表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/25

前哨戦

 (みどり)は疲れが取れない身体に(むち)を入れながら、(そう)の後を追うように、木を(つか)みながら山を登って行く。

 昨夜、少量のお(かゆ)を取り、布団で眠った事で、多少の生気が顔に戻ってきた。

 衣装は昨夜まで着ていた、あの巫女衣装を再び着て、やはり目が悪かったのか、本日は赤ぶちの眼鏡をかけている。

 雨雲のうえ、さらに木の枝か光を(さえぎ)り、結びの結界の中は日暮れのように薄暗い。その中をまだ悪霊が(ただよ)っていて、木々の間から視線が感じたり、後ろから何が着いてくる気配が後を()えないが、今は無視して進んだ。

 頭の中には昨夜聞いた、篠田の言葉が何度も浮かんでくる。

『二つの約束をして欲しい。一つは、時が来れば今から()いてもらう式守神(しきしゅがみ)を、一度だけ俺の指示通りに出してくれ』

 それは、式守神に憑いてもらうにいたって、最初から約束している内容なので迷いなく頷く。

『そしてもう一つは、今から行く場所で、君は想像を(ぜっ)するものを見るだろう。しかし、それを口外(こうがい)せず忘れる事。この二つが守れるなら、式守神(しきしゅがみ)の契約をなんとしても成功させる』

 珍しく真剣な顔で、篠田は翠が頷くまで待った。

 意味が解らないので、否定も肯定も出来ない事だが、翠の目的は式守神(しきしゅがみ)()いてもらう事だ。

 口外するなと言われれば、別に他人に言う必要もないし、そんな事ぐらいは守れる。翠は戸惑いながらも頷いた。

 これからここで、一体何が起こるのか。

 篠田の言う想像を(ぜっ)するものとは何なのか。

 翠は少しだけ曇った顔で、山の頂上をみる。

 頂上はまだまだ先で、急がなくてはそれに間に合わないかもしれない。しかし、身体がうまく着いてきてくれない。

 翠は疲れで足を七度(ななど)止めた後に、やっと目の片隅にその姿を見つけた。

 体を木の物陰に隠し、荒い息を落ち着かせて、そこから少しだけ顔を出して様子をうかがう。

 攻防(こうぼう)を続けている二つの存在。

 まず目に飛び込んできたのは、体長は四メートルは越える大柄な身体だ。

 巨大な体に赤黒い肌をもち、額に大きな角を二本持つ鬼。

 これは式守神(しきしゅがみ)にしようとしてたので翠にはわかる。

 霧ヶ峰の人喰い鬼だ。

 確かに式守神(しきしゅがみ)にするには向いていない様な存在だが、強力と言えばすごく強力な存在である。霊能力の乏しい、翠がこれを式守神(しきしゅがみ)にすれば大いに役立ってくれるだろう。

 霊力(ちから)だけを考えれば、砂那(さな)の憑いてもらっている八禍津刀比売(やがまつとひめ)や、篠田の憑いてもらっている三火八雷照(みほやいかずちでり)よりも、強力な存在だからだ。

 しかし、それはあくまでも、式守神(しきしゅがみ)になってくれればの話ではあるが。

 そしてもう一人は、昨夜、砂那が連れてきた、篠田がハルと呼んでいた人物だ。

 そのハルは、昨日会った時はどこもおかしく無い、普通の人物で有った。しかし今は、人間では有りえない形態をしている。

 左右の腕の長さが合っていない。

 右腕は地面に着きそうなほど長く、二の腕の(なか)ば辺りから、緑色の(うろこ)に覆われている。指も三本で細長い。

 翠にはその腕が、物語に出てくるような龍の腕のように思えた。

 これが、篠田の言っていた想像を絶するものの正体であろうか。

 ハルは、鬼の振り下ろされる攻撃に、自分の(うろこ)の付いた腕で弾き返す。全く持って信じれない光景だった。

 霊体の鬼に対して、囲いや結びと言った技ではなく、原始的な殴り合いの様に見える攻防。その力が同等なのか、ハルは鬼の攻撃を押し返している。

 しかし、その力が拮抗(きっこう)していたのはわずかで、ハルは焦っているのか、他に心配事があるのか、集中出来ない様子で、次第に反応が遅れがちになる。

 ハルはイラついたように「ちっ」っと短く舌打ちすると、鬼の(ふところ)に潜り込み、緑色の(うろこ)に覆われた長い腕を使い、渾身の力で鬼の胸元を一撃する。

 さすがは強力な霊体だ。その攻撃にも霧ヶ峰の鬼は動きを止めず、まったくダメージを受けた様子はなく立ちはだかる。

 ハルは後ろに跳び退()き、鬼と距離をとった。

「これでは効きにくいか、くそったれ!」

 そう暴言を吐き、そして、短く呟いた。

「アンインストール!」

 その途端、緑色の(うろこ)に覆われた右腕が消える。

 そして次の言葉を聞き、翠は驚きで大きく目を見開いた。

「ダウンロード、―――三火八雷照(みほやいかずちでり)!」

 次に現れた右腕は、炎を(まと)った発光体。バチバチと雷鳴を響かせる。

 これは何かの間違いであるはずだ、そんなことが有るはずがない。だってそれは――――、

「それは、篠田、さんの………」

 翠は独り言のように小さく呟いた。

式守神(しきしゅがみ)!」



 これから雨が強くなるのか、雷鳴が聞こえだす。

 砂那はダガーを握りしめ男に切りかかる。投げていては、いずれ底を付いてしまうから、直接攻撃に移ったのだろう。

 匕首(あいくび)の程の大きな刃物だ。当たればタダでは済まない。

 砂那はそんな大きな刃物を、切りつけながら男に問いかける。

「あなたは何者? なぜ、わたし達の邪魔をするの?」

 日本語が分からないのか、男は何も答えない。ただ、余裕が有るのか、男はハットを押さえながら、砂那の攻撃をギリギリでかわし、口元の(ゆる)みは消えなかった。

 確かに砂那は、憑き物以外の者に、刃物を向けて攻撃するのは初めてで、相手を傷つけることに躊躇(ちゅうちょ)して本気が出せていない。だからそれは、牽制(けんせい)の意味で攻撃しているのであろう。しかし、相手もそれを読んでいるのだ。

 だから、(わざ)とよけずに、砂那が攻撃の手を(ゆる)めた瞬間に、人差し指と中指を振り下す。

 九字切りである。

 砂那はそれを目で追いながらも、男に近付きすぎて、その攻撃をかわせないと奥歯を噛みしめ、衝撃に備えた。

 そこに、こぐろが少女の姿で二人の間に飛び込み、砂那の代わりに、まともに九字切りを受ける。

「にゃっ!」

 こぐろが短く鳴いてはね飛んだ。

「こぐろ! どうして?」

『………すまん』

 蒼の電話越しの短い謝りで、砂那は咄嗟(とっさ)に理解できた。

 今の謝りは砂那に対してでは無く、こぐろの対して言ったものだ。蒼は砂那を守るため、こぐろを犠牲にしたのである。

 それは使い魔や、式神、式守神(しきしゅがみ)と言った、術者を助ける者の使い方としては間違いはなかったが、砂那は激昂(げきこう)した。

「蒼は手を出さないで! わたしが何とかする!」

 砂那はイヤホンマイクに向かって叫ぶ。そして、仔猫にの姿に戻って、草むらに倒れこんだこぐろに、一瞬目を向けて安否(あんぴ)を確認してから命令した。

「こぐろは怪我してるんだから、蒼の言うことは聞かない! 休んでなさい! 直ぐ終わらせるから!」

 先ほどとは打って変わって、傷ついたこぐろを前にして、砂那の覚悟が決まったのだろう。ダガーを握る手に力がこもる。

 そこから砂那の攻撃は激しさを増し、さらに男に詰め寄った。

 相手が九字切りを繰り出せないように連続で攻撃する。それも、切りつけるのではなく突いてだ。こちらの方が殺傷力が強い。

 男はたまらず後ろに飛び退()いた。その場所に一メートル四十センチの大剣が横に払う。砂那の式守神(しきしゅがみ)追撃(ついげき)である。

 運動神経のいい男だ。それも(かが)んでかわすと、さらに後ろに跳び砂那との距離を開けた。

 しかし、さすがに男の口元からは笑みは消える。

 砂那は八禍津刀比売(やがまつとひめ)を直ぐに消して、再びダガーを構えた。

 式守神(しきしゅがみ)も使い魔と同じで、九字切りとは相性が悪い。しかし消していれば式守神(しきしゅがみ)に攻撃できない。だから攻撃するときだけ出せば、式守神(しきしゅがみ)はダメージを受けないで済む。

 それが正解だったらしく、再び男に詰め寄ろうとした砂那は、その男の焦り声を聞いた。

「――――(りん)!」

 やばい!

 その一言で、砂那は鳥肌を立てた。

 九字切りの印契(いんそう)うや、九回(くう)を切らないと現れない九字切りを、だだ、指を振り下ろしただけで発動していた男が、追い込まれたのか、初めて神仏を表す九種類の印契(いんそう)()もうとしていた。

 本来なら()むだけでは効力が薄いのだが、何もしなくてあの威力だ。確実に今までより威力は上がるであろう。

(ぴょう)! (とう)! (しゃ)!」

 男の印契(いんそう)はカウントダウンの様に続けられる。

「出てきて、八禍津刀比売(やがまつとひめ)!」

 (あせ)る砂那は式守神(しきしゅがみ)と共に、一気に詰め寄り攻撃するが、男はその攻撃を全てかわし、印契(いんそう)を詠むのを止めない。

(かい)! (じん)! (れつ)! (ざい)くっ、」

 そして、あと一文字の所で、男は口を閉じて、大きく体をひねり、今まで使っていた通常の九字切りで攻撃を放つ。それは砂那達に向いてではなかった。

 男は彼女たちとは、逆方向の草むらに向かって三度放つ。それから警戒した様に、指を構えて砂那の後ろを見た。

 今の戦闘は、砂那たち以外に、他の攻撃が混じっていたのだ。

 砂那も男が印契(いんそう)を止めたことで、一度呼吸を整える。

 その真横を大型の黒豹(くろひょう)が通り過ぎた。

「………えっ?」

 砂那は突然現れた、大型のネコ科生物の姿に目を奪われる。

 黒豹は頭を下げた攻撃態勢で、男との距離を測っている。背中の筋肉が盛り上がり、(すき)あれば飛びつこうとしている。

「今度はなに? 黒い、トラ?」

『砂那、それはベネディクトさんの使い魔だ』

 イヤホンマイク越しに蒼が安堵の溜息を吐く。何だかんだと言いながら助けに来てくれたのだ。

「蒼の上司の?」

『あぁ、そうだ。ベネディクトさんの使い魔は強い。砂那、そこは任せて大丈夫だから、こぐろを連れて、囲いの準備に戻ってくれ』

 そう言われても、やられっぱなしで(しゃく)(さわ)るが、このまま戦闘を続けては、人喰い鬼と対峙している蒼に危険が(およ)ぶ。

 砂那はしばらく男をキツイ釣り目で睨んでいたが、諦めたように頷いた。

「………解ったわ」

 それから、こぐろを抱きかかえると傷の状態を見る。ぐったりとしているが外傷は無く、砂那が受けた様に疲労のような状態がきつくなったものだろう。

 砂那は胸を撫でおろし、それから再び男を見た。

 男は黒豹に注意を向けながらも、余裕が有るのか、砂那に対してハットを少し持ち上げ、挨拶のような真似をする。それからは、目の前の黒豹よりも、後ろの草むらを気にしていた。

 砂那は黒豹に「気を付けてね」と呟くと、再び囲いを張るために走る。

 蒼の声を聞いている分にはまだ余裕がありそうだが、危険な状態なのも変わりない。それに、また、別の邪魔をしてくる者が現れる可能性もある。

 この外国人の男は何者で、なぜ砂那達の邪魔をしてきたのか解らないが、急いだ方が良さそうだと、戦闘によって疲れた身体を無理やり動かせた。



 ベネディクトは隣の山から、阿紀神社(あきじんじゃ)のある山を見下ろしていた。

「ウィギンズ、そいつからの攻撃は気を付けろ、サガン、お前は読まれている。ウィギンズの攻撃で注意が切れたら仕留めろ」

 ベネディクトは使い魔に的確に指示を与えていく。

 今回の戦闘に当たって、ベネディクトは三体の使い魔を用意した。

 持ちての黄色い鍵〈ベネディクトはジョーヌの鍵と呼ぶ〉で呼び出す、大型の黒い豹ウィギンズ。主に直接的な物理攻撃担当で、形態からわかるように、スピード、パワーともに優秀な、ベネディクトが一番よく使う使い魔である。

 次は、持ちてが白と赤のツートンカラーの鍵〈ベネディクトはア・ポワの鍵と呼ぶ〉で呼び出す、三本足の八咫烏(やたがらす)のヴォクレール。主に偵察に使う使い魔だ。現在も空から男の動向を監視している。

 最後に、持ちての緑の鍵〈ベネディクトはヴェールの鍵と呼ぶ〉で呼び出す小動物。トカゲのようだが動きが早くて明細が不明なサガン。後ろ足に致死量(ちしりょう)の毒の爪と、動きを止める神経毒の爪を持つ、危険生物だ。小さくて動きが早いことから、本来は暗殺用に用いられる。先ほどから男が警戒しているのはこちらの方だ。

 この三体はベネディクトが普段からよく使う使い魔で、名前は全て、有名なフランスの自転レースの、トップジャージを取った選手から付けたものだ。

 蒼に言わせれば、彼女の使い魔達に、その名は似合っていないらしいが、ベネディクト本人は満足しているようである。

「やはり妙なのが混じって居たな」

 ベネディクトの(かん)が正しかったのだ。

 彼女は目を細め、上空のヴォクレールから視界の片隅に見える篠田を意識する。

 雨が降ってきたことにより、篠田は社務所の日陰にはいり、雨宿りしている。もう一人の男は、雨に濡れるのも御構い無しで、結びの結界が消えることにより、山から出てくる悪霊を囲っている様だ。

 そこで、篠田は何かに気付いたように、フッと顔を上げる。

 その顔は、少しだけ笑って居て、挨拶をするように右手もあげた。

「今回は、お前の思惑通りか。あまり楽しく無いな」

 ベネディクトそう呟くと、黒豹のウィギンズが相手する男に視線を戻す。

 男の仕事は砂那の足止めだけだったのか、今は逃げる機会をうかがっている。ベネディクトは使い魔達にワザと隙を作るように指示をして、男の退路(たいろ)を作った。

 男は素直にそれに(したが)い姿を消す。

「でも、私はここまでにするよ。後は二人で何とかしな、右腕の無い少年」

 ベネディクトは傍観者を決め込んで、ヴォクレールに砂那の後を追わせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ