は想定していたよりずっと強い。居ても居なくてもいい連中のために、無駄な時間は使えない。価値を示しなさい」
「……国の最精鋭を借りるというのは、いかにローマン様でも無理です。ですが、第二級の魔法師団なら、交渉できるかもしれません。それが、我々の限界です」
リリスの言葉は嘘だらけだが、秘書のこの言葉に嘘はないだろう。
かなりの身を切る事を覚悟で、彼女は「お願いします。どうか、力を貸してください」と頭を下げた。
「……哀れね」
侮蔑に満ちた声で、リリスが呟く。
そのあまりの冷たさに、秘書は身体を震わせるが、
「あぁ、お前に言ったんじゃないわよ。たった一匹の裏切り者を始末するのに、余所の傭兵に頼る事が最優先となってしまっている凡百共に言っているの。まあ、でも仕方がないのかしら? わたしのご主人様も、あの男の事は少しは手間取りそうだと評価していたくらいだしね。いいわ。それで手を打ちましょう。 ――ねぇ、露払いくらいは任せてもいいのよね? この国一の冒険者さま?」
視線をプレタに向けて、リリスは冷ややかな微笑を飾る。
彼女が契約を結ぶ前であったのなら、それはとても自然な、この悪魔らしい態度だった。
「……あらあら、弱いのにプライドだけは一人前」
感情任せの行動か、意図を察しての演技か判らないままに、会議用テントからプレタが出て行ってしまう。
その結果を前に、リリスは部屋にいる全ての人に聞こえるくらいに大きな音量で鼻を鳴らして、
「白けた。移動で疲れたし、あとは任せるわ」
と言って、実体化を解いた。
そうして、この場においてヴラドとシャルロット以外認識出来ない状態になったところで、
「足早ね。まさか鵜呑みにしたの? そこまで莫迦とは思ってないんだけど」
そんな事を呟きながら、翼を羽ばたかせ、プレタの後を追いかけていった。
それから十秒も経たずに、折り畳み式の長テーブルの上に置かれていた通信石が振動し、デービスからの要求が届けられる。
その内容は、隊商の人間すべてを連れて一時間以内に指定した場所に来いというもので、条件を守れなかった場合は即座にローマンを殺すという脅し付きだった。
§
召喚された魔物たちが翼を命一杯に動かして、人間たちを乗せた金属の板を運んでいく。
向かう先は、デービスが指定したポイントだ。
空が溶けている場所を避けて進む必要があるために、かなりの速度で移動している。明らかにオーバーペースなので、目的地についたあとはしばらく休ませる必要があるだろう。
つまり、そこでの選択肢はかなり限られるという事だ。
「果たしてこの隊商は無事に大事な金蔓を取り戻して、生きて制域から出られるのかしらね」
どこか愉しげに、実体化を解いているリリスが嗤った。
それをプレタが視認できているのは、リリスがそれを許可しているからだ。悪魔の契約によってリンクしている故の恩恵なのだろう。
「不快な物言いは止めてくれない?」
傍から見たら独り言なので、彼女だけに聞こえる最小限の音量で返す。
「じゃあ、お前の所為で巻き込まれた、哀れな依頼主としておきましょうか?」
「……」
目的地に移動を開始してから数分後、追加で一つデービスから要求があった。
それは、プレタとデービスが一対一で戦うことで、プレタが勝てば人質は解放されるだろうというものだった。
「お前たちの因縁に興味なんてないけれど、勝てるの? あの場でわたしが言ったヴラドの評価は本当よ。あれはお前よりも強いと言っていた」
「今は違うわ」
「契約者になったから? たかがシルフィと契約しただけで、ずいぶんと調子づくのね」
「あんただってただの淫魔でしょう? あの子を、レーニィスを侮辱できるような立場なわけ?」
「あら、知らないの? 美貌も知性も、人間界ではとびきり強力な手札になりえるものなのよ。それを巧みに扱えるわたしは、少なくともただの風の精霊よりはずっと優秀だわ。事実、わたしはその力を持って悪魔なら誰でも使える契約を用いり、お前をいつでも殺せる立場になった。なんなら、今実証してあげましょうか?」
「――っ」
言葉に魔力を感じた途端、心臓が縮まるのをプレタは感じ取った。
交わした悪魔の契約の影響だ。こいつが死ねと命じれば、自分は多分自殺する。もちろん、今そんな事をするほど莫迦な女ではないという認識あっての喧嘩腰なわけだが、それでも死の気配は膨張を続けていき……
「……まあ、冗談はさておき、契約者になったという切り札はちゃんと最後まで伏せておきなさい。一対一の状況はおそらく避けられないのだからね。さあ、目的地が見えて来たわ。いい場所ね。霧が深いし、気配を捉えるのも難しい」
「たしかに、奇襲には打ってつけね」
身代金をプレタ一人に運ばせるとか、そういう要求をせずに隊商全て巻き込んでいる以上、彼一人という事もないのだろう。ローマンを潰したい奴が絡んでいるのは間違いない。
それが誰かなのかは、プレタの視点からでは断言できないが――
『――十、九、八、』
懐に入れていた番石が反応を見せ、直後、通信石からデービスの声が響く。
それがカウントダウンだと気付いた瞬間、プレタは殆ど衝動的に駆けだしていた。




