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【一章完結】乙女ゲーのチュートリアルのサポートキャラに転生したら攻略キャラが集まってきた。いや、俺は男なんですが!?  作者: 松平 ちこ
一章 学園入学編。 攻略対象キャラたちに、俺、囲われ始めたんだけど!?

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第39話 泣いた後はスッキリするっていうじゃん? 恥ずかしいが勝ったのは内緒だぞ

「すぅ……すぅ……」


 基礎正しい寝息が、静かな部屋に響いている。

 アディが視線を横へと向ければ、マーレが近くの椅子に座り、ベッドに身体を預けて眠っていた。その目元が少し赤い。

 マーレの両手は、アディの手をしっかりと握っていた。

 それはまるで、何処にも行くなとでもいうマーレの意思の表れにも感じた。


 全身がひどく怠くて重いと、アディは感じる。指の一本も動かす気になれない。

 けれど、あれほど痛かった身体の痛みはなかった。マーレがアディに、治癒魔法をかけたのだろう。


「……」


 ゆっくり息を吐いて、アディは反対側へと視線を向けた。


 見渡たす限り知らない部屋だった。造りからして、寮の自室よりランクが上がっているのが分かる。

 目覚める前のおぼろ気な記憶に、カリスとのやり取りがあった。血で汚したはずなのに、その汚れも見当たらない。


 カリスが人目を気にせず出入り出来る場所、そういうことなのだろうと、アディはふうと息をついて結論づけた。


 そうしてアディは、先ほどから見えていた剣へと意識を向ける。

 マーレと反対側のベッドの上。アディに添うように置かれていた剣は、さっきのやり取りが夢ではないことを告げていた。


 ――カリスの側近。


『空っぽのお前に―』


 耳に甦るカリスの言葉。それは確かに、アディにとって重く振りほどくことの出来ない、確かな枷だった。この手の温もりと同様に。


 今からでも、身体強化と魔法を駆使すれば、アディが逃げるのは簡単だっただろう。

 治療され痛みのない現在、それはさっきよりも楽に出来るはずだった。


 けれど、その手の重みを振り払うことは、今のアディにはどうしても出来なかった。


 ――本当に、カッコ悪い。


 自由な手で、アディは目元を覆う。目頭が熱くて仕方がない。あの日から泣いてばかりの自分が嫌になる。


 流れる涙に、アディは唇を引き結んで嗚咽を噛み殺した。

 自覚した弱さと欲した温もりが、確かにそこにあった。


 ――皆の好意に気づかない振りは、もう出来ない。


 ずっとアディは異物で、居場所が無いと思っていた。けれど長い間、どこかで居場所をアディは求めていた。


 ゲームキャラのアディウートル・クストスとしてではなく、ただのアディとして。


 だって、アディにとってここは確かに、現実だったから。

 始まりは、ゲームだったかもしれない。

 でも、触れた熱に、向けられた言葉に、一つとして作り物じゃない重さを、本当はずっと感じていた。


 ――ああくそ、重てぇな。


 アディにとってそれは作り物や嘘ではなく、温かな真実として確かに、その空虚な胸に刻まれたのだった。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 アディがいる部屋の扉の前、扉に背を預けたセレーヌスが静かに息をつく。

 僅かに開いている扉の隙間から聞こえる、小さなアディの嗚咽に、セレーヌスは強ばっていた肩の力をようやく抜いた。


 ――もう、大丈夫だろう。


 アディがやっと泣けたのだ。だからもう、大丈夫。


『ここは私の居場所じゃない! 私は女なの! 帰りたいの! 元の場所に帰してよ!』


 リセットボタンは何処なのよ!と、幼いアディが癇癪を起こす度に叫んでいた。


 アディを前にして傷ついた家族。それを見て、自分たち以上にアディ自身が傷ついた顔をして、部屋に引きこもったことも多々あった。

 世話を焼けば焼くほどに、アディを追い詰めてしまい結果、アディは内外に檻を作って、誰も入れなくなったことがある。


 人を寄せ付けず、寝食を取らず、ブツブツと一人言を言い続けた幼いアディ。

 悩んだ末に父は、孤児院からアディと年の近い世話好きの女の子を引き取った。

 今となっては専属医師のマーレだが、引き取った時は、ただの女の子だった。


 ――アディは、治癒魔法使いのマーレを、父が雇ったと思っているけれど。逆なんだよね。


 アディの認識のズレを思い出して、セレーヌスはくすりと小さく笑って嘆息する。


 孤児院で傷ついた子どもを見慣れていたマーレは、アディに寄り添った。

 あれこれと構うそこに計算は全くなく、家族とは違う関わりに、アディも次第に心を開いていった。

 幼いアディは、それこそマーレと姉妹のようだった。


 少し経ってから、マーレに治癒魔法の適正があると気づいた。今後も変わることなく、アディの心身を支えられるようにと教養を身につけさせて、今にいたるのだった。


 年齢と共に落ち着いたアディでも、ふとした時に危うさが覗いていた。

 学園入学後、初めての人付き合いに戸惑ったせいだろう。

 けれど、セレーヌスやマーレでは近すぎて見守ることがやっとだった。


 ――意表を突くのは、いい考えだけども。


 まさか、部屋をぶっ壊そうと作戦を立てるとは、カリス達も発想が子どもだなとセレーヌスは思う。


 気を失ったアディを抱えセレーヌスが通されたのは、本来なら立ち入れない最上階の部屋。

 寮の最上階の部屋は、王族や公爵家のプライベートが守られるように、それぞれが完全な防音、盗聴不可の造りになっている。扉を閉めれば、中の様子が全く分からないほどだ。


 カリスがアディの治療の一切を止めさせ、誰も入ってくるなと人払いを厳命した。

 歯痒くもマーレと二人、カリスが出てくるのを、セレーヌスはただ待った。


『殿下! 弟に何をしたんですか!』 


『騒ぐな、セレーヌス。死んでない。話はついた。マーレだっかい? 治療を頼んだよ』


 しばらくして、血まみれのカリスが部屋から出てきた。

 その時はさすがに、セレーヌスは選択肢を間違えたかと、身分を捨ててカリスに詰めよったのだった。


 それをカリスは不敬と罰することもなく、やや疲労を滲ませて笑い、ふと告げたのだった。


『お前の弟は、泣き虫だな』


 何を言われたのか、セレーヌスは一瞬分からなかった。アディはずっと、人前で泣かない子どもだった。


 だからセレーヌスは、アディが泣いたのだと遅れて理解する。

 その相手が殿下というのは、侯爵家としては複雑だが、兄セレーヌスとしては、ようやく安心することが出来たのだった。

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