03. 奴隷っちゅうのを見に行く
エルガーから武を学び、
ヘルクから知識を学ぶ。
そうしている間に数ヶ月が過ぎた。
初日は俺の才能を前に茫然自失となっていたエルガーだが、次の日には何かを決意した顔で、俺に鬼のような稽古をつけるようになっていた。
絶対に殺す気ですよね?
本気でそう思わされる殺気丸出しの乱取り稽古。
自分の才能を知り調子に乗りかけていた俺は、鬼気迫るエルガーの剣技を前に防戦一方だった。
最初の頃はボッコボコ。
大人げないにも程がある。
だが、おかげで間違いなく力が付いた。
毎日、会話もなくどちらかの木剣がへし折れるまでひたすら剣を打ち合う。
俺も成長したけど、指南役であるエルガーまでもが日に日に強くなっているのは気のせいじゃないと思う。
あの歳でまだ実力を伸ばせるとか、マジで凄いよあのオッサン。
師匠と言うよりライバルみたいな関係だけど、俺はあの人を尊敬することにした。
勉強の方も順調だ。
あれから俺はヘルクの教えで様々な知識を身に付けた。
この異世界は知れば知るほどに面白い。
まるで物語の中にいるようで、新しい知識は絵物語を読むようにスルスル頭に入った。
学ぶ中で色々な発見や驚きがあったが、一際印象に残ったことが二つある。
まず、この世界には貴術とかいうファンタジーな力が存在している。
要するに魔法みたいなものだ。
ただ、あるあるな『詠唱をして手から火を出す』みたいなものとは違う。努力次第で何個も術を習得できるものでもない。
貴術という奴は基本的に貴族家の直系に遺伝するもので、各貴族家ごとに個性的な異能力を持つらしい。ちなみに、カースナー家の人間は代々〘魅了〙の特性を持つ貴術を発現する。
貴術の発現は十歳の誕生月ということなので、俺が貴術を使えるようになるのはあと三年ほど先のこと。
異能力だぁ?
最高じゃぁないですかっ!
そんな感じでテンションを上げていたのにお預けを食らってうずうずさせられた。
まあ、それはいずれ来る日のお楽しみということで、今は大人しく夢を膨らませるしかない。
そんな今は手の届かない貴術の話よりも、今の俺にはもっと気になることがある。
この世界には、奴隷制度が合法として存在しているのだ。
社会の底辺にして弱者——奴隷。
前世の俺を彷彿とさせる者たちだ。
「奴隷、ねぇ……ぐふふっ。いいじゃないか」
革張りのソファに深く腰掛け、
分厚い法律書をパラパラと捲る。
国の奴隷法によれば、彼らは決して人権を完全に剥奪された存在ではないらしい。
むしろ大切な労働力として国から管理されており、所有者には最低限の衣食住の保障や不当な暴力の禁止といった義務が課せられている。
とはいえ、身分階級の最底辺であることに変わりはない。
ふふっ……今世の俺がどれだけ恵まれた特権階級にいるのか、底辺の連中を直接見て優越感に浸ってやる!
性格が歪んでいる?
当然だ。
俺は今世、他人を見下し、自分のためだけに生きる最凶の悪党になると誓ったのだからな。
さっそく俺は分厚い本を閉じ、父親であるベルン公爵の執務室へと向かった。
「お父様、俺、領地の視察に行きたいです! 手始めに奴隷市場の見学などを」
俺は親に媚びて幼女特有の愛らしい声色を作ったりなどしない。
俺は、何者にも屈しない傲岸不遜な人間を目指しているのだから。
だから俺は両腕を胸の前に組み、仁王立ちで堂々と提案した。
あくまで名目は社会見学だ。本音は「惨めな奴隷どもを指差して笑ってやりたい」だけなのだが。
そんな俺の言葉を聞いた父親は、持っていた羽ペンを取り落とし、目を見開いて絶句した。傍らに控えていた執事のオーガスも、微かに肩を震わせている。
「べ、ベルベット……お前、まさか……すでに気づいていたのか?」
「……はい?」
「さすがはベルベットお嬢様です!」
「おお、なんということだ! 我が娘は書物から得た知識のみで、カースナー領に巣食う暗部にまで勘付いていたとは! 私が甘い顔をして野放しにしてしまった愚かな業者の実態を、自らの目で確かめに行こうというのだな……!」
いや……なんの話だよ。
俺はただ底辺を見下してニヤニヤしたいだけなんだが?
よくわからんが、父は両手で顔を覆い、「なんという高潔な精神……」とか言って感涙に咽び泣いている。
しかしすぐに気を取り直したようで、父はやたら気合の入った顔を俺に向けた。
「ベルベット、お前ひとりで奴隷市場に行くというのは危険すぎる。実は、私もそろそろあの奴隷業者に釘を刺しに行こうと考えていたのだ。私の視察に同伴するという形でならば、お前の奴隷商館への訪問を許そう」
この親父の思考回路は理解不能だが、外出の許可が下りるなら好都合だ。
「ホント!? ありがとうパパ!」
あ、ミスった。
つい記憶を取り戻す前の癖が……。
「お~~~よしよし! パパがベルベットちゃんを奴隷商館に連れて行ってあげまちゅからねぇ!」
髭がジョリジョリして痛いから頬ずりするのはやめて欲しい。
あと、そんなテンション感で子供を連れていく場所ではないだろ……。
こうして俺は、父親と共に護衛を伴い、カースナー領にある最大規模の奴隷商館へと足を運ぶことになった。
◆
領都の裏路地にひっそりと佇むその商館は、外から見ればただの巨大な倉庫のようだった。
しかし一歩中へ足を踏み入れると、ひんやりとした湿った空気と、むせ返るような錆と汚物の臭いが鼻腔を突く。
「……ひどい有様だな」
思わず独り言が漏れた。
薄暗い空間にいくつもの鉄格子が並び、その中には手足を鎖で繋がれた人々が押し込められている。
彼らの姿は俺が法律書で読んだような『国の管理下にある労働力』とは程遠かった。
骨と皮だけになるまで痩せ細り、与えられているのは汚れた水と腐りかけの残飯のみ。体には無数の鞭の跡が刻まれ、誰もが虚ろな目で宙を見つめている。
惨めな連中を見て優越感に浸るつもりで来たが、さすがにこれは予想外だった。
「こ、これはカースナー公爵様! ようこそ、我が自慢の商館へ!」
奥から這い出るように現れたのは、脂ぎった顔に卑屈な笑みを貼り付けた丸太のように太った男だった。この商館のオーナーだろう。
煌びやかな子供用ドレスに身を包んだ俺と、いかついスーツを着た父の姿を見るなり、床に額を擦りつける勢いで平身低頭する。だが、その瞳の奥にはどこか怪しい光が宿っていた。
「本日はいかがなさいましたかな? このようなむさ苦しい場所へ。もしや奴隷の購入に? お望みの品がございましたら、最高の奴隷をご用意いたしますぞ」
「いいや。今日は奴隷の購入ではない。ちょっとした視察でな——」
父が厳しい口調で返すと、
奴隷商は脂汗を額に浮かべていた。
二人のやり取りも気になるが、
俺の目的はオッサンたちの世間話を聞くことじゃない。
どれどれ、負け組どもをじっくり見てやるとするか。
俺は、檻の中をゆっくりと見て回る。
すると、部屋の最奥にあるひときわ狭く汚い檻の中に、一人の少女がいることに気づく。
年齢は俺と同じか、少し上くらいだろうか。
色素の薄い銀色の髪は泥と血で汚れ、襤褸布のような衣服からは痛々しい傷跡が覗いている。
彼女は壁に寄りかかり、まるで死を待つだけの人形のように膝を抱えて身を丸めていた。
虚ろな目で正面に立つ俺をぼんやりと見て、すぐに顔を伏せる。
なんだコイツの目……。
なんか、見てるだけでムカつくなぁ。
絶望に染まりきった少女を前に、俺はどうにも形容しがたい苛立ちを覚えた。
我ながら理不尽な怒りだ。
だが、どうしても抑えられない。
「なぁ、お前、悔しくないのか? こんな薄汚い檻に閉じ込められて、汚い飯を食わされて」
気付けば、そんな言葉を投げかけていた。




