54 夜嵐3
淡々と杯を重ねても、どちらも酔う気配がない。
元々、職業意識の高い二人だ、自分の酒量くらい心得ていた。
「王はそんな風でもなかっただろう?」
稀人の存在を隠そうというなら、書庫の開放なんてしないはずだ。
「陛下はおそらく、大した資料がないのをご存知だったんだろう」
もしくは、最初からめぼしい資料は隠されていた可能性もある。
近年稀人が現れたことは無いといっていたが、それも怪しい。
彼らの存在がこれまでも隠されていたのなら、知っている者はごくわずかだ。
知らない者に、異世界からの来訪者が居ると話しても、まず信じないだろう。
隠すのにこうも好都合な人間はいない。
「…お前はどうするつもりだ?」
いつか、覚悟を問われたように、今度はスウガがヨルキエに尋ねた。
スウガはヨルキエの迷いを推察することしかできない。
だが、おおよそ合っていると自負していた。
ヨルキエは耳目の職務に誇りをもっていた。
というのも、彼は他の耳目とは違い、相家出身の耳目だからだ。
ウノ家では、当主の後継とは別に耳目の次代を育てる。
これは血統よりもその才気が問われ、ヨルキエも先代の耳目である叔父に見出された。
耳目は王に近しい分、ある意味、表舞台にたつ父や兄よりも影響力を持つ。
それが誇りだった。
だが、それが稀人の出現で揺らぎ始めている。
「…まだ、判断をつける気はないよ。情報が少なすぎる」
表情を変えずに、最後の酒を呷って席を立つ。
「陛下の本心はわからないが、今度の式典にカサネたちを引っ張り出したのには、別の意味があるように思う。スウガ、悪いが二人を頼むよ」
いわれるまでもない、とわずかに肩をすくめてスウガは了承した。
「また、どこか行くのか?」
「ああ、誰よりも先に情報を手に入れるのが耳目の仕事だ」
たとえそれが、主が隠そうとしていることでも。
カサネは残してきた二人が気がかりだったが、戻ろうとは思わなかった。
いまだ、スウガと目を合わせることが出来ないのだ。
「…なあ、スウガとなんかあったか?」
「…なんで?」
そう答えた時点で、なにかあったと認めたようなものだ。
しまった、と思いながらも、オウタが気付いたことが意外だった。
オウタは少し躊躇った後、口を開いた。
「スウガは俺たちを監視する立場だろ?
今まではわりと中立を貫いてたっていうか、肩入れしないように自分を抑えているような感じだったから、正直、何考えているのかわからないところがあったんだけど。
今日なんか、思いっきりお前の心配して危うくヨルキエと揉めるとこだったじゃないか。
腹くくったっていうか、雰囲気変わったな、と」
わずかな時間でよく見ているものだ、と感心する。
これも訓練とやらの成果だろうか。
カサネは、オウタがどんな教育を受けているのか詳しいことは知らない。
だが、短時間でこれだけ様変わりするのだから、相当に厳しいものだろうと推測できた。
「で?なんかあった?」
「…キスされた。しかも舌」
「あ、いいわその先は。いい、いい。聞きたくない」
何故かオウタの方が慌てている。
カサネだっていまだに混乱しているし、こんなことを兄に言いたくはないが、どうしていいかわからなかった。
「兄ぃ、私、やっぱり帰りたいって思ってる。チャンスがあれば、今すぐだって」
「…俺もだよ」
どれだけの時間が過ぎれば、ここで生きる覚悟が出来るのだろうか。
父母や友人や慣れ親しんだ環境より、慕わしい人を選ぶときがくるのだろうか。
その答えが出るまで、カサネは一歩も動けない。
スウガの目を正面から見ることが出来ない。
「…こっちの人も、私たちも、誰の記憶にも残らないで、元に戻れたらいいのに」
カサネには、その自分の呟きがやけに冷たく聞こえた。