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この地で抗うもの

砂那(さな)………終わった』

 イヤホンマイク越しに、(そう)が静かに終わりを告げる。

「蒼、(はら)ったの?」

『いや、(みどり)さんが囲いの中に居て、彼女が式守神(しきしゅがみ)の契約を成功させたんだ』

「契約………翠さん、成功したんだ」

 今までの(きび)しい表情から一転し、砂那は肩の力を抜き、安堵(あんど)の溜め息を吐いた。

 砂那の気持ちのゆるみが解ったのか、彼女の後ろの式守神(しきしゅがみ)は消え、こぐろは仔猫の姿に戻りその場で倒れこんだ。砂那はこぐろを抱きかかえてあげる。

 隣で二人の会話を盗み聞きしていた篠田も、誰にも見えないように微かに口元をゆるめると、百均の串を腰バックに戻し「やっと一人目か」と呟いた。

 砂那が五十囲いを発動した時に、一度は諦めかけたが、これで全て篠田の思惑通りだ。

「とにかく、終わったのね。………無事で良かった」

『心配をかけたな。今は、八坂神社に向かっている』

「わかった、囲いを解除するから、そのまま戻ってきて」

 砂那はダガーをロングコートに収めると、左手を大きく横に(はら)い、五十囲いを解除する。囲いの中に残っていた悪霊が一気に出ていくが、残っていたのは(わず)かで、後で祓えばよいと、そのまま見逃せた。

 それからしばらく経つと、先に翠が八坂神社に現れる。

「翠さん………」

 砂那が彼女に呼びかけるが、その声に反応せず、まるで何かから逃げるように、足早に篠田に駆け寄った。

 その顔色は、弱い雨に打たれたためなのか、何かを見たためなのか真っ青だ。

 翠はそのまま、篠田の腕を引っ張って行き、皆から少し離れると小声で問いただした。

「あれは何?」

「あれとは何だ?」

 翠の追及するような(きび)しい口調に、篠田は(しら)を切る。

「あんなもの、野放しにしておいて良いの!」

「何を言っているのか解らない。………君は何も見ていない、そうだろ?」

「約束と言いたいのね、それは解っているわよ……………だけど、あんなもの、簡単に忘れられないわ!」

 翠はそう言って、隠れるように篠田の後ろに移動すると、自分が出てきた辺りを確認する。そこに少し遅れて蒼が現れた。

 彼の右腕はいつもの物に戻ってる。

 蒼は出てきてすぐに、少し離れた篠田を見たが、篠田は知らない顔をして、横を向いた。

 彼にまんまと、一杯食わされた。

 あの場所に翠が居て初めて気付いたのだが、これは全て篠田のシナリオだったのだ。

 篠田は正式な方法では、翠が式守神(しきしゅがみ)()いてもらえないことを解っていたとだろう。だから、蒼がアンナの腕を出し、霧ヶ峰の鬼が追い詰められたところで、翠が鬼を助けるという方法を思いついた。

 そして今回は、篠田の思い(えが)いた通り、翠は無事に霧ヶ峰の鬼を式守神(しきしゅがみ)にすることが出来た。

 蒼にしてみれば、篠田に良いように動かされ腹立たしいのだが、被害は出なかったので良しとしようと、無理やり納得する。

 砂那はこぐろを抱きかかえたまま、嬉しそうに蒼に近寄ってきた。

「蒼………」

 その砂那の姿を見て、蒼は肩の力を抜く。

「砂那、何とか終わったな」

「えぇ。ごめんね、危険な目に合わせて」

「砂那のせいじゃない。あの外人の九字切りさえ受けてなければ、ちゃんと(はら)えてたはずだからな」

 蒼はそう言ってくれるが、その九字切りを受けたのも自分が未熟なためだ。

「だけど………」

「気にするな。砂那の囲いが有ったからこそ、霧ヶ峰の鬼の被害もなく終わったんだぞ。そこはもっと胸を張っていい」

 蒼のその台詞で、砂那はやっと納得したように頷いた。それからこぐろを蒼に渡す。

「こぐろ大丈夫かな?」

「あぁ、九字切りを受けて、疲労がたまった状態に成ってるだけだ。少し休ませてあげて、後で起きたら褒めてやってくれ」

「うん、解った。あとは、結びから出て行った悪霊を祓うのと、代理の神様を探したら終わりね」

「あぁ、そうだな」

 砂那のその台詞に、蒼は顔をしかめた。

 今しがたまで、霧ヶ峰の鬼との戦闘をこなし、体力も精神も限界にきてる。なのにまだ終わりではない。

「まぁ、代理の神様は急ぐものでないから、後で考えるにして、結びから出て行った悪霊は減らしておこう」

 そう砂那に言ってから、今度は篠田に向いて口を開いた。

「シノ、悪いがお前も手伝ってくれ。今回の件は、それぐらいしても(ばち)は当たらないだろ」

 自分の体力も残り少ないし、気丈(きじょう)にしている砂那も、あの外国人の九字切りを受け、さらに五十もの多角な囲いを発動したのだ。限界が近いだろう。

 篠田は嫌そうに眉毛をしかめていたが、思い当たる所が有るのが、案外と素直に(おう)じる。

「俺の仕事は終わってるんだがな………まぁ、いいか。上高井を送ったら手伝うよ。それに、辰巳さんも手伝ってくれるはずだから」

 勝手に話を進める篠田に、辰巳は焦る。

「おい、何を勝手に………」

「あれ程の悪霊が出て行ったんだ、どれほどの被害が出るか、考えれば恐ろしいよな」

 今まで(かたく)なに大丈夫と繰り返していたくせに、急に手の平を返したように、心配な顔をして辰巳を見てくる。

 辰巳は一度歯を鳴らしたが、口では彼に勝てないと思ったのか、肩を落としてしたがった。

「解ったよ、俺も手伝えば良いんだろ。………いいか篠田、これは貸しだからな!」

「へぇへぇ」

 篠田は、絶対に貸しを返さないような返事で答え、辰巳はそんな態度の篠田に、また文句を言っていた。

 蒼はそのやり取りを見て苦笑いする。

 その中、翠は少し(にら)んだ様な、真剣な眼差しを蒼に向けていた。

 いつの間にか雨は上がっていた。



「ほう、こんな所にね」

 華粧(かしょう)は感心した様に辺りを見渡す。

 場所は砂那と始めて出会った、あの忘れられていた氏神様(うじがみさま)の神社に続く道である。

 あれから、蒼たちは悪霊を祓い、昼の三時ごろには、ほとんどの悪霊を祓い終わっていた。早く終わった理由は、蒼の機転(きてん)がきいたからだ。

 そして、霧ヶ峰の鬼に代わる神様を、華粧に判断してもらおうと、ここまで来たのである。

折坂(おりさか)さんも知らなかったのですか?」

 蒼は足場の悪い山道を進みながら、後ろを振り向き、華粧に話しかける。

「あぁ、ウチの近くには別の氏神様(うじがみさま)がいるからね。それに、近くてもこんなところ来ないよ」

「なるほど」

「でも蒼、どうしてこの神様なの?」

 砂那が尋ねる。

「あぁ、そのことなんだが、ずっと不思議に思ってたんだ」

「不思議?」

 蒼は砂那に(うなず)きかけ話を進める。

「今回の件、(こと)発端(ほったん)はここから離れた阿紀神社(あきじんじゃ)だったろ」

 それは解っているので砂那は頷く。

「だけど、砂那が依頼を受けたのは、この辺りの近所の人だと言っていた。ならば、こんな離れた場所にまで来るほど、悪霊が(あふ)れたかと言うと、そうでもなかった。俺たちが町の中を調べた時は、ほとんど悪霊は居なかった」

 砂那は昨日の事を思い出した。前半は手がかりが途絶(とだ)えるほど、悪霊が町にはいなかった。

「………そうね」

「なのに、依頼はこの近所、砂那が祓った憑き物もこの辺り。そして………」

「さっき祓った悪霊達も、ここを目指していたわね」

 砂那の回答に蒼は頷いた。

 蒼があの時に、悪霊たちはここの神社を目指すと言っていた。そしてその言葉通り、悪霊はここに向かって進んでいたのだ。悪霊が目指している場所が解れば、先回りも出来るし、祓うのは簡単である。

「確かにここも、阿紀神社(あきじんじゃ)からの龍脈(りゅうみゃく)で繋がっているが、ここだけに集中するのはおかしいと思ったんだ」

 華粧は蒼の言いたい事が解り、答えを出した。

「なるほどね………ここの氏神様(うじがみさま)が、悪霊を呼んでたって言いたいんだね」

「悪霊を呼んでたって、どういう事?」

「砂那それはな、この辺りの地を守るため、ここの氏神様(うじがみさま)が、悪霊たちを自分の土地に呼んで、正常な霊にに戻そうとしていたと思うんだ。シノがこの町の氏神様(うじがみさま)をほとんど(おさ)えていて、この氏神様(うじがみさま)だけが残ったのも、関係あるかも知れないけどな」

 その説明でやっとわかったのか、砂那は納得したようだ。そして華粧は山を見上げた。

「しばらく(まつ)ってもらえなかったと言うのに、律儀(りちぎ)な神様だね。でも、この山に有ったならそう言うことかも、有りえるかもしれないがね」

 華粧も蒼と同じ考えだったのだろう。しかし、山の話は解らずに蒼はたずねる。

「この山って、どう言う事ですか?」

「あぁ、この山の名前は秋山って言うんだがね、この辺りでは通称(つうしょう)、城山って呼んでるんだよ」

「城山………城が有ったんですか?」

「城っていっても、平屋作りのちっぽけなもんさ。まぁ、今は潰れて無いが、伊勢街道の昔ながらの建物は、その城下町の名残(なごり)なんだよ」

「そうだったんですか」

「あぁ、この神社はその当主(とうしゅ)が作った物かも知れないね。自分の領地(りょうち)を守るために」

 そして、その当主が居なくなった後は、この神社を(まつ)る者も居なくなったのだろう。なのに、この神様は今は無き当主の想いをそのまま受け継ぎ、この地を守っていたのだ。

「この辺り神様達を(まと)めるなら、一番その資格が有るじゃないか」

 華粧は一人頷くと、荒れ果てた神社の前までやって来て、不思議と首を傾げた。

「ん?」

「あれ?」

 神社の境内(けいだい)の中は、二日前に来た時と同じ様に怒りが辺りを支配していた。

 オーブが舞い、枝の折れたラップ音が鳴る。

 初めて砂那と出会ったとき、この氏神様が怒って居たのは、砂那が境内で囲いを発動させたり、式守神(しきしゅがみ)を出したからではない。町に出てきた悪霊に怒っていたのだ。だから、悪霊をほとんど(はら)った今では、この神様が怒る理由が無いはずだ。

「………なんだろうね」

 自分の予想と違う結果に、華粧は小さな(やしろ)の前まで行くと、二礼、二拍手、一礼をしてから神様に話しかけている。

 この中で(とく)が高いのは華粧なので、蒼と砂那は離れてその様子を見ていた。

 しばらくすると、華粧は腕を下げ、二人に対して首を振った。

「駄目だね、怒っているのは解るが、何も答えてくれないね」

 そう言って社の前を離れたとき、華粧の姿に隠れて見えなかった者が、蒼の目に入った。

 神主のような白衣(びゃくえ)(はかま)を身に着け、腰に刀を下げた、古風な狐のお面をかぶった長い白髪頭の男。

 その男を見た瞬間に蒼は理解した。

 彼はこの神社の神様だと。

 そして、蒼の背筋が凍る。

 流れる緊張の汗が止まらない。

 蒼にはその者が、危険な真っ赤に見えた。

 蒼の様子に、砂那と華粧は(やしろ)の方を向くが、頭をひねりすぐに顔を戻した。その様子からして、これを見ているのは蒼だけの様だ。

 その男は狐の面をずらし、自分の口元だけを蒼に見せると、大きく口を開けて動かす。

 声がないので解りにくいが、蒼にはその口の動きがこう見えた。

『に・ど・と・こ・の・ち・に・あ・し・を・ふ・み・い・れ・る・な・た・ま・し・い・あ・る・も・の・の・て・き・よ』

 意味の解った蒼は、一礼すると振り向き境内を後にする。

 この神様が怒っていたのは、砂那のせいでも、悪霊達の為でもなかった。

 最初から解っていたのだ。誰からこの地を守るべきかということを。

 蒼の去った後の境内は、怒りが薄れていき、清らかな風が吹いている。

 意味の解らない二人は、戸惑ったままその背中を見送った。



「蒼、色々ありがとう」

「こっちこそ、楽しかった」

 夕方過ぎ、すべての仕事を終え、別れの時がやった来た。

「うちの社員の未国(みくに)共々、お世話になりました」

 ベネディクトはそう挨拶を述べると、頭を下げた。蒼も少し遅れて頭を下げる。

 昨夜から一睡もしていないベネディクトは、使い魔に悪霊を(はら)う手助けをさせて、自分は砂那の家に戻り、客室で睡眠を取らせてもらっていたようだ。

「いや、構わないよ。こちらも苦労かけたからね」

 華粧はあまり感情のこもってない声でそう答えると、蒼を見て少しだけ目を細めた。

「ところであんた、あの時、何があったんだい?」

 先ほどの氏神様の神社での出来事であろう。

「それは、その………この地は大丈夫だから、出ていけと言われただけです。多分、よそ者の存在が気に入らなかったのでしょう」

 その返答が怪しかったのか、華粧はさらに目を細めてくるので、蒼は苦笑いする。しかし、それ以上の追及はしてこなかった。

「まぁ、そういう事にしておくかね」

「では、そろそろ。蒼、帰ろうか」

 ベネディクトはそう告げると、軽バンに乗り込む。

 蒼と砂那は、少しだけ名残惜(なごりお)しそうに、目線を交わしていたが、彼はそっと名刺を差し出した。

「もし、東京に来る機会(きかい)があれば言ってくれ。案内するから」

 砂那はその名刺を、両手で受け取ると頷いた。

「うん。その時は連絡するね」

 蒼は軽く会釈(えしゃく)すると、車に乗り込む。

 走り去るテールランプを見ながら、華粧は砂那に話しかけた。

「砂那、今回の件、良く解決したね。私もここまで大事になると思ってなかったから驚きだよ」

 砂那は何も答えず、ずっと遠くを見たまま、話を聞いていた。

「あんたは少しの犠牲も出さず、総本山の力も借りず、自分で解決したんだ。私が思った以上に成長していたよ。………だから、もう大丈夫、誰の足手まといにも成らないよ。お行き」

「おばあちゃん………」

 砂那は言葉を詰まらせた。

 華粧は両親に褒められたいと言う、砂那の望みを知っていた。

 しかしそれには、華粧が手伝ったり、総本山のエリート達が手伝ったりしては、砂那は自分の力で解決したとは思わないだろう。

 だから、あえて総本山に所属して居ない所を探したのだ。

「この町はあんたが守ったんだよ」

 最後の華粧の言葉を聞いて、砂那は心の中で違うと首を振った。

 今回の調査が早かったのは、蒼のおかげだし、九字切りの外国人は、蒼の上司のベネディクトに助けてもらった。そして何より、霧ヶ峰の人食い鬼は蒼のおかげだと解っていた。

 砂那は携帯電話のイヤホンマイクで、ずっと聞いていたからだ。

 蒼が式守神(しきしゅがみ)の様な名前を呼び、攻撃していたことや、アンナと言う何かを出し、霧ヶ峰の人食い鬼を追い詰めたことを。

 そう、この町を守ったのは、東京からやって来た、二人の魔法使いなのだ。

 今まで砂那の目指していたものが、少しだけ()らいだ。



 四月、東京。

「それは大歓迎だが、本当に良いのか?」

 ベネディクトは、掘り出し物の赤い来客用のソファーに腰掛けたまま、困った様に来客に訪ねた。

「うちはアルバイトと言っても、歩合制(ぶあいせい)で、給料も安いぞ」

「構いません」

「総本山は、キミなら喜んで入れてくれる。それでも良いのか?」

 彼女は頷いた。

「解ったよ。まぁ、気が変わったなら、何時(いつ)でも移れるからな。それまでは、ここに居れば良いさ」

 そう言ってベネディクトは手を差し出す。

「では、改めて、アルクイン(おが)み屋探偵事務所にようこそ。これからよろしくな、折坂 砂那」

「お願いします」

 ベネディクトの前に座っている砂那は、彼女の手を握り返した。

 前作のラズベリーブルーでは雨のシーンが無くて、今回は入れたかったので、作品中では雨が降って居ました。

 今回の奈良篇は、頭の中で想像して居たのは二、三回で終わらせる、単なる二人の出会いだけを書きたかったのですが、物語のメインの人物達がほとんど出てくるような、顔合わせのような状態になってしまい、反省しています。

 長かった。文も時間も。

 さて、次からが本番です。舞台は東京に移り、二人のラブラブな話になります。

 それはどうかは置いといて、ではまた。

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