12 旅へ2
それからの準備、といっても二人にはなにもなかった。せいぜい、手持ちの金を使っていいか確認して、着替えの服を一組と下着を何枚か購入するくらいだ。
日本では昔は女性の下着はなかったらしいので戦々恐々していたのだが、ちゃんとこちらにはあった。
しかしそれはよく知った形ではなかったが。幅広の帯のようなものをパンツに似せた形に巻いて端を折り込み付属の紐を結わえる。どちらかというとふんどしに近いのではないか、と少し滅入った。
「でなきゃひもぱんか・・・」
女だとあかして食堂のおばちゃんに教えてもらったが、まだ少し顔が赤い。オウタにきけば男物はもう少し複雑なようだった。
旅の食料や道具類はスウガ達のほうで用意してあるそうだ。
ここは宿場町であるから、当然街道沿いにある。街道をいけば旅は楽だし、山を越えるあたりぐらいしか野宿はないだろうということで、荷物は少なかった。
お世辞にもアウトドア派とはいえない二人にはありがたい話だ。
着替えは全て男物にした。髪が短いから女物が似合わないこともあるが、旅の危険を考えればこれでいいはずだ。
「それにしても、なんの一行に見えるのかな私たち」
かなり身分が高いらしいヨルキエの手形によって、カサネたちは何も聞かれずに町の関所を抜けることができたが、そのときの兵士の視線はぶしつけだった。
物腰の優雅な商人風の衣服の男、顔見知りの部隊長、美形の兄弟。確かに怪しい。
「さあな。お前たちは見ていても身分がわからないから余計不審だろう」
スウガはひとの視線はあまり気にしない性質らしく、にやにやしている。
カサネとオウタは庶民のいでたちをしていたが、こちらで言うところの生活感がない。それで、まるでいい家の子弟がお忍びで庶民の服を身に着けているような、ちぐはぐな印象をうけるのだそうだ。
「目立たないようにしたつもりなんだけどなあ」
「だったらもう少しましな服着たほうがいいかもな。ここらじゃちょっと見ない美形だし、世間知らずだ。金持ちぶってたほうがさまになる」
「そんな余裕ありませんー」
旅の必需品はスウガらが準備したが、着替えなどの代金は古着を売った金でまかなった。だからそうそう贅沢はできない。
するとヨルキエが面白そうに目を輝かせた。
「それなら次の町で私が見立ててあげよう。ただし意見は聞き入れないがね」
その『ただし』以降が気になって丁重に断った。彼は趣味がいいが、やや派手好みなようだったので。
旅の初日は半日歩いて川辺の町についた。
ヨルキエが足止めされたのはこの河だろう。いまはすでに水量もさがり、いくつもの小船が客をのせて動いていた。
「私の国でも昔あったらしいけど、川に橋をかけてはいけない決まりでもあるの?」
カサネは日の光を反射して眩しい川面を細目で見て尋ねた。きらきら輝く光を受けて、カサネ自身も光っているような気分だ。
珍しく楽しそうな感情を無防備に出している姿は人目をひくようで、周囲の旅人もちらちらと目をむけていた。
厄介事になる前に、と牽制の意味を込めてスウガはカサネの傍近くに立った。長身で細身だが鍛えられた体を持つ彼には別の意味で賞賛のような視線が注がれたが。
「この河は増水しやすい。氾濫もあるから橋はかけにくいんだ。もっとももう少し上流に流れの穏やかなところがあるからそこに橋はかかっている。だがな、そこまで行って渡ると遠回りになるからここで船をつかったほうが早いのさ」
王都の位置は南東。川は北から南へと大陸の東寄りに流れている。
橋があるのは東から西へ抜ける街道ではなく、北から南東へ抜ける街道上の町だ。ここからだと更に半日時間がかかる。
中央にある山脈とともに、この河は大陸の交通を不便にするものだった。
「君の国には橋を架けてはいけない決まりがあったのかい?」
ヨルキエは興味をひかれた。
オウタがうろ覚えの知識を披露する。
「三百年くらい昔の話だよ。あ、昨日読んだ物語と同じ時代。その頃は国内の反乱をふせぐためにいろんな法律があったんだ。架橋の禁止もそのためだし、各地の役人の家族を人質がわりに都に集めたり、城の建設を禁じたり」
「ふうん。なかなかユニークだね。確かに中央に権力を集める分には効果的かもな。ただしこの国でそれをやろうとしても無理だけどね」
「どうして?」
聞くともなしにきいていたカサネが尋ねた。
「この大陸は中央で縦に分断されるような形をしているからね。交通の便が非常に悪い。もともとは二つの国だったくらいだから。で、その数少ない交通の要所をふさぐ様なまねをしては、領主たちはおろか、民だって黙ってはいられないさ」
江戸時代の人々だって黙って従ったわけではないだろうが、実際のところはどうだかわからない。ただ、この国が王というなじみのない存在によって治められているわりに、政治の仕組みは民主的なのかもしれない、と思う。
天皇のような象徴とまではいかなくとも、絶対王政ではないらしい。
「もともとは二つの国だったって、いつのこと?」
「百五十年くらい前まで。当時の西側が宣戦布告して開戦、勝利。東側を吸収したのさ」
「だから王都は西にあるんだ」
「統一以前と同じ場所だからね」
ふと、スウガやヨルキエの容姿に考えをめぐらせた。
今朝出てきたサガルの町では自分たちは背が高くすらりとしたほうだった。そして皆暗い色の髪と目をしていた。それが東側の特徴なのだろうか。
ヨルキエのような明るい髪色は西側にいけばたくさんみられるのかもしれない。
スウガも明るい赤茶の髪だし、背の高さは図抜けている。
いまだに身体の特徴はのこっているのかもしれない。なんといってもまだ百五十年だそうだから。
「そろそろ渡し舟もすいてきたな。行くか」
スウガの言葉に従い、四人は先に進んだ。