27、夕暮れの会話☆
炎風達はタワー上階へを外側から昇っていく。
「先に受付に行くべきでは?」
「そんなの、面倒くさいって!」
ケイトの問に炎風はそう答えた。
タワーの真ん中辺りで止まり、炎風は丸窓をノックする。
丸窓の直径は自分達の身長並にあった。
ケイトは反射する窓の奥をよく見ると、華美に装飾された大統領執務室があった。
ライオンの獣人姿の半妖精オセロは、重厚な机の前で、部下と思わしき半妖精達にあれこれ指示していた。
黒服のヒョウの半妖精が窓に近付いてきた。
スススとガラスが下に降りて窓が開いた。
一同が中に入ると、オセロは席から立ち上がり、両腕を広げてこちらにやって来た。
ネイビー生地に、銀色に輝くストラップ模様が織り込まれている。近くで見ると銀色の線はかなり太くて目立つ。
壁の飾られたタペストリーも、ネイビーと銀のストライプ模様だった。これがオセロカラーなのだろうとケイトは思った。
「おお! 我が友人、冬の妖精寒風君!
久しぶりだね。会えて嬉しいよ!」
寒風は控えめに会釈をする。
「寒風君のおかげで部屋が涼しくなった。
ちょっと冷房を弱めてくれ。
君は夏の国のエネルギー事情にも貢献してくれるね」
オセロの言葉は、称賛なのか皮肉なのか、ケイトには判別出来なかった。
寒風の横顔を見ると苦く微笑んでいた。
部下が部屋の一角にある応接用ソファに案内する。
ケイトが座ると、その向かいにドカっと丸く膨らんだ腹を弾ませるようにオセロが座った。
オセロの背後には、黒いスーツにオセロカラーのネクタイやチーフを身に着けた屈強そうな獣人達が並ぶ。
ケイトの背後には東風と寒風が、横には炎風が浮かぶ。
「急な訪問、大変失礼いたしました。
お忙しい中、お時間くださりありがとうございます」
ケイトは手を合わせ、座りながら頭を下げる。
「いやいや。我々も貴女が来るのを待っておりました。
ケイト主任」
ケイトは瞬きを繰り返した。
まだ自分から、名前も肩書も名乗ってはいない。
「どうして、私の名前を?」
「私はイビスコのトップ。
ここで起きたことは何でも分かりますよ」
豪快にオセロは笑う。
その笑い声の奥に、妙な冷たさを感じる。
「ジェンガ、ウノの順で、私の元には最後に来るとは……。
中々の知恵者が貴女に助言したようですね」
ケイトは眉根を寄せる。
隣の炎風の揺らめく毛先が時々視界に入る。
彼は分かって、この順で案内したのだろうか?
「既にご存知であれば、話は早いです。
影の妖精への警戒強化をお願いします。
アンプリファイアらしきものを発見した場合は絶対に近付かず、我々にお知らせください」
「もちろんです。
既にモノカゲ探索係に、街中をパトロールさせています。
まだ発見報告はないですが、油断せず継続させましょう」
「ありがとうございます」とケイトは頭を下げた。
黒服の一人が、ケイト達の前にお茶と菓子を置いた。
浮いている三人へは、アイスティーを手渡した。
寒風は丁重に断っていた。
「ケイト主任は地球から来てくださったそうですね。
フェイス外の人物とお話し出来るのは貴重です。
特に地球は気になっていたのですよ。
妖精の力もなく、高性能のエネルギーもないのに、どうやって宇宙開発に成功したのか。
まさか生命の感情をエネルギー化していたとは。
これは天晴れです。
生命の感情程、無限で壮大なものはありません」
オセロは大袈裟に手振りしながら話す。
しかし、急に背を丸め視線をケイトに近付ける。
肉食獣の鋭い目だとケイトは感じた。
「私はイビスコリゾートを宇宙にも進出させたいのです。
しかし、妖精の力は宇宙では発揮しにくい。
アンプリファイア技術があれば、実現可能です。
どうか協力を検討してもらえませんかね?
堅苦しいことは不要です。後でどうとでもなります」
低く落とした声。全身から強い野心を放っている。
ケイトは背筋を伸ばす。
「アンプリファイア技術は地球の最高機密です。
詳細の一切をお伝えすることは出来ません。
イビスコの更なる発展をお祈り申し上げますわ」
そう言ってケイトはスッと立ち上がる。
「お時間頂き、ありがとうございます。
失礼いたしますわ」
オセロはケイトをジッと見つめたが、止めはしなかった。
■■■■■
炎風の提案で一同はチャック号に戻ることにした。
「夜は投票前夜祭が始まる。
観光客も一番増えて盛り上がる時だ。
警戒するならそこだな。それまでは少し休憩しよう」
キャンプエリアに戻ると、チャック号と近くの木にハンモックが吊るされていた。
その傍にビーチチェアが2脚置かれていて、それぞれにフーシャ、ブロワ、チャックが寛いでいた。
「おかえり。今夕飯の支度中だよ」
フーシャが言った。
野外用ガスコンロの上で、大きな寸胴鍋がグツグツ音を立てている。
「ケイトさんの服は部屋に置いてあるわ。
シャワーを浴びたらいかがかしら?」
とブロワ。
日中ずっと移動していたので、身体もベタついている。
ケイトは部屋に戻った。
シャワーを浴びて、替えの下着へ身に付け、新しいシャツと濃グレーのストレートパンツを履く。
大きなバスタオルで濡れた長髪をグルンと包んで頭に乗っける。
号内は冷房が効いて快適だった。
テーブルでケイトは化粧をし直す。
化粧を終えた頃にノック音がした。
「どうぞ」
入ってきたのは炎風だった。
「何? どうしたの?」
「遅いぞ」炎風は腕を組み、指をトントン動かしている。
「まだ、出発の時間じゃないわ」
「だが、その髪の様子だと時間がかかりそうだな」
ケイトはバスタオルを巻いた頭に触れる。
丸洗いしたので、今から乾かして結い直すとなると、それなりに時間が必要だ。
「俺が乾かしてやる」
「えっ?」とケイトの反応と同時に、バスタオルが風で飛んでいった。
暖かい風がケイトの後頭部に当たる。中々の風圧だ。
「ちょっと、止めてよ!」
ケイトは耳を押さえて、椅子に座る。
立っていると倒れそうだからだ。
「こっちの方が早く乾くし、髪にも良いぞ」
炎風は手を四方八方に振りながら言った。
ケイトは不満だったが、徐々に温風に慣れてきた。
慣れてくると、髪と頭皮だけに当たる風が心地良い。
顔や身体は暑くないので汗もかかない。
「ついでに結ってやるよ」
炎風が指をクイクイと動かすと、連動してケイトの髪の毛が小さな複数の束を作り、編まれていく。
「結構量が多いな。
細かく三つ編みにして、ドレッドヘアーにした方が過ごしやすいんじゃないか」
「お気持ちだけ受け取って遠慮しておくわ」
炎風はニヤリと笑いながら、指を動かす。
やがて、彼はケイトに一指も触れずに完了させた。
風が止んで、ケイトは自分の髪を撫でる。
素晴らしくまとまって艷やかな三つ編み一束の髪がそこにあった。
「嘘……。こんなに綺麗になるの?」
ケイトは鏡を見ながら呟く。
「俺の風は水分を含んでいる。
髪を保湿しながら乾かすことも出来るのさ。
ジメジメしないのは、俺のコントロール力だ」
炎風はフフンと誇らしげに言った。
「角岩には身だしなみについてしっかり叩き込まれた。
この俺の髪も手入れが大変なんだぜ。
友達の髪も俺がセットしてやってる」
ケイトは炎のように揺らめく彼の髪の毛を見る。
「ありがとう。素敵だわ。
あなたと話していると、学生時代の友人を思い出すわね」
「褒めているのか、それ?」
炎風は赤い眉を動かす。
「悪い意味ではないつもりよ」
ケイトは微笑みながら返した。
その後ケイトはヘルメットに小型ライトを取り付け、ローブに髪を入れて被った。
「何だよ、ヘルメットを被るのかよ」
「これだけきちんと乾いていたら、蒸れにくくて助かるわ」
二人は部屋を出る。
「角岩はとても素敵な妖精だったのね。
見た目はどんな感じだったの?
岩そのもの? それとも人の姿をしていたの?」
「普段は岩壁で動きもしないけど、たまに遊びに出掛ける時は、人型になってた。
ウボンゴにそっくりだったな」
炎風の言葉に、ケイトは興味深く頷いた。
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オレンジ色の空が濃くなり、暗みを帯びてきた。
洞窟の天井通気口を出た付近で、ウボンゴは海を眺める。
空調設備の修理は無事に完了した。
今晩は都市部で投票前夜祭がある。
ジェンガと応援団達には楽しんでほしいと彼は考えていた。
彼自身は賑やかなことがあまり好きではない。
警備と称して、表に出るのは断っていた。
角岩の墓の影が濃く、くっきりと海面にある。
影の妖精の心配さえ無ければ、もっとこの景色を楽しめるのに、とウボンゴは思った。
「ウボンゴ、お疲れ。修理終わったんだな」
振り向くとカナヘビの半妖精ヒートが立っていた。
「ヒート。よくここまで来れたな」
「俺も壁登りは得意なんだよ」
そう言いながら、しゃがんでいるウボンゴの横にヒートは立った。
「良い景色だ。
日の光が深く当たって、影が美しく伸びている」
「そうだな」とウボンゴは返す。
「あれが角岩の墓か?」ヒートは指を差す。
「そうだよ」とウボンゴ。
「ふーん……」
二人はしばらく黙っていた。
空は色味を落ち着かせ、夜へと切り替わっていく。
「そろそろ、降りるぞ。
ヒートは前夜祭に参加するだろ? 間に合わないぞ」
ウボンゴは背後の通気口に手をかけた。
「なぁ、ウボンゴは知っているのか?」
「何をだ?」
「角岩の死因だよ。ホテル開発じゃないんだよ。
真相は」
ウボンゴは振り向きヒートの背中を見る。
彼は何故かジェンガカラーのティーシャツを脱ぎ、鱗の上半身を見せていた。
管澤捻様に、ケイトを描いて頂きました。管澤様、ありがとうございました!!!




