18:幸せにするために
アルテナが護衛と合流して寄宿舎へ帰るのを見送ると、マイルズは急いで家へ帰り手紙を開いた。愛するアリーの筆跡と同じ美しい文字で綴られた告白は、マイルズに改めて大きな喜びを運んだ。
そしてその最後に書かれていた署名を見て、マイルズはようやくアルテナが隣国の公爵令嬢だと知った。
(家名を書いてくれたんだから、今回はご実家との関係は悪くないんだろうな。サーエスト公爵……どんな人なんだろう)
マイルズの一番の願いは、今度こそアルテナが幸せな人生を送れるようにする事だ。そのためには、アルテナの家族に自身を認めてもらわなければならない。
けれど相手が公爵なら、それは苦難の道だろう。下位の貴族家なら、商売を通じて何らかの功績を挙げて爵位を得れば堂々と結婚を申し込めるだろうが、公爵家に見合う爵位を得るなど到底無理な話だと思える。
ではどうすればアルテナの父に認めてもらえるのか。それを探るべく、マイルズは動き出す。
そしてそれと同時に、アルテナがどの程度平民の暮らしを許容出来るのかも確かめようとマイルズは考えた。
その結果、アルテナについてはそこまで心配はいらないのだとすぐに分かった。下町の様子や庶民の味、もうすぐ引っ越す事にはなるが古びた家など、どれを体験してもアルテナは常に笑顔だ。
そればかりか、あっという間に弟妹とも仲良くなってしまった。そんなアルテナを見て両親も安心してくれた。
前回と違って令嬢のままなのに、これほど馴染んでしまった事は驚きだったが、マイルズにとっても喜ばしい事だった。
そして公爵家の方も、マイルズにとっては都合のいい状態だった。
グラナダの様子を知るために親しくなっていた商人に尋ねると、サーエスト公爵には昔から贔屓にしてもらっていると話してくれた。まさかこんな近くにアルテナを知る者がいるとは思わず脱力しかけたが、おかげで詳しい現状を聞く事が出来た。
どうやら公爵はこの所、財布の紐が固いらしい。何らかの負債を抱えているようで、それを解決するためにアルテナを政略結婚させようとも考えているようだ。
幸いにもマイルズは、アリー探しの傍らでかなりの財を築いている。その金を使って公爵の信頼を得る事が出来れば、アルテナとの結婚を認めてもらえるだろう。
行先に光が見えたとマイルズは安堵したのだが。この公爵の考えにアルテナは焦りを感じたようで、建国祭の日には強引に部屋で二人きりにされてしまった。これにはさすがに驚いたが、アルテナがそれほどまでに結婚を望んでくれているのだと知れたのは嬉しかった。
正当な手段でアルテナを手に入れたいのだと説得し、公爵に自身を売り込みたいと話すと、アルテナは快く紹介状を書いてくれた。
そうしてマイルズは、初めてグラナダ王国を訪れた。同行するのは、アリー探しで世話になった探偵だ。アルテナの紹介で共に動く事になり、彼までアルテナと知り合いだったのかとマイルズは思わず苦笑してしまった。
とはいえ探偵の腕はなかなかのもので、程なくして負債の原因を突き止める事が出来た。そこから先はマイルズの仕事だ。
きな臭い部分もあったために、公爵に金を用立てするという正攻法だけでなく、娼館を探る際に世話になった荒事専門の探偵や商人の繋がりなど、アリー探しで作り上げた全ての伝手をマイルズは使った。
公爵家を襲った陰謀に、グラナダの王太子まで関わっていると分かった時には肝を冷やしたが、これにはさすがと言うべきかサーエスト公爵自身が力強く動いてくれた。マイルズの働きには公爵も満足してくれたようで、無事に気に入ってもらう事が出来た。
公爵と協力して悪事の真相を暴き出し、ようやく全ての問題が片付いたのは、アルテナが卒業する頃だった。マイルズは一度オルレアへ戻りアルテナに求婚すると、今度はアルテナを連れて再びグラナダ王国へ向かった。
「マイルズ君、約束通り娘を連れ帰ってくれてありがとう」
アルテナの意思を確認した公爵は、結婚を正式に許してくれた。その事に安堵していると、公爵は思いがけない話を始めた。
「実は、不思議な夢を見てね」
公爵は以前から、度々悪夢に襲われていたとアルテナに語った。その内容は、グラナダの王太子から婚約破棄されたアルテナを勘当した結果、アルテナが行方不明になるというものだ。
それを聞いて、マイルズはある事に思い至った。
(もしかして一度目にアリーに起きたことって、これなんじゃないか?)
前の人生で、グラナダの愚王と呼ばれたのが今の王太子だ。その愚王は真実の愛を掴むために、悪の令嬢との婚約を破棄して王妃を娶ったという話を聞いた事があった。
結局は愚王と王妃が国を食い潰し王弟に成敗されるのだから、悪の令嬢など実際は存在しなかったのだろうとマイルズは思っていた。
しかしその悪とされた令嬢がアリーだったのなら。公爵が夢に見たという行方不明事件が娼館に来た原因になるし、家を追い出されたのなら帰りたいと言わなかった事も理解出来る。
公爵も二度目の人生をやり直しているのかは分からないが、その悪夢が全くの無関係とも思えない。
そこまで考えて、マイルズはハッとした。
(まさかアルテナも、前の記憶があるんじゃ……)
今回もアルテナは、グラナダの王太子から婚約を申し込まれていたそうだが、それを断ってオルレアに留学していたと聞いている。
そして半年前の建国祭の日。アルテナは、前回マイルズが送ったガラスの腕輪と同じ品を露店で発見し、じっと見つめていた。
マイルズもそれに懐かしさを感じてアルテナに贈ってしまったが、もしあれが記憶があるからだとしたら。
(……いや、考えても仕方ない。それにどうやって確認するというんだ)
人探し専門の探偵と知り合いだった事や、今回初めて出会った際に店を窺っていた事など気になる部分はたくさんある。けれどそれを確認して、頭がおかしくなったと思われても困る。
それに大切な事は、一度目の記憶があるかどうかではないともマイルズは思った。
(記憶があってもなくても、彼女を好きなことは変わらない。アリーだった彼女も今のアルテナも、どちらも僕にとって大事な女性だ。そして僕がすることも、何も変わらない)
記憶があったとして、前の人生は幸せだったのかと尋ねてみても何の意味もない。今はただ、目の前にいるアルテナを今度こそ幸せにしたいだけだ。
声を失わず体も丈夫なままのアルテナとなら、これから先様々な事が出来るだろう。前の人生では出来なかった事をたくさんしてあげたいし、共にしたい。
マイルズはただそれだけを考えて、微笑み合うアルテナと公爵を見つめた。




