疾風迅緑
深夜。
大部分の者が眠りについている時間に走る影。
暗殺部隊の服に身を包んだサイプレスだった。
目的地はもちろん、橙の園。
今日の夕方、彼女の主スリジエは、空の菓子皿を指さし「不味くてもいいから、お菓子を取ってきて。」と言った。
この言葉は、王族から暗殺部隊への合図である。
不味いお菓子とは、王族に仇なした、逆賊のこと。
逆賊の命を取ってこいという、命令である。
彼女は暗殺部隊。
誰にも気づかれず、命をとるなど特に難しいことでもない。
橙の園につくと、様々な場所でサイプレスは命を取っていた。
瞬きをしている最中、殺された者。
不意をつかれて殺された者。
色々な者がサイプレスによって殺された。
広い講堂のような場所に彼女は行き着いた。
そこに男が一人立っていた。
着崩した衣服。
キセルを吸い、くつろいでいるようにも見える。
「こんばんは。」
男はサイプレスに気づくと、ニヒルに微笑み挨拶する。
「さっきから俺の配下をあちこちで殺してんのは、あんたか?」
「…まあ、そうといえばそうね。」
サイプレスの曖昧な返事に、男はまた笑う。
「俺はハヤテ。暗器使いだ。あんたを殺す男の名、覚えておきな。」
ハヤテはおもむろに左腕を払った。すると、袖口から幾多もの針。
サイプレスはすぐに反応して、それらを避け、ハヤテの背後をとろうとした。
しかし、ハヤテの動きも初めて早く、右腕から刀を取り出し、サイプレスの喉元にあてる。
「武器は使わないのかい?」
「…私は存在自体が武器だから。」
「体術か。」
「そう」
しゃがみ込み、ハヤテの懐に飛び込んだ。
拳を強く握り、腹に叩き込む。
「っ――――!」
衝撃が走ったのは叩き込んだサイプレスの拳のほうだった。
苦痛に歪めた顔を見て、ハヤテはほほ笑む。
「暗器使いって言っただろう?暗器はもともと護身のためにあるもの。鎖帷子くらい着てるって。」
握っていた刀を捨て、両手を合わせる。
すると、今度は小刀が現れた。
「…手品みたい。」
「いつまで、そんな軽口言ってられるかな?」
ハヤテは小刀を順手に持ち替え、サイプレスに切りかかった。
「避けるなよ。」
サイプレスは一旦ハヤテと距離を取り、体勢を整えようとする。
ハヤテは小刀をサイプレス目がけて投げた。
左腕にかすり、血が流れる。
その後も、ハヤテは取り出した小刀や針、小剣を次々とサイプレスに投げた。
サイプレスも避けようと奮闘しているが、数が多く、全ては避けきれない。
一旦退くか…。
サイプレスが撤退しようと心に決めたそのとき、ぐらりと、サイプレスの視界が歪んだ。
「言い忘れたが、俺の暗器には全て致死率の高い毒が塗られている。」
至る所にかすり傷をうけたサイプレスは、その毒が既に全身に回っていた。
「悪いな、お嬢ちゃん。俺には神がついている。神が俺の勝利を告げてくれた。あんたがここで死ぬことは決まっていたんだよ。」
痺れてきた体。
どこも動かない。
ゆっくりと近付いてくる死の音。
命令を遂行できなくて、ごめんなさい
そんなことを思いながら、サイプレスはゆっくりと倒れた。
ハヤテは息絶えた少女の亡きがらを静かに見つめ、キセルを口に含もうとしたが、出来なかった。
先程自分が取り出した刀が、自分の腹から生えていた。
「なんで…。」
「一人殺すたび、あなたは終わったと思えるの?」
後ろから聞こえた声は目の前で倒れている少女と全く同じ声。
ゆっくりと首を後ろに向けた、そして恐怖する。
そこにいたのは、サイプレス。
「あんた…死んだはずじゃ…?」
幻術?一瞬そう思ったが、違う。
亡骸はそのまま、自分の目の前に転がっている。
では、この少女は一体…?
「私たちは暗殺部隊“サイプレス”。全員合わせて“サイプレス”だ。」
物陰から次々と現れる、緑髪の少女。
全員同じ顔をしている。
「私たちは暗殺兵器。暗殺するために作られたモノ。」
「くそっ。」
突き刺された刀を無理やり引き抜き、刀を持ったサイプレスに切り掛かった。
ハヤテの剣は、サイプレスの刀を持つ腕―右腕を確かに捕らえ、切り落とす。
人の腕を切り落とした感触に、形勢が逆転したと、ハヤテは淡い笑みを浮かべた。
しかし、サイプレスは叫ぶこともなく、狂うこともなく、血すら流さない。
「何故…?」
「言ったでしょ?私たちは暗殺兵器。作られたモノなの。」
「お前…作られたモノって…人形か?」
ハヤテは顔面蒼白し、自分の愚かさを嘆いた。
何故、もっとはやく気づけなかったのか…。
「人形を知っているの?なかなか物知りね。」
「…草原の国のドクター・ポーレンが、草原の国軍強化のために、人造兵士の作成を計画していると聞いたことがあってな…。まさか、完成していたとは…。だが、あの女は血を流し息絶えたぞ…。」
倒れているサイプレスを一瞥して、疑問を投げかけた。
「彼女は最高傑作。本来死ぬことはない、作られた人形であるはずなのに、死ぬし、血も流す。より人間に近い人形。」
「そして私たちは。」
次々とサイプレス達がハヤテの疑問の答えを口にした。
そのうちの一人、ハヤテの後方にいたサイプレスが転がっていた小刀を拾い、ハヤテに刺す。
「失敗作。ドクターは私たちをそう言う。ドクターの作りたかったものは、兵器ではなく人間だったのよ。」
「く――――っ」
「さっきの攻撃。少なからずダメージを与えていたみたいね。」
先ほどのサイプレスの攻撃でダメージを受けた鎖帷子には易々と刀が突き刺さった。
この攻撃を合図に、四方八方から、サイプレスはハヤテに刃を突き刺した。
翌日。
サイプレスは昨日と同じ草原の国の廊下を歩いていた。
目的地はスリジエの部屋。
彼女の押すワゴンには、色鮮やかなお菓子が乗せられている。
コンコン
ノックを二回する。
すぐに返事が来たので、サイプレスはゆっくりと扉を開けた。
スリジエは喪服のような黒い服を着て、机の横に立っていた。
「やあ、いらっしゃい。」
「ただいま戻りました。王子。」
スリジエはサイプレスに椅子に座るように促した。
サイプレスはそのすすめを断り、スリジエに一礼した。
「こちらが頼まれていたものです。」
ワゴンの上のお菓子をスリジエの側の机に置く。
スリジエはサイプレスを座らせるのを諦め、自分が椅子に腰かけた。
「うん、たくさん取ってきてくれてありがとう。…ごめんね、大変だったでしょう?」
スリジエは今にも泣きそうな顔をしてサイプレスに問いかけた。
「…全然!平気でしたよ~。たくさん召し上がってくださいね。」
いつもと変わらないサイプレスの様子に、スリジエは無理矢理笑顔を作ってみせた。
「それは良かった。紅茶を淹れてあげるよ。砂糖とミルクはどのくらいいれるんだい?」
「ミルクたっぷり。砂糖は少なめでお願いします。」
その答えに、スリジエは今度は心の底から微笑みを見せた。
どこか、悲し気な笑みだと、サイプレスは感じた。




