20 戦い4
それは突然きた。
「・・・っひ、・・・げ、ほっ・・・ひっ・・・」
過呼吸だ。
幼い頃には何度か経験した。
息がうまく吸えない。
喉元に両手をあて、目を見開いてもがくカサネの異変に、男たちは慌てた。
依頼は生きたまま依頼主に届けることだ。
死体に報酬は出ない。
「お、おい!誰か毒使ったのか?!」
少しの切り傷でも確実に殺せるように、即効性の毒を刃に塗るのは、よくやる手だった。
「いや、万が一そいつに当たったらまずい、って使ってねえ」
「俺もだ」
口々に身の潔白をいいつのる賊たち。
そうしている間にも、カサネの呼吸はますます乱れ、地面を転がるようにしてのた打ち回りはじめる。
苦しい。死んでしまう。
朦朧とする意識の中、カサネはぼんやりと死を意識した。
それもいいかもしれない。こんな見慣れない世界に一人残されるくらいなら。
「まさか、自害用の毒でも仕込んでたのか、こいつ」
一人がつぶやくと、すぐさま賊の頭がカサネの口の中に手をつっこんだ。
饐えたにおいのする無遠慮な指の動きに、カサネは苦しげにうめいた。
それでも過呼吸はおさまらない。
「ちがうな、歯には何も仕込んじゃいねえ。病持ちか?」
何を尋ねているのだろうか。
視界もかすみ、半ば正気を失った状態では返事のしようもない。
苛立った頭が、カサネの前髪をつかんで上体を引きずり上げた。
「おい!持病なら薬でも持ってねえのか」
元々気の短い男なのだろう、気分のままカサネの頬を張った。
だが、カサネは正気づくどころか、ますます瞳の色を暗くするばかりだ。
そのとき。
円形にカサネを囲んでいた賊の一人が、声もなく倒れた。
誰もが一瞬、この獲物の少女と同じ病気かと、流感なのかという疑いが脳裏によぎった。
その一瞬こそが命取りとなった。
次いで、頭のすぐ傍にいた男が倒れた。
今度は、見えた。
絶命した男の背には深々と、長弓の矢が刺さっていた。
「ちくしょう!敵襲だ!!」
一人が叫び、四方を見回した。
途端、茂みから男が一人飛び出してきた。
つい先ほど、賊の頭が切り捨てたはずの、男たち。その一人だった。
商人風の、隊商の主らしい姿。ヨルキエだった。
「お前、生きてやがったのか」
相手の獲物が大振りとはいえ短剣とわかったせいか、賊は余裕を見せた。
「馬上の戦いは慣れていないんでね。大げさに切られた振りをして見逃してもらった。落馬はさすがにきつくて、しばらく動けなかったけどね」
正義の味方、としてはやや軽薄な笑みを浮かべ、ヨルキエは短刀をかざしてみせた。