EP 8
大成功の事後処理と、過保護CEOからの甘くて重いお仕置き(特別報酬)
新商品『星雫の美容液』の発表会から、三日が経過した。
ポポロ村の直轄事業所は、かつてないほどの熱気と活気、そして絶叫に包まれていた。
「ヒカリちゃん! 王都のランカスター侯爵夫人から追加発注! 初期ロットの百本じゃ全然足りないって、さらに五百本の追加だよ!」
「南部の商業ギルド本部からも、特使が土下座しに来ましたー! 『ゴルドの不正の件は平に容赦を! 今後の物流網はヴァルトブルク公爵家の完全な指示に従います!』とのことなのですよー!」
キャルルさんが超高速で注文書の束を捌き、コハクが空間魔法で次々と納品予定のガラス小瓶を箱詰めしていく。
私は自席のデスクに座り、山のように積み上げられた書類(PO)に承認印を押し続けながら、凄まじい勢いで跳ね上がっていく売上グラフ(KPI)に目を細めた。
「素晴らしいトラクション(顧客の反応)です。ゴルドという悪徳な中間搾取を排除し、独自のサプライチェーンを構築したことで、利益率も想定の200%を超えています。……これで、我が社の美容事業は、完全に市場を制圧しましたね」
ゴルドが公爵軍によって連行された後、南部の商業ギルドは完全にパニックに陥った。
だが、私は彼らを一方的に潰すような非効率なマネジメントはしなかった。ゴルドの息の根を止めたのはあくまで『横領』というコンプライアンス違反があったからだ。残されたギルドの職員たちには、公正な取引を条件に、王都への流通業務を委託した。
結果として、南部の物流網はかつてないほどクリーンで風通しの良い、完璧なエコシステムへと進化を遂げたのである。
「ふう……。とりあえず、これで新規事業立ち上げの第一フェーズは完了ですね。あとは、ガンツ親方の工房を拡張して、生産ラインを安定させるだけです」
私が最後の一枚の書類にサインを書き終え、大きく背伸びをした、その時だった。
ガチャリ。
オフィスの重厚な扉が、一切の遠慮なく開かれた。
「……随分と機嫌が良さそうだな、私の有能な共同経営者」
入ってきたのは、漆黒の外套を優雅に羽織った、氷の魔王ことアレクセイ・フォン・ヴァルトブルク公爵閣下だった。
その顔には、絶世の美貌をさらに際立たせる、ひどく甘く、そしてどこか『危険な』笑みが貼り付いている。
「しゃ、社長……」
「ヒィィッ! ヤバい、社長の『ヒカリちゃん成分欠乏症』が発動してる! コハク、撤収!!」
「きゅいーっ! ヒカリ、健闘を祈るのですよー!」
キャルルさんとコハクは、野生の勘で即座に身の危険(お邪魔虫になること)を察知すると、マッハの速度で窓から飛び出していってしまった。
静まり返ったオフィスに取り残される、私とアレクセイ様。
彼はカチャリと内側から扉に鍵をかけると、コツン、コツンと革靴の音を響かせて私のデスクへと歩み寄ってきた。
「しゃ、社長? あの、王都での残務処理は……」
「全て法務部と財務部に丸投げ(デリゲーション)してきた。私がいなくとも回る組織作りをしてあるからな」
アレクセイ様は私のデスクの前に立つと、長い腕を伸ばし、私を椅子ごと軽々と引き寄せた。
「さて。あの新商品発表会での君の華麗なる手腕には、公爵として最大の賛辞と報酬を与えなければならない。……だが、同時に、私の婚約者に対しては、厳重な『お仕置き』が必要だ」
「お、お仕置き、ですか……?」
私が身をすくめると、アレクセイ様はスッと目を細め、私の目の下にそっと長い指を這わせた。
「……私の指示(命令)を無視して、何日徹夜をした? 私の目の届かないところで、どれほど危険な橋(潜入調査)を渡った? 君が少しでも傷つく可能性があったかと思うと、私は今でも胃の腑が凍りつく思いだ」
彼の声は低く、そして切実だった。
ただ怒っているのではない。本当に私の身を案じ、そして自らが守りきれなかった(守る機会を奪われた)ことに対する、不器用な独占欲の裏返し。
「……申し訳ありません、社長。ですが、あの時は最速でPDCAを回さなければ、市場を奪われるリスクがありました。それに、私はコンサルタントです。社長に守られているだけのお飾り(マスコット)にはなりたくありませんでしたから」
私が真っ直ぐに彼の青い瞳を見つめ返してそう答えると、アレクセイ様はふっと口元を緩め、深い、深いため息をついた。
「……ああ、そうだ。君はそういう女だった。私が愛し、私の隣に立つことを許した唯一の女性は、守られるだけの鳥籠の鳥ではない。自らの知略で空を切り裂く、気高き鷹だ」
アレクセイ様は私の腰に腕を回すと、そのまま私を抱き上げ、オフィスの奥にある応接用の巨大なソファへと私を押し倒した。
「ひゃっ……しゃ、社長!?」
「だが、就業規則違反に対する罰は受けてもらう。……君は今日から三日間、完全な有給休暇だ。この私から離れることは一切許さん」
上から覆い被さってくる大きな体。
冷たい外套の感触と、彼から漂う上質なシガーとミントの香りが、私の全身を包み込む。
「ちょ、待って、三日間も離れないって……私にも事業の引き継ぎが……!」
「黙秘権(沈黙)を行使しろ。……君のその優秀な頭脳(CPU)を、今は完全に休ませるんだ。私の腕の中で」
アレクセイ様の顔が近づき、その熱い唇が、私の額、目元、そして頬へと、甘く執拗に落ちていく。
それは罰(お仕置き)などという恐ろしいものではなく、あまりにも甘く、重たく、私の理性を根こそぎ奪っていく『極上の慰労(ご褒美)』だった。
「んっ……ぁ……」
「……本当に、君という存在は私の全てを狂わせる。あの広場で、君が堂々と悪党を追い詰めていた姿。私のものだと世界中に見せつけたくなるほど美しかった」
耳元で囁かれる低音のヤンデレ宣言に、私の心拍数は完全にストップ高を記録する。
彼の指が私の髪をすくい上げ、首筋へと熱い吐息を吹きかけた。
「……社長。一つだけ、訂正させてください」
「なんだ?」
「私は、社長に全てを丸投げするような無能ではありません。ですが……私がここまで強気で事業を推進できたのは、背後に社長という『最強の安全保障』があると、心から信じていたからです」
私が彼の広い肩に腕を回し、その胸板に顔を埋めながら素直な本音を伝えると。
アレクセイ様は一瞬だけ息を呑み――やがて、限界を突破したような歓喜の唸り声を漏らした。
「……っ、ヒカリ! 君は、本当に……!」
「だから……その、三日間の有給休暇、喜んで取得させていただきますね」
私がクスッと笑うと、アレクセイ様はもはや一切の容赦を捨て去り、私の唇を深く、深く塞いだ。
呼吸すら奪われるほどの、熱く激しい口づけ。
ビジネスの戦場を駆け抜けた私に与えられたのは、この上なく過保護で、甘すぎるCEOからの『特別報酬』だった。
***
翌日。
アレクセイ様の腕の中で(物理的に)拘束されながら、私はベッドの上で一枚の書簡に目を通していた。
「……社長。これは?」
「ああ。王都の王宮から届いたインビテーション(招待状)だ。どうやら、南部の貴族令嬢たちの間で爆発的に流行している『魔法化粧品』の噂が、王妃殿下の耳にも入ったらしい」
アレクセイ様は私の髪を指に絡めながら、楽しそうに笑った。
「王妃殿下が、その『星雫の美容液』を開発した有能なコンサルタントであり、私の婚約者である君に、直接会ってみたいと仰っている」
「……なるほど。南部の市場を制覇した次は、いよいよ王都への本格進出というわけですね」
私はコンサルタントとしての血が騒ぐのを感じながら、不敵な笑みを浮かべた。
王宮という、この国最大の権力と欲望が渦巻く場所。そこにはきっと、ゴルドのような三流商人とは比べ物にならないほどの、強大な既得権益(競合他社)が待ち構えているだろう。
「怖気付いたか、私の共同経営者?」
「まさか。王都の美容市場も、我が社の圧倒的なプロダクトと論理で、完全なブルーオーシャンに変えてみせますよ。……社長の強力なバックアップがあれば、ですが」
「ふっ……当然だ。我が公爵家の全資産と、私の全てを懸けて君をサポートしよう」
アレクセイ様からの甘い誓いのキスを受けながら、私は次なる事業計画へと想いを馳せた。
過保護なCEOと、有能(?)なコンサルタントの快進撃。
私たちのビジネスと溺愛の物語は、舞台を華やかな王都へと移し、さらなる急成長(右肩上がり)を遂げようとしていた。




