第31話 前よりキレが悪いのは、運動不足もあるよなって言い訳で。
実技考査の初日。
晴れた空の下で、最後の試合としてアディとフィデスは向き合っていた。
観客席とは、はっきりと隔てられた広い空間。円形の広場に、硬質な床が整えられている闘技場の舞台。
「アディ、魔法でも剣でもなんでもいい。俺をこの線から出してみろ《ファイアサークル》」
フィデスが自分の足元すぐ――地に剣を走らせ、そこから小さな火の輪が描かれる。
コンロのとろ火のような、小さな炎。アディがアドバイスして教えた、フィデスのための遊び心ある技だった。
「全力のお前と俺。それが俺との約束だろ?」
ニッと笑うフィデスの出で立ちは、ペア決めの総当たり、あの日と同じ。
けれどその姿が、アディにはとても眩しく映った。それはフィデスの足元にある、火のせいではない。
――変わったのは、俺か。
もう右腕に包帯は無い。けれどもアディの胸には、ずっと重たい何かが沈んだまま。
「ちっ――、行きます!」
小さく舌打ちをして、アディはフィデスへと向かって走る。
あの日と同じ。けれど今、アディの左手には実剣がある。
ギン。
アディの下から斜めに切り上げた剣、それをフィデスは軽くいなした。響いたのは鈍い金属のぶつかる音。
――かってぇ。
「それが全力じゃないよな? 俺の足は動いてないぞ。剣が無理なら、ほら、あの魔法でも打ってみろよ。
今のお前になら、俺は穴なんてあかねぇよ」
フィデスは煽るように、アディへと投げかけた。普段なら受け流せる軽口に、小さな不快感をアディは覚えた。
――こんなことなら考査相手を適当に、知らないやつにすればよかった。
フィデスから距離を取って、アディは右手を前へと向け。その手はピストルを模し――ペア決めでの七発目以降使っていない、あの魔法のを再現する。
アディは、目の前のフィデスに狙いを定めた。
「ご期待なら――《エアショット》」
弾丸の如く放つ風の塊。それをフィデスは避けることなく笑ったまま、振り下ろした剣で相殺した。
――はっ、さすが武の正統派攻略対象キャラ。
フィデスに防がれたのを見て、アディから漏れた本音は、距離。
フィデスは、完全に見切ってない。
アディの発射後のわずかな手の揺れを見て、タイミングを図り身体強化で上乗せした剣圧で、風の防壁を張っただけ。
フィデスという剣士の、絶対の自信と実力、力業でしか成せないことだ。
「なぁ、お前はいつも、どこを見てるんだ?」
向かうアディの剣を、サークルの中でフィデスが剣でいなす、何合目の唾競り合いか、唐突にフィデスが問うた。
フィデスはじっとアディの瞳を覗き込むように見つめる――その目に映るはずの、自分を探すように。
「っ!」
その瞳に不快感を感じて、アディはハッとし、フィデスと即座に距離を取った。
ざわついた胸のうち、乱れた呼吸を整えて、フィデスを睨む。
「俺を見て、俺じゃないのを見てるだろ。別に、今だけじゃない。
時々アディは、そんな目をしてる」
怒ってる様子はなく、心底、それが不思議で分からないというようにフィデスが言う。
――俺が見ているフィデス。目の前にいる少年。乙女ゲームの設定。
ヒロインがいないからゲームは始まっていない。けれど舞台は確かに、生前プレイした乙女ゲームそのものだ。
アディは会う前から、フィデスを知っていた。
ゲーム設定通りの生い立ち、年齢が幼いだけ、何も間違っていなかった。
「私を買いかぶり過ぎだって言ってるでしょう。実力差で、期待外れになりますって!」
アディは眉を寄せ、苛立ちと共にそう吐き捨てた。
――対するアディ。アディウートルのキャラは、設定は……。
苛立ちを刃に乗せて、アディはそのままフィデスに連撃を続けた。
フィデスが、サークルの外へと足を動かす様子は全くない。
――所詮、攻略キャラとノーマルキャラ。埋められない実力が、そこにある。
「……俺はバカだから。ちゃんと言わなきゃわかんねぇ。それは誰の想像したお前だよ」
アディの攻撃が止んだタイミングで、息を吐き出して、僅かに乱れた髪を整えるフィデス。
剣を構えず、隙だらけの姿勢なのに、そこに油断は一切見当たらない。
「俺は別に変な期待なんてしてない。総当たりのアディを見てずっと、お前とやったら楽しいかと思ってただけだ」
「……私に、そんな大層なものないですよ」
雑念を捨てるように、アディも息を深く吐き出した。
フィデスの動きは見えている。読めている。けれど全部防がれる。
「そうか? 俺は、魔法の凄さなんて知らねぇけど。
ルナの速さを全て、正確に見切って対応してた身体能力。
戦闘中の一瞬で、度を越したルナのことを一番に考えてケリをつけた洞察力に思考力、対応力。
迷わず俺の剣を足場に、場外へ飛ぶ選択をする豪胆さ。
ケレルとの一戦だって、フェイントに誘導と戦術に長けてた柔軟性。
これが、俺の知ってるお前だぞ」
切っ先をまっすぐにアディへと向けて、フィデスが言う。
「誰かが見たお前じゃない。誰かの枠におさまるなよ。アディ。
俺は、俺が見たままのアディと戦いたいと思っただけだ。そのお前は、この線を越えると俺は思ってる。
言い訳なんて、どっかに捨ててこい」
「……」
――それを期待だって言うんだ。
アディは苦々しく、口を引き結んだ。剣をギュッと握りしめる。
男として頼りない華奢な身体で、アディは肩で息をする。
対するフィデスは、息も乱していない。
「……それともアディにとって、俺たちは痛みも弱さも強さも全部、ぶつける価値がない? なんでお前は、そんなに空っぽなんだよ」
俺はただの異世界転生じゃない、乙女ゲームの転生。
ゲームの枠の中に、突然ポッとおいていかれた自分。
誰でもないキャラなら良かった。知らないゲームなら良かった。
けれど自分は、ヒロインのサポートをして、初期強化の強化素材として消えるキャラ。いつかいなくなるキャラ。
対する彼らは、こらからも華々しく進んでいく攻略対象キャラ。
ヒロインが来たら、彼らは彼女に惹かれるだろう。乙女ゲームとして正しく、ヒロインを中心に世界が回っていくはず。
――その輪の中に、俺はいない。




