第38話 それ、独占欲っていうんですよ。王子様。
「殿下は……私が何者だとして、投獄なさいますか? 処刑でもしますか?」
「ないな。惜しいだろ、その力は」
貴族にも他国にもと言ったカリス。アディがそれ以外の選択肢として、明確に言葉として提示する。
それに対しカリスは、不快感を隠すことなく、苛立たしげに眉を寄せ吐き捨てた。
アディの手を解放し、カリスは腰に下げていた剣を取り出した。ゲーム内でも、見たことのない剣だ。
「俺の側近になれ。アディウートル・クストス」
アディの目の前に差し出された、ルナやフィデスとは違う意匠の剣。おそらく、アディ専用にあつらえたのだろう剣。
「受けとれ、ません」
身体の痛みを無視して嫌悪感を滲ませ、アディはギッとカリスを睨み、血を吐きながらハッキリと答えた。
――好んでゲームに巻き込まれるなんて、まっぴらだ。
アディのその返事に、カリスの眉がピクリと動く。
「受けとれません。遺憾であれば、その剣で私の首をはねればいい」
アディは自由になった手を使い、シャツの襟を引きちぎりると、首筋をカリスへ差し出した。
――リセットがないなら、終わればいい。俺は、ただのバグだ。
「……なぜだ」
「簡単なことです。過ぎた力は、要らぬ争いの種になります。今の治世、殿下の側近に私は必要ない。
監視下に置けぬ不安分子は、始末するのが最適解ですよ」
――ヒロインのことを抜きしても、俺は危険だろ?
わけの分からないものに、巻き込まれるのは面倒だ。自分が異分子なことは、最初から知っている。
「ああでも、クストス家への連座は、ご容赦願いたいです。家族は無関係です。温情を」
アディは、あくまでも冷静に話をした。
――そこさえ守られれば、俺はどうでもいい。
「……本当に、こと自分を顧みない奴だな、君は!
しかもなにか? なんの問題もないクストス家を、俺が処罰するとでも!?」
カリスの逆鱗に触れたのだろう、アディの胸ぐらを乱暴に掴み、カリスは声を荒げた。
――そりゃそうだ。暴君と言ったも同じだからな。
でも、それが社会だとアディは前世から知っている。アディの周りが優しい世界なだけだったのだと。
「……問題の有り無しは、些事でしょう。謀なんて、殿下が一番よく分かって――っ。いらっしゃるはずです」
掴み起こされた衝撃で、アディはさらに血を吐いた。痛みは麻痺したのか何も感じず、さすがに、そろそろ身体が限界だと思う。
ヒューヒューと、喉の奥で喘鳴がなり始めた。
「……ひと思いに、してくれません? さすがに、これ以上は殿下が汚れるでしょう」
魔力もないのに魔法を使えば、過剰負荷で身体が傷つく、目覚めてからの吐いた血で、アディはすでに真っ赤になっていた。
カリスまで汚れると言ってから、一つ抜けていたことをアディは思い出す。
――ああ、でも、子どもが手を汚すのは早いか。
「……っ。《ウ――》 」
ゴホッと血を吐き、にっこり愛想笑いをしたアディが、詠唱を口にし――カリスが強引に手で口を塞ぎ、止めさせた。掴む手が、容赦なくその場へと押しつけてくる。
「俺を舐めるなよ。アディウートル・クストス。君も、俺が守るべき人間の一人だ。
側近にするための根回しはすでに、全て済ませている。
アディ一人くらい、守るなど容易いことだ。なぜそれが分からない!」
語気を強めたカリスの言葉に、アディは目を見開いた――目頭が熱い。
――最悪だ。ズカズカと入り込んできて。
「……俺は……、人、じゃ……」
音にもなってない微かな声で、アディは反論した。
アディを前にカリスが顔を歪ませ、どさりとベッドへと二人一緒に倒れこんだ。
「ぐっ……げほっ、げほっ」
アディは衝撃でそのまま息を詰め、カリスから顔を反らせて、激しく咳き込んだ。
「いいや、守られるべき一人の人間だ。
君は人を傷つけることを選ばない。他人よりも、己を犠牲にすることをいとわない、ただのお人好しの人間だ。
君が何者だろうが、そこは絶対に変わらん……俺は、そんなアディを知っている」
アディの胸元に顔を埋めたまま、カリスが静かに告げる。その声に、いつもの自信も余裕もない。
感情を圧し殺したように、部屋に強くカリスの声が響いた。
霞む視界、さらに滲むものに、アディは気づきたくなかった。
――だって、キレたら何をするか分からない。それじゃただの、生物兵器だろ。俺は、普通で良かった。普通で、いたかった……。
フィデスに向けた力は、人に向けるものではない。アディは、自分が怖かった。
ゲームが元だったとしても、ここでは皆生きている。アディにとっての現実世界に、ほかならなかった。
『アディ……もう、いいんだよ。十分だ。大丈夫。殿下の結界が全てを防いだ』
セレーヌスが、アディに優しく言葉をかけてくれた。
けどあの時、カリスが《イージス》を展開しなければ……。
「……っく、……」
アディの目頭に溜まった涙が溢れて、ベッドへと吸い込まれていく。静かな部屋に小さな嗚咽が漏れた。
やがて身を起こしたカリスが、力強くまっすぐとアディを見つめてきた。
「だからアディ、黙って守られてろ。
ただ、俺のそばにいろ。俺のそばで……信じるもののために、その力を振るえ」
涙を流すアディに、カリスは優しく言葉を投げかけた。策略もなにもない、一人の少年の本当の言葉を。
「俺は王家の盾を持つ人間だ。君が、道を踏み外す前に止めてやる。
空っぽの君に、その剣はちょうどいい。
なにより、俺のものに手を出す愚か者への牽制だ。
つべこべ言わずに守られてろ、アディ!」
そして王子として、臣下への契りを持ちかけた。
ベッドに放っていた剣を、アディの手へと握らせ、カリスはいつものように不敵に笑ってみせた。どう見てもただの強がりなのに。
暗くなっていく視界の中でも、アディにハッキリと見えた。
――ズルい。
「それでも俺の元を去ると言うなら、剣を持って来い。俺が自ら、引導を渡してやる」
そのどれもが、カリスの飾らない本音だった。不器用な手が、アディの涙をそっと拭う。
にやりと笑みを深めたカリスは、いつもの余裕のある姿へと戻る。
――ズルい。
欲しい言葉を投げてくるカリスが憎らしくて、アディは泣きながら眠りに落ちた。
「アディ。君は、俺のものだ」




