新人類とモーレツ社員
前作で道化キャラだった拓海さんが主人公になった作品です。新たな拓海を楽しんでください
「俺も来年2月で65か」
洗面台の鏡に向かい、呟くように漏らした俺は宮本拓海。定年退職まであと半年を切っている。
ふと、胸の奥で苦笑いが漏れる。
最近、昔からよく聞く「今どきの若者は」という言葉を、少し違う意味で噛み締めることが増えた。
いつの時代も、大人は自分たちと違う存在にラベルを貼り、区別したがる。今で言えば「Z世代」か。
ふと、胸の奥で苦笑いが漏れる。
そういえば昔、俺たちも大人たちから言われていたな。
——「これだから新人類は」と。
時は1985年(昭和60年)。世の中はまだバブルの前夜、いわゆる「円高不況」の影がちらついていた時代だ。この年の秋に起きるプラザ合意をきっかけに、それまで1ドル240円前後で安定していた為替レートは一気に急降下を始め、あれよあれよという間に200円を割り込み、160円台へと突っ走っていくことになる。世界が目まぐるしく揺れ動いていた。
——そう、ちょうど今(令和8年)の超円安と同じくらいの、あの目まぐるしい水準へだ。
当時の世界もまた、同じように激しく揺れ動いていた。
そんな荒波の渦中、俺は社会人としての第一歩を踏み出した。
と言っても、学生時代の俺といえば、超がつくほどの劣等生。1年留年した挙句、毎期毎期、落ちる寸前の超低空飛行でなんとか進級し、滑り込みで卒業を果たしたような男だ。
そんな俺が奇跡的に掴み取った看板が、
「東証一部上場企業・中央研究所の研究員」
字面だけ見れば、誰もが羨むエリートコースである。周囲からは「奇跡だ」「これで将来は安泰だな」と祝福され、俺自身すっかり気取り上がり、これからはしっかり稼いでスマートなアフターファイブを楽しむ大人になれるのだと高を括っていた。
だが、甘かった。理想なんてものは入社早々に木っ端微塵に打ち砕かれた。
「残業代でしっかり稼ぐぞ!」という野望は、配属初日に露と消える。
研究所を支配していたのは、過酷極まりない「全額サービス残業」という名の理不尽だった。いや、厳密には全額タダ働きというわけでもない。深夜に配られる「夜食のカップラーメン」だけが、俺たちに残された唯一の残業手当だった。
タイムカードは定時の17時15分にカチャンと音を立てる。しかしそこからが「本当の勤務」の始まりだった。
「拓海、研究員に定時なんて概念はないぞ」
モーレツ社員の鑑のような先輩に背中を押され、気づけば時計の針は深夜12時近くを指している。どんなに汗を流しても、給料明細の残業手当欄には虚しく「0円」の数字が並ぶだけ。
手元に残るのは、タダ働きで疲弊しきった身体と、雀の涙ほどの基本給だけだった。
疲れ果てて乗り込む終電。疎らになったシートで寝落ちしながら、最寄り駅間近で起きて改札を抜ける頃には深夜1時を回っていた。
街灯の少ない暗い夜道を、重い足取りで会社の独身寮へと歩く。
その道すがら、すりガラス越しに温かいオレンジ色の光が優しく漏れている店がある。
——「オーキッド」。
すりガラスの向こうに人影がうっすらと浮かび、中の和やかな空気が外まで伝わってくる。ドアを開けなくても中の様子が分かるその透け感が、深夜の疲れた身にはたまらなくありがたい。小洒落た看板のわりに、覗けば誰もが気取らず杯を交わしていて、財布の軽い若造でも安心して入れる雰囲気が漂っていた。
吸い寄せられるようにドアノブに手をかける。
カランコロン、と鈴が鳴る。
「あら、拓海ちゃん。今夜も遅くまでご苦労様」
蘭ママの明るい声と、カウンターの柔らかな灯り。その瞬間、会社で押し込められていた胸の詰まりがスッと解けていく。
俺はセットされたキープボトルを指指して
「ママ、水割りで。……あ、それとツケで」
俺の財布には、今夜飲める現金なんて1円も入っていない。
給料日になると先月分のツケを払って財布は空っぽになり、その日の夜からまた新たなツケ生活が始まる。完全なる自転車操業だ。
世間の大人たちは、そんな俺たちの生き方を見て「これだから新人類は理解できない」と眉をひそめた。
だが、理不尽なサービス残業でどれだけ会社に絞り取られようとも、俺たちはこの「オーキッド」の温かい光の中で息を吹き返し、泥臭く、そして最高にタフに生きていたのだ。
グラスを傾けながら、俺はまだ知らなかった。
この店の中で、俺の人生を大きく変えるさまざまな出会いがあることを——。
これから 個性的キャラがどんどん出てきます。お楽しみに




