第十九話 エリアBOSS登場
冒険者ギルド地下訓練場。B層、Ⅳのエリア。
真っ暗だ。ただ、床には多孔質の砂利が敷き詰められているらしく、歩くとジャリジャリと音がする。
魔物の気配はない。ロゼッタの照明魔術で当たりを照らすと、広大な空間が顕になった。どうやらここは極地を再現したエリアのようだ。気温をもっと上げて灼熱とし、砂に足を取られる中で魔物と戦う。そんな戦場が想定されているのだろう。
つまり、『砂漠』エリアだ。
「C層にむかう階段への扉は閉まっていた。降りるならこの穴しかない」
ピーターが示した先には、すり鉢状の地面があった。
その中央にポッカリと直径2メートルほどの穴が開いている。
これを見て連想する動物はひとつだ。
「まるで、蟻地獄みたいですね」
「アリジゴク?なんだそりゃ…」
「ウスバカゲロウの幼虫です」
ロゼッタよ。
そんなコトを言ってもジェイスにはピンと来ないだろう。
「薄馬鹿下郎? なんだそりゃ?」
「図鑑に載ってるでしょう?」
「だって、俺読んだことねーもん」
知ってて当然とばかりの態度のロゼッタだが、ジェイスが無学というわけではない。
この世界には印刷技術も図鑑もあるのだが、本自体がまだまだ高価なのだ。絵入りの物は特に希少である。それを買ってもらえるのはごく一握りの裕福な家の子供だけだろう。
…とジェイスの名誉のために一応補足説明をしておく。
「ウスバカゲロウの幼虫は、落とし穴を作ってアリなどの小さな虫を捕食するんです。ちょうどこんなすり鉢状のね。一度中に足を踏み入れた獲物は、どんなに足掻いても足場が崩れて這い上がれなくなります。そうやって力尽きた獲物を穴の底で待ち構えて食べるんです。だからアリジゴク」
「うん、お前の説明はわかりやすい。それで、その虫はどこでうんこするんだ? ツバメみたいに外にだすのか?」
「知らないわよ、そんなことは! 穴を穿って自分で調べてみたらいいんじゃない!」
「ああ、ロゼッタさん。アリジゴクには肛門がないので、うんこはしません。排泄物は羽化するとき抜け殻と一緒に捨てていくそうです」
「え、そうなの?」
これは物知りロゼッタも知らなかったらしい。
まぁ、知ってるはずないよな。昆虫学なんてこの世界ではそれほど盛んじゃないし。
「アンコウという海の魚もそうですが、罠を張って待ち構えるタイプの動物はほとんど運動しないので、あまり食べる必要もなく、排泄物も多くないんでしょうね」
「ほほ~」
「それから、アリジゴクって、獲物を捉えたら消化液を注入して溶かして中身だけ食べるんですよ?」
「うへぇ……そんな死に方だけはしたくねぇな。まさか、この穴に落ちたら待ち構えてんじゃないだろうな…」
まぁ、この穴は底にはそんな恐ろしい『うんこしない星人』がいるわけではない。床がぬけて土砂が崩れ落ちただけだ。だから、すり鉢の底に穴がポッカリと空いて、下層につづいている。
ヒュージさんとやらも軽石の砂利と一緒に落ちたのなら、多少はクッションになったのではなかろうか。
ジェイスが穴に向かって呼びかける。
「おーい!!! ザリッツ!!ヒュージ!! 無事かー!!?」
…………残念ながら、返事は帰ってこなかった。
「ヒュージが落ちた時には、穴に向かって呼びかけたら応答があった。だから隊長と俺とネスタで下に降りたんだ」
B層を探索していたザリッツ組のメンバーは7人。
一人滑落して6人だから、3人をバックアップに回し、3人で下に降りたのか。
「だが、降りた瞬間。ネスタが敵の襲撃を受けた」
そりゃあ、危ねぇな。ロープにぶらっ下がってる時はほとんど無防備だ。
うーん。飛び降りちゃダメなのか?
いや、下に何があるかわからんからダメだな。
「ふん。俺達も降りなければ話にならん。行くぞ。メンバーは俺と……そうだな」
「はい!」
ヘルムートの思案を遮り、今度は迷わず手を上げた。
俺ならば暗いところでも魔物の気配を察知できる。
他のメンバーよりは無事に帰ってこれる自信はある。
「いいのか?」
「言い出しっぺは僕ですから、それに体重も軽いですから何かあってもすぐに引き上げてもらえますよね? 上にいても役に立たないし、決まりじゃないですか?」
ヘルムートは真剣な頷くと、他のメンバーに目を向ける。
どうやら異議があったわけではなく意思確認されただけ。俺は戦力として最初から期待されていたらしい。
「俺もいく。夜目は効く方だからな」
「俺も……」
ジェイスが名乗りをあげる。続いて、ピーター。
ピーターはザリッツがいない時のまとめ役、サブリーダーのようなポジションなのだろう。
腕前や経験はザリッツに次ぐのかもしれない。
「あとは、そうだな……足手まといになりそうにないのは……」
あとのメンバーは怖気づいているわけじゃないだろうが、実力的にどんぐりの背比べだろうな。それをみんな自覚して、手をあげるかどうか迷っているのだ。
うーん。こいつらだと誰がいいとは言えない。
こういうときに指名するのはリーダーのヘルムートの役目なのだが…。
「私も行きます」
ヘルムートが思案していると、ロゼッタが名乗りでた。
しかし、これにはヘルムートも異を唱える。
「アンタはだめだ」
「なぜです?」
「負傷者が出た時のために、アンタには待機してもらわんと困るのだ」
「しかし、『照明』は必要ないのですか?」
たしかに松明の明かりでは心もとない。というか、むしろ危ない。
松明があることでこちらの位置を敵に教えることになりかねない。その点、エリア全体を照らす彼女の照明魔術なら、こちらが一方的にやられることは無いだろう。光に弱いタイプの魔物なら有利なるかもしれない。(まぁそれは楽観的すぎるか)
そんなことをヘルムートに進言したら、「ロゼッタも一緒に降りる。ただし照明魔術を唱たらすぐ戻る」という作戦で最終合意となった。
「敵は何匹ぐらいいるかね?」
「わからん、確認したのは前足だけだ」
「楽観視はできんが、たぶん一匹。いたとしても数匹だろう。そうでなければ到底、俺達の手に追えるレベルではない」
ピーターとジェイスが話しながら作業を進めている。
ジェイスのロープワークはなかなか見事である。
降りるメンバーは5人。残りはすり鉢の上でロープを支えてくれることになった。
すり鉢の底に4人、6人が上に残って待機する。
「さっきは降下の最中にやられた。気をつけろよ」
「わかってるって…」
ジェイスは器用にロープを手繰りながら降下していく。まるでSATさながらだ。
……こういう経験があるんだろうかな。
続いて、ピーターが降りる。
次の俺が降り、盾と斧を担いだヘルムートが四番目。最後にロゼッタが降りてきた。
ロゼッタだけは自力で降下できず、上の仲間にゆっくり降ろして貰っている最中だ。まぁ、女だし、兵士というわけでもないからしかたない。
下層にはこぼれ落ちた砂利が砂時計のように山を作っていた。
俺は、その砂利山の上に立って、平地まで滑走する。
上でロゼッタが使った魔術の光で地面は石畳とわかる。空間は広い。ところどころに石柱が林立していることが確認できるが、全体は見渡せない。
それほどまでに広いのだ。天井の高さは上のA層、B層と同じくらいだが、構造からして、1フロアが一繋がりなのだろう。
(このエリアのどこかに、ネスタに傷を負わせた奴がいる)
俺は神経を研ぎ澄まして警戒したが、一応、近くに魔物はいない。
だが、安心はできない。
こちらが侵入したことは察知されているはずである。闇に紛れてこちらの様子を伺っていることは間違いない。
一応、俺は、夜空に星さえあれば、視界の確保が可能な『暗視』と、直接視認しなくても空間そのものを把握する『探査』を常時展開可能である。だが、ここまでフィールドが広いと俺の『暗視』も『探査』も全域を把握することはできない。
不安だ……。
敵がゆっくり近づいてきてくれるとも限らない。万一、急速接近した場合、対処に遅れが生じるだろう。
俺は『照明』の魔術を使ったことはなく、『暗視』や『探査』など探知系魔術の磨いてきた。
『照明』は自分の位置を敵に教えてしまう魔術だから無用の長物だと思っていたが、仲間を守るためには引き出しは多いほうが確かに便利だ。今後の課題にしておこう。
ロゼッタがゆっくりと降りてくる間、ヘルムート、ピーター、ジェイス、俺の4人で円陣を組み四方を監視する。
俺も弦に手をかける。
(ゔ……)
いつも以上に重い。そういえば、スライム討伐のとき酷使したんだった。背筋あたりに乳酸が溜まりまくってる。こりゃ、咄嗟には弓を引けないかもしれない。
この耐久力のなさはなぁ、まだ幼いから仕方ないかもしれないが……。そろそろ本格的に鍛えるべきだろうか? 筋トレって年齢的にもう始めてもいいんだっけか? 帰ったらレオナルドあたりに訊いてみるか。
まぁ、今後の課題は置いといて、不安はもう一つある。
『火力不足』だ。なにしろこちらにはアタッカーが弓兵しかいない。このまま戦闘になった場合、魔物の耐久力によってはダメージが与えられない可能性もある。スライムのように急所がわかりやすいやつならいいんだがなぁ。
「敵が現れた場合はどうやって倒します?」
降下する直前、ヘルムートはこの問に次のように答えた。
「俺が正面に立つ。お前たちは援護を頼む」
守備力の高いリーダーが敵をひきつけ、他のメンバーがそれを援護する。
ヘルムートはつまり、ロマ◯ガでいうところの『鳳天舞の陣』をやるつもりらしい。
俺が作った盾に半身を隠しながら、斧を素振りする。
斧は戦斧ではなく、扉を壊す際などにつかわれる赤柄の消化斧だ。本来両手持ちで使うものだが、ヘルムートは軽々と片手剣のように振り回している。大した腕力である。
斧は一応、俺の魔術で鋭さは上がっているが、当たらなければ意味は無い。
……というか、こいつ、弓兵より重装歩兵っぷりが板についてるよな。
「もっとも、倒せなくてもいい。ザリッツとヒュージを見つけたら脱出する」
倒せなければ即時撤退。ヘルムートはいかにも軍人だけあって、徹底した現実主義者だった。戦場ではきっとそれが正しい。
倒すことばかり考えてた俺はやはりRPG脳なのだろう。
だが、これは戦場ではなく試験だ。その現実主義に基づく解答が正解であるかどうかは正直わからない。なにしろ、出題者はあの性悪エルフだからな。
人を陥れることはしなくても、人の裏をかくのは好きそうだ。あのテのタイプは。
ともかく、ピーターからの情報によると敵は大型の魔物。それが複数いるとあってはさすがに救出は無茶だ。そこまで無茶ではないということを祈ろう。
(考えてみれば、不安だらけだな)
ようやくロゼッタが地面にたどり着いた。
4人が周囲を固める円陣の中央に降りる。
彼女の方を見る余裕はないので、『探査』で気配をさぐると、心なしか吐息が震えていた。
「ロゼッタさん。もしかして、高いところ苦手ですか?」
「そ、そんなことありません!」
だそうだ。本人がいうのならきっとそうなんだろう。
「なら早くやってくんねぇ? こっちは命がけで気を張ってるんだからよぉ」
「わ、わかってます!!」
ジェイスの叱責でロゼッタは気を取り直し、身体にロープを括りつけたまま、胸の前で両手を合わせて呪文詠唱を開始した。
「こ、曇りなき心の月をさきたてて、浮世の闇を照らしてぞ行く…」
ちなみに『照明』の呪文として採用したのは独眼竜・伊達政宗の辞世の句である。理由はもちろん、厨二的かっこいい呪文を思いつかなかったからだ。
前世の俺の体も、さすがに剣で出来てはいなかった。
詠唱が終わると、光の粒子が飛散し、空間全体が明るくなる。この照明は数時間は保つだろう。
「……って、広えなぁ、オイ!」
改めてジェイスが驚愕する。
やはり、フロア全体が一繋がりのエリアになっていたようだ。端から端まで320メートル。東京ドームの四倍以上の広さ。奥のほうは光が届いておらずまだ薄暗いが、さっきよりはだいぶ見える。一見して、敵影はない。複数の敵が待ち構えているというトラップではなかったようだ。
俺は『暗視』と『望遠』を併用して、俺は索敵を開始した。だが………
(………いない?)
俺達はここに降りてくる際、上階で『照明』を使っているため、敵には位置が把握されているはずだ。
てっきり、どこかから様子を伺っているものと思っていたが。
「敵影は?」
「ありません」
「無ぇ!! ピーターそっちは?」
「いない……」
柱の影に隠れているのか? いや、牛よりも大きい魔物なら、さすがに不可能だ。
カメレオンのような擬態能力でもあるのか?
「ロゼッタ……戻ってくれ、俺達でエリアを探索する」
「はい………って、え?」
その瞬間。ロゼッタの足が地面を離れる。
やや急に、である。上で仲間が引き上げているにしては少々速い。
円陣を組んで四方を見張る4人のなかで、『探知』で背後にも気を配っていた俺のみが、それに気付いた。
………しまった!!
だが、気付いた時にはもう遅い。
ロゼッタは一瞬の内に、俺達の頭上で宙吊りとなっていた。
くそ。なんて馬鹿なんだ俺は。
こんなテンプレすぎる奇襲になんで気づかなかったんだ!
『前』にも『横』にも『後』にもいなければ、見なきゃいけないところはどこだ!?
「ヘルムート!! 『上』だ!!」
思わず、ヘルムートを呼び捨てにして叫ぶ。
宙吊りになったロゼッタも自分を吊るすロープの先端に目を向けた。
そこに合ったものを目の当たりにした彼女の悲鳴が、地下に響き渡った。
『それ』はロゼッタを吊るすロープを手繰り寄せながら、天井に張り付き、早足で歩くほどの早さで移動していた。黒く長い8本の足。全方位を見渡す8つの単眼。二節にわかれた胴体の腹部には、邪眼を思わせるようなグロテスクな模様が浮かんでる。
そう……それは、巨大な『蜘蛛』だった。




