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TS令嬢、悪役ムーブで人生を謳歌したい  作者: 真嶋 青
第一章

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20. 平穏の裏

 ◆ ベルン


 王都にあるカースナー公爵家の別邸。

 王宮での政務の疲れを癒すための広々とした部屋なのだが、今はそんな場所すらも息苦しく感じられた。

 

「……まだ、見つからないのか」

「はい……大変、申し訳——」

「いい。お前が謝ることではない……」


 必死に平静を装ったが、内心は荒れ狂っていた。

 

 報告を終えた護衛騎士の退室を見届けて、私は重い溜息を吐きながら頭を抱える。

 

 我が愛しの娘、ベルベットが行方不明になった。

 

 王都へ向かう道中、カルメルの宿場町で忽然と姿を消したのだ。

 護衛たちも、アンリエットも、誰も彼女の行方を知らない。

 さらに言えば、ベルベットの側付き見習いとして仕えていた使用人のシルヴィアまでもが姿を消している。

 

 事態を知った私は、血の気が引く思いだった。

 その後、私は王都へと馬を走らせ、国王陛下へ直々に謁見を求めた。


『陛下! 我が娘が……ベルベットが、何者かに(さら)われました! どうか、どうか王宮騎士団を派遣していただきたい!』

 

 なりふり構わず平伏する私に、国王陛下は驚きつつも深く同情してくださった。

 

『面を上げよ、ベルン。余も息子を持つ親だ。お前の焦る気持ちは痛いほどわかる。それに、ベルベットはラインの婚約者として、こちらから願い出た相手。これは我が王家の問題でもある。直ちに騎士団を動かそう』

 

 陛下から温かい言葉をいただき、すぐさま王都からカルメル方面へ向けて大規模な捜索隊が放たれた。

 だというのに、数日が経過しても目撃情報すら上がってこない。

 

「ベルベット……私の可愛い天使よ……。もしや、身代金目的の凶悪な組織に……。だが、例の組織のことはダールトンから動向を逐次報告されていたはずだ……。まさか、裏切られたのか?」


 考えれば考えるほど、最悪の想像ばかりが頭を過る。

 ベルベットは恐ろしく聡明だが、まだたった十歳の子供なのだ。

 今こうしている間にも、どれほどの恐怖と戦っているか——。


 想像するだけで、胸が張り裂けそうだ。

 

 食事も喉を通らず、夜も眠れない。

 

「旦那様、少し休まれた方がよろしいかと存じます。これ以上は旦那様のお体が持ちません」


 私の前に、執事のオーガスが静かに歩み寄った。

 彼は私が留守の間、カースナー領の公務に務める妻を支えてもらう予定だったが、急報を送ったところ応援に馳せ参じてくれた。

 

「休んでなどいられるか……。私がベッドで横になっている間にも、ベルベットが冷たい床で涙を流しているかもしれないのだぞ!」

「お気持ちは痛いほどわかります。ですが、そのようにご憔悴された状態では、いざというときに動けなくなってしまわれますよ」

「だが……だがっっ! う、うぅぅ……ッ! 私のせいだ! 私がもっとしっかりしていれば……私が、あの子を危険に晒してしまったのだ!」

 

 己の不甲斐なさに涙をこぼす。

 

「落ち着いてください……旦那様。確証はないのですが、一つ、奇妙な情報が入ってまいりました」


 オーガスが声を潜めて言った。


「何? なんでもいい、聞かせてくれ!」

「あまり、期待はしないでください。王都の冒険者ギルドから仕入れた噂話です。昨日、ひどく足を負傷し、顔に大きな傷のある男がギルドに駆け込んできたそうなのです。男は錯乱しており……『アイラル近郊の山で、赤髪の少女の皮を被ったバケモノに襲われた。即刻冒険者を派遣して討伐してほしい』と叫び回ったとか」

「赤髪の少女、だと……?」


 私は勢いよく顔を上げた。

 

「ええ。ですがその男、依頼料を全く持っておらず、ただ涎を垂らしながら恐怖に震えて支離滅裂な妄言を吐き続けるばかり。ギルドの受付嬢は精神異常者と判断し、門前払いにしたそうです。今では冒険者たちの間で『頭のイカれた男の笑い話』として噂になっている程度でして……」

「だが……アイラル……アイラルといえば、カルメルから少し西へ向かった山奥の農村地帯ではないか!」


 カルメルで姿を消したベルベットの行き先としては辻褄(つじつま)が合う。

 それに、赤髪の少女。

 赤毛は、カースナー家の特徴。

 そうそう見かけることのない珍しい髪色だ。

 

 偶然とは思えない!


「その男が見たのはベルベットだ! 野盗に攫われて、今も山中に居るに違いあるまい!」

「で、ですが旦那様。男は明らかに精神的に不安定な状態にあったそうなのです。それに、お嬢様がバケモノなどと……」

「たわけが!!」 


 私は机を強く叩き、立ち上がった。

 

「爪先ほどの可能性があるのなら、動かん理由はない! 今すぐにカルメルに向けて馬を走らせるぞ!」

「だっ、旦那様! 落ち着いてください! せめて明日の朝に! こんな夜更けに山中へ向かうなど危険です! カルメルの深林には凶悪な害獣が——」


 オーガスの言葉を遮り、ドンッ! と、

 拳をテーブルに叩きつける。

 

「知ったことかぁっ! 今すぐに出立し、あの近辺を根城にする野盗どもを根絶やしにして回る! これはっっ! 決定事項! だ!!」


 そして、有無も言わさず私は護衛たちを引き連れて王都から出立するのだった。


 


 ◆ ベルベット



「クルルゥ〜クルッポ」


 ここに来てから毎朝聞かされている(はと)っぽい鳥の鳴き声で目が覚める。

 目を開けた俺の視界は真っ暗だった。


「く、苦じぃ……」


 俺の顔面を何かが塞いでいる。

 そして何故か体が動かせない。


 まさか……。

 また拘束されて誘拐事件か!?

 

 な〜んて心配は一瞬で霧散した。

 身じろぎして顔を上げると、俺の体をガッチリとホールドして眠る少女がひとり。


 これなら逃げられないでしょ?


 そんな声が聞こえてきそうだ。

 俺の視界を塞いでいたのはシルヴィアのおぱ〜いだった。


「いい寝顔ですこと……」


 満足そうな顔しおってからに。


 ほっぺをモチモチさせた寝顔が面白い。

 つついて遊んでもいいかしら?

 つまんでみても楽しそう。


「シルヴィア、苦しい。放してくれ」

「……ふゃ……うゃ」


 目を覚ます気配はない。

 

 そういえば、シルヴィアの寝顔を見るのは初めてだ。

 すごく気持ちよさそうで、見ているとこっちまでまた眠たくなってくる。

 

 人の寝顔ってなんか見てると落ち着くなぁ。

 

 ぼんやりとそんなことを思った。

 シルヴィアはいつも俺の寝顔を見て何を考えていたのやら。


『目を離したら私のことを置いていくんでしょ』


 昨夜の言葉を思い出す。

 

 毎朝毎朝、飽きもせずに主人の寝起きを待つとは。

 なんとも殊勝なことだ。

 

 そんな風に思っていたのだが、シルヴィアはそうしなければ気が気でなかっただけなのではなかろうか。

 そんなことに思い至ってしまった。


「いきなり置いてきゃしねぇっての……」


 何度も何度も彼女が繰り返す心配の言葉。


 置いて行かないで……か。

 本当は別の人に言いたかったんだろうなぁ。

 とか考えちゃったり。

 

 あ〜ヤダヤダ。

 朝からナーバスな気持ちにさせられたわ。


「うりうり」


 シルヴィアの頬をつついて憂さ晴らしをする。

 

 そういえば、昨夜は二人で床に座って寝たはずだが、いつの間にかベッドに移動させられていた。

 

 誘拐された時も思ったが、

 俺はちょっと寝つきが良すぎるかもしれない。

 寝ている間に運び放題では、

 いつか本当に誘拐されかねん。

 心配だ……。

 

 それはさておき。


「シルヴィアさ〜ん? 起きてください? アナタのご主人様が苦しいと申していますよぉ〜」

「うゅ……」

 

 あら可愛い。

 じゃなくて。


「お~い。起きろ~。おっぱい揉むぞ~。セクハラしまくるぞ~」

「…………」


 返事がないということは(はい)ということだ。


 それでは遠慮なく。


「さっさと起きろ! このおっぱいメイドがっ!」


 モミモミモミモミ。

 目の前のデッケー乳を揉みしだく。

 

「きゃうぁ!?」


 変な悲鳴を上げてシルヴィアが目を覚ました。

 

 

 ◆ シルヴィア


 シルヴィアを名乗るようになってから、

 初めてベルベット様より遅く目が覚めた。

 ベルベット様にいきなり胸を揉まれたことよりも、

 自分が深い眠りについていたことに驚く。


「やっと起きたか駄メイドめ」

「ご、ごめんなさい……。疲れていたようで、起きるのが遅くなってしまいました」

「あぁ? 別にゆっくり起きることについては、とやかく言う気はねぇよ。ただ、俺を拘束して寝るのはやめろ。危うくお前のデカ乳で窒息するところだったぞ。このおっぱい星人め」


 てちっと軽い音を立ててデコピンされた。

 

「あぅ……」

 

 おでこは痛むが、しかし頭はとてもスッキリしていた。

 久しぶりに熟睡できたおかげだろう。


 本当に、いつ以来かな……。

 こんなにもぐっすり眠っていたのは——。

 

 夜になると、ふとした瞬間にククルゥが頭の中で喋り出す。

 そして、私が不安になる言葉ばかりを彼女は繰り返し囁くのだ。


 また置いて行かれるよ。

 朝になったらいなくなってる。

 捨てられちゃう。

 ひとりぼっちに戻るんだ。


 そんなことはないと否定しても、彼女は静かになってくれない。

 夜の静けさが深まるほどに、その声が大きくなる。

 どうしても耐えられなくて、私はある時から睡眠剤を常用するようになった。


 睡眠剤は自分で作っている。

 といっても、大したものじゃない。

 

 公爵家の使用人として茶葉の買い出しに行った際、行きつけの茶店の店主との雑談でとある話を聞いたのだ。

 

 カルモーネという植物の根や葉には、精神抑制や安眠効果がある。

 本来は乾燥させた根や葉を()して紅茶にするらしいのだが、私は自分用に購入したそれを粉末状に砕いてそのまま飲んだ。

 これが、思っていたより効果があった。

 

 ただ、飲みすぎると体調を崩す。

 最初はよく分量を間違えて頭痛に苦しんだ。

 周りにバレないように我慢していたけれど。

 

 夕食後はできるだけ早い時間に睡眠剤を飲んで寝る。

 それが私の習慣になっていった。

 

 でも、繰り返すほど眠りはドンドンと浅く、目覚めるのが早くなる。

 

 暗い時間に目が覚めると、

 一人で自室にいるのが辛くてどうしようもなかった。

 

 だから、

 ベルベット様の部屋に忍び込んで、

 朝まで寝ている彼女と過ごすようになった。


 言葉遣いと気性が荒々しくて、

 戦いとなれば物語の英雄のように獅子奮迅する。

 そんな彼女だが、寝ている間は年相応の少女に見えた。

 

 眠りが深い体質なようで、たまに髪を撫でても目を覚まさない。

 調子に乗って頬にキスをしたこともある。

 

 彼女が寝ている姿を見ていると、私はとても安心できた。


 でも、彼女の婚約話を聞いてギリギリ踏みとどまっていた崖の縁から滑り落ちてしまった。

 夜になると、もう私は平静を装うことができなくなる。


 弱い自分に負けちゃダメだ。

 頭ではそう思うのに、感情を制御できない。

 胸がざわつく。


 ここ数日は、明るい時間すらも……。


「シルヴィア! 水浴びに行くぞ! いつまでもベッドにいると、このまま一日が無駄になりそうだ」


 私の不安を掻き消すようにベルベット様の声が響く。


「はい。わかりました」

 

 今日も二人きりの一日が始まる。


「付いて来いシルヴィア。今日は水浴びのついでに泳ぎを教えてやろう」

「川で泳ぐと危ないですよ」

「バッカもん! 危ない所でやるから必死になって覚えるんだろうが!」


 彼女は私の手を引っ張って歩き出す。

 私はその手を強く握り返した。

 

 

 愛しのベルベット様。


 私を解放してくださった。


 私を導いてくださった。


 私を救ってくださった。


 

 私の天使。

 

 私の——悪魔。


 今日もアナタの気まぐれが、

 私の心を掻き乱す。


 気まぐれでもいい。

 少しでも長く、

 二人だけの時間が続きますように。

 

 けれど、その願いは叶わなかった。

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