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【四章完結】乙女ゲームのサポキャラ転生、チュートリアルで消える強化素材のはずが――いや、俺、男なんですが!?  作者: 松平 ちこ
一章 学園入学編。 攻略対象キャラたちに、俺、囲われ始めたんだけど!?

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第26話 ギプスの取れた解放感と違和感って、こう、言い表せないよね

 ふわふわとした浮遊感と定期的な振動を感じて、アディは目を覚ました。頭がぼんやりする。

 慣れ親しんだ香りに、アディはそれが誰か気づいた。


「……セレ兄、さん?」


「あぁ、目が覚めたかい」


 アディはセレーヌスを見上げる形になっている。兄の深緑の髪に朱がかかっていた。


 ――夕焼け、放課後?


 アディは瞬きを繰り返し、思考を起こそうとした。セレーヌスに抱かれていると、気づいたからだ。


「俺、歩ける……」


「身体強化に頼るのは止めなさい。熱があるんだ。アディは、しばらく半日登校だよ」


 セレーヌスにピシャリと言われ、アディは押し黙った。けれどうとうとしながら、思考がポツリと溢れた。


「……大、丈夫なのに」


「兄が弟の心配をするのは当然だろう? 良いから寝てなさい」


 ぐっとセレーヌスによってアディは力強く抱えられる。

 とくとくと、アディの耳に触れるセレーヌス身体から、規則正しい心音が聞こえた。

 ゆらゆらとした揺れも相まってアディは再び、眠りに落ちた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 実技の見学も禁止され、座学のみを受ける半日登校を数日続けたある休みの日。アディは侯爵家に帰ってきていた。


「おおー!」


 アディは、包帯が取れて解放感溢れる右手に感動していた。

 そのずっと包帯が巻かれていたアディの右腕を、メイドたちが丁寧に清めてくれる。

 その傍ら、マーレが回収した包帯やらを片付けていた。

 それを見ていたアディはふと、一つ気づく。


「マーレ。腕が曲がんない」


「当たり前です。ずっと固定してたから拘縮してるんですよ。これから痛みのない範囲で、少しずつ動かしていくんです。

 あ、身体強化で無理やり曲げるの無しですからね! 治りませんよっ!」


 ――ちっ。


 アディは、マーレに先手を打たれ忠告される。

 アディは不服を隠さず確かめるように、伸びたままの右腕を左右に捻ったりして観察する。


「そんな顔してもダメです。言いましたからね!

 実技もしていいですけど……無意識に身体強化で曲げないように、また包帯ぐるぐるしますから!」


 アディが曲げようとしても、全く曲がらない右腕。それなのにやっと取れた包帯を、実技ではまた巻き直すとマーレは言う。


「俺、信用無さすぎ」


「そう思うなら、私生活を見直して無茶を止めてくださいね」


 アディが不満をそのまま声に出せば、マーレは正論で返した。


「別に俺、目覚ましい才能に溢れた天才とかじゃないし。無茶してない。

 いつも、ほどほどの平凡だったと思うんだけど……?」


 アディの左右の腕、元々筋肉質でもなかった。

 少しほっそりしたかどうかくらいの違いしかない、非力そのものの女みたいな腕。

 身体強化しないと、剣なんか振り回せない腕。


 ――この腕は、本当に元のように曲がるのか?


 不服そうに眉を寄せて、アディはちょっと意固地になった。けれど曲がれと思っても、全然曲がる様子はない。


 ――自分の腕なのに、自分の腕じゃないみたい。


 そう、考えてしまった。言い知れない不安に駆られてアディの伏せた目に、影が宿る。


「……怖い」


 アディの口から出た不安を、アディの耳が聞き取った。胸の内までをも、その暗い影が落ちて広がった。


 ここは乙女ゲームの世界。"私"はチュートリアルのサポートキャラ。初期強化で消えるキャラ。受け入れたはずの男の子のキャラ。

 周りの皆は、とてもキラキラと輝いてる。Aクラス、特に攻略キャラたちは皆。

 

 アディの目の前の人たちは、それぞれに今を生きている。

 前世がある"私"だけが、異質。そこにいるのかいないのか。

 元の"私"は、前世でいったいどうしたのだろう。


「"私"……」


 学園に通いだして理解した。やはり自分は平凡だと。前世知識があるからAクラスにいるだけだ。

 前世で培った人生があるから。


 ――怖い。


 正しいと思うことをして、男の子として生きて、けれど、どこか自分であって自分ではなくて、その行き着く先は、はたしてあるのか。

 いつか突然ガラガラと、足元から崩れていくのではないか。前世の人生を失ったように。


「腕もちゃんと元通りになりますから、アディ」


 マーレの声がひどく遠くに聞こえる。アディはそう感じられた。


 腕の違和感が、不安が、飲み込んだはずのこの世界の不確かな自分と重なって、アディは俯いて膝を抱えた。

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