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風になるまで  作者: 築島 利都
第一部
53/99

53 夜嵐2


「私たちが、何か役に立つの?」


不用心な問いかけだな、と自覚しつつも、カサネはそう言わずにはいられなかった。


自分が社交的な性格ではないのは分かっているし、礼儀作法も付け焼刃だ。

公の場に出るには、だいぶ不安がある。


オウタだって似たようなものだろう。

カサネよりいくらか専門的な教育を受けているとはいえ、まだひと月だ。


それがわかっているヨルキエも気乗りしない様子だった。



「…エツ国の王女殿下は、御歳二十歳。黒髪の、たおやかな体つきの女性だそうだ」



その言葉をかみ砕き、理解した時。

カサネが何か言うより先に、スウガが動いた。


椅子が倒れ、大きな音をたてる間に、スウガは隣に座るヨルキエの襟元を締め上げていた。


「スウガ!」


カサネは二人の間に体を無理矢理にねじこんで、止めようとした。

オウタも、スウガを羽交い絞めにして背後からひっぱっている。

それらも無視して、スウガは低くうめいた。


「カサネを身代わりにする気か…!」


やはり、と自分の想像が間違っていないことをカサネは知った。

カサネに期待された役割は、大国の王女の影武者だ。


怒りがおさまらない様子のスウガだったが、カサネが小さく首を振ると、舌打ちしつつもひとまず手をひいた。

だが、鋭い瞳はそのままだった。


「無理だ。この国の王太子妃になろうって方が、公に顔を出さないで済むか?

カサネの顔を売ってもしょうがないだろ」


「それはもちろんわかっているよ。

ただ、式典の間、いつ東側の連中が襲ってくるのかわからないのが問題なんだ」


ヨルキエは淡々と説明を続ける。

カサネには、彼も自分が理不尽なことを頼んでいる、とわかっているように見えた。

それでも、この王命を伝えるのが、彼の仕事なのだ。


「いくら手引きの者がいるとはいえ、当日までに王女殿下の人相まで知るのは難しいはずだ。

何かが起きたその時、連中が混乱する要素が一つでも多くあったほうが、王女殿下の安全は確実になる」


「その一つが私、というわけね…」


王女の容姿について、おおまかな特徴と背格好くらいしか知らない者が、乗り込んできた先に自分が居れば…。


それ以上の想像はしたくなかった。

カサネは荒事と血の記憶が甦りそうなところを、慌ててふたをした。


「…納得はしていないけど、その場合、俺には何をさせるつもりなんだ?」


オウタも厳しい顔をしている。

久々にまともに顔を合わせた兄は、どこか以前とは違ってみえた。

いくらか頬のラインがこけたようで、少年ぽさが完全に消えていた。



「カサネの護衛だよ。

王女殿下は今回、自国の騎士同伴での来訪だ。エツ国では黒髪は珍しくないからね。

オウタもその騎士の一人に見えるよう、拵えるつもりだ」


「それじゃ完全にカサネが囮じゃないか!」


「式典で、王女殿下のご挨拶が始まるまでは、はっきりとどの方が王女、と明言しないだけだ。さすがに壇上にあがられてはごまかし様がないからね。

ただ、カサネ一人に身代わりの役目を負わせる気はないよ。

エツ国からも、王女殿下のお従妹にあたる姫君がご一緒される。さすがお血筋が近いだけあって、よく似ておられるそうだよ」


そこでわずかに皆の緊張がゆるんだ。

本命の影武者がいるのなら、明らかに物なれない様子のカサネなど、まともに囮の役目は果たさないだろう。


「だったら、別に居なくてもいいんじゃないの?」


「一応ね、我が国でも最大級の警備をした、という誠意を見せなければいけないのさ。

…すまないね、カサネ、オウタ。不快ではあると思うが、引き受けてくれ。王のご意向だ」


ヨルキエは心底申し訳ない、という風だったが、それでも王命である以上、これはお願いではなくて決定事項だった。

あとは二人が、協力的に役目を果たすか否かの違いだけだった。


「わかりました。当然、私たちの身の安全の保障も、できる限りのことはしてくれるんだよね?」


「ああ、もちろん。スウガも騎士の一人として警護につけよう。他にも精鋭を配置する。約束するよ」


ヨルキエはようやく、わずかな笑みを浮かべた。



だが、スウガは苦い顔を崩さないまま無言だった。

それを気にしつつも声はかけず、カサネはわかった、と了解だけ伝えた。


すでに日付は変わっていた。夜も遅い。

まだ話がある、という二人を残して、カサネはオウタと一緒に用人棟の部屋へ先に戻った。




残された二人は、さらに追加した酒を、ただ飲んでいた。

スウガが不機嫌ながら、黙っていたのは、ヨルキエがここ一月で調べたことをきくためだ。


「で?あいつらについて、何かわかったのか?」


「いや、まったく」


腹が立つほどあっさりとした答えに、まず呆れのほうが先にたった。


「なんだって?今までなにやってたんだ?」


「稀人の情報をもとめて、思いつく限りのことはしたよ。

それでも何も得られなかった。これがどういうことかわかるかい?」


王都の情報網を全て使い、同じ耳目だった叔父にも話をきいた。

だが王に聞いた程度のこと以外、何もわからないのだ。

ヨルキエは悟った。



「彼ら稀人の存在は、意図的に隠されている。それこそ、王以外知り得ないほどにね」
















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