第25話 身体強化は便利すぎて必須なんだけど
「アディ君、安静にって言いましたよね?」
「安静にしてましたよ?」
アディが応接室に入るなり、出迎えた仁王立ちのマーレの、開口一番がこれである。
昼休憩。セレーヌスの通達通り、マーレによるアディの健康チェックの時間だった。
アディは思わず、マーレに対しての物言いが丁寧になる。
「おかしいですねぇ?一限目から欠席で、走り去って行くアディを見たと、先生から聞いてますよ?」
――あー。そこの口止め忘れてたな。
「サボってはないぞ。ちゃんと王子殿下から許可をいただいた」
――正確には、もぎ取ったとも言う。
アディは視線を横へとずらし、マーレの質問に答えた。
「身体強化もしましたね?」
「……」
――平時でも、ルナを担いで走るのは強化しないと無理だし、俺。
何て言おうものなら、マーレに怒られるのは目に見えている。アディに分が悪すぎた。
「むしろ今も、使ってるでしょう?」
アディの一挙一動見逃さないとでも言うように、マーレはぐいっと距離を詰めて問う。
わざわざ、"今"を強調して言ってきた。
「……」
距離の近いマーレに、アディは思わず応接室の外をさっと左右確認する。人がいないと、息をついた。
――マーレさん、邸の中じゃないんだからさぁ。
悪態は胸のうちにアディは留めた。どう考えても火に油を注ぐ行為だ。
「無言は肯定と同じですよ。なんでバレた。じゃなくて自然体過ぎるから、逆に不自然なんです。
アディ君。普通の人は数日寝込んだ後、走り回ったら、平然と過ごせません。むしろ人を抱えてなくとも走れません。しかも貴方は怪我もしてるんですよ?」
「全部バレてるなら、わざわざ聞かなくて良くないか?」
はぁとため息と共に、アディは半目になって白旗を上げた。なんなら手も上げようと全面降伏する。
幼い頃から一緒なのだ、マーレに勝てるわけがない。
「一般的な常識の習得とアディ君の自己申告を期待しています。
何のために、医者には問診と言う過程があると思ってるんですか」
くるりとアディに背を向けて、マーレは持ってきた鞄から、なにやらがさごそと出しては机に広げている。
お説教は、もうすぐ終わりらしい。
「適切な治療のための情報量」
「……そこが分かってるなら、自分にも当てはめてください。はい」
小言を言い終わったマーレは、応接室の長ソファに座ると膝を叩く。こっちに来いと。
「いや、それはさすがに」
――領地でもないし、世間体でアウトだろ。
侯爵家三男と言えど、貴族男子。未婚で異性と二人っきりでもグレーなのに、さらに親密さを出してどうする。
もう一度、外に人がいないか思わずアディは、確認してしまった。
「午後いっぱい、応接室の貸切許可は出ています。用の無い人は誰も来ません。
また寮で倒れても困るので、お兄様の授業が終わるまで、ここで休んでもらいます。
ついでに、ちゃんと治療もしますよ」
マーレはアディの退路を塞ぐべく、つらつらと主治医らしく正論を並べた。
「……」
「完治前に倒れたら、今度こそ責任問題にするそうですよ?」
黙るアディに、マーレはさらに笑みを深くし両手を合わせ、トドメを刺した。
「はぁ……」
アディはため息を吐くと、大人しく上着を脱ぎソファへかけた。そのまま、マーレの膝枕に頭を乗せて寝転がる。
「あ、ちゃんと身体強化も解いてから、寝てくださいね。アディ君は寝ながらでも使う、変人の癖があるので」
マーレはアディの眼鏡を取りテーブルに置くと、アディの目に手のひらを乗せ、念押しをした。
「変人とか癖とか、言うな……」
マーレによる疲労回復目的の治癒魔法。その温かさに、アディの意識はすぐに落ちた。
◇◆◇◆◇◆◇
すうすうとやや浅く早い寝息を立てて眠るアディの前髪を、マーレは払う。
アディの額に浮かんだ汗を、タオルで拭ってやった。顔色が悪い。
復学初日で緊張もあり、無理をしていたのだろう、アディは普段こんなに寝るのが早い方ではない。
「どうぞー。もう入ってもバレませんよ」
「……でも、さっき誰もって」
音を立てずに開いた扉から、ルナが気まずそうに顔を覗かせた。
眠るアディを見つけると、ルナの瞳が不安げに揺れる。痛みをはらんだその藍色は、今にも泣きそうだ。
――まだ三回しか登校してないのに、アディ君は愛されてますねぇ。たらしですか。
マーレは主君に向けられる好意に嬉しそうに口許を綻ばせ、ルナに安心するように声をかける。
「用の無い人が、ですよ。アディ君のご学友の方ですよね。立派な用事があるじゃないですか。
こちらこそ、何もおもてなしも出来ず、無礼を働き申し訳ございません」
どうぞとにこやかにマーレが再び促せば、ルナがそろそろと部屋へと入ってきた。
ルナは緊張しているのか、その手をモジモジと交差させている。
「あ、いや。そもそも僕が、アディに無理させたから……」
「でも、大丈夫そうに見えたでしょう?
まぁ、ああいう時ほど、無茶を隠しているんですけどねぇ。
アディ君は、やると決めたらやり通しちゃうんです。なのでこれは、アディ君の自業自得ですよ。
あ、アディ君の上着を、彼に掛けてもらっていいですか?」
しょんぼりとしているルナに、マーレはお願いをした。
ルナは少しでも挽回しようとしているのだろう。
ソファの背に雑に置かれたアディの上着をそっと持つと、マーレに一生懸命に指示を仰ぐ。
「掛けるの、どうやったらいい?」
「上着はシワになって良いんで、広げて、こう……バサッと、掛けちゃってください」
「バサッと……」
アディが胸の上に置いた右腕を注視してルナは固まった。本当にいいのか、と躊躇っているようだ。
「上着を乱暴に掛けても、傷には響きませんし、起きませんよ。大丈夫です」
マーレの後押しに、ルナは意を決したようだ。
ゴクリと唾を飲み込んで、アディへとそっと上着をかけていた。
起きないアディを見て、明らかにルナは安堵している。
彼がアディをとても大切にしているのが、マーレにはよく分かった。
「……アディ君の折れない信念は長所ですけど、まぁ、気づける人がそばにいればいいんですよ、ね?」
肩の力を抜いた小柄な少年に、マーレは優しく話を振った。




