4.
なんかすごいボリュームになっちゃいました。
「ただーいまー」
「おっそーい」
レジ袋を引っさげて玄関をくぐった俺たちにテーブルの座席から浴びせられたのは、まさかのブーたれた声だった。
「遅いってお前な、せっかく買って来てやったのに……」
「はいはい、ありがとありがとー」
……こんのクソ美鶴めが。
と、その隣にちょこんと座っていた彩菜が無言で佇んでいることに気づく。
「彩菜?」
「…………」
「あーやーなー?」
「んっ、え、あ、うん! どうしたのどうしたの、おかえり達也くん」
いやお前がどうしたよ。そのいささか不審な挙動にそんなことを思っていると、
「あー、たっちゃんちょっと待って」
「?」
「いや、いろいろ言いたいことはあると思うけど、今彩ちゃんクールダウン中だから」
「クールダウン? って、いったい何の……」
「たっちゃん」
と、なんだか意地悪な笑みというか、ニヤついた顔でこっちを見てくる美鶴。
「女の子にはね、聞かないほうがいいこともあるんだよ」
「は、はぁ……」
「ま、ただのガールズトークだから気にしないことだねー」
そう言って話を途切れさせると、雅彦の持ってるレジ袋をガサゴソと漁り始める美鶴。うーん、見事に分からん。
……とりあえず放っておけとのことだったので、テーブルに座った彩菜はまあ置いておいて、まずは夕食の準備を考えることにする。
「おい雅彦、そこの冷蔵庫からさっきの粉出してくれ」
「おうよ」
一番冷蔵庫に近い位置にいた雅彦に、先ほど発掘したナンの粉を取り出してもらう。
「ほらよ、粉」
「おう」
と、雅彦の手から粉の入った袋が飛んでくる。一応賞味期限も確認してみたが、あと半年以上後だったので大丈夫だろう。
これで大きめのナン六枚分の材料が揃った。さて、これをだな…………
「雅彦、美鶴」
「「ん?」」
見事に息ぴったりなお二人。俺はそれに若干辟易しつつも、言葉を続ける。
「お前らにナンを任せた」
「ん、了解」
「はぁ?」
快諾してくれた美鶴とは対照的に、全員で作るんじゃないのかよ、と抗議したげな雅彦。ま、今の話じゃ伝わらねえよな。
「いやさ、俺と彩菜はまだカレーのほうやんなきゃだし」
「なんだよ、もう完成したんじゃねえのか?」
「んー、まあ一応完成したんだけど、隠し味というかなんというか、仕上げにやることがあるからさ」
「ふーん、まあいいけどさ。でもそれ、二人でやる必要あんのk……痛い痛い痛いから美鶴やめてちょっ痛い痛い」
おお、雅彦の向こう脛が小刻みな8ビートで美鶴に蹴られてる。アレ地味に痛い奴だろ絶対。というか雅彦はなんで蹴られてるんだろうか。
「まあ一応今回は彩菜プレゼンツな料理だしさ、最後までやらせてやろうかなって」
「あー、なるほどな。んじゃ任せた」
おう、任された。そう言ってやろうとしたものの、脛を抑えてうずくまりながら言葉を発している雅彦を見てたら、なんだかそんな気も失せてしまった。
というかなんでこいつ、美鶴にゴメンゴメン謝ってるんだろう。むしろ雅彦は謝られる側なんじゃないのか?
まあその辺ツッコむと面倒になりそうだったため、とりあえず美鶴にアイコンタクトでよろしく伝えたあと、さっきから硬直してる彩菜に声をかける。
「彩菜ー」
「ひゃっ、ひゃい!」
「……彩菜さん?」
「ん、えーっと、うん、なにかなぁ達也くん?」
「……お前らはいったい何の話をしてたんだよ……」
ナンだけに。…………全く面白くねえな。まあいいや。
「とりあえずカレーの仕上げやるぞー、エプロン付けろ」
で、壁にかかってる彩菜用エプロンを放り投げてやる。
……すると、それをたどたどしく身に着けながらもなんだかニヤニヤしている彩菜。
「……アヤナサン?」
「ふへ……たつやくんからえぷろん……」
「………………」
なにこいつ、怖いんだけど。
「なぁ美鶴」
「ん?」
「もう一回聞くけどさ、お前彩菜に何を吹き込んだ?」
「だーかーらー」
と、美鶴はなんだか不敵な笑みを浮かべながら。
「ひみつだよーん」
「…………」
何もかもが分からなかったが、とりあえず一つだけ理解はした。
どうやら、うちの女子連中にまともなやつはいないようだ。
***
で、結局その後彩菜が元に戻るまで数分を要し、ようやく料理に着手したのはもう八時を過ぎようかという時間。
そしてそこから数十分、なんとかカレーも出来上がり、ナンも焼き上がって夕食は完成した。あ、もちろん冷蔵庫に入れておいたサラダもセットで。
「はーい、おまたせさまー」
「おっ、サンキュー彩ちゃん」
カレーを器によそい、テーブルまでとてとてと運んでいく彩菜。その仕草がどっかの小動物みたいでなんとなく、うん、かわいい。
まあそんなことはいいとして。彩菜はテーブルに全ての料理を運び終えると、いつもの場所に着席した。
「それじゃ、食べよっか」
そして、その合図を皮切りに、四人は手を合わせて食事の号令をする。
「いただきまーす」
と、一斉に食事にがっつく美鶴と雅彦のご来客両人。まあ、なんせもう時計は八時半を指しているわけで、腹が減ってしまうのも仕方ないだろう。
「ん! 彩ちゃんのカレー、美味しい!」
「ほんとだ、これ美味い」
「よかった、お口に合ったみたいだね」
「うん、これすごい美味しいよ! お店で食べるやつみたい!」
「ま、なんせスパイス買って作ってるからな。味はいいに決まってる」
そして、美鶴と雅彦の感嘆につられるように、俺も一口スプーンですくって口に運んでみる。うん、確かに美味い。
「どうどう、達也くん?」
「ん、かなり美味しいぞ。合格」
「ホント! よかったぁ」
俺の言葉を聞いて満足したか、彩菜も遅れて料理を口に運び始める。
「ねえねえ、そういえばさっきの『仕上げ』ってのは、何してたの?」
「ああ、アレはだな……」
答えようとして、一瞬ちらり、と彩菜のほうを見る。と、なんだか話したくてウズウズしている感じだったので、苦笑しつつも彩菜に顎で話を促した。
そして、目を輝かせながら説明をしていく彩菜。
「えっとね、最後にすりおろしショウガとバター、それにウスターソースを入れたんだ」
「ショウガと……バター? ソースはよく聞くけど……」
「うん。これ入れるとね、風味とかコクが深くなって美味しくなるんだよー」
「へぇー……」
なんだか感心げな美鶴。確かにショウガとかを入れるのはあまり耳にしないかもしれないが、結構料理をする人にはポピュラーな隠し味だったりもする。あとはニンニク入れたりする人も多いかな。
さて、そんなこんなと話しているうちに、どんどんカレーは減っていき、ナンもほとんどを消費していき、最終的には隠し兵器・〇トウのごはんを出すまでにもなり。
「彩菜、カレーのおかわりってまだあるか?」
「ごめん、もう無い……」
「マジかよ」
そして気づくと、目の前には空っぽの皿たちだけが立ち並ぶ状況となっていた。
「ふへー、食った食った」
「うん、すっごい美味しかったねー」
「よかったー、お粗末様でした」
二人に対して、ぺこりと頭を下げる彩菜。
「それにしても彩ちゃんすごいね、たった二か月ちょっとでここまで料理上手になってるなんて」
「えー、そうかな?」
「そうだよー、前に来たときは火付けるのも覚束なかったのに、さっきの手際見てたらもうすっかり慣れちゃってた感じだった」
「うーん、それでもまだまだだよ。達也くんのほうがまだずっと上手だし」
ねぇ? と俺のほうを見て、笑いかけてくる彩菜。
んー……、つい一か月前、半月前なら自信を持って「まだまだだな」とか言えたんだけども……。
ハッキリ言って、こいつの吸収力というか、学習能力は俺の数倍上だったわけで、俺の予想を大きく超えていて……。
「いーや、そうでもないぞ」
「え?」
そして、その俺の返答に彩菜は笑顔を引っ込め、ぽかんとした顔で応じる。
「たぶん、もう単純な料理スキルに関して言えば教えられることは教え切ったと思う。あとはレシピの引き出しとかを多くしていけば、俺なんてさっさと抜かれちまうさ」
「で、でも……」
必死に否定してくれようとする彩菜。それはありがたいのだが、ここでごまかしたりなあなあにしても、後々面倒だし。
「そうそう、ついでだから言っちゃうけどさ」
ということで、俺はなるべくなら言いたくないセリフを口にしていく。
「正直言って、俺が持ってるレシピとか調理法とか、そういうのは全部お前に伝えきったと思う。だから、これ以上お前と料理続けても、お前に何かメリットがあるわけじゃないと思うんだよ」
というか、むしろデメリットのほうがデカいだろう。今まではお料理修行ということでやっては来たが、これから来てもらっても単に俺の夕食作りを手伝ってもらっちゃうだけになるし。
だから、正直めちゃくちゃ名残惜しいけど、自分の好きな人と一緒にいられるチャンスをみすみす逃すのはすっごい嫌だけど。
俺は続ける。
「もしお前が、俺の夕食を作ってくれるー、ってのならありがたいしこのまま続けてほしいと思う。けど、そうした時のお前のメリットは全くと言っていいほど無い。……だから、俺としてはここらで終わりにするのもアリなんじゃないかな、とも思う」
よし、なんとか噛まずに言い切った。めちゃくちゃ心は痛いけどな!
すると一瞬の沈黙のあと、神妙な面持ちをしていた彩菜が、ゆっくりと口を開く。
「……達也くんは、どうしたい、の?」
ふぅむ、そこを聞くか彩菜さん。
さっきも言った通り、俺としちゃめちゃくちゃ続けたいよ。……めちゃくちゃ続けたい、けども。
もし俺がここで素直にそれを言ったら、きっと優しいこいつは「じゃあ続けようよ!」とか言ってこの関係を続けてくれるだろう。そして、それを強要してしまうのが、なんとなく気が引けるというか、時間を奪ってしまうというか。
だから、俺はあえてあまのじゃくになる。
「……あんまり気は進まねえ、かな」
「っ……!」
その言葉に少なからずショックを受けたのか、目を見開いてこっちを見る彩菜。心がガチでしんどいけど、まあ耐える。
と、その表情はだんだんいつもの表情に戻って行って、ほんの少し悲しげに彼女は言う。
「んー……そっか。じゃあ、しかたないね」
そう言ってから、彩菜は「ごちそうさま」と呟くと食器をシンクに置き、
「それじゃあ三人とも、バイバイね。今日はありがとね」
それだけ言ってから、俺たち三人に手を振ってから部屋を出ていく。
バタン、と音が響き、部屋には静寂が舞い降りた。
このままぼーっとしてるのもアレなので、とりあえず俺も食器を片そうと、テーブルから立ち上がろうとして……、
「たっちゃん」
それは、美鶴の一言で遮られる。
「どうした、美鶴」
「どうしたもこうしたもないでしょ。なに今の」
「何って、別に特段変なこともないだろ……」
「あぁ?」
めっちゃくちゃ鋭い目で睨んでくる美鶴。うっへぇ怖い。俺、こんな睨まれるような悪いことしたんだろうか……。
「いっちおー聞いとくけどさ、今のたっちゃんの本心?」
「……なわけねえだろ」
こいつらに隠し事するなってのは以前に言われたことなので、俺は正直に話す。
「じゃあなんで、あんなこと言ったわけ?」
「……だってよ、このままじゃあいつ、俺に拘束されることになっちまうだろ」
「は?」
いやだから、その切り返し怖いんですけど美鶴さん。
「だからさ、さっきも言ったけど……、俺としちゃもう、彩菜に教えることなんて何もないんだよ。ほんとにあいつの吸収能力はすごいし、下手すりゃもう、俺より手際よく料理できるようになってるかもしれない。もうそこまで来てるのに、あいつを無理やり呼んで大事な夜の時間を無駄にさせるわけにはいかないだろ」
「……なるほどねえ」
と、険がようやく取れた感じに相槌を打つ美鶴。
「で、どう思うよ、まーくん?」
「うーんギルティ」
「だってよ」
うん、もう全く訳が分からない。
「じゃあさ、例えばの話だけどさ」
と、そんな様子の俺を察してくれたのか、美鶴が訥々と話し始める。
「もしもこれが逆の立場だったとして考えてみてよ。彩ちゃんが得意なことを、たっちゃんが教わってる状態」
「ふむ」
「で、もしも彩ちゃんから『もう達也くんには全部教え切ったから、もう来なくていいよ。来てもいいけど』みたいに言われたらさ、どうする?」
「はぁ? んなの決まってるだろ」
というか、なんでそんなこと聞くんだ。答えなんてハナから決定してるだろうが。
「もちろん毎日行くに決まってる」
「……それはどうして?」
「どうしてってそりゃ、俺は彩菜が好きだし」
「おー、ついに言った」
うるせえ雅彦、黙ってろ。
……ま、まあ、そりゃ好きな人が来ていいって言うなら行くに決まってる。もしそれが手伝いになるんだとすれば、こんなにうれしいことはないし。
「うん、つまりそういうことだよ」
美鶴は言って、雅彦もうんうんと頷いている。
……が、俺はこの話の矛盾点を見逃しはしなかった。
「ダウト」
「…………なにが?」
「今の話、そもそも俺が彩菜のことを好きだっていう前提の話だろ」
「うん、そうだけど」
「じゃあおかしいだろ。彩菜が俺のこと好きなんて、ありえるわけないし」
あいつにそんな男っ気あるとは思えないし、あったとしてもキラキラ大学生がクソ浪人生に恋するとかそういうファンタジー無いだろ。もっといい人とか、学校行きゃたくさんいるだろうし。
と、なんだか頭を抱えている目の前のご両人が目に飛び込んでくる。
「なるほど、そっからかぁ……」
「そういやそうだったな、こいつら……」
なんだこいつら。まさか、ガチで彩菜が俺に気があると思ってたとか?
いやまあ、確かに毎晩毎晩一緒に夕食作ってる関係ったらそういうことも想像しちゃうけどさ。あくまでこれは「同盟」であって、断じてそういうことはないから。
それをこいつらに諭してみると、
「…………まあそれは置いといてさ」
置いとかれた。
「とりあえず彩ちゃんにもちゃんと、ホントのこと言ってあげたほうがいいと思うよ? そうやって自滅してるの、前と変わらないし」
「……そりゃそうだな」
まあ、美鶴の話にも一理はある。俺としたって、前と同じみたいに疎遠になっちゃうのもあまり気が進まないし。
「今度会ったら、ちゃんと話してみるわ」
「ん、それでいいと思うよ。このままだと彩ちゃん、落ち込みまくっちゃってると思うから」
「……そこまでか?」
「そんなもんだよ」
女子のことはよう分からんけど、なるほどそういうもんか。なら一層、ちゃんと伝えてやらにゃいけないなぁ。
「……でもさ」
「?」
「ふっつうに彩菜、この関係やめたいと思わないのかね? 夜の時間削るって、なかなかキツいだろ」
「…………それはともかくさ」
ともかくされた。
で、あいつらが帰っていった後のこと。
隣の部屋の窓を見るに、まだ電気がついていたのであいつも起きてるだろうと、202号室の呼び鈴を押したのは午後十時前のことだった。
……が、一向に誰かが出てくる気配がない。
「……ん?」
と、ふとドアノブを捻ってみると。ガチャリと音を立てて、何の抵抗もなくドアが開いた。
「カギかけてないのかよ、あいつ……」
一瞬中に入ろうかどうか迷ったものの、何度か呼び鈴は鳴らしたのでまあいいだろう……という考えの元、中に入っていくことに。
すると。
「……彩菜?」
可愛らしいファンシーな部屋の中にひとつある、ベッドの上。
そこには、布団にくるまりながら、目を泣き腫らして眠っている彩菜がいた。




