第45話 土地神でも怖いんです
『いちま~い……にま~い……』
村人達が住む長屋にて女性の声が響いていた。
夜の静けさも相まって一層不気味に聞こえる……耳を澄ませるとそれは井戸の底から響いていた。
一人の男が農具を持って出てくると、そのまま井戸へと向かっていく。
『ごま~い……ろくま~い……』
「こんな夜中だんさ、いい、井戸で悪戯すんのは誰だべ……? 」
『……』
気配を察したからか、突如その声は聞こえなくなる。
「ほ……な、なぁにが”嘆きの井戸”だ……きっと誰かの寝言だな。んだ、そうに決まっとる」
胸をなでおろし、井戸をのぞき込むもそこには水面が揺れているだけ……他には目立った所はない。
男は喉の渇きを癒す為に、紐で括られた桶を落とし水を汲もうとしたその時―――
ヒュ~……ドプンッ
パキン
『くまぁ……あああああああああっ!!!? 』
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ?!???!! 」
水面に置けが落ちた瞬間陶器が割れる音が聞こえ、女と男の叫び声が周囲に響き渡った。
流石に他の住人も目を覚まし一斉に外へ出ると、そこには……井戸の前で泡を吹いて気絶している男がいたとの事。
しかし肝心の女の声の主は何処にも見当たらない……連日寝不足に悩まされ、困り果てた村人達はその翌日に土地神に助けを求めた。
※※※
「最近多くないですか……? 神使の二人からも誰かの悪戯と聞いてますよ」
「そ、そんな事言わねぇでくだせぇ! 毎晩のように聞こえる不気味な声の所為でここんとこまともに寝れてねぇんです……最近じゃ長屋方面だけでなく、村内の各井戸で聞こえるって話も。物ノ怪の仕業じゃないかって皆不安なんですだ」
「うぐ……ムムム。頼りたい気持ちは痛いほど分るのですが、頼り過ぎは村全体にもあまりいい影響は出ないんですよ? 自分で解決できる事は……」
一応土地神として建前で今のように返答をしているんですがねぇ……夜中の声に悩まされる村人達との話し合いは長引いています、かれこれ1時間以上神社で頼み込まれていますよ。
シロとクロからは特に物ノ怪出現の報告は受けていないのも事実。似たような案件がいくつもあって、発見された人からはお酒の匂いがしたことから”飲み過ぎによる悪戯””となってるんです。
「俺達も数人で見回ってるだ、だけんどそんな時に限って聞こえねぇんだよ」
「んだんだ。このままじゃ仕事さも身が入んねぇ……頼むだマコト様、調べてもらえねぇか? 」
「子供達も怯えてるだ、頼むよぉ」
結果から言うと私が折れました、元々頼まれたら断れない性格と言うのもあるんですが……本音を言うと幽霊怖い。……あ、皆さん”物ノ怪と散々戦っておいて何を今更”って思いましたね?
それでも怖いものは怖いんです。実体がない相手とかどう対処すれば……
「はぁ、分かりました。私も調べてみますよ」
「あ、ありがとうごぜぇます!! 」
「念のためですけど、神社をお貸ししますので皆さんは此処で寝泊まりしてください。此処なら物ノ怪も襲われませんから」
「へぇ! じゃぁ早速皆に知らせてきますだ! 」
その日の午後には数十人の村人が布団を持って神社に集まりしました。
雑魚寝で申し訳ないですけど我慢してもらいましょう、流石に男性と女性はしきりで分けますけどね。
うぅ、夜の見回りかぁ……おっかないよぉ( ;ω;)
※※※
~夜 ヒノモト村長屋方面 井戸前~
手に持った提灯の灯りを頼りに村の各地にある井戸を回ってきましたが、何処もハズレでした。
本当はシロとクロにも頼もうと思ったんですけど、今日はなんだか忙しいみたいで……まぁ仕方がないですよね。えぇ、幽霊に怯えながら頑張りましたとも! そして此処がこの村で最後の井戸、村の方々からよく話の聞く”嘆きの井戸”らしいです。こ、怖かったので後回しにしていましたが……
「……特に変わりはないですよねぇ」
うん、本当にただの井戸。
何処にでもある様な変哲もない井戸です、コレは近づいて調べるまでもないですよね?
そうと決まれば回れ右をして早く帰り―――
『……ぃ』
「ひゃぁッ?! ……だ、誰かいるの? 」
いや、この近辺には現在誰もいないはずです。
私の耳が正常であれば声は井戸から聞こえたんですけど……あれかな、妖刀との一件がまだ影響を与えているのかな? あの類から受けた傷の治療は長引くと一寸さんも言ってましたし、きっとそうですね。
※妖刀から受けた傷は関係ありません。傷は完治しています。
『ごま~い……ろくま~い……』
「嘘……です、よね? 」
『ななま~い……』
井戸から聞こえる女性の声と言えば有名な怪談話……"皿屋敷"。
正式名称はちょっと覚えていないのですが、たしかある女性が使えていた主人の大事にしていた皿十枚のうち1枚を割って、叱りを受けるだけではなく指を斬り落とされ、そして監禁。なんとか脱走した女性は裏の古井戸に身を投げ自害した……だっけ? その女性の名前は菊、現代では落語にもなっていたハズです。
『く―――』
「す、すいませ~ん」
『……』
あ、危ない所でした。
九枚目を数える声を聴くと死んでしまう……は違ったかな? で、でも”九枚”と言ってないのでギリギリセーフです、声も止まりましたし大丈夫でしょう。
『なんだいなんだい? 毎度毎度良い所で邪魔をしてくる奴は』
井戸の中から白い着物を着た女性がヌッと現れました。
手にはお皿を持っており、磨きながらこちらへ問いかけてきます。
「……(パクパク)」
『……? 何だい小娘、鯉みたいに口を動かして。この”井戸の―――』
「きゃぁぁぁぁぁぁッ!! お化けぇぇぇぇぇッ!? 」
『?! あッ……』
パリンッ
……実は私、叫び声を上げた後気絶してしまいました。
その後彼女から起こされて、再び姿を見て気絶するのを数回繰り返した後お話する事なったんです。
いやぁ、やっぱり幽霊って青い火を周囲に浮かべているんですね、そして身体は透けてる、もちろん脚もなかったです。この幽霊さんは自称情報屋さん、”井戸のお菊”と二つ名があるそうですよ。
『落ち着いたかい? 』
「は、ハイ。何とか……お水ありがとうございました」
『全く、人を見た瞬間に叫ぶなんて失礼な小娘だねぇ。驚いて落とした皿は割れるし、前は桶は落とされた衝撃で皿は割れるし……』
実際に幽霊と出会ったら皆叫んで逃げるか、その場で気絶すると思うんですけど……とりあえず言わないでおきましょう。話が通じるなら何とかなりそうです。
「ご、ゴメンナサイ……幽霊を実際見たのは初めてで」
『初めて? アンタ此処の土地神様だろ? アタイと同じ奴なんざごまんといるだろうさ』
「いえ、お菊さんが初めてですよ。物ノ怪でも見た事ないです」
『ハッ! もっと怖いモノを見てるのってのに幽霊で気絶するのかい? 』
「……ぐうの音もでません、そ、それよりも! 実はお話がありまして」
『話だぁ? 』
事情をお話すると彼女はここに住んでいる村人へ迷惑を掛けていた事に驚いていました。
井戸から声が漏れていた事も気づいていなかったと……どうやら商品を仕入れる時の癖で、次元を開いたままだったのが騒動の原因のようです。神様達と人が住む場所が違うように、幽霊もまた違う次元に生きているんです。同一世界に存在するけど触れ合えない関係……ちょと説明が難しいんですけど、神様とは違ったもう一つの特別な存在と思ってもらえば大丈夫だと思います。
『あちゃぁ~……まさか扉を開けっぱなしだったとは、そりゃ桶も落ちてくるか』
「いえいえ、此方ももっと早く動いて調べるべきでした」
『しかし長い事迷惑を掛けたのは事実だ、何か詫びを……』
「そんな! 大切なお皿も割れてるんですよ? 」
『い~や、アタイの気が済まないんだ。……そうだ、定期的に各地で仕入れた情報を持ってきてやるよ』
「へ? えっと、情報? 」
どうやら彼女、各地に存在する井戸へ移動する事が可能の様です。
昔から井戸のある場所は様々な情報が集まるらしく、他の情報屋にも売っているとか……実はこの幽霊さん凄いんですね。人々の生活や流行だけでなく、物ノ怪まで、取り扱っている商品は多いみたいです。
『そうしよう、どんな情報が良い? 』
「そ、そうですね……頂けるのであれば、この村の情勢と、外の流行、それと物ノ怪をお願いできます? 」
『何だい物ノ怪までは良いけど、この村もかい? それはアンタも知って―――』
「たしかに私は土地神ですけど、そこまで万能じゃないですからね。ほら、人間や妖怪って色々と難しいじゃないですか」
『まぁねぇ……数が集まればその分いざこざもあるだろうさ。あい分かった、適当に見繕って届けるよ。場所は何処が良い? 』
「では神社でお願いします、屋根の柱に木箱を置いておきますので……」
この日以降、井戸から聞こえる女性の声はピタリと止まったと報告を受けました。
話が分かる方で良かったです、でも割ってしまったお皿があるので今度私も倉庫を探してみましょう。
井戸に設置した木箱に入れておけば気づいてくれると思います。
此方も情報集めの効率も良くなりますし、お菊さんもお皿を獲得できるWinWinな関係です。
……あ、シロとクロにも話しておかないと。物ノ怪ではないにしても彼女に危険が及ぶ可能性がありますからね。なんだかんだありましたが、また頼れる存在ができて良かったです。
ふむ、何なんでしょうねこの寒暖差は。
つい最近風邪でダウンしてました、ど~もKUMAです。
今回は結構有名な怪談話、”皿屋敷”を基に色々と考えてみました。
今まで書いたお話を見直していたんですけど、マコトって実態を持つ物ノ怪とは戦っているんですけど幽霊とはまだだったんですよね。ゾンビもとい落ち武者はまだ大丈夫の様ですけど、幽霊は駄目と……話が通じる場合は例外と言ってました。
一応この世界の分類だと、友好的な種の妖怪は”幽霊”、身体以外は人と変わりません。そして敵対している物ノ怪は”亡霊”……後者は相手の身体を奪うという執念で動き、霊的な力で攻撃してきます。
とりあえず今回はここまで、また次のお話でお会いしましょう。
ではでは~




