第49話 絵面……、いやそうなんだけどさ?
「あ。カリス、戻っ――!?」
ガサリと、カリスが茂みを歩いた音を聞きつけたのだろう。ユニタスの声が森の外から聞こえた。
「しぃ……」
ぎょっとして駆け寄って来るユニタスに、カリスは足を止めて、人差し指を口許へ持っていく。
「いや、お前……。だって、アディを……、は? 子ども?」
「仕方ないだろう。こっちの方が、都合が良さそうだと笑われたものでね」
カリスは、ユニタスへ向けて、苦笑を浮かべ答える。抱えなおしたカリスの両腕にすっぽりと収まっているのは、ブカブカの服に埋もれるなにか。
七歳を過ぎたフォルマよりも小さく、服毒の時に現れた四歳の神童よりも大きい、寝息を立てている黒髪の子どもだった。
『今さらだけど、BLより絵面がマシでしょ。外聞的にもね。内面に合わせた外見と、ついでに相応の常識を学び直す良い機会よ。ちゃんと記憶が戻れば自然と大きくなると思うし、主に羞恥的な意味で、ね。ネタばらしにも、悶絶すれば良いんだわ』
宣言通りにせっせとカリスとアディを追い出しにかかった神童は、そう言ってアディに何かを施したのだ。
「笑われたって、誰にだよ……」
「神のお告げ、かな?」
カリスとしては腑に落ちたこともあるから、いつもながら神童に聞かされたことは一言で済ますなら助かった、だ。
だが、必要な情報だからとそれを誰かに言いふらすかとなれば、また別問題である。
――確か、プライバシーだったか。扱いを間違えたら嫌われかねないな。
カリスには二人のアディ、それぞれから言われた苦い過去がある。取り扱いに困る内容なだけに、ダンジョンでの事はしばらくは胸に秘すつもりだった。
「ユニタス。一つ言えるのは、この子は、間違いなくアディってことだよ」
「えぇ、どう見ても、幼児……。サバ読んでも、前期生くらい、か……?」
ユニタスは困惑した様子でジロジロとアディを見つめている。その当然のリアクションに、カリスは笑うだけだ。
――さっき騎士たちには、子どもがダンジョンに迷い混んだのではなく、魔法師団六番隊の守秘に関わるからと説明したが……。
ここに来る前、ダンジョンの入口の騎士たちも、カリスが子どもを保護して現れた図にはユニタス以上に困惑していたのだ。
口実にした六番隊はロブルが小隊長を務め、神童の未来視の内容を担当する部隊でもある。
――ユニタス相手には、どう説明したものかな。ユーストゥス、ウェルム、セレーヌス辺りは幼児化を一度見ているし、説明せずとも説得力はあるだろうが。
詳細を気にするメンバーと言えば、後はルナだ。フィデスもケレルも察することが出来る。
アディの長兄であるロブルは、思慮のある大人だ。アディ関しては、枷が外れる傾向があるが。それも現状次第としか言えない。
「……自白を強制させられないように、対策はしておこうかな」
「カリス。なに物騒なこと言っちゃってんの!? まさか、まだこれから変なことに巻き込まれる感じ!?」
「ああ、ユニタスは剣を持ってしばらく経つし、子守り手伝ってくれるよね?」
「子守り! 子守りってハッキリ言った! アディなんだよな!?」
「素直な良い子だよ。怒らせなければ、魔法も放たないだろうし」
寮の夜での出来事を思い出し、カリスは口にする。記憶が無く、アディが眠っていると例えた神童の口振りからすれば、今起きるのは、あのぼんやりとした危なっかしい子どものアディだろう。
「その見た目で魔法!? マジで、アディなのかよ……。なに、やらかしてんだよ、コイツはっ……!?」
「う、ぅん……」
「――っ!?」
「大きな声を出さないように、起きるだろう? 寝起きが良いかは知らないよ?」
みじろいだアディに、ユニタスがぎょっと後退りする。カリスはやれやれと笑い、ユニタスを窘めた。
――さすがに寝起きで不機嫌になられても、困るのだけどね。
『私が表に出れなくて帰れなかったのも、コアの権能を平然と使う今のアディのせいだからね? 嫌なことがあると多分、転移でここに帰ってくるから。
あ、外からの転移は、行き先ダンジョンにしか出来ないみたいだから安心してね。逆は、もう知ってると思うけど』
別れ際、思い出して付け加えるように言ったのは勿論、神童だ。逆はそれこそ世界を指す。
――そう、ほいほいと非常識を、さも常識のようには言わないでほしいものだ。
神童は当然のように無詠唱を使っていたが、普段のアディは出来ないと思い込んでいる節がある。同じ人間でもこうも違うのだ。
魔法はイメージとはよく言ったもので、意識の重要性をカリスはひしひしと感じていた。
「取り敢えず、近くの街で馬車の手配と、伝令を走らせよう。クストス兄弟には早く伝えてあげないと」
青ざめた顔でパクパクと口を開閉するユニタスに、カリスはそういつもの調子で提案する。
――小さい子どもの身体で、馬に乗せるのは酷だろうしな。
せっかく迎えに来て連れ戻せるのに、また転移ですぐに居なくなられては振り出しに戻ってしまう。なによりも――。
『あ、黒いのは、しばらく私が躾しといてあげるから。目下、離さないと悪影響だしね』
聖水で濡れ鼠になりぐったりとしたモンスターの幼竜、その首根っこを掴んで彼女は見送ってくれたのだった。
――ここに来るまで急いでもラグがある。その間に、もし……。
転移でダンジョンに戻ったアディが、またあの子どもの姿になったモンスターに執着を見せるのだけは、カリスは到底許せそうになかった。




