プロローグ
王都の高台に建てられた屋敷のバルコニーから、グゥオン家の当主であるアステア・ディ・グゥオンは戦火を眺めていた。
視界に届く程の近場で行われている大規模な防衛戦。
時折、大気を揺るがす音が届き、平和というものがいかに遠くにあるものなのかを教えてくれている。
その危機を前に、膨らんだお腹をさすりながら、彼女は夫にした男に告げた。
「あなた、私、この子を産んだら死ぬわ。今、はっきりとそれが感じ取れた」
恍惚を孕んだ声に、彼女を崇拝する騎士でもあったダノラウトは驚きと微かな怒りを見せるが、彼女にはその感情が理解できない。
「おかしな反応ね、ここは喜ぶところでしょう? 私は『神子』を産むと言っているのよ。『天泪』を一身に受け止めた奇蹟の子、絶対的な力の象徴を。ほら、わかったのなら、あなたも喜んで?」
「…………はい、そうですね。私も、大変嬉しく思います」
鎮痛な笑顔で、ダノラウトは頷く。
そんな彼の頬にキスをして、アステアは空を見上げ呟いた。
「でも、お姉さまはどんな反応をするかしら? あなたのように泣く? それとも、私のように歓喜する? ……よく判らないわね。お姉さまのような人は、一体どういう反応をするのか」
少しの間、姉の事を考える。
何一つ自分に勝るもののなかった血縁だが、それでも他よりはずっとマシだったからか、愛おしさというものは抱けていた。
だが、それも結局はペットに向ける程度のものだ。凡庸以上に国の役に立ってくれていた目の前の夫には劣る。
視線をそんな最愛の――いや、今は二番目に愛しい他人に戻して、彼女は言った。
「決めたわ。この子の名前。シャルロット。クリスエレス建国の最大の功労者だったとされる英雄の名前を賜りましょう。そして、あなたに命じます。私の子、我が国の未来を、比類なき宝へと昇華させなさい。そのすべてを賭して」
「……はい、必ずや」
拳を強く握りしめながら、ダノラウトは震えを懸命に堪えた声を返す。
それに仄かな安堵を覚えながら、彼女は笑った。
「良かった。これで心置きなく支払えるわ、この命を」




