06/商人は語る
その傷んだ翼では、もう空を駆ける事は出来ない。だからこの化け物は、地面を泳ぐ事にしたようだ。
(状況に応じた魔法の行使。それが出来る段階ではなかったように見えたけれど、追いつめられた事で適応を早めたのか。良いわ。本当にいい)
リリスはご満悦だ。この身体との相性の良さも感じたのか……まあ、今はまだどうでもいい話。
着地を無事に済ませたヴラドは、頬についていた血を拭いつつ、再度長刀に魔力を込めて、縦横無尽に暴れまわる災王に向かって地を蹴る。
近付くまでに数十の人間が宙を舞った。そして七人の人間が食われた。
代わりに、災王の身体には無数の得物が刺さり、より大量の血が地面を濡らす。だが、その血は地面を液状化させ、泳ぐのを簡単にしているようでもあった。
手負いの不利を埋めるには十分なアドヴァンテージが、形成されようとしている。
「足の裏に固体化させた魔力を集中させろ! 呑みこまれんなよ! 溶かされるぞ!」
髭面の叫び声。
周りの連中が慌ててそれに従う。
「先に行かせてもらうぜ!」
こちらと並走していたゼルが、力強く踏み込んだ。
長大剣の渾身の一撃。――深い。胴体の三割程度にまで届いている。その代償に長大剣は根元からへし折れたが、成果としては十分だ。
ヴラドもそれに合わせるように、側面から左足に該当する部分にある首を撥ねる。
これで、あと一つ。
そこも切り落とせばおそらく――なんてことを考えた矢先に、その頭部が自身の傷口に嘴を突っ込ませて、身体の内側へと引っ込んだ。
胴体が膨れ上がると共に翼も新しく生えて、そこから無数の眼まで現れる。
「……無茶苦茶だな、おい」
生物としてあまりにも常軌を逸した変形に、ゼルが若干引き攣った表情を浮かべた。
他の面々も似たような反応だ。もういい加減早く死んでくれと、うんざりした感じ。
それが焦燥に染められていくのに、そう時間は掛からなかった。本格的な消耗戦が始まったからだ。
脳が心臓の付近に逃げたという事は、まっとうな生物と同じくそこが急所で間違いなさそうだが、膨張した身体があまりに大きい所為で、簡単には届かない。何度も何度も肉を裂いて、急所までの距離を縮める必要が出来てしまった。
その間にも、犠牲者は増えていく。
幸い、まだ戦力は維持できているので削れているが、大打撃といっていほどのダメージを与えられているのは、一秒間隔で高火力を叩き込むニルと、そこらに転がっている武器を拾って数度の攻撃で破壊する勢いの威力を叩きつけているゼル、そして髭面くらいなもので、まだまだ時間はかかりそう。
(って、他の奴等は思っているのでしょうね。全ての盤面が見えているわけではないから)
ヒトの頭の中で、暇をしているリリスが悠長に語っているが、
(――ん? あ、これこっちに来るかも。なんとかして。依頼主と小娘が死ぬわよ)
と、急かしてきた。
さすがは口だけリリス。必要なタイミングで情報だけは寄越してくる。
「動きを止める。その隙に根元まで届かせろ」
これだけ派手に切り刻んでなお、刃こぼれ一つない長刀を、ヴラドはゼルに向かって放り投げた。
その行動にはさすがに驚いたのか、
「マジかよ?」
と、ゼルは目を丸くしていたが、
「いいぜ、全力でぶちかましてやる。壊しても文句言うんじゃねぇぞ?」
「お前程度で壊せるなら、もう手元にはない」
実際、ヴラドもそこまで自身の得物を大事に扱ってきた事はなかった。もちろんそれはこの長刀に自己復元機能があるからというのが理由の一つではあるが、それ以上に武器というものにそこまでの価値を持っていないからというのが大きい。
武器はあくまで魔力の消耗を抑えるためのオプションでしかなく、戦力の要ではなかったからだ。
特に、大量の血液を内包する戦場という舞台においては。
(……そう、本気で行くのね? でも、分かっているとは思うけれど、余力は残しておきなさいよ。無いとは言い切れない裏切りにも備えて、ね)
悪魔の小言を聞き流しながら、周囲に流れる数多の魔力を統合し、自身の世界に定着させていく。
生きている人間同士なら相手の魔力にそれぞれが同調することで可能な技術だが、ヴラドの魔法は死体相手にも成立する。
流石にこれほどの数の核を同時に扱うのは自分一人では無理だが、血液を基盤とするこの魔法は、副産物として血液そのものを完全に自身の手足として扱う事も出来るので、仮に他者の魔法を使わなくとも戦力に困る事はなかった。
「――キィィイ、キィイイアアアアアアアアアアアアアアアア!」
何度目かの甲高い鳴き声を上げながら、リリスの読み通り災王がシャルロットのいる方に進路を変更する。
簡単に捕食できそうな集団でエネルギーを確保するという意図なのか、ただの偶然なのかは判らないが、どちらにしても許すつもりはない。
自身の色に染め上げた大量の血液を極限まで圧縮し、両腕に纏わせる。そして獲物の肉を裂きやすい巨大な爪へと変化させながら、ヴラドは地を蹴った。
数十人分の魔力の補助を得た身体能力は、普段の倍近いの速度を提供してくれる。
それに置いて行かれないように自身の両眼にも魔力を強く込めながら、災王の進路上に割って入り、真下から右爪を振り上げる。
災王の肉が爆ぜた。その際こちらに噴きだした大量の血潮を、両腕に纏った人間の血をヴェールにして防ぎつつ、立て続けに左爪を振りぬく。
硬い感触。骨に到達したのだ。
それを強く掴み、へし折りにかかりながら、災王の前進を止める。
と、そこで、災王の背中から更に巨大な翼が顔を出した。目玉はない。どうやら凶器としての方向性に特化させた翼のようだ。
災王は羽ばたき身体を回転させながら、無数の羽根を一斉に周囲にばら撒く。
寸前で蹴飛ばして距離を取ったが、さすがに粘り過ぎたか対処が間に合わず、右肩に一本突き刺さった。血の防護で威力を減退させていなければ、右肩は吹き飛んでいただろう。
「――っ、おい、これじゃあ近づけねぇぞ!」
背後から刺しに行こうとしていたゼルが、右太腿から血の雫を垂らしながら吠えた。
向こうも掠めた程度で済んだようだ。もう少し深手を負ってくれたのなら、仕掛け時の幅も増えたのだが……まあ、贅沢を言っても仕方がない。
「合わせろ」
ゼルとリリスの二人に告げながら、ヴラドは今の羽根の乱舞で死んだ十数人の血を更にかき集めつつ、右手にそれらの質量と魔力を凝縮させていく。
それに対抗するつもりでというわけではないだろうが、災王の回転と攻撃も激しさを増していき、また内側から翼を生やして、いよいよ胴体部分が見えなくなりそうな有様と化していた。
ゆっくりと、液状化した地面を泳いでいた身体が、浮上を始めたのが見て取れる。
これ以上猶予を与えれば、また空に逃げられてしまいそうだ。
その前に仕留めようと、右腕以外に纏っていた血液を前面に展開して、ヴラドは地を蹴った。
総力を尽くして至る所に付けられた傷は、災王の強固な肉体に間違いなく揺らぎを生じさせている。色とりどりの魔力に汚染されている状態で肉体の強度を保つ魔力を維持するのは、どんな怪物でも難しいのだ。これが、リリスがヴラド一人では足りないといった一番の理由でもあった。
(もう届きそうね。でも、気をつけなさいよ。射手の間隔が二発前から変わっているわ)
言われずとも把握している。協力関係もじきに終了。
真下から爪を振り抜きながら飛び上がり、翼を切り落とす。
回転が止まった。と同時に、胴体を突き破って、災王の体内から人間程度のサイズになったミニ災王が現れる。
どうやら、中に逃げ込んだ頭が体内で新しい身体を構築していたようだ。全てはそれが完了するまでの時間稼ぎだったという事だろう。
だが、これに驚きはなかった。元の魔物の性質に近い要素があったためだ。体内の状態もまったく把握できていなかったわけではないので、タイミングも読みやすかった。だからこそ今、ヴラドは跳躍したのだ。
ようやく飢餓を埋める事よりも殺されない事に天秤を傾むけた災王が、外の様子を把握するよりも早く、ヴラドの爪が災王の身体を貫く。
心臓に届いた。
握りつぶしながら核を掴む。
並の生物ならこの時点で即死だろうが、災王は両足にあたる二つの頭部を迫らせて、脇腹と右肩に噛み付いてきた。
死にぞこないの抵抗であっても、即座に首を撥ねなければ容易く食いちぎられる事が理解出来るだけの力だ。この後の展開に問題がなければ、反射的に実行していただろう。
けれど、ヴラドはそれをいったん保留して、本体が体内から出る直前に長刀をしっかりと根元まで突き刺していたゼルに向かって、コートの内側に仕込んであるナイフを投擲した。
今、この瞬間でなければ、おそらくは掠りもしなかった奇襲。
「はっ! ここで来るのかよ!」
ゼルが眼を剥いて吠えながら、引き抜くのに手間取りそうな刀から手を離して、そこら中に転がっている羽根をこちらに向かって投げ返してきた。
際どいが、おそらく対処は間に合う。
ヴラドは自身の鎖骨が砕ける音を聞く前に、二つの首を撥ねてから羽根を防ぎ、
「焦ったな! てめぇの負けだ! 死んどきな!」
愉しげなゼルの声に合わせるように、側面から閃光が走った。
ニルの一撃だ。これもまた、こちらの間隙を着いた完璧なタイミングだった。
これは当たる。防ぐことも出来ない。……彼等の敵がヴラド一人だけだったのなら、その未来が覆る事はなかっただろう。
(いつも言葉足らずなお前の意図を、こうして完璧に汲み取ってあげているわたしには、いつだって至上の賛美を捧げるべきだと思わない? ねぇ、ヴラド)
矢は当たらなかった。
プレタとシルフィが放った風の圧縮弾が、それを相殺したためだ。
災王に揮っても良かった暴力を、ヴラドが短期決戦を決めたからと後始末の方に回したリリスの判断の賜物である。
「見落とした間抜けが死ぬ。道理だな」
お返しの言葉を並べながら、用済みとなった災王を蹴ってゼルの元へと向かう。
ゼルはその一拍の間に再度拾った羽根を剣として構え、ヴラドが地面につくと同時に横薙に振り払った。
「――っ! てめぇ……!?」
片手による白羽取り。
初戦で似たような事をされたが、こちらはちゃんと受け止めた。
そして、ナイフに宿した三等級上位の麻痺毒も無事に機能したようだ。この男の魔法は治癒に纏わるものだったので、どの程度の速度で効くかは読めなかったが、思ったよりは早かった。
ゼルの表情が強張り、ピタリとその身体が動かなくなる。
それを確認したところで毒以外の機能を破棄し、ヴラドは巨大な災王の抜け殻とでもいうべき胴体から刀を引き抜いて、ゆっくりとゼルの元に歩みより、造作なくその首を斬り落とした。
命を失った身体が崩れ、先に頭部が地面に落ちる。
と、そこで、
「災王は死んだ! 仲良しごっこは終わりよ! さあ、殺しなさい!」
拡声器から、元気なリリスの声が響き渡った。
残党狩りだ。こちらの方が生存者は多い。質の方も明確に上だ。すぐに片付くだろう。
が、依頼主はその展開を好まなかったようで、拡声器からまた戦場全体に声が響いた。
「お待ちください。貴女様は、陰で指揮をしていた者達をすでに処理しているのでしょう? そんな彼等の依頼主も、もう目的を達成する事は出来ない。少なくともこの制域では。ならば、早急に撤退して次に蓄えるのが妥当でしょう。最低保障を支払う無駄なども避ける筈です。もちろん、ここから彼等が成功する未来があるというのなら話は別ですが。そうでないのなら、ここで彼等が得られるものは何もない。その上で、戦って死ぬか投降するかを決める権利くらいは与えても良いかと。いかがでしょうか?」
戦闘になれば、どれだけ優位でも必ず被害は出るもの。ローマンはそれを避けたかったのだろう。
そして、今のやり取りで自分たちに齎された慈悲がどれほど短い鮮度のものなのかを察してか、残党も一斉に両手を上げて膝をついた。
液状化はすでに止んでいるので、足が溶ける心配はない。
「……いいわ。お前が依頼主だもの。好きにすればいい」
迅速な降伏に白けたのか、そもそも片付きさえすればなんでも良かったのか、リリスはそれをあっさりと受け入れた。
そんな彼女に、
「ありがとうございます」
と、ローマンは恭しく感謝の言葉を述べる。
少し意外な展開ではあるが、揉める事無く終わったのならなんでもいい。それよりも、シャルロットの安全を今は優先するべきだろう。まあ、幸い彼女の近くには髭面の集団もいるし、こちらとの距離も近いので、今撃たれても防御は十分間に合うが。
「無事だな?」
「は、はい、でもヴラドさんは……」
手が届く距離についたところで一応の確認をすると、こちらの傷口に視線をやったシャルロットは昏い表情を浮かべて俯いた。
「治すのは簡単だ」
まだ回収はしていないが、ゼルの核を使えば今日中に完治させる事も出来るだろうし、他にも治療手段は持っている。深刻になるような話ではなかった。
だというのに、こいつの表情は暗いまま。その理由がよく判らない。
(良くやったと言えばいいのよ、お前もね。それで、頭でも撫でてあげればいい。女子供なんてそれだけで安心したり喜んだりするものなんだから)
頭の中に、悪魔の聲が響く。
今回の制域ではずいぶんと内緒話の多い事だ。だがまあ、少なくとも自分よりはシャルロットの精神状態を理解出来ていそうな相手ではある。参考にするのも悪くはないはず。……とはいえ、血だらけの手で頭を撫でるというのは、明らかに嫌がらせだろう。さすがにこれは罠だと解る。しない方がいい。
「……牽制は、助かった」
少し考えて、ヴラドは言った。
あの時間稼ぎが無かったら大きな損失は避けられなかったのだ。だから、この感謝に嘘はない。
けれど、すでにリリスが似たような事を先に伝えているのである。そんな言葉を再度並べたところで、どれだけの効果があるというのか。
そんな疑問をもちつつも、シャルロットの反応を窺う。
「……」
まず見せたのは、間の抜けた表情。
次に視線を泳がせたりと動揺をみせ、それから彼女は急に涙を滲ませて、にもかかわらず何故か嬉しそうに頬を緩め、
「…………はい」
と、噛みしめるようにそう頷いた。
やっぱり、よく判らない奴だ。……だが、まあ、辛気臭い貌は殺せたのだから、きっと効果的だったのだろう。
そういう事にして、後詰めに意識を戻す。
射手の気配は既に消えている。ゼルが死んだ段階で勝ちの目がなくなったと判断して退いたようだ。ただ、そのまま逃げ帰るというのも考えにくい。このまま制域探索を続けるのなら、厄介な障害として残りそうだが……
「……それで、もう帰るという事でいいのよね? まあ、別にまだ続けてもわたしは構わないけれど」
投降した敵を拘束し終えたところで、リリスがローマンに訪ねた。
最後の捕捉は、おそらく額面通りだ。最大の目的は達成されたが、まだまだ希少な核が手に入るのなら潜ってもいいという、この悪魔の貪欲さを表している。
「そうですね。これ以上の被害も戦果も必要はない。引き上げましょう」
まだ予定されていた期日は先にあるし、隊商の倉庫にも空きはあったはずだが、ローマンは迷いなくそう答えた。
§
帰りの道程はこの上なく順調だった。射手による奇襲もなく、魔物による被害も皆無。
前者は此処で仕掛けても意味がないという敵の認識によるもので、後者は間違いなくプレタによる功績だ。風の精霊の探知能力は、魔物との戦闘を容易く回避させてくれる。
「この調子ならば、明後日にでも制域は抜けられそうですな」
中央の陣で一番目立つテントの主であるローマンが、リリスにグラスを差し出しながら言った。
今、テントの中には彼とリリスの二人しかいない。秘書はリリスが来るなり追い出されていた。きっと、大事な愛人を苛められたくなかったのだろう。
「いいえ、明日には抜けるわ。災王が死んだ事によって制域が崩壊を始めているもの。そしてそれは中心と外周の両方から始まる」
グラスを受け取り、朱い酒に口をつける。
前に呑んだものよりも更に上等な味わいだ。暇潰しに足を運んだ先がここで良かったと思える程度には、気分がいい。……まあ、たとえ相応しいもてなしがなくとも、ここには足を運ぶと決めてはいたが。
「なるほど、それは良い報せですね」
微かに目を細めて、ローマンは以前に封を開けた酒を口にした。
同じ酒を飲まない意図は、もちろんリリスの方が上の立場にある事を強調するため。要は接待だ。
既に大事が済み、リリスがヴラドを支配しているわけではない事も確信しているだろうに、この男は最初から最後までヴラドではなく、リリスを一番として扱う姿勢を崩さなかった。
二番ならともかく、一番として扱う。それが気になっていたから、リリスは今夜ここに足を運んだのだ。
「お前は訊かないのね」
「契約者について、ですか?」
考える間もおかずに、ローマンはそう言葉を返してきた。
こういう無駄な手間がない相手というのは、やはり話し相手としては好ましい。
「著名な傭兵も有象無象の記者も、それをとても気にしていたわ。自分の人生を変える手段として、特別の代名詞として」
「ですが、その認識には大きな誤りがある。私は、ルウォにも一度足を運んだことがありますが、あそこには契約者が溢れていました。そこで門を開く手段も知りましたが、実行しようと思った事はありません」
「それは何故?」
「私が凡人だからですよ」
涼しげにそう答えて、ローマンは空になったリリスのグラスに酒を注いだ。
それから自分のグラスにも別の酒を注ぎ、
「門を開く事は誰にでも出来る。ですが、結局本当の意味で特別になれる人間は生まれた時から決まっている。彼女が風の精霊と契約できたのも、門を開く術を得たからではなく、彼女がプレタ・リリエッテという特別な人間だったからというだけで、それは私には当てはまらない。……いや、或いは彼女すらも本来ならばそこに辿りつくことは出来ず、今回だけが例外だったのかもしれませんが」
「……これだけの人間を動かせる立場にいる成功者が、ずいぶんと謙虚なのね」
「天才だから成功者になれるわけではありませんからね。むしろ、なれなかった天才の方がきっと多い事でしょう。結局のところ、群れをどう動かすかという点が、一般的な人間の社会では一番の武器ですから」
自嘲気味な微笑を零して、ローマンは注ぎ直した酒に口をつけた。
「じゃあ、どうして?」
さすがに言葉が足りな過ぎたか、すぐに答えが返ってくる事はなかった。
まあ、これに関してはヴラドのような真似をしたという自覚もあったので、特に不満を覚える事はない。
「お前のわたしへの態度よ。契約者という見返りが目的でないのだとしたら、わたしの覚えを良くする事くらいしかそれをする必要はなさそうだけど、お前、わたしは好みではないでしょう? ああいう肉感的で、頭は人並み以上だけど打たれ弱そうで、依存度が高くて、その気になったら簡単に壊せそうな娘が好きみたいだし」
「そうですね、否定はしません。まあ、全てとは言いませんが」
「そう、脂肪にはそれほど興味がないのね。そして視えていなかったから壊してしまった事があるのか、お前は。それが最初の女?」
「……怖いですね。それも貴女様の能力ですか?」
「ただの勘よ。か弱い悪魔の乙女の勘」
「その勘で、すでに疑問の答えも出ているのでは?」
「答えたくないの?」
「納得していただけるか自信がないのです。根拠があることではないので」
「ここはお酒の席よ。別に実りのある話題である必要はないわ」
言って、リリスはグラスをまた空にして、それをローマンに突き出した。
新たな酒がゆっくりと注がれていく。そして全てが満たされたところで、彼は話し始めた。
「物事において一番大事なものはなんなのか、幼い頃から私はそんな事をよく考えていました。そして一つの結論に辿りついたのです。それは中心にあるのが何なのかを見定める事。物事の多くはその中心の都合で回ります。それは引力や重力をもって周りを支配する。逆らったところで、基本的に良い結果にはならない。凡人は結局、自分だけの力でそれらの理に打ち勝つことなど出来ないのだから。だからこそ、その中心との関係こそが成否を決める一番の要因となる」
「つまり、今回の物事の中心はわたしだったと、お前は見定めたわけね。いつから?」
「それはもちろん、あの公園で一目見た時からですよ」
当然のように、ローマンはそう答えた。
(――殺した方が良いかしら? この男)
一瞬、そんな考えが浮かぶ。
が、それはすぐに取り消した。この男の認識に、そこまでの脅威はない筈だと。
「では、わたしの最後のお願いも、恙なく叶いそうね。――あぁ、身構えるような内容ではないから安心して。ただ始末したい奴が、最大で三匹いるというだけの話だから」
この上なく物騒な言葉を並べながら、リリスは優雅に微笑み――当然のように、なんの衝突もなく、了承という結果を勝ち取ったのだった。




