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【二章完結】乙女ゲーのチュートリアルで消える強化素材のはずが、攻略対象に執着されて退場できません。いや、俺、男なんですが!?  作者: 松平 ちこ
一章 学園入学編。 攻略対象キャラたちに、俺、囲われ始めたんだけど!?

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第32話 こう見えて上級魔法は一日一回なら出せるんだよ、俺。

 アディの悲しげに歪むその瞳を見て、フィデスがアディに笑みを向けた。


「ほら、やっと目の前の俺を見ただろう?」


 フィデスの言葉を、アディは受け入れられなかった。

 まっすぐ向けられるフィデスの好意は、アディには相応しくないと思うから。


 ピシリ――。


 アディの眼鏡、そのレンズに亀裂が入った。アディの足元、ふわりと風が舞う。漏れたのは、普段抑え込んでいる魔力そのもの。


「……"私"、なんかに」


 吐き捨てた声は、恐ろしいほどに低い声だった。それは、普段のアディからは考えられないほどの。

 右手で顔を多い、だらんと下がった左手に持つ剣、そのアディの佇まいは無防備そのもので。


「アディ……?」


 フィデスが、戸惑いの声を上げる。

 何か危険を察知したのだろう、彼は剣を持ち直し、身構えていた。


 ――いつか離れていなくなるキャラなら、最初から優しくしないでよ。


 そんな真っ当な本音をぶつけて、こちらをかき乱してくるだけなら、やめて欲しい。


 ――狼狽えるくらいなら、近寄らないで。


 アディの身の内に、ほの暗い激情が渦巻いた。

 右手の隙間から覗く視界は、怒りで滲む。フィデスの表情はもう、アディには見えない。


 ――何も、知らないくせに。


「《ブラインティング・フォグ》」 


 ぐしゃりと髪を右手で握りつぶし、アディは苦痛に震える声で詠唱をした。

 それは、闘技場を覆い尽くす程の濃霧を具現化する。

 まるでアディのぐちゃぐちゃの心を表現するような、暗く深い霧。


 フィデスが剣士ならば、濃霧は視界と音を麻痺させる。それに。


 ――見えるから。見るから。皆、うるさい!


 入学試験では目立ってしまったけど、先日の筆記テスト、アディは全て白紙で出した。

 来年どころか貴族として相応しくないと在学にすら、影響するだろう。


 あの日の陰鬱な気持ちも混ざり、アディの気持ちはもう、ぐちゃぐちゃだ。

 居ても居なくてもいいなら、早急に表舞台から降りるだけでいい。


 勝敗を決すれば、フィデスも気が済むだろう。煩わしい関わりも、すぐに終わる。


 貴族で生活には困らず、優しい家族に囲まれて、アディは恵まれていた。

 けれど優しいだけでは息苦しくて、無性に息を詰まることがある。これは本来、アディウートル・クストスのもの。


 ――私は誰。本当にあの人達の、家族でいいの?


 前世で人気だった小説には、貴族を辞めて第二の人生を歩むものもたくさんあった。


 ――それも悪くないかな。


 割れた眼鏡を右手で足元へと落とし、アディは足で踏み潰した。もう、必要の無いものだから。

 乱れた呼吸を整えて、自暴自棄にアディは口許を歪め笑った。

 暗い光を宿した目が再び、フィデスを見る。


「私の、本気が見たかったんだよね?」


 軽く一人言のような、返事を期待しない、アディの問いかけ。


 濃霧で視界が見えなくともアディには、フィデスの姿が手に取るようにハッキリと見えている。 

 フィデスは剣を構え、静かに待ち受けているようだ。

 濃霧に狼狽えることもなく、動揺による魔力のぶれも一切見えず、必要な警戒に留めているのは、戦う者として正しいだろう。

 その彼へと、アディは迷わず手を向けた。


 ――どこまでも武の正統派、攻略対象キャラでムカつく!


「《サイクロン》」


 アディは低く呟き、ピンポン玉サイズに圧縮した暴風の塊を右手の指の先、それぞれに作った。

 その声は、もう震えていない。


 ――その余裕、壊してやれば満足するんでしょ?


 魔力制御の基礎に、魔法のイメージ力がある。前世を持つアディには、なんの障害にもならないどころか、強いバフでしかなかった。


「しっかり味わえ《ホーミングショット》」


 五つの圧縮玉を放つ。その威力は当たれば先ほどの《エアショット》の非ではない。さらに追尾機能もつけてある。

 安易に避けるだけでは、自らの首を絞めるだけ。


 同時に、アディが剣を構え身体強化を上乗せし、ぐっと深く踏み込んだ。


 ――そんなに見たいなら、見たらいい。


 総量がノーマルレアなだけ、短期決戦だけなら、キャラ特性と前世知識で十分、アディだってチート領域にいける。

 彼らはまだ、ゲームが始まる前の子どもでしかないのだ。


 ――五つの目眩まし。そこから斬り込んでやる。


 仮に剣を含め全ての攻撃を、フィデスが剣で受け止められたとしてもだ。

 アディはそこからさらに、追撃し吹っ飛ばすつりだった。そのための詠唱も、右手も用意してある。

 一球目の追尾、それに対応しようと動く彼を、アディの目が捉えた。


「《ヌルグラヴィティ・アンリーシュ》」


 バキッと地を蹴る音がし、アディが光の速さに飛び込んだ。刹那の骨のきしむ音に、口を引き結んで、アディは黙殺する。


 サークルからフィデスを出せば、とりあえずの約束は果たされる。


 ――全部、どうでもいい。




「《イージス・アブソリュート》」


「《グ――っ!」


 耳に届いた静かで張りのある詠唱と、防がれた剣の衝撃。

 アディは反射的に、前世知識での対に匹敵する言葉を唱えかけ――その先、フィデスの前に現れた人影を認め。

 アディは思い切り、舌を噛んで詠唱を止めた。


 ――やり過ぎだ、俺。


 周囲では、五発の圧縮玉の爆ぜる音が響いていた。濃霧に土煙が混ざり、強風が入り乱れ、より一層、視界の確保が困難になる。

 けれどそこに、アディはフィデスの姿を見つけてしまった。


「……っ」


 一連の重ね掛けの詠唱で、ぐっと持っていかれた魔力の負荷により、アディは足元がふらついた。もう残量はからっからだ。

 いっそ、意識を手放したいくらいの頭痛にアディは苛まれ始める。

 早鐘を打つ心臓の音が煩くてかなわない。


 ――ああ、無様。


 震える手で剣を支えにしようとして――後ろに手を引っ張られ、アディはそのまま抱き止められる。

 それはいつもアディに優しい、力強い腕だった。その手が、アディの額に触れた。


「《セデーション》」


 と、聞き慣れた小さな声が耳に響き、アディの煩かった頭痛が少し和らいだ。


「……アディ、もういい」


「そこまでだ――気はすんだね。フィデス?」


 セレーヌスとカリス、それぞれが間に入って終了を告げた――。

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