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第7話 野垂れ死んだよ!

「野垂れ死んだよ!」


稲村浩二と名乗った男性は、こう言った。

隣のアスカさんも、かなり困った顔をしている。


「最底辺層が住むようなアパートで、一人で死んでたって聞いた。

これって、現代の野垂れ死にだよね?」


ひどい言い方だが、こっちが協力をお願いする立場なので、注意するわけにもいかない。

気まずさから、手元のアイスコーヒーに視線を落とした。

縁起がいい喫茶店だと思ったんだが...

ボクはアスカさんと一緒にいればいいだけ、と精神を立て直す。


「浩一さんがお亡くなりになったとき、一人だったんですか?」


「5年前、兄貴が死んだと、神奈川の…どこかの市役所からオレに連絡が来た。

市役所が言うには、身内がオレだけなんだと。

遺体の引き取りを依頼されたけど、もちろん拒否した。

兄貴は大学三年生のとき、いきなり失踪したんだ。

それ以来、50年間やりとりがなかったんだから、もう関係ない」


「兄弟姉妹は、浩一さんと浩二さんだけなんですよね?」


「ああ、そうだ」


「失礼ですが、ご両親は?」


「とっくに死んださ。

二人そろって、交通事故だ。

もちろん、兄貴は葬式に来なかった。

――もう30年経つのか」

と言い、上を見る。


稲村浩二さんも、思うところがあるのだろう。


「だからね、兄貴のことはなにも分からないんだよ」


「浩一さんが、大学三年生のときに失踪した。

その時から、一度も会ってない?」


「ああ、そうだよ」


「では、失踪当時のことを教えてください」


「今では、ここもだいぶ都会になったが、当時は畑ばかりだった」


ボクは、驚いた。

埼玉県南山市。


去年、ここに来たことがあるが、お世辞にも都会とは呼べない。

だが、50年前はもっと田舎だったのだろう。


「うちは代々、農家でね。

兄貴は、農家からC大の法学部に行った。

今と違って、大学に行くのは本当に優秀なヤツだけだった。

大学を出れば、学士さまと崇(あが)められた時代。

だから、兄貴は長男だけど、農家を継がないだろうと思った。

誰も口にしなかったけど、C大法学部を出た学士さまが、畑を耕すのかって」


ここで、稲村浩二さんは、こぶしを握り締めた。


「だが、50年前、大学三年生の夏、兄貴は急に消えた。

大学は知らないうちに退学。

下宿しているはずのアパートには、何も残っていなかった」


白銀会長の日記にも、アパートには何もなかったと書いてある。

話は一致している。


「兄貴には、女がいたらしい。

どうせ、その女と駆け落ちしたんだろ。

少なくとも、両親とオレは、そう解釈した―

これが、すべて。

兄貴がどうなったのか、まったく知らない。

まあ、市役所からオレに連絡が来たんだから、駆け落ちした女には、最期を看取ってもらえなかったんだろうね」

と言い、軽く馬鹿にしたように笑った。


相手の女性は、白銀会長だろう。

だが、日記によれば、白銀会長は捨てられたはず。


「きみたちも、探偵事務所の仕事で兄貴を調べているだけ。

だけど、あんな兄貴のことを調べなきゃいけないなんて同情するよ。

だから、兄貴に関するモノを探してみた。

そうしたら、タンスの引き出しにこれがあった」

と、一枚のしわくちゃな紙を差し出した。


アスカさんが受け取った紙を、覗き込む。

A4サイズのチラシだった。

高齢男性が若い男性と相談している写真が、大きく映っている。

その下に―

NPO法人「人生の最期を全力サポート」

―という文字。

住所は、神奈川県。


「兄貴が死んだとき、市役所だけじゃなく、そこからも連絡が来た。

NPO法人とやりとりをした記憶があるが、どんな内容だったか、まったく覚えてない。

チラシがなんで残っているのか、それも謎だ」


そういえば、稲村浩一さんが亡くなったとき、神奈川県の市役所から連絡が来たと言っていた。

稲村浩一さんが亡くなったのは、神奈川県だったのか?


「ほかに話すこともない。

もういい?」


「はい。

ありがとうございました」


「じゃあ、これで失礼するよ」

と言い、アスカさんが渡した名刺をテーブルから雑に取り上げ、去って行った。


ボクは思わず

「こりゃ、ひどい。

前回はここで有力な情報を得たから、期待してたんだけど。

今回は、大ハズレ」


前回とは―ボクがアスカさんに引きずり回された件。

二〇〇四年一月十七日、一人の男性が失踪した。

今さらながら、鷹宮探偵事務所に調査依頼が来て、アスカさんが担当になった。

ボクは一時的に鷹宮探偵事務所の所属になり、アスカさんの助手というポジションで、一緒に行動したのだ。


「白銀さんの希望は、稲村浩一さんの言い分を聞くことだった。

亡くなってるんじゃ、無理だしね」

と、アスカさんはうなずく。


だが、視線をチラシに落とし

「このNPO法人に、話を聞いてみようか。

浩二さんの話が正しいのか、確認は必要だし。

ところで―

マモルくんに資料を送っておいたから、今、チェックしてくれる?」


スマホで確認すると、見覚えのある資料が送られてきた。

だが、最後の資料は初見。


白銀蒼(あおい):白薔薇女子大三年生

稲村浩一:C大学法学部法律学科三年生

↓

55年後

↓

白銀碧(あおい):白薔薇女子大三年生

江本(えのもと)海斗(かいと):C大学法学部法律学科三年生


「江本くんって、下の名前は海斗か。

なんかカッコイイ名前」


「マモルくんだってカッコイイよ。

名前だけは」


「辛辣(しんらつ)だねぇ」


江本くんには一回しか会ったことがないが、かなり好青年だと思う。


一方、稲村浩一の評価は、正反対。

元恋人の白銀会長、弟の浩二さん―二人とも最悪だ。


だが、NPO法人で聞いた話は、ボクを大いに困惑させることになる。



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