リザーブ4lボトル
スーパーの酒コーナーで「角瓶」や「トリス」の4リットル大容量ペットボトルを見つめている。
今ではすっかり安酒の象徴のようになってしまったが、あの頃の俺たちにとっては、間違いなく格好の「男の勲章」だった。
目を閉じれば、両手にずっしりと残るあの重厚なガラスの肌触りと、昭和の終わりに見た狂乱の光景が色鮮やかに蘇ってくる。
◆◆◆
1985年。俺、宮本拓海と豪快な同期の大迫力は、いつものようにスナック「オーキッド」のカウンターにいた。
「これ、酒屋から担いできたよ」
ある夜、俺たちの遊びの師匠である修さんが、悪戯っぽく目を細めながら巨大な物体を運び込んできた。
サントリー「スペシャルリザーブ」の4リットルボトル。
本来は酒屋の店頭を飾るディスプレイ用の特大ガラス瓶で、中身が詰まった総重量は5キログラムを軽く超える。
「修ちゃん、なにそれ! 重くって持てないわよ!」
驚く蘭ママを余所に、修さんはポアラーから自分のグラスへスマートにウイスキーを傾け、落ち着いた大人の余裕を漂わせて微笑んだ。
「大丈夫だよ蘭、うちの常連なら両手で抱えて喜んで注ぐさ」
その企みに真っ先に乗っかったのが、ビル3階でソフトウェアベンチャーを立ち上げたばかりの熱血コンビ、賢治さんと哲也さんだった。
「おいおい修さん、そいつは最高にイカしてるじゃないか! 俺たちにもそのデカい奴から注いでくれよ!」
「真ん中の席でこの巨瓶を回し飲みしたら、プレゼンより熱が入るぜ!」
さらに、大手電機メーカー「ソニック」の技術系エリート・理一さんも「技術的にもその重量感を味わう価値がある」と面白がり、俺と力も勢いに押されて頷いた。
こうして6人全員で、修さんが持ち込んだ1本の4リットル瓶を囲み、順番に両手で抱えてグラスへ注ぎ合う大宴会が始まった。
閉店の時間になっても、6人の酒豪が次々とグラスを空けたというのに、その怪物ボトルにはまだ3分の2ほどウイスキーが残っていた。
「これ、飲みごたえがあるな。俺もこれキープするよ」
哲也さんの言葉に全員が賛同し、俺たちの「4リットル巨瓶キープ」が始まった。
◆
一週間後、オーキッドのカウンターには6本もの巨大なガラスボトルがずらりと並んでいた。
壮観だった。重厚な黒いガラスの巨体が並ぶ様は、圧倒的な存在感を放つ砦のようだった。
注ぐにはポアラーを付けたネックを片手で掴み、もう片方の手で重い底面をしっかりと抱え込まなければならない。
「よっこらしょ!」
男たちが両手で巨瓶を抱え上げるたび、店内に歓声と笑いが弾けた。
だが、この4リットル瓶には恐ろしい罠があった。あまりの巨大さに「いくら飲んでも減らない」という錯覚に陥り、飲みのリミットが完全に麻痺してしまうのだ。
「おい、お前も飲め!」「ママ、注いでやるよ!」と、ポアラーからはゴールドの液体が留まることなく注ぎ出された。
◆
そして、運命の19日目。
奇跡は起きた。
最初に少し減っていた修さんのボトルが数日前に空いていたのは当然だが、そこへ哲也さんが声を張り上げた。
「おい……空いたぞ!」
それから30分と経たないうちに、賢治さんと力が立て続けに叫んだ。
「嘘だろ、うちのもだ!」
「こっちも最後の一滴だ!」
カシャン、と重厚なガラス瓶がカウンターに置かれる音が重なった。
19日間で3本——実に12リットル、通常ボトルにして20本分近くのウイスキーが、たった3人の男たちの胃袋へ消えた瞬間だった。
「あんたたち、本当にバカじゃないの!」
蘭ママが呆れ返りながらも、腹を抱えて大爆笑した。
哲也さんは優雅に空のボトルを撫で、賢治さんと力は熱いハイタッチを交わした。
熱気とウイスキーの香りが充満する店内で、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「はい、これ一番乗りの賞品ね」
そう言って蘭ママが哲也さんの前に置いたのは、すっと背の高い、きれいな緑色の丸いロングボトルだった。
「おおっ……レミーマルタンか!? ママ、気前がいいねぇ!」
哲也さんが目を輝かせてボトルを掲げ、ラベルをまじまじと見つめた瞬間、表情が固まった。
「……ってママ、冗談きついよ! これチョーヤの梅酒じゃないか!
確かにこの丸くて細長い緑の瓶、パッと見は洋酒っぽいけどさぁ!」
「あら、いらないの?」
「いるいる! ありがたくいただくよ!」
店内に再び大きな爆笑が渦巻いた。
その翌日、俺と理一さんのボトルも無事に空いた。
しかし、たった1日遅れただけなのに「他の店に浮気ばかりしているからだ」「ママへの愛が足りない」とさんざんな言われようだった。
◆◆◆
——あれから40年余り。
「哲也さん、賢治さん、力……修さんに理一さん。みんな、今夜もどこかで格好づけているかい」
理不尽なサービス残業の中、俺たちは寝る時間を削って遊んでいた。「新人類」と呼ばれた俺たちは不器用で、何より格好をつけることに命を懸けていたのだ。
あの1985年の夜、両手で抱え上げた5キロの重みと注いだ情熱こそが、間違いなく俺たちの青春だった。
「やっぱり、これだな」
手を伸ばしたのは、あの四角いボトル「ローヤル」。当時は俺たちの誇りだったキーボトルが、こんなに安く買えるのが嬉しいやら、悲しいやら。
今夜は久しぶりに、あの頃のように濃いめの水割りで味わうとしよう。
バブル前夜を駆け抜けた俺たちの熱気と、Z世代の君の明日に、静かに杯を掲げるために。




