さよならしたい
あらすじが第0話みたいな感じです。
誤字脱字等ありましたらご報告して頂けると助かります。
穏やかで優しい音楽の流れる空間の中、身なりの良い人間達が談笑しながら夕食に舌鼓を打っている。ここは王都でも有数の料理店。高位の貴族達もお忍びでやってくると噂の店だ。
決心をしようと深く息を吸い込むと、何処からか華やかで落ち着く香りが鼻腔に飛び込んできた。張り詰めていた心から、少しだけ力が抜けていく。きっと、こういった部分もこの店が評価されている理由なのだろう。
僕――冒険者エドワードは、吸い込んだ空気をゆっくりと吐き出す。
言わなければならない。こんな言葉を一緒に冒険してきた仲間に言いたくはなかったが、もう引き返せない所まで来ている。
「ケイン、君には今夜限りでパーティを抜けてもらいたい」
決定的な言葉で、テーブルの空気が凍り付く。
隣に座る『神官』のアンも、その隣に座る『剣豪』のリリアも、まさか僕がこのタイミングでケインのパーティ追放を口に出すとは思っていなかったようだ。アンは息を飲んだ顔で停止しており、リリアはステーキで頬を膨らませたまま固まっている。
そして――問題の人物、『付与師』のケインはというと、これまた唖然といった表情で僕を凝視していた。
「つ、追放ってことか!? な、なんでっ……!」
「どうしてこうなったのか、理由は分かるか?」
「分からないから聞いてるんだろうが! なんで俺が追放されなきゃならない!」
「ケイン、少し声を抑えてくれ。周りに迷惑がかかる」
やはりというべきか、彼は自分が追放される理由が思い浮かばないようだった。そういった部分も追放に繋がった一因だというのに、だ。
それも今更だろうか、と思いながら話を続ける。
「君は最近、僕達の力に……僕達と息を合わているという認識を持っているか?」
「も、持っているに決まってる。俺の付与魔術のおかげで前より迷宮の奥に進めてるじゃないか。危険な場所だって俺が先行して見付けて、魔物への弱体魔術だって……やれやれ、俺がいなきゃ誰がやるんだ?」
「そうじゃない、そうじゃないんだ。正直を言えば、今の君は邪魔でしかない」
「な、なんだって!?」
また声量が戻ってしまった元パーティメンバーに、うんざりした思いが込み上げてくる。
このケインという男は、僕達三人と同郷の幼馴染だった。
アンを除き、全員が両親は農民。貧しくも自然に恵まれた環境で育ち、優しい両親の愛情を受け、十五になるまで仲良く……ケインを除くが、仲良くやってきた。そういった間柄だ。
最初に天真爛漫なリリアが神殿暮らしのアンと仲良くなって、次に引っ込み思案だった僕の手を取ってくれた。今の僕達がこうして冒険者なんて稼業をやっているのも、リリアが「冒険者って毎日お肉食べられるんだって。エドワードも冒険者好きでしょ?」なんて言い出したのが始まりだったりする。
そんなリリアなのだが、ケインの手は取らなかった。いや、一度は取りはしたようなのだが、不穏な気配を感じてすぐに手を引っ込めたそうだ。
今だから思うが、残念ながら当然だったのだろう。旅立ちの日に「同じ故郷の人間で、同じく冒険者志望だから」なんて浅い考えでパーティを組むべきではなかった。悔やんでも悔やみきれない。
「付与師だから戦力になってないとでも言うのか? なら俺にももっと攻撃させろよ。お前達ばかりが前に出てるんだから、戦果もレベルも伸ばしやすいのは当たり前なんだが?」
「君が前衛としてある程度動けるのは知っている。でも、そうしてもらう必要はない。僕とリリアで十分だ」
「それは俺の付与魔術のおかげなんだが? お前とリリアが強敵と戦えているのも、アンが十分な回復魔術を使えるのも……やれやれ、俺が周囲に気を配っているからなんだぜ?」
「必要ないと言った。次から君は居ないから、もう言う必要はないのかもしれないが……」
「はぁ? もしかしてお前、自分達が強いとでも勘違いしてるのか?」
「僕達の強さは、僕達自身が一番よく分かっている」
僕は、自分の実力を過大評価していない。アンもリリアもそうだ。自分達の最大値を低めに考え、それを超える事態には絶対に陥らないように気を付けている。少し踏み外せば命の危険と隣り合わせになる冒険者にとって、絶対に持ってなければならない感覚だからだ。
しかし、ケインは違った。付与魔術は対象の身体能力や魔術の強度を意のままに操れるからと、僕達の考える危険への水準を平気で超えようとしてくる。この依頼の方が実入りが良いと、俺の魔術があればまだ迷宮の奥へと進めると、そんなことばかりを提案してくる。
確かに、ケインの付与魔術は強力だ。他の付与師と比較しても、効果だけを見れば頭一つ抜きんでている。他には罠への造詣や鍵開けといった技能を持ち、軽い近接戦闘までこなせる。
だが、それだけだ。ケインは多芸であって、多才ではない。
自慢の付与魔術は穴だらけで、魔術を付与されるタイミングも効果の持続時間もバラバラ。僕達が魔術を使ってほしいと思う時に横から来た魔物に夢中になっていたり、アンに不埒な視線を送るのに忙しかったりで、魔術の術としての完成度の低さだけでなく、戦闘の空気まで読めていない。
そも、神殿にて神様への誓いを対価に与えられる、その人が持つ才を伸ばしやすくする加護――僕の『聖騎士』やアンの『神官』、リリアの『剣豪』といった役割と同じように、ケインには『付与師』という立派な役割がある。
どうして肝心の付与師としての才をもっと伸ばそうとしないのか、術の効果だけを高めて満足しているのか、僕達は不思議でならなかった。
本来の役割をこなしてくれと何度も何度も進言したが、ケインには右から左だった。そんなに斥侯の真似事をするなら本職を雇ってもいいと言うと、俺では信用できないのかと激昂する。リリアもアンも今では呆れ果てていて、ケインとの会話を極力避けているほどだった。
「……やれやれ、分かってないじゃないか。今潜っている迷宮の階層だと、俺抜きじゃ下手すりゃ全滅なんだがな。これだから勘違いしてる無能は……」
そして何より、この見下しである。
あれで本人は独り言のつもりらしいが、リリアのこめかみに青筋が浮かんでいるように、ケインの独り言は漏れが酷く、耳に障る。
冒険者が組むパーティメンバーとは、互いが互いを尊敬し、尊重し合わなければならない。少なくとも、僕達はそう考えていた。一歩踏み外せば命の危機が訪れる職業なのだから、フォローし合える仲間への信頼が何より大切だと信じてきた。
だから、仲間が受け持つ場面――例えば、不意打ちはリリアが受け持つと決まっているから、そうなった時、僕はリリアを信じて任せる。アンなら自衛しながらでも回復魔術を使えると知っているから、一、二匹の雑魚が彼女の方へ向かっても気にしない。彼女達も、僕の受け持てる敵の数をちゃんと任せてくれている。
例外はケインだけで、自慢の付与魔術を一度使った後は好き放題だ。事前の打ち合わせを聞いていないのだろう、リリアの仕事を取る。アンに良い格好を見せたいのだろう、彼女の邪魔な場所で戦う。僕が務めるタンク――パーティの盾となる役目を不必要だとでも思っているのか、敵の注意を好き勝手にいじくり回す上、たまに攻撃の巻き添えにする。有り体に言えば、本当に邪魔で仕方がない。
それでも、僕達は耐えてきた。故郷の村から遠く離れたこの街では、同郷という共通点を大切にしたかったからだ。
耐えて耐えて、耐えて耐えて耐えて……でもやっぱり、無理だった。
一言目には「俺が」、「俺の」、「俺は」。普段は「目立ちたくない」とか言っているくせに、全く隠しきれていない自己顕示欲。黄金級冒険者になってからは特に酷く、隙あらば始まる自慢話と嫌味で周囲をイラつかせる。その自分への意識を少しでも仲間に……彼と僕等の思う『仲間』には違いがあるのだろうけれど、向けてほしかった。
「一方的な通告で悪いとは思ってる。だから手切れ金……退組金を用意した」
「俺を本当に追放する気か? 後で後悔しても俺は知らないぞ?」
「知る必要はない。むしろ知ろうとしないでくれ。ほら、金貨五十枚だ。この場で数えてくれて構わない」
「なっ!? こんな端金で……ふざけるな!」
「は、端……金……?」
アンがケインの言葉に唖然とした声を出す。僕も何か喋っていたなら、同じ声音を出していただろう。
金貨五十枚といえば、大都会で暮らす平民の年収を少し超えるほどだ。田舎の農民の年収と比べれば三倍はある。僕達の親は金貨十五枚と少しで生活していたし、神殿住まいのアンの両親はもっと少ない。それが一般的な価値観なのだ。
今の僕達が黄金級――冒険者の等級では上から二番目だと考えても、金貨五十枚は十分に思える。パーティを組んでいた五年という期間、黄金級に上がったばかりという事情を考えれば、相場より多いくらいだ。
「……とにかく受け取ってくれ。君にとっては少ないかもしれないが」
「クソッ、どこまでも俺を嘗めやがって……」
「そんなつもりはない。君は本当にどうして……」
このお金は、僕達なりの誠意だった。
僕達はケインを受け入れられない。ケインも、僕達と同じ目線に立ってくれない。それでも僕達が負い出す側なのだからと、三人で必死に貯めたお金だった。
黄金級の前、銀級で活動していた時からケインは金遣いが荒くなっていた。やれ万が一を考えて回復薬を買い揃えただの、やれ装備は常に新品にしておかねばならないだの、一般的な冒険者が使う支度金を大幅に超える浪費を生むようになった。
確かに、僕達はいつも仕事の後はボロボロだったと思う。装備はすぐにガタが来るし、回復薬等の使用頻度も高い。
でも、それは迷宮の奥へ奥へと、より危険に近付こうとするケインのせいだ。
僕達はもっと安全な場所で戦いたかった。なのに、俺の付与魔術があればと言って聞かないから、一人で行かせて死なれたら困るから、嫌々付き合っていただけなのだ。
「君が使い込んだパーティの運営資金を差っ引いてもよかったんだ。それをどうしてこうも……」
「待て待て。運営資金って薬や装備代のことか? お前達、それじゃ命より金の方が大事だって言ってるようなものだぞ」
「ヤバいわコイツ。根本的な部分から分かってないんですけど」
ケインが買い込んだ大量の薬や装備の多くは、今も使われずに冒険者組合の倉庫で眠っている。預かってもらう時の受付嬢さんの顔といったら、今のリリアとそっくりだった。
何が悲しくてアンの回復魔術で綺麗さっぱり治る怪我を金貨一枚の回復薬で癒さねばならないのか。皆が鋼の剣で倒しているオーク相手に金貨二十枚の聖銀武器を振り回す必要があるのか、僕には全く分からない。
おかげで僕達の運営資金は一般的な黄金級冒険者のそれと比べると雀の涙だ。ケインの退組金も僕達のポケットマネーから出さなくてはならなくなったのだから、本当に笑えない。
「チッ、本当にどうなっても俺は知らないぜ?」
「ああ。むしろ切り出すのが遅かったとすら思っている。その言葉は了承と受け取って構わないか?」
「……分かったよ、抜けてやるよこんなパーティ!」
また大声を上げ、立ち上がるケイン。どうしてこうも周囲の視線が気にならないのか、僕は変なところで感心していた。
彼は壁にかかっていたハンガーから上着を取って羽織ると、立て掛けてあった聖銀の杖を手に取る。
あまりに自然で、本人は意識していなかったであろう行為――それを見て、僕はまた頭に鈍痛を覚えた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! なんで杖持っていこうとしてんの!?」
「はぁ? 俺の杖だからに決まってるだろ」
「ケインさん、その認識は間違っています。装備はパーティの共有財産だと最初に……本当に最初に決めたじゃないですか」
女性陣からの非難囂々っぷりに、ケインが狼狽えている。いや、この場合はアンに咎められたのが堪えたと見るべきか。
何にせよ、僕も言うべきだ。なにせ彼は、こうまで言われても内容を深く考えるつもりがないのだから。
「ケイン、その杖は置いていってくれ。装備はパーティの運営資金で買うって、五年前に言っただろう? 共有財産なんだ。退組金だけで満足してくれ」
「……おいおい、追放だけじゃなく身ぐるみまで剥ぐつもりなのか? 大体、お前もそこのビッチも杖なんて使わないだろうが。俺がこの杖を使わないなら、宝の持ち腐れになるんだが?」
「……もう持ち腐ればかりだから、気にしないでくれ。その杖は次に入ってくれる仲間に渡すつもりなんだ。置いていってくれ」
商店に勤める店員が辞める際、自分の担当商品を持ち去るなんて話は聞かない。魔道具店の職人が自分が使っていたからと、工房の道具一式を抱えて出ていくなんて馬鹿げている。
冒険者が組むパーティとは、言ってみれば小さな会社みたいなものだ。そしてパーティの運営資金とは、会社のお金に等しい。運営資金で買った聖銀の杖なら、それは勿論会社の所有物だ。
つまり、ケインは平然と会社の財産を持ち逃げしようとしている。彼も一緒だったとはいえ、僕達が汗水どころか血反吐まで垂らして手に入れた財産を、自分だけの物だと主張しているのだ。これでは退組金を渡した意味がない。
「今までも冒険の報酬は十分に分け合ってきただろ? その上で欲を出すのは本当に感心しない」
「欲、だと!? これが欲だって言うのか!? この杖は俺がずっと使ってきたんだぞ! どこの馬の骨とも知れない奴が使えるものか!」
「使えないかもしれないし、使えるかもしれない。どちらにせよ、君には関係ない話だ。もういいだろ? どうして追放なんてされるのか、今の行動も含めてよく考えてくれ」
「っつ……! クソッ、置いていってやるよ!!」
そう叫び、ケインは杖をテーブルに叩きつけた。
曲がりなりにも黄金級冒険者の力だ。綺麗に並べられていた食器が宙に浮き、ゴトゴトと落下して中身を撒き散らす。せっかくの御馳走になんて真似をするのか。
リリアとアンはケインの行動が読めていたようで、テーブルクロスを上手く使って防御に成功していた。撒き散らされたステーキソースの被害に遭ったのは僕だけ。最後くらいは理性的に行動してくれると信じていたのが裏切られ、ただただ呆然とする。
「じゃあな! お前達じゃ迷宮の低階層がお似合いだ! ほらアン、来い! こんな奴等は放っておけ!」
「え、嫌です。なんで私がケインさんと行かないといけないのですか?」
「なっ!?」
「うわ……あたし、意味が分かんなくて鳥肌立ってきたんですけど」
「……どうしたらいいんだ……」
『立つドラゴン跡を濁さず』どころか、僕達の空気は最後の最後まで濁りまくるようだ。
僕は普段のケインの仕草から、アンに抱いている感情を知っていた。知ってはいたが、同時にアンが抱く彼への嫌悪感も知っていたので、この展開も残念ながら当然だと思える。
しかし、この追放にアンまで巻き込もうという意志が分からない。相手の気持ちが自分と一緒だと決め付けてかかるのも、僕の理解を超えている。
「怖いです、ケインさん。ちょっと、本当に……」
「ク、クソビッチが! やっぱりそうだったのか、お前もエドワードに寝取られたんだな!?」
「えぇ……」
「ねー、エドワード。あんた達ってそうなの?」
「……僕にそんな甲斐性があれば、組合の受付嬢さんは寿退社していない」
本当に辛い。どうしてケインのせいで僕まで巻き込まれないといけないんだ。
「出て行ってやる! こんなクソパーティ、出て行ってやるぞ!」
「はーい、クソパーティのビッチなリリアちゃんでーす」
「リリアさん、もう二十歳なんですから……ちゃん付けは厳しいですよ?」
「さようなら、ケイン。これからも元気でやってくれ」
僕は最後に小さな皮肉を込め、そう言って彼を見送った。
五年間も見てきた姿が遠ざかっていく。
黄金級冒険者になって以来、ずっと夢見てきた光景だ。予想していたよりスムーズに追放が済んだのも喜ばしい。
見ると、アンがテーブルの下で小さくガッツポーズをしている。彼女こそがケインの追放を推進した先駆者であるというのは、先程の追放劇で言わなくてよかったと心から思う。口に出していれば、余計に話がこじれただろうから。
ただ――
「あの……すみません。お客様、店内でこういった事をされるのは……」
「ご、ごめんなさい。割れた食器はちゃんと弁償しますし、追加で注文もしますから……」
最悪になった店の雰囲気に支払った代償は、謝罪の意味で周囲のテーブルへ配った高級酒なんかも含めて、金貨三枚にも及んだ。
見やすさを考えて改行を増やすかもしれません。現在の文章が読みにくいと感じた場合、お気軽にご指摘下さい。