⑫黒瀬さんが絶対に言わなそうなこと
いつもと少し時間をずらして部屋から出たのに夏帆と鉢合わせしてしまった
「お、おはよう」
「お、お、お、おはよう。今日もか、可愛いな」
「そ、そんなことないけど」
そうきたかぁー!
冷たくされるとか、全く意に介していないように普通に話しかけてくるとか色んなパターンを想像してたけど、めちゃキョドってるじゃん!もう昨日の一件でそのキャラ無理だよ!初期藍ちゃんが捨てた内気キャラの枠が余ってるからそっちにしなよ
「き、昨日はごめんね」
「わ、私こそいきなりあんなことしてごめん」
謝られちゃったよ
どういうこと?もしかして私を失望させたと思っちゃってる?昨日の私って夏帆を夜這いしようとしたけど、直前で彼女がなんか思ってたキャラと違ったから帰った女ってことになってる?違うんだよー!
夏帆からは何も出てこなかったんだから昨日の真相は話せるハズだ
…ハズなんだけど
夏帆は内通者じゃなくてキス犯じゃないのかって思っちゃってるんだよね
だから言うとしたら食堂に向かう道中じゃなくて、部屋で二人きりの方が良い
みんなに会うと夏帆はいつもの調子に戻ったが、まだ照れているのか私とは目を合わせてくれなかった
昼食後、中庭での『ナゾ解き部』定例会議
藍ちゃんと玲子さんに夏帆はシロだったことは伝えた。色々あったことは伏せた
ていうか言えなかった。
「まぁある意味前進したと言えるわ。これで容疑者は絞れた」
「うん、そうだね」
あとは黒瀬さんか…
昨日の二の舞は絶対にしないぞ
そもそも黒瀬さんとはそんなこと出来る関係性はないし、あんなバカな作戦は使えない
「そっちはどうだったの?」
「こっちは進捗ナシね。メイドさんは食事の時以外はほとんど表に出てこないから調べるのが難しいの」
「そっか」
「ただ、綾世さんだけを働かせるつもりはないわ。いざとなったら奥の手を使うつもり」
玲子さんが言う奥の手がなにか聞こうとしたが、藍ちゃんが余計な一言を挟んだ
「そういえば夏帆さんとなにかあったの?」
「な、なんで?」
「二人とも様子がおかしかったよ。なんというかかお互いに余所余所しくなったような…」
藍ちゃーーん!
急に鋭くなるのやめてよ!
そう思うのなら言わないのも優しさだと思うよ!
「まさか喧嘩したとか?」
玲子さんも喰いついてきたので、観念して昨日の夜這い未遂事件のことを二人に話した
「本当に付き合ってなかったの?」
「他にかける言葉ないの?」
まさかこんな形で疑惑が晴れるとは…
一個問題が解決する度に一個問題が起こったら意味ないんだよね
しかも私的には今の問題の方が重大
「夏帆はシロだったんだから私達が施設を探っていることを言っていいよね?」
今日また夏帆の部屋に行って、今回の件を起こした理由を話してちゃんと謝ろう
キス犯かどうなのか聞くのはそのあとだ
「悪いけどそれはダメね」
「なんで?」
「夏帆さんのその反応を見て綾世さんはどう思った?」
「…正直言って可愛いとは思ったよ」
「ごちそうさま。でも違うわ」
そこまで言って玲子さんは藍ちゃんに目線を送った
藍ちゃんは分かっているという風に頷き、口を開いた
「夏帆さんがキス犯だよ」
「……………」
考えていたことを完璧に当てられて言葉が出てこなくなった
私はちょっと二人を甘く見ていたようだ
「キス犯は施設と繋がっているかもしれない、だから言っちゃダメだよ」
「施設がショーを盛り上げる目的で夏帆に指示を出して私にキスしたかもしれないってこと?断言するけど夏帆はそんなこと出来ないよ」
「自分からするキスと、人にされるキスは勝手が違うでしょ」
最後の玲子さんの台詞にはちょっとイラっときた
「でしょ」って言われても知らねーよ!
恋愛強者みたいにマウント取ってくんな!お前のカノジョ一回私に惚れてんだからな!
所持ポイント:140p
多数決で負けた私は、夏帆に真実を伝える前に黒瀬さんを調べることになった
ベットで思いつくアイディアはろくでもないものが多いため、今回は部屋の中をぐるぐる回って考えた
で、思いついた。私はスマホを取り出し、目的のモノを探した。
これなら良いかも
しばらく考えてから購入ボタンを押す
また全財産使ってしまったけど、これだ!って思ったモノがこれしかなかったからしょうがない
所持ポイント:0p
ここまでしてから不安になってきた。購入ボタン押してから不安になるのはネットショップあるあるだ
まぁ大丈夫だろ、出来るだけ黒瀬さんが好きそうなのを選んだし、万が一受け取って貰えなかったとしても夏帆みたいな感じに気まずくなることはないだろう
トントン!
無機質なノックの音
夏帆ならもっと明るいノックだと思うけど、今の彼女ならこんなノックもありえるかも
昨日の真意を聞かれたらなんて答えよう…
心配は杞憂だった。ドアを開けるとそこにはメイドさんが無表情で立っていた
「ご注文の商品です」
「あ、早いっすね」
「就寝時間前ですから」
そう言ってメイドさんは頼んだ商品を片手でひょいと渡してきた
なんかめんどくさそうだな。メイド服着てる人の態度じゃなくない?
「それ、綾世様には似合わないと思いますが」
「余計なお世話はいらないし、これ私用じゃないから」
「ではどなた様に?」
「それも余計なお世話」
配達評価☆1のメイドは配達を終えた筈なのに帰らない
「なに?」
「綾世様に手紙が届いています」
「手紙?」
そう言ってメイドさんは私が両手で持っている商品の上に手紙を置いて帰って行った
誰からだろ?早速開けてみると中は中学の時の後輩からの手紙だった
内容は私が施設で元気に過ごしているか案じているもので、最後にはちゃんと野菜を食べるように書いてあった。
おかんかよ。卒業してからもお節介なヤツだな
でも嬉しい。私の近況は親から聞いたのかな?後で返事を書こうか、たしか手紙は20Pだったっけ
ちょっとだけ地元に思いを馳せたが、今は目の前のミッションに集中しないといけない
私は商品を持って黒瀬さんの部屋に向かった。
「…貴女が訪ねてくるとは思ってなかった。なにかあった?」
「なにかあったワケじゃないんだけど…」
まさか「施設の内通者ですか?」とは聞けないよな
「…それなに?」
私が持っている包みに気づいた黒瀬さんはそれを指さした
興味を持ってくれたのは都合が良い、私はメイドさんの100倍丁寧にそれを彼女に渡した
「…これを私に?」
「うん、いらなかったら捨てても良いよ」
「…そんなこと絶対しない」
贈ったのは淡い水色のワンピースだ
黒瀬さんはいつも暗い色の服を着ていたからこういうのもどうかなって思って選んだ
実際、幸薄目系美少女の彼女には似合うと思う
気に入らなくて受け取って貰えない不安があったけど、包みを開いた彼女の表情からは喜びの感情がはっきりと読み取れた
「…ありがとう大事にする」
「う、うん」
黒瀬さんは子供が親に初めて買ってもらったぬいぐるみのように服を愛おしそうに抱きしめた
…喜びすぎじゃね?
その瞬間、綾坂綾世の脳内から失われた記憶が蘇った
過去でも未来でも異世界でもない、ゲームの記憶だ
攻略対象キャラに当たりアイテムを渡して好感度が爆上がりした時の反応だ
…私またなんかやっちゃいました?
服を渡せば黒瀬さんが元々着ている服を調べられるって作戦だったんだけど、まさか服が当たりアイテムだとは思わないじゃん!不思議系美少女なんだから水晶のドクロとかで喜べよ!
「…どうして私にくれるの?」
その答えも持ち合わせてなかったよ
私のバカー!作戦をよく練ってなくて後悔したのは昨日やったばっかだろー!
「黒瀬さんに似合うと思ったから」
「…明日、着てみる」
一瞬『黒瀬さんともっと仲良くなりたくて』って言おうとしたけど、流石にその選択肢は選ばなかった
誰か助けて!私の口が勝手に女を口説こうとする!昨日の事件で夏帆のキャラが乗り移った?どうにかして返したい
「うん、楽しみにしてる。じゃ、またね」
軽く手を振ってから黒瀬さんの部屋から出てドアを閉めた
そこで気づいた。ここで帰っちゃ意味ないだろ
彼女の服になにか仕掛けがないか調べる為に服をプレゼントしたんだろ?このまま帰ったら黒瀬ルートを進めただけで終わる。なにも調べられてないじゃないか、つくづく自分は考えが甘い
「きゃ!」
焦ってドアを開けたのでノックをするのを忘れてしまった
眼前には下着姿の黒瀬さんが見えた。一度着てみようと思ったのか、彼女はさっきあげた水色のワンピースを手に持っていた。ラッキースケベかよ!しかしこれは好機!
私は間を開けずに彼女の足元にある脱いだばかりの黒色のワンピースに向かって突進する
「ちょ、ちょっと待って!」
普段の黒瀬さんからは想像も出来ない緊張した声
そりゃ私が必死な形相で腰を落として突っ込んできたらそんな声も出るよね。どうみても後ろのベットにタックルして押し倒すつもりにしか見えない
好機は続く、黒瀬さんは私と全く同じ想像をしたのか数歩後ずさった
その隙に床に置いてあった彼女の服に覆いかぶさるようにして滑り込み、服を掴んだ
「「……………」」
立ち上がって黒瀬さんとコンマ1秒見つめ合った後、私は彼女に背を向けて逃げた
ここで私の幸運は尽きた
「な、なんで持ってくのぉぉぉッ!」
黒瀬さんは下着姿のままパクられようとしている服の袖を掴んで阻止してきた
いつものクールな様子は欠片もない
「も、もしかしていつもの私の服が気に入らないから新しい服をプレゼントしてくれた?」
違う、違うけどなんて答えれば良いんだ
作戦がパワー頼り過ぎる。答えをいつも想定してないよ
「違う!黒瀬さんになりたいからこの服が欲しいの!」
我ながら今までで一番、意味不明な返答だと思った
当然、納得はしてもらえず、黒瀬さんは袖を更に強く引っ張ってきた
「じゃあ明日、洗うから!それから渡す!」
「だ、大丈夫だよ。気にしない」
「私が気にするの!」
私も一応女だからその気持ちは分かる
一日着た服を他人に渡すのは無理だよね
「きゃ!」
急に綱引きを止めたから黒瀬さんは反動でベットに倒れこむ
その間に私は自分の服を脱いだ
ここで誰か入ってきたら死ねる…
「じゃあ服交換しよう。これでお互い恥ずかしいのは一緒だ」
「サッカー選手か!どうして恥ずかしくなる必要があるの!?」
黒瀬さんってツッコミ出来るんだ
今日は彼女の色んな面が見れたな…って感傷に浸ってる場合じゃない
私の服を彼女の前に差し出したが、さっきのプレゼントと違って全然受け取ってくれる気配がない、自分の服を固く抱いているだけだ
これは無理か、諦めようとしたが私の女殺しの口が勝手に喋りだした
「黒瀬さんは優しいし可愛いしカッコいいし私の憧れなんだよ。だから私は黒瀬さんになりたい」
「…私はそんな人間じゃない、むしろ私の方が綾世さんに憧れている」
「え、なんで?」
「…今のは忘れて」
私に憧れる要素はないと思うんだが、どうやら説得は通じたらしい。黒瀬さんは自分の腕で身体を隠しながら服を渡してくれた
その服を素早く着る。下着姿で居るのは羞恥心の限界だったからだ
黒瀬さんもそうだったのか私の服を着始めた
いやいやいや、黒瀬さんはさっき着ようとしてた水色のワンピースを着れば良いじゃん。律儀に恥ずかしさを共有するな。
彼女が私の服を着た瞬間にめちゃくちゃむせだしたら永遠に立ち直れないと思い、彼女が襟から顔を出す前に急いで部屋から出た。
「あ、綾世…」
ここで会うのかよ
私の部屋の前で夏帆と会ってしまった
なにか用があったらしい、昨日の件だろうけど
「ノックしても反応なかったから寝てるのかと思ったけど、黒瀬の部屋に居たのか」
そういって夏帆は私が着ている黒瀬さんの服をチラっと見た
絶対、誤解されてる。下着のまま黒瀬さんの部屋から飛び出せば良かったか?いや、それはもっとマズいな
「こ、これは色々あって」
「色々ね…まぁこれで良かった」
「これで良かったって?」
「こっちのハナシ、じゃ、おやすみ~」
朝とは違った種類の余所余所しさを感じた
こっちのハナシってなんだよ
「ねぇ」
「えっ!?」
自室に戻ろうとした所、夏帆に袖を引っ張られた
この服、袖引っ張られ過ぎ
「昨日のこと怒ってる?」
「なんで私が怒るの?」
「そっか、じゃ、今度こそおやすみ~」
夏帆は最後に笑顔を見せたが、それはいつものニカっとした笑みではなく、取ってつけたような作り笑いを浮かべていた。
これ…夏帆を夜這いしようとしたけど、直前で彼女がなんか思ってたキャラと違ったから翌日、黒瀬さんに乗り換えた女って思われてるよね…最悪だ
深夜、最悪な女改め、変態な女は黒瀬さんの服を隈なく調べたがなにも怪しいモノは出てこなかった
綱引きしてた時点でなんとかなく気づいてたけど…
「…フッ替え玉追加」
もう一度、黒瀬さんの服を着てみて鏡の前で黒瀬さんが絶対に言わなそうなことをモノマネしてから寝た。
お読み頂きありがとうございます!感謝感激です!!
ブクマと評価して頂けたら100メートルくらい飛び上がって喜びますのでどうかよろしくお願いいたします!!




