第一部終章《過去を見つめる》
第一部終章 《過去を見つめる》
砂まみれのスカートに、傷だらけの腕。
本当はあの時、あなたはわたしを責めようとしていたのは解っていた。
だけど、それでも優しく接してくれた。
認めてくれた。
その行為が、どれだけうれしかったのか、あなたは解っていない。
あの頃のわたしは、認めてほしくて、誉めてほしくて、ずっと「わたしはここに居る」と心の中で叫んでいたからだ。
無駄な事だと解っていたし、認められたい人も解っていたけど、それでもあなたに認められたのは嬉しかった。
今なら何故か解る。
怖いから、周りに噛みついていたんだ。
大きな世界も中で、ただ自分の小ささに脅えて抗っていただけ。
だから強がっていた。
わたしは素直ではなく、第一印象は最悪だっただろう。
だけど、それから時を重ね、いくつも経ち、わたしがあなたの事を強く想うように成ったのは、何時からだろうか。
セミの声が五月蝿い季節だったのか、情緒漂う月夜の季節だったのか。
目を瞑れば、色々な二人がわたしの頭の中を駆けていく。
恋人達が共に過ごす様な記念日や、わたし達にとっての特別な日。
幸せすぎて、逆に怖くなるような思い出の数々。
そこに至るまでの、一、二個の思い当たる場面は描けるけれど、どれもこれも、これと言って的確なものは存在しない。
時が経つにつれてしだいに、わたしはあなたを眺めている事が多くなっていた。
見ているだけで、幸せだった。
しかし、それだけで無いはずだ。
そこで、ある風景を思い描き、わたしは納得した。
あぁ、そうか、……………それは、
それは、桜の花びらが舞い散る季節だった。
すこし呆れた顔の、彼の後ろに見えた、不細工な月明かりに照らされた、あり得ないオレンジ色したライラック。
――――――それは、始まりの風景。
わたしはここまでメロメロだったのか。
一目ぼれに近い感覚。
そう、忘れはしない。わたしとあなたの出会いは、あの不細工な月明かりの下だったんだ。
わたしはもたれ掛かっていた樹に、後ろ頭をぶつけて、口元を緩めていた。
今まで思い出とは、苦しくて、思い出したくないものばかりだった。なのに、今は思い出だけでこんなにも幸せになれる。
知らなかった。
思い出とはこんなにも、温かいものだったんだ。
「砂那、――――行くぞ」
目を閉じて、想いに耽るわたしに声がかかる。
わたしは目を開いた。
頭上には、あの時と同じような、不細工な月が浮かんでおり、辺りを黄色に染めている。
「――――ほんと、情緒に欠けるわね」
其処は、都会の真っただ中でも、街灯が少なく、月明かりはよく冴えた。
髪に風を感じて、空を眺め終え、それから自分の脚を見る。
少しだけ震えていた。
覚悟という言葉。
決断という言葉。
言葉でいくら誤魔化してもうまく行かないものだ。
――――やっぱり、少し怖い。
あぁ、それを恐怖と感じるほど、わたしは今まで、こんなにも頑張って生きていたんだ。
わたしは少し離れた場所にいる、心配そうにしている二人に、心配ないよと頷いて見せた。
「砂那、………今ならまだ引き返せるわよ。アルクインに任せてもいいのよ」
「任せれば全て終わるわ」
守りたいものも、この感情も。
――――――ベネディクト・アルクイン――――――
最強の魔法使いと呼ばれるものを姉に持つ、優秀な魔法一家の三姉妹の中の次女。
三姉妹の中で最も魔法使いらしい魔法使い。
あの人は殺す事により、全てを終わらせるために、この東京にいた。
だから――――――。
「譲れない。わたしがする」
「――――後悔しない? 私はしたよ」
彼女の顔には影が見えたが、わたしは知らないふりをした。
「………水希。わたしは、後悔しないために行くの」
彼女に向いて笑って見せる。
上手く出来たのか、あまり自信はなかった。
そんなわたし達に、一番遠くにいる彼は、やさしくて、羨ましそうな眼差しを向ける。
わたしはそんな彼に頷いて見せた。
「行こう。もう、これ以上は時間が無いわ」
「解った。………砂那、俺が対峙して、奴がそれを出せば直ぐだぞ。水希は躊躇するな、素早く結べ。どれだけ早く終わるかの、時間だけが問題だ」
水希とわたしは頷く。
「それじゃ、お互いに健闘を祈ろう」
軽い感じで彼は言う。
三人で頷くと、お互いに配置に付くため、わたしたちは別々の方向に向かおうとする。
「――――砂那、」
彼の呼び声に、わたしは足を止めた。
しかし、足は止めたが、振り向きはしなかった。表情を見られたくは無いから。
水希はその様子に気付いたみたいだが、気を使っってくれたのか、そのまま走り去る。
あぁ、彼の顔を見るのが怖い。
「………なっ、何?」
「この後、何かあった時は、あいつに伝えてくれ。先に行くと」
「?」
わたしはその言葉の意味が解らず、振り向いた。
彼は其処にはもういなく、その空間には、意味不明な言葉だけが残った。
「――――伝えれたらね」
わたしも自分の役割のために、顔を戻し走り出す。
この物語に、ハッピーエンドは無い。
人が一人、死ななければ、終わりを向かえれない。
わたしは走りながら、彼に向かって呟いた。
「だけど、伝えるのは、わたしじゃない。あなたの役目よ、篠田さん」
夢のような日々が終わる。
今はその毎日に、心からありがとうと言える。
蒼、わたしは、あなたのことが好きでした。
だけど、今からあなたと戦います。
ハッピーエンド願望。
喜劇王チャップリンの映画は、ハッピーエンドになるように作ったと聞きます。
それは素晴らしい考えと思い、私もそうしたいのですが、今回の話はそうならない可能性が高いです。
私も物語のキャラクターと共に、書きながらハッピーエンドを探していきます。
では、また。




