警戒
「赤字よ赤字! あのクソッタレのせいで大赤字じゃない! どこまで自分勝手なのよあいつ! しかも来月まで出禁くらったし! あんな高いお店、クソッタレがウダウダ言わなきゃ行かないけど!」
「最後の一言、鳥肌が立ちました……。どうして私まで巻き添えにしようとするんでしょう? あの粘ついた視線も不気味ですし、理解できません……」
「アン、それはもう言わないでやってくれ。ケインにも深い事情があったんだ」
財布から重量の大部分を失った僕達は、いつもの宿屋のラウンジで愚痴を漏らしていた。
リリアはまた訪れた金欠に憤慨し、アンはひたすらケインを気味悪がっている。アンの鈍感さには僕もどうかと思う部分はあるが、あれは正直言ってケインが悪いと思う。
「それより、これからの活動について話そう。ケインが抜けた穴はなるべく早くに埋めるつもりだが、それまで一切の仕事をしないという訳にはいかないだろ?」
「建設的な話の方がマシ、かぁ。でもさ、ケインが居なくなったんだから、あのクソッタレ在庫を売り払えばいいんじゃない? あの法外に高いポーションとか、聖銀の杖とか鎧とか」
「リリアさん、それは私が既にやろうとしたんですよ。もちろん、ケインさんに黙ってこっそりですけど。でも、どれもこれも買い手がつかないからと断られてしまって……」
「あんた仕事が早すぎんでしょ……」
『教皇憎ければ法衣まで憎い』とはこの事か、アンは不良在庫の一斉処分を秘密裏に行おうとしていたようだ。大方ケインが買ってきた物は嫌だとか内心で思っていたに違いない。
「どうして買い手がつかないんだ? 僕達の上、聖銀級の冒険者はケインが買った装備みたいなのを好んで使うと聞く」
「それがですね、全部オーダーメイドだったんですよ。一度ケインさんを問い質したんですけど、お前の身を守るには最適な装備じゃないと駄目だとかなんとか言い出して……じゃあ駆け出しの冒険者はどうすればいいのって話ですよね!?」
「近い近い怖い。思い出しギレは分かるんだが、僕に詰め寄られても困る」
「本当にどうして……どうしてケインさんはっ!」
それは君に好意を寄せていたから、と言ってやったら……やめておこう、彼女の心に重大なダメージを負わせてしまう。
ケインは黙っていれば、黙って青空でも眺めていれば、男前と言っていい外見をしていた。それがこうまで嫌われているのだから、甚大なストレスをアンに与えていたのは明白である。
「ならさー、鋳溶かしてインゴットにしようよ。聖銀のインゴット。これなら売れるんじゃない?」
「参るな……。手間賃を取られるだろうが、それしか方法はなさそうだ。インゴットなら鍛冶屋の人も買ってくれるとはいえ、購入費を埋められるかというと……」
「回復薬はどうしますか? あれも一般的ではありませんし、有効期限もギリギリなんですが」
「そっちはもう神殿に寄付しよう。どうせ使わないし、使いたくないだろ?」
僕がそう聞くと、二人はブンブンと首を縦に振った。
僕達は農家育ちの貧乏人気質だ。金貨一枚の回復薬なんて、とてもじゃないが怖くて使えない。ケインみたいに金銭感覚が壊れている人間ならまだしも、他の黄金級冒険者だって本当の土壇場くらいでしか使わないだろう。僕達の他に土壇場に陥るような黄金級冒険者が存在するかは別として、だが。
それに何より、僕達はもう黄金級ではなくなるのだ。ケインが抜けて活動資金に余裕が生まれるだろうが、引締めようという意識は強めておく必要がある。
「寄付ですか。それは素晴らしい考えですね。もしかしたら、お礼に新たな魔術を教えて下さるかもしれません」
「ああ、それくらいは望んでいいと思う。随分と高い授業料にはなったが……。一人抜けで銀級に下がるから、余計にそう思えてくる」
「五人の一人抜けは等級下がらないのに、四人以下は絶対に下がるって組合のシステムねー。ま、アンまで抜けて銅級に下がるよりはマシなんでしょうけど」
「ぬ、抜けませんよ!? 特に今抜けたら私、ケインさんに何されるか分からないじゃないですか!」
この怯えよう、やはり最後にケインが落としていった爆弾は恐怖の塊だったらしい。かなり本気でアンが怯えている。
僕も今日はなんだか疲れてしまった。朝からどう切り出そうかと考えていたから、一段落したというのに頭が重い。
大柱を見上げると、そこに吊るされたコカトリス時計が十時を示している。見れば周りには誰も居なくなっており、受付まで閉まっていた。
「……寝よう。本当は明日話し合う内容だったんだから、持ち越しでいいだろ?」
「あ、もうこんな時間だったんですね。とにかく私、絶対に抜けませんから」
「冗談だって。あたしもアンが居なくなっちゃうのは絶対に嫌だし、ね?」
「本当にもう……。あ、そうそう。エドワードさん、今日は私の部屋で寝て下さいね?」
「分かっ……はぁ!?」
お開きの雰囲気を察していち早く自分の部屋へと帰る心づもりでいた僕に、アンは訳の分からないことを言い出す。おかげで眠気が吹き飛んでしまった。
「どどど、どういう事だ? いいい、一体何がどうなって……」
「夜襲ですよ。ケインさんの夜襲に気を付けないといけません。数日は固まって寝るのが正解だと思いますよ?」
「いやいや、流石のクソッタレでもそこまでは……え、あんたマジでそう思ってんの? そ、そんな風に言われたらあたしも怖くなるんですけど……やめてよ!」
「可能性の問題です。そして、万が一が起こった場合は取り返しがつかない問題でもあります。ですから、リリアさんも一緒ですよ?」
「それは安心……ちょっと待って、あたしもエドワードと寝るの!?」
「そう言っています」
ケイン、君はなんてものを残してくれたんだ。
僕みたいな小心者に、憧れの受付嬢さんの寿退社を涙で見送ったこの僕に、こんな状況は辛過ぎる。
そしてその後――
「殺す。お嫁さんにする前にそういう事したら、マジで殺す。エッチな事したら殺す。あんたを殺してあたしも死ぬ」
「そろそろ眠らせてくれないか?」
隣のベッドから聞こえるリリアの怨嗟で、僕は重度の寝不足に陥った。
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