第4話 王子殿下の距離感がおかしい。初対面ですよ?
――あー、おいおい。マジか。
三人に何かを告げたかと思えば、王子のカリスがアディの方へと歩いてきた。
「やぁ。アディウートル君、であってるかな?」
「王子殿下にご挨拶申し上げます。アディウートル・クストスです」
アディは椅子から立ち上がり臣下の礼を取って、カリスに挨拶をする。
「校内だから、楽にしてくれて良いよ。カリスと呼んでくれ。
これは前期組の時から、皆にそうしてもらってるからね」
「ご配慮ありがとうございます。カリス様。私のこともアディと呼んでください」
「……呼び捨てで構わないと言ったのだけど、ガードが固いな。
そうそう、アディはすごいね。後期入学組で、学年三位とは恐れ入ったよ。
僕たち四人の順位が変動したのは久々でね。さすが神童だ」
あくまでも一線を保つアディに、カリスは気を害した風もなく笑っている。けれど、碧の瞳は品定めするように冷えている。
四人と言った時には、前席にいる三人にチラリとカリスが視線を送っていた。
見れば、三人ともこちらを観察していたようだ。フィデスもウェルムも一見、好意的な雰囲気をしていた。
唯一ルナだけが、警戒心剥き出しの子犬のように見える。
――気まずい。
対するアディは、内心が穏やかではない。手を抜いたはずの試験。結果は見ていなかったからだ。
まさか学年三位だったとは、道理で兄が式辞を惜しそうにいうわけだ。
アディはてっきり、Aクラスに引っ掛かる程度の成績だろうと、思っていたのだ。
――セレ兄さん知ってたな。あれ、もしかしなくても、ケレルのさっきの反応も……?
「過分な評価です。私には兄がいますので、試験のコツを教わって、たまたま山が当たっただけです」
気づいた可能性を全力で、心のゴミ箱にアディはぶちこんだ。
過ぎたことをいつまでも気にしては、埒が明かないというものだ。
――切り替えが大事だ、うん。
教師が教室に入って来たタイミングで、カリスは不意に、アディにぐっと近寄ってきた。突然のことにアディは反応できず、身を固くした。
「なら、今回はそういうことにしておこう。
……過ぎた謙遜はやっかみを生む、気をつけなさい」
「っ!?」
カリスは笑みを浮かべたまま、アディの耳元に唇を寄せると、最後にそう忠告してきた。
かかる吐息に、ぞわりと鳥肌が立った。ふわりとベルガモットの清涼な香りがし、それが彼からだとアディは遅れて気づいた。
「次の試験を楽しみにしているよ」
そういって、カリスは振り返ることなく自分の席へと帰っていった。
――しまったぁ。
対するアディは、頭を抱えて項垂れた。
目立つつもりは全くなかった。まさか不動だった順位を、アディが動かしてしまっていたとは。
それに、カリスの口が耳に触れるかと思った。距離が近すぎないか、あの王子様。
「……あつい」
アディはそっと手で耳を触る。声変わり前の少年特有のカリスの高音が、耳に残ってじんじんする。
熱さを感じ、顔も耳も真っ赤になっているはずだ。
――乙女ゲームの破壊力め。
ホームルーム、担任からの連絡事項などアディの頭に全く入ってこなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
「どうだったー?」
「可愛いね。後期入学組だから、人にも慣れてないんだろう。社交慣れしていなかった」
赤茶の髪を揺らして、背もたれに寄りかかったフィデスが問えば、カリスは笑顔で答えた。
その碧の目が全く笑っておらず、値踏みしてきたのが三人には丸分かりだったようだ。
「ふん、ただのお子様か」
「ルナ、僅差で負けたもんなぁ。まだ根に持ってるのか?」
つまらなさげにルナが吐き捨てた。
そのルナの頬を横からつついて、フィデスがちょっかいをかけた。
「お前は、そのさらに下だろうが!」
「はいはい。あまり大きな声を出さないでくださいよ。はしたないですから」
フィデスとルナが揉め始めたため、ウェルムが優しく仲裁をする。
彼らを横目に、カリスがウェルムの隣の席へとついた。
チラリと一度視線を後ろへ向ければ、アディが頭を抱えていた。
その顔が赤く、アディの表情の取り繕え無さに、カリスは再び笑いを噛み殺した。
「……兄がいて、山が当たって、たまたまらしいよ?」
「それはそれは、さすが神童。侯爵家だから虐めはないでしょうが、不穏ですね」
カリスが筆記学年一位のウェルムへと、アディの主張を聞いたまま伝えた。
ウェルムは口許に笑みを浮かべ、目を細めて答える。
「忠告はしてきたよ。初日から問題を起こされても私が困る。明日からの実技が楽しみだ」
前期入学組からすれば、教師の話はおさらいどころではなく、ただ退屈なだけだった。
カリスが先ほど見た、冴えない眼鏡の男子生徒。明日の実技へとその思いを巡らせた。
後期入学組は少人数。
実技試験は個別対応だったから、試験管以外誰も、アディウートル・クストスの実力を知らない。




