17. 祟り神
◆ ハリベル
綺麗な赤髪の少女だった。
酒場で聞いた情報にはなかった、もう一人の子供。
銀髪の少女に護衛がいたなら面倒だったが、ガキがひとり増えたところでなんてことはない。
むしろ、売り物が増えて運がよかった。
そんな風に思っていた。
だが——。
「口がクセェ」
ため息交じりの声と同時、
前触れもなく手下の首元から血が噴き出した。
さらに一太刀。
少女が横薙ぎにナイフを振ると、
ポトリと手下の頭が落ちる。
コロコロと頭が転がり、その顔と目が合う。
何が起きたのかわからないといった表情で、キョトンとしていた。
まだ自分が死んだことに気づいていないのだろう。
「人攫いならさっき経験したばかりでな。一日に二度は勘弁だ」
赤髪は、誰に向けて言っているのかわからない調子で呟く。
もしかすると、ただの独り言だったのかもしれない。
その声には、気怠さと苛立ちがあった。
血しぶきを浴びるその姿から、人間らしさは感じられない。
俺が思ったことは、こうだ。
マズい。
怪物の尾を踏んだ。
死んだ手下の顔を見た瞬間、
俺の本能が危険信号を発していた。
迷いのない刺突。
あまりにも鮮やかなナイフ捌き。
人ひとりを殺したとは思えない落ち着き様。
人を殺した経験が他にもあるのだろう。
あの若さで?
まともな人間じゃねぇ。
いや、そもそもあれは人なのか?
女だとか、子供だとかいう侮りは消えていた。
「こ、このガキ!? よくもやってくれたなぁ!」
手下のひとりが激昂して斧を振り上げる。
バカが。
お前は今、何を見てたんだ?
「グッ!? ……ゴゲッ!」
やはりその手下も斧を振り下ろすより先に、少女のナイフに切り刻まれ全身から鮮血を流すことになった。
だが、何かがおかしい。
奴は斧を振り上げたきり、振り下ろす手を止めていた。
それどころか、身体を切り刻まれた今も、糸で吊り下げられているかの如く斧を振り上げた姿勢のまま身体をピタリと止めている。
「どうなってやがる……?」
なんにしても異常だ。
逃げるか?
その選択肢が浮かんだ瞬間、
俺の判断は早かった。
「テメェら! 囲んでやっちまえ!」
手下どもをけしかける。
すると、威勢の良い声を上げて残る手下たちが赤髪のもとに殺到した。
それを確認して、俺は自分一人だけ手下たちとは真逆——林の奥へと走り出す。
じゃあな、お前ら。
いつか地獄で会おうぜ。
卑怯者と罵られようと構わない。
俺はいつだって弱者を貶め、
強者に背を向けて生きて来た。
それが俺の処世術だ。
手ごまが減るのは困るが、
自分の命が最優先。
手下はまた増やせばいい。
だが——。
「まぁ待て」
地を這うヘビのような悍ましさを覚える声が、後ろから聞こえた。
全身から汗が噴き出す。
う、動けねぇ……。
背後からゆっくりと歩み寄る足音が聞こえてくる。
子供の足だ。
俺が本気で走れば追いつけない。
そう思うのに、足が前に出なかった。
背後へ振り返ることすらできない。
クソッ、手下どもは何をしてやがる!
「手下を囮にしてリーダーだけが逃げるとはな。良い根性してるじゃねぇか。そういう生き汚さは嫌いじゃないぞ」
可憐な見た目からは想像できない男まさりな喋り口。
そして、圧倒的な強者の風格。
外見とは何もかもがチグハグな存在。
やはり、人ではないのだろう。
あるいは、人に憑りつく怪異の類か。
最悪だ。
まさかこんな怪物と遭遇するとは。
頼む。
夢ならば醒めてくれ。
——グサッ。
「グッ!?」
太腿の裏に冷たい感触。
遅れて、焼けるような痛み。
ナイフで刺されたのだと悟った。
そして、これが夢ではないのだと、
その痛みが残酷な現実を俺に突きつける。
今にも膝から崩れ落ち、
のたうち回りたくなる痛みだ。
だが、俺の身体は自分の意思で動かすことができない。
何が起こってやがる!
——ザクッ、ザクッ、ザクッ。
「ぐぁぁぁぁ!?」
「こんだけ刺しとけば、もう走れはしねぇだろ」
さっきと同じ、右の太腿。
同じ場所を何度も何度も抉られる。
痛みで気が狂いそうだった。
それから、俺の身体を縛り付けていた拘束感がフッと消えてなくなる。
途端に俺の体は地に崩れ落ちた。
「クゾォッ……チクショウ! なんなんだよぉ!」
悶え苦しみ、悪態を吐く。
そして、振り向いた先の光景を見て、俺はその場で股間を濡らした。
立ったまま、首が落ちた死体が並んでいる。
「すげぇだろ? 俺の能力に掛かった状態で死ぬと、死んだ後も動けないらしいぞ」
ハハハと笑うバケモノ。
「ハハッ……ハハハッ。ハハハハハ」
違う。
笑っているのは少女ではない。
俺だ。
「あれ? 壊れちゃった……。おいおい、しっかりしてくれよ。まだ色々と試してみたいことがあるんだ」
俺の人生はここで終わる。
わけもわからずに。
そして俺は、初めて絶望という言葉の本当の意味を知った。
そういえば、ずっと昔に田舎の両親から聞かされたことがあった。
山には祟り神がいる。
だから、不用意に山へ足を踏み入れてはならないのだと。
「もう少しだけ頑張って、俺の実験に付き合ってくれ。そうしたら、生きて帰れるかもしれないぞ?」
少女の形をした祟り神。
その気まぐれがどう転ぶのか、
俺はやはり笑って嘆くことしかできなかった。




